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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第4章 二つの生を越えて
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第2話 粛清

 王立士官学校への入学を目前に控えた頃、王宮では内乱の後始末が本格的に進められていた。


 第四軍団と第五軍団はすでに解体に向けた再編が始まり、反乱に加担した兵士たちの取り調べも進んでいる。しかし、今回の内乱は単なる軍団の暴走ではない。第二王妃ヴィクトリアを中心に、軍団指揮官、貴族、王族、そして外国勢力まで複雑に絡み合った政変だった。それだけに、戦場で反乱を鎮圧しただけで全てが終わるわけではない。誰が計画に関与し、誰が実際に武力を行使し、誰が単に派閥に属していただけなのかを切り分け、その上で王国の軍事と政治の中枢を組み直す必要があった。


 俺が呼ばれたのは、中央宮殿の会議室だった。


 長い会議机の周囲には、父上をはじめ、法務、軍務、財務を担当する重臣たちが並んでいる。俺の席は父上の右側。正式に王太子となってから、こうした国家の重要案件に出席することも珍しくなくなっていた。


 机の上には分厚い資料が積まれている。


 今回の処分対象と、それに伴って生じる爵位、人事、領地の扱いをまとめたものだ。


「では、始める」


 父上が口を開いた。


「本日は、内乱に関与した第二王子派中枢の処分と、それに伴う軍・貴族人事について協議する」


 俺は資料を開いた。


 最初に記されていたのは、第四軍団軍団長と第五軍団軍団長を務めていた二つの子爵家だった。


「両家については、すでに調査結果が出ています」


 法務官が説明を始める。


「両家の当主は、ヴィクトリア第二王妃が計画していたクーデターを事前に把握し、その計画に同意した上で、それぞれ第四軍団と第五軍団を率いて王宮へ進軍しました。単なる第二王子派への所属ではなく、国家に対する武力反乱へ直接参加したことが確認されています」


「処分は?」


「子爵位剥奪。家名断絶。領地および財産没収。その上で、一族郎党を国家反逆罪により処刑する案です」


 俺はしばらく資料を見つめた。


 第二王子派だったからではない。


 第四軍団と第五軍団を実際に動かし、王宮へ武力を向けたからだ。


「異論ありません」


 俺が答えると、父上がこちらを見る。


「厳しい処分だぞ」


「分かっています」


 俺は静かに答えた。


「ですが、今回の内乱は王位継承争いの範囲を越えています。国王陛下を毒で倒し、王宮へ軍を入れ、第一王子を国王暗殺未遂の犯人として拘束し、外国軍まで利用して政権を奪う計画だった。軍団長自身がその計画を理解した上で部隊を動かした以上、軍の統制を維持するためにも、明確な責任を問う必要があります」


「よろしいでしょう」


 法務官が記録を書き込んだ。


 第四軍団軍団長。


 第五軍団軍団長。


 この二家は、ここで歴史から消える。


 俺は資料をめくった。


 次に出てきた名前を見て、ほんの少しだけ手が止まった。


 ガルディシア伯爵家。


 ヴィクトリアの実家。


 海峡と港湾を押さえ、国内最大規模の諸侯軍を保有し、海軍力にも優れていた軍事貴族。


 そして、今回のクーデターにおける国内側の重要な政治基盤でもあった。


「ガルディシア伯爵家については、第二王妃ヴィクトリアとの血縁だけではなく、第二王子派の中核として長期間活動していたことが確認されています。また、カヴィーレスターン側との秘密交渉においても、国内側の主要な交渉窓口を担っていました」


「処分は?」


「伯爵位剥奪。家名断絶。領地と財産の没収。そして、一族郎党の処刑です」


 俺は黙って資料を見つめた。


 ガルディシア。


 第二王妃の実家。


 そして。


 あの夜、カヴィーレスターン軍によって制圧された伯爵城。


 あの家は、もう二度と以前の形では存在しない。


「承認します」


 そう答えたところで、資料の端に記載された名前へ目が止まった。


 アウルス・デイ・ガルディシア。


 一瞬。


 学院時代の記憶が蘇る。


 同じ学年ではない。


 それでも、学友として何度か言葉を交わしたことがある。


 俺が知っているアウルスは、決して王国の命運を左右するような人物ではなかった。ただ、ガルディシア伯爵家の次男として生まれた少年だった。


 その名前が、処刑対象の一族名簿にある。


「……アウルスもか」


 思わず小さく呟く。


 法務官が顔を上げた。


「はい。伯爵家の一族として対象となります」


「そうか」


 それ以上は言わなかった。


 俺個人として何かを変えられる立場ではない。


 アウルスが重要人物だったわけでもない。


 ただ。


 知っている人間が、こうして死ぬのか。


 その事実を重く感じた。


              ◆


「では、ガルディシア伯爵領についてです」


 財務官が別の資料を開く。


「王領への編入を提案しております」


「王領?」


「はい。海峡、港湾、主要街道、交易拠点のいずれも国家安全保障上の重要地点です。これだけ巨大な軍事力と経済基盤を持つ領地を、再び一つの大貴族へ与えるのは危険だと判断しました」


 俺は地図を見る。


 確かに、ガルディシア伯爵領を特定の大貴族が持ち続ければ、第二のガルディシアが生まれる可能性がある。


「王家直轄にする」


 父上が言った。


「その方針で進める」


「ですが、現地統治を担う人間は必要です」


 宰相が続けた。


「そこで、カシウス公爵家次男を男爵に叙し、王領ガルディシアの代官として置く案が出ています」


 俺は顔を上げた。


「カシウス公爵家の次男?」


「はい」


「彼は今回の内乱に直接関与していないのか?」


「確認されていません」


 それなら話は分かる。


 カシウス家そのものを全て潰すわけではない。


 むしろ中立派だったカシウス公爵家を再編し、その次男を王家の管理下に置く。


「王領の代官ということは、領主ではない」


「はい。実権は王家が保持します」


「ならば、それでいい」


 俺は頷いた。


「地元事情を理解する人間を置きつつ、最終的な権限は王家が握る。その方が安定するだろう」


              ◆


「次に、カシウス公爵家です」


 会議室の空気が変わった。


 カシウス公爵。


 父上の弟。


 王弟。


 そして、前宰相。


 だが。


 彼は第二王子派ではない。


 カシウス公爵は中立派だった。


 問題は、その中立という立場を維持しながら、家の内部を抑えきれなかったことにある。


「カシウス公爵本人については、第二王子派への所属は確認されていません」


 法務官が説明する。


「むしろ、王位継承争いでは中立を維持していました。しかし、第二夫人、長男、三男ロリウスが第二王子派に深く関与することを抑えられず、結果として公爵家そのものが王位継承争いを大きく混乱させることとなりました」


「つまり」


 俺が言った。


「本人が反乱を主導したわけではないが、王弟として、そして当主として家を統制できなかった責任を問うということか」


「その通りです」


 俺は少し考えた。


 叔父はヴィクトリアのように、この国を奪おうとしたわけではない。


 それでも。


 王弟であり宰相だった。


 その立場なら、息子たちの動きを止める責任があったはずだ。


「公爵位を剥奪し、宰相職からも外します」


 父上が言った。


「ただし、家そのものを潰すことはしない」


「爵位は?」


「子爵へ降格する。以後、カシウス子爵家とする」


 俺は頷いた。


 だが、その後に続いた言葉には少し意外だった。


「第五軍団軍団長に任命する」


「叔父を?」


「そうだ」


 軍務担当者が答える。


「第五軍団軍団長は空席となっています。カシウス元公爵には軍人として再び王国へ奉仕してもらいます」


 これは。


 カシウス公爵への罰であり、同時に再出発の機会でもあるのだろう。


 政治の中枢からは外す。


 公爵位も剥奪する。


 それでも、王国への奉仕の道は残す。


「それなら異論ありません」


 俺は答えた。


「叔父には、今度こそ自分の家を統制する責任を果たしてもらいます」


              ◆


「では、カシウス公爵家の処分について」


 法務官が資料をめくる。


「第二夫人については、第二王子派の中枢として内乱計画に参加していたことが確認されています」


「処刑」


 俺は答えた。


「長男も同様です」


「処刑」


 そして。


「三男ロリウス」


 その名前が出た瞬間、俺は目を閉じた。


 第一王子宮の前。


 負傷から完全に回復していなかった俺へ、開戦前から強化魔術を施して襲いかかってきた。


 サナとティアを人質として確保するための部隊を率いていた。


 その場で俺自身が戦った。


「ロリウスも、国家反逆罪として処刑する」


 俺は静かに言った。


 あれだけ剣を交えた相手だ。


 だが。


 それ以上の感情を挟む余地はなかった。


「承知しました」


 カシウス公爵家は残る。


 ただし。


 大きく形を変える。


 公爵ではなく子爵。


 宰相でもなく軍団長。


 第二夫人、長男、三男は処刑。


 次男は男爵として王領ガルディシアの代官。


 家の政治的影響力は、徹底して削られる。


 それでも家名そのものは残す。


 これが、今回の処分だった。


              ◆


「そして、第四軍団軍団長の後任について」


 軍務担当者が資料を開く。


「フェルディナン男爵家を子爵家へ昇格させ、第四軍団軍団長に任命する案です」


 俺はその名前を見た。


 フェルディナン。


 エリシアの実家。


 先のアイティクイ・エクィトゥム戦争で功績を挙げ、騎士家から男爵家へ昇格した家だ。


「妥当です」


 軍事的な実績。


 王家への忠誠。


 そして今回の内乱における立場。


 第四軍団を任せるには十分だった。


「フェルディナン家を子爵家へ昇格させ、第四軍団軍団長とします」


 父上が決定する。


「それと」


 俺は続けた。


「エリシアについてですが」


「はい」


「次期王太子妃付きの側近として正式に任命したい」


 フェルディナン子爵家の令嬢となったエリシアは、軍団長の娘としても新しい立場を得る。


 そしてティアが王太子妃となれば、その側近として王宮へ入ることになる。


「異論はない」


 父上も頷いた。


 これでエリシアは。


 子爵令嬢。


 第四軍団軍団長の家の令嬢。


 そして次期王太子妃付きの側近。


 王宮における地位も、これまでとは大きく変わる。


              ◆


「最後に、第三王子エドリアン殿下について」


 その名前が出る。


 エクィトゥム王立貴族学院を卒業し、成人を迎えたエドは、まもなく帰国することになっている。


「帰国後、エドリアン殿下を新たな公爵として叙爵し、エドリアン公爵家を立てる」


 父上が言った。


「そして、将来的に宰相職を担わせる」


 俺は頷いた。


 カシウス公爵家から宰相の座を離し、王家直系であるエドリアンを次期宰相として育成する。


 今回の内乱によって、王家と法衣貴族の関係も大きく変わった。


 これからは。


 王家が直接的に国家中枢を握る部分が増えていくのだろう。


「エドには帰国後に説明する」


「承知しました」


 俺は資料を閉じた。


 第四軍団軍団長の子爵家、第五軍団軍団長の子爵家は断絶。


 ガルディシア伯爵家も断絶。


 ガルディシア伯爵領は王領へ編入。


 アウルスも、伯爵家の一員として処刑される。


 カシウス公爵家は、第二夫人、長男、三男ロリウスを失い、公爵から子爵へ降格。


 それでもカシウス公爵本人には第五軍団軍団長として王国へ奉仕する道が残された。


 フェルディナン家は子爵へ昇格し、第四軍団軍団長となる。


 エリシアは子爵令嬢となり、次期王太子妃付きの側近として新たな地位を得る。


 エドリアンは公爵となり、次期宰相として育てられる。


 一覧だけを見れば。


 めちゃくちゃだ。


 だが。


 これは単なる報復ではない。


 内乱を実際に指揮した者を処断する。


 派閥に所属しただけの者まで一律に処分しない。


 中立だったカシウス公爵には政治的責任を取らせながら、王国へ奉仕する道を残す。


 危険な大貴族領は王領へ戻す。


 軍団長を入れ替え、王家が軍を確実に統制できる体制を作る。


 戦功を挙げた家を昇格させ、忠誠と功績に対して明確な報酬を与える。


 そして。


 王家直系のエドリアンを次代の宰相候補として育てる。


 やっていることだけを見れば、王太子派による大規模な権力再編に違いない。


 いや。


 今はもう、王太子派という呼び方すら古い。


 俺は王太子だ。


 そして、内乱を乗り越えた王国では、かつて俺を支持していた勢力こそが国家の新しい中心になりつつある。


 これが。


 勝者の権力なのだろう。


 内乱の後に、誰が国を動かすのか。


 それを決める権利は。


 生き残った者にある。


 俺は会議室を出た。


 王立士官学校への入学まで、もう時間はない。


 これから三年間、俺は軍事を学ぶ。


 その間にも、今日決めた新しい人事は王国の中へ根を張っていく。


 フェルディナン子爵家。


 カシウス子爵家。


 王領ガルディシア。


 エドリアン公爵家。


 そして。


 それらをまとめる王太子としての俺。


 窓の外では、春の王都が穏やかな光に包まれていた。


 内乱から、それほど時間は経っていない。


 それでも。


 王国はもう、昨日までの王国ではなかった。


 俺は静かに前を向いた。


 次に待っているのは。


 王立士官学校での三年間だ。

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