プロローグ (第1話) 王立士官学校入学説明会
内乱と式典が終わった後、王宮では内乱の後始末が続いていた。第四軍団と第五軍団の再編、反乱に関与した貴族たちへの処分、負傷者の治療、ガルディシア伯爵領でのカヴィーレスターン軍との交渉、そして正式に成立した大陸西部三国同盟に伴う外交実務。王太子になった俺のもとへ届く書類も、それまでとは比べものにならないほど増えていた。それでも、王立貴族学院の卒業式を終え、成人し、立太子まで済ませた今の俺には、次に進まなければならない場所がある。
王立士官学校。
アンティクイランド王国における軍事教育の中枢であり、将来の軍人だけでなく、戦時に予備役として動員される人材まで育成する国家機関。俺は十五歳から十八歳までの三年間を、ここで過ごすことになる。2回目の高校生活だ。
その入学の日。
俺は護衛とともに王立士官学校の正門をくぐった。
「……大きいな」
思わずそう呟いた。
王立貴族学院も王都にある大規模な教育施設だったが、目の前にある王立士官学校は、そもそもの設計思想が違っていた。敷地の中央には本校舎があり、その周囲を囲むように講義棟、武術訓練場、模擬戦場、魔法訓練場、兵器訓練場、騎兵訓練用の馬場、射撃場、兵站演習施設、医務棟、図書館、食堂、学生寮などが配置されている。さらに敷地の外周には高い壁が巡らされ、その内部には実際の戦場を想定した地形演習区画まで用意されていた。
学院というより。
小さな軍事都市。
そんな印象だった。この国は中央集権国家で、交易王国なので王都の規模が大きいのだ。
正門の近くでは、入学する生徒たちが次々に案内されている。貴族らしい服装の者もいれば、まだ仕立ての粗い制服を着ている平民らしき者もいる。男女の割合も王立貴族学院とは大きく違い、男子が圧倒的に多い。それでも、女性騎士を目指すのだろうと思われる少女たちが少なからず混じっていた。
「殿下」
後ろから声が掛かる。
振り返ると、カイが立っていた。
「久しぶりです」
「久しぶりだな、カイ」
カイはすでに王立貴族学院を卒業し、王立士官学校へ進んでいる。年齢も俺より上で、ここでは先輩にあたる。といってももう3年生で最終学年だが。
「今日は入学説明会ですね」
「ああ。士官学校がどんなところなのか、改めて知っておきたい」
「そうした方がいいでしょう。ここは貴族学院とは、かなり勝手が違いますから」
「見れば分かる」
俺は周囲を見渡した。
学院の中を歩く生徒たちの動きからして違う。
姿勢。
歩き方。
視線。
周囲への警戒。
中には学生とは思えないほど身体を鍛えている者もいる。
「それでは、会場へご案内します」
カイに連れられて、俺は本校舎の大講堂へ向かった。
◆
大講堂へ入ると、すでに新入生たちが集まっていた。
前方には壇上が設けられ、その中央には学校旗と王家の旗が掲げられている。
会場には今年の入学予定者が集められているらしく、三百人近い人間が座っていた。
俺は指定された席へ着く。
ほどなくして、壇上へ一人の男性が上がった。
五十代ほどだろうか。
整えられた髭。
質素だが上質な法衣。
胸元には王国の紋章と、王立士官学校の紋章が並んでいる。
「彼が今年の校長です」
隣のカイが小声で教えてくれた。
「法衣男爵の、ローデリック・フェルガント男爵です」
法衣男爵。
領地を持たず、王家に仕えることを代償として爵位を与えられた法衣貴族だ。
この国の法衣男爵40家の内の一つだ。エリシアの実家もこれに当たる。
やがて校長が壇上中央へ立つ。
「新入生諸君」
よく通る声だった。
「入学おめでとうございます。そして、本日から皆さんは王立士官学校の学生となります」
講堂が静まる。
「まず、この学校について最初に覚えていただきたいことがあります」
校長は一度、生徒たちを見渡した。
「王立士官学校は、軍人だけを育てる学校ではありません」
意外な言葉だった。
「もちろん、卒業後に王国軍へ入り、騎士、兵士、指揮官として国に仕える者は多いでしょう。しかし、それだけではありません。王国の文官、外交官、財務官、領地行政官など、戦時に軍事的役割を担う可能性のある者も本校で教育を受けます」
なるほど。
「なぜでしょう」
校長は続ける。
「理由は簡単です。戦争は兵士だけで行うものではないからです」
講堂に低いざわめきが広がる。
「軍隊を動かすには、兵站が必要です。兵站を維持するには財政が必要です。財政を動かすには行政が必要です。外交が必要です。情報が必要です。そして何より、戦争になった時に国そのものが軍事行動を支えられなければ、どれほど強い兵士を揃えても意味がありません」
俺は静かに頷いた。
まさにその通りだ。
「アンティクイランド王国では、男性貴族は文官を志望していたとしても、戦時には予備役として軍務へ召集される可能性があります。そのため、一定水準以上の軍事教育を受けることが求められています」
つまり。
男性貴族が王立士官学校へ入るのは、軍人になるためだけではない。
国を守るために必要な最低限の軍事能力を全員に持たせるためなのだ。
「また、女性についても、軍務を志す者には門戸が開かれています。騎士家の令嬢、女性騎士を志望する者、女性兵士を目指す者。そして、戦時に軍務へ就くことを望む者は、男女を問わず本校へ入学できます」
俺は会場を見回した。
確かに、少女の姿もある。
数は男子ほど多くない。
だが、決して珍しいほど少なくもない。
「そして、もう一つ」
校長が続ける。
「本校は、王立貴族学院とは異なります」
その言葉で、会場の空気が少し変わった。
「本校は、貴族だけの学校ではありません。平民にも門戸を開いております」
後方から、少しだけ驚いたような空気が伝わってきた。
「しかし、入学条件を誤解しないように。身分による試験内容の差はありませんが、入学時の経済条件には差があります」
校長は淡々と説明する。
「貴族については、学費その他の金銭的条件を理由として入学を拒むことはありません。一方、平民については一定の費用負担能力が求められます」
なるほど。
「これは差別のためではありません。本校は全寮制であり、食事、宿舎、制服、訓練装備、教材など、多くの費用が必要になります。平民については、その費用を負担できることを入学条件としているのです」
そして。
「ただし、軍務を志望する平民のため、成績優秀者への奨学制度や、一定の条件を満たした者に対する費用支援制度も存在します」
会場の雰囲気が少しだけ柔らかくなる。
「つまり、入学そのものを決める第一の条件は、あくまで能力です」
校長が言い切った。
「学力。身体能力。軍事適性。魔法能力。判断力。そして、本校で三年間の教育を受けられるだけの基礎能力。身分によって試験結果が変わることはありません」
俺は少し意外に思った。
貴族社会の中にある学校としては、思った以上に能力主義だ。
もっとも。
それが卒業後も同じだとは限らない。
俺は、そこまで考えた。
◆
「では、今年の新入生について説明しましょう」
校長が資料を開いた。
「王立士官学校の総定員は九百人。一学年三百人です。皆さんはその第三十二期生となります」
ざわめきが起こる。
「三年間、全寮制で生活します。原則として平日だけでなく、一定期間の休日も学校の規律に従って行動していただきます。これは軍事教育を行う以上、集団生活そのものが教育の一部となるためです」
そして。
「今年の新入生三百人の内訳について、諸君には知っておいてもらいましょう」
校長が表を掲げた。
「男子は二百十名。女子は九十名です」
思った通り。
男女比はかなり男子に偏っている。
「まず、王立貴族学院卒業生が三十名」
俺は少しだけ驚いた。
俺たちの学年が五十人だったことを考えれば、三十人という数字はかなり多い。
「男子二十五名。女子五名です」
つまり。
王立貴族学院を卒業した男子は、基本的に全員こちらへ来る。
一方で、女子は武芸を修めた者や、軍務を志望する者の中から一部が進学する。
「続いて、爵位を持つ下級貴族のうち、王立貴族学院へ進学しなかった者が三十名。男子二十五名、女子五名です」
学院へ子供を一人送り出せるほど裕福ではない下級貴族や、次男以下の者が中心なのだろう。
「次に、騎士家出身者が五十名。男子三十五名、女子十五名」
これも納得できる。
騎士家では、男子だけでなく女性騎士を志望する令嬢も一定数いる。
「そして、平民出身者が百九十名。男子百二十五名、女子六十五名です」
数字を整理してみる。
三百人。
男子二百十。
女子九十。
王立貴族学院卒業生三十。
爵位持ち下級貴族三十。
騎士家五十。
平民百九十。
俺は少し驚いた。
「平民が、こんなに多いのか」
思わず小声で呟く。
カイが答える。
「ええ。王立士官学校は、貴族学院とは違って平民の比率がかなり高いんですよ」
「なるほど」
壇上では、校長の説明が続いている。
「なお、騎士家出身者については、家の経済状況によって卒業後の扱いが変わる場合があります」
俺はその言葉へ耳を傾けた。
「騎士として必要な武具、防具、馬などを整えられる家であれば、卒業後に王国騎士として入隊することができます。しかし、家計上それらを用意できない場合、卒業者であっても王国上級兵として入隊することがあります」
なるほど。
やはり。
騎士家だからといって、必ず王国騎士になれるわけではない。
「また、騎士家の次男以下については、家督を継ぐことができないため、軍務へ進まず他職へ就いた場合、家の身分から離れ、平民となることも珍しくありません」
この国の身分制度は。
思っていたより厳しい。
「ただし、軍務においては能力が重視されます。王国上級兵として入隊した者であっても、功績と能力次第では分隊長、部隊長などの地位へ昇進することができます」
校長はそこで言葉を切った。
「本校の卒業生が全員、同じ身分になるわけではありません。しかし、本校で学ぶ三年間において、諸君は同じ訓練を受け、同じ試験を受け、同じ規律に従って生活することになります」
これはかなり重要な言葉だった。
学校の中では平等。
だが。
卒業後は、身分や家の財力による差が残る。
この国らしい制度だ。
◆
「続いて、三年間の教育課程について説明します」
校長が別の資料を開く。
「一年次は基礎軍事教育です。王国軍の制度、軍法、軍事史、基礎戦術、地理学、地形学、武器の扱い、行軍、野営、魔法の基礎運用、救護などを学びます」
「二年次は専門教育です。歩兵指揮、騎兵運用、弓兵運用、魔法戦闘、要塞戦、攻城戦、兵站学、情報戦、海軍運用、外交、戦時行政などから、それぞれの適性に応じた分野を深く学んでいただきます」
「三年次は実践教育です。模擬戦、部隊指揮、兵站演習、要塞攻防演習、野外行軍、合同軍事演習などを行い、卒業後に必要な能力を実際の環境に近い形で身につけます」
俺は思わず身を乗り出した。
かなり本格的だ。
「また、三年間を通じて、すべての学生が一定の指揮教育を受けます」
校長は続ける。
「兵士として強いだけではなく、部隊を動かせる人間になる。それが本校の目的です」
その言葉は。
俺にはかなり重要に聞こえた。
王立貴族学院では政治や歴史、魔法や剣術を学んだ。
ここでは、それを実際に組み合わせる。
戦争になった時。
何をどこに置くのか。
いつ動かすのか。
どこから物資を運ぶのか。
敵の意図をどう読むのか。
そして。
兵士たちをどう生かすのか。
そういうことを学ぶのだろう。
「さらに、王立士官学校には五つの大規模訓練区画があります」
校長が説明する。
「第一訓練区画は平地戦。第二訓練区画は山岳戦。第三訓練区画は市街戦。第四訓練区画は要塞戦。第五訓練区画は海上戦および上陸戦を想定しています」
なるほど。
実際の戦場を想定した学校なのだ。
「魔法士についても専用訓練場があります。魔法単独での戦闘だけではなく、騎士や兵士と連携した戦術運用を学びます」
これは俺にとっても重要だ。
魔法は強力だ。
だが。
戦争は一人ではできない。
これまでの戦争でも、そのことは何度も思い知らされた。
◆
校長は最後に、王立士官学校の階級制度について説明した。
「平民出身者は、卒業後、原則として通常は王国下級兵、王国軍団兵、王国上級兵、王国分隊長、王国部隊長となるところを王国上級兵として入隊可能です。その後、功績によって王国分隊長、王国部隊長などへ進むことができます」
「王立貴族学院を経た貴族、あるいは十分な軍装を整えられる騎士家出身者は、王国騎士として入隊することが基本となります」
「なお、騎士家出身であっても、家の財力によっては王国上級兵として入隊することがあります。騎士の地位は血筋だけで成立するものではなく、実際に騎士として勤務できるだけの装備と経済的基盤が必要だからです」
そして。
「また、文官として王国へ仕えることになった男子も、戦時には予備役騎士として召集される可能性があります」
これは、この学校の存在意義そのものだろう。
「したがって、本校で学んだ戦術や兵站、軍法の知識は、軍人にならなかったとしても無駄にはなりません。むしろ、国家を運営する立場になった時こそ必要になります」
校長は最後に、新入生全員を見渡した。
「ここにいる三百人は、三年後に全員が同じ道を歩むわけではありません。騎士になる者。兵士になる者。文官になる者。領地へ戻る者。魔法士となる者。そして、将来の軍団を率いる者」
「しかし、誰がどの道へ進むにせよ、本校で過ごす三年間だけは同じです」
講堂が静まり返る。
「この学校で学び、訓練を受け、失敗し、競い合い、仲間を作る。その経験は、卒業後にどのような身分になろうとも、必ず皆さんの人生に残ります」
そして。
「王立士官学校とは、王国のために戦う者を育てる学校ではありません」
校長は、ゆっくりと言った。
「王国が戦争をしなければならない時、それを終わらせるための人間を育てる学校です」
その言葉に、講堂が静まり返った。
俺はその言葉を胸の中で繰り返した。
戦争に勝つ。
それだけじゃない。
戦争をどう始めるかではなく。
どう終わらせるか。
どれだけ兵士を生き残らせるか。
どれだけ国を傷つけずに済ませるか。
そういうことまで考える人間を育てる。
それが、この学校なのかもしれない。
「以上で、入学説明会を終了します」
校長が一礼する。
新入生たちが一斉に立ち上がる。
俺も席を立った。
王立貴族学院を卒業して、わずかな時間しか経っていない。
それでも。
ここから始まる三年間は。
今までとは全く違うものになるだろう。
政治だけではない。
外交だけでもない。
俺自身が、軍隊を率いるための力を身につけなければならない。
王太子として。
そして。
いつか国王になる者として。
「……面白そうだな」
俺がそう呟くと、隣のカイが笑った。
「殿下」
「何だ?」
「ここからが、本当の意味で大変ですよ」
「そうか」
俺は士官学校の広い訓練場へ目を向けた。
「なら、楽しみだ」
十五歳。
王立士官学校第一学年。
ここからまた、新しい三年間が始まる。




