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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第1章 誕生と王国の影
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第17話 違和感

聖別洗礼式を終えた俺は、王宮へ戻ってきていた。


午前中の儀式だけで、すでにかなり疲れている。


五歳児にしては頑張ったと思う。


だが。


「殿下。まだ本日の予定は終わっておりません」


ゼバズが淡々と告げる。


「……まだあるのか」


「はい」


そうだった。


聖別洗礼式の後には、親族からの祝福を受ける予定になっている。


用意された広間には、すでに何人もの人間が集まっていた。


正面には王族専用の席。


その中央に――先王陛下。


その隣に国王である父上と母上。


さらに第二王妃、王弟殿下、第三王妃。


俺は広間へ入ると、全員の前まで歩いていく。


そして一礼する。


「レノウィウス・ゲンス・デイ・アンティクイランド第一王子殿下」


先王陛下が俺を見つめる。


その目には、穏やかな笑みが浮かんでいた。


「よく参ったな」


「はい」


「五歳の齢にして、立派に聖別を終えたことを嬉しく思う」


先王陛下は立ち上がる。


そして俺の頭へ、そっと手を置いた。


「この国の未来を担う者として、健やかに育ちなさい」


「はい!」


「才ある者となる必要はない」


「……?」


意外な言葉だった。


「強き者になる必要もない」


先王陛下は微笑む。


「ただ、民を忘れぬ王族になりなさい」


「……分かりました」


「それでよい」


先王陛下は満足そうに頷いた。


――なんだか、祖父らしい言葉だ。


俺は少し嬉しくなった。


次に父上が前へ出る。


「レノ」


父上は俺の肩へ手を置いた。


「五年間、お前が無事に育ってくれたことを嬉しく思う」


「父上……」


「今日の姿を見て、改めてお前が私の息子なのだと実感した」


父上は少しだけ笑う。


「これから先、様々なことを学ぶことになるだろう」


「はい」


「焦る必要はない」


そして。


「お前には、お前の歩む道がある」


「……ありがとうございます」


俺は頭を下げた。


次は母上。


母上は俺の前にしゃがみ込む。


「レノ」


「はい、母上」


「今日のあなた、とても立派でしたよ」


「本当ですか?」


「ええ」


母上は微笑む。


「私の自慢の息子です」


「……!」


その言葉だけで、今日一日の疲れが吹き飛んだ気がした。


「ありがとうございます!」


「ふふ。これからも元気に育ってくださいね」


「はい!」


母上は俺の頭を優しく撫でた。


……やっぱり母上は最高だ。


そう思った。


そして。


次に第二王妃が俺の前へ進み出る。


第二王妃は優雅に微笑んでいた。


「第一王子殿下」


「はい」


「本日は誠におめでとうございます」


「ありがとうございます」


第二王妃は俺の姿を上から下まで眺める。


そして、柔らかく微笑んだ。


「まことに立派になられましたね」


「そうですか?」


「ええ」


一拍。


「これほど早く成長されるとは思っておりませんでした」


「……?」


早く?


何がだ?


俺が首を傾げると、第二王妃は笑みを崩さない。


「第一王子として、これからも皆のお手本になられることでしょう」


「頑張ります!」


「まあ」


第二王妃は嬉しそうに微笑んだ。


「頼もしいこと」


そして最後に。


「どうか――ご自分が第一王子であることを、決してお忘れになりませんように」


「……はい」


それだけ言って、第二王妃は下がった。


俺は少し考える。


……普通の言葉だよな?


むしろ激励じゃないか?


そう思った。


だが。


少し離れた場所にいたゼバズの表情が、ほんの一瞬だけ固くなった。


俺は気づかなかった。


次に、王弟殿下が前へ出る。


父上の弟。


俺にとっては叔父にあたる人物だ。


「殿下」


「はい」


「本日の洗礼、実に見事でした」


「ありがとうございます」


「そして、神器まで授けられたとか」


「……はい」


王弟殿下は俺の持つ碧い剣を見る。


「素晴らしいことです」


「ありがとうございます」


「神に選ばれた王子とは――」


王弟殿下は笑った。


「まさにアンティクイランドの未来そのものですな」


「……」


その言葉には、一瞬だけ妙な響きがあった。


だが。


「もっとも」


王弟殿下は続ける。


「神に選ばれた者ほど、周囲から多くを期待されるもの」


「……はい」


「期待というものは――時として、重いものです」


「…………」


「どうか、その重さに負けぬよう」


そして。


「ご立派な王子になられますよう、心よりお祈りしております」


笑顔。


完璧な笑顔だった。


俺も頭を下げる。


「ありがとうございます」


王弟殿下が下がる。


……なんだろう。


やっぱり普通の祝福にしか聞こえない。


なのに。


なぜか胸の奥に、引っかかるものが残った。


そして最後。


第三王妃が俺の前に立った。


第三王妃は柔らかな笑みを浮かべている。


「まあ……本当に大きくなられましたね」


「ありがとうございます」


「ついこの間まで、腕の中に収まるほど小さかったのに」


「そうなんですか?」


「ええ」


第三王妃は微笑む。


「子供というものは、本当に成長が早いものですね」


「はい!」


俺が元気よく答えると、第三王妃は少しだけ目を細めた。


「これからも、どうかその素直さを失わないでくださいね」


「もちろんです!」


「まあ。良いお返事」


そして。


優しい声で続ける。


「ただ――」


「はい?」


「王族というものは、普通の子供のようにはいきませんから」


「…………」


「何をするにも、何を言うにも、多くの方が見ております」


第三王妃は優しく笑う。


「ですから、どうか――」


一瞬だけ間を置いて。


「素直なままでいてくださいませ」


「……?」


俺は首を傾げる。


第三王妃は何事もなかったかのように微笑んだ。


「それが、殿下にとって一番幸せなことですから」


「……はい」


俺は頷いた。


そして第三王妃も下がった。


広間に、再び静寂が戻る。


俺は親族たちの顔を見る。


先王。


父上。


母上。


第二王妃。


王弟。


第三王妃。


……祝福してもらった。


みんな、俺の成長を喜んでくれている。


そういうことなのだろう。


少なくとも――


五歳の俺には、そうとしか思えなかった。


ただ。


前世で高校生まで生きた記憶を持つ俺の中に、ほんの少しだけ違和感が残っていた。


第二王妃の言葉。


王弟殿下の言葉。


第三王妃の言葉。


どれも、表面だけ見れば完璧な祝福だった。


なのに。


なぜだろう。


まるで――


「第一王子としての立場を忘れるな」


「期待に応えろ」


「余計なことを知るな」


そう言われているような気がした。


「…………」


俺は小さく息を吐く。


まあ、考えすぎか。


今日は洗礼式で疲れている。


そうに違いない。


俺はそう結論づけた。


――このときの俺は。


まだ知らなかった。


この王宮には。


笑顔のまま人を刺す言葉を使う人間が、決して少なくないことを。


そして。


この日を境に、俺の周囲で少しずつ――


何かが動き始めていたことを。

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