第16話 お披露目2 聖別洗礼式 後編
大礼拝堂へ足を踏み入れる。
先ほどまでの中庭とは、まるで別世界だった。
正面には巨大な祭壇。
その背後には、グラシエル教の聖花である白薔薇を描いた巨大なステンドグラスがあり、差し込んだ朝日が礼拝堂の床を白く染めている。
祭壇の前には、すでに第一神座卿アウレリウス・セウェルス猊下が立っていた。
その左右には高位神官たち。
さらに両側には、王族、貴族、大商人、そして各地から訪れた聖職者たちが整然と並んでいる。
……すごい人数だ。
俺が入場すると、礼拝堂にいた者たちが一斉にこちらを向いた。
「第一王子殿下、御入堂!」
声が響く。
俺は父上、母上とともに祭壇へ向かって歩く。
一歩。
また一歩。
赤い絨毯の上を進むたび、無数の視線が俺に集まる。
……緊張する。
五歳児にこんな大舞台を歩かせるなよ。
そう思いながらも、表情だけは崩さない。
やがて祭壇の前まで到着した。
父上と母上が左右に立つ。
俺はその中央に立った。
アウレリウス猊下が俺を見つめる。
「レノウィウス・ゲンス・デイ・アンティクイランド第一王子殿下」
「はい」
「本日、あなたは五歳の齢を迎え、グラシエルの御前に立たれました」
猊下の声が礼拝堂全体へ響き渡る。
「この聖別洗礼式をもって、あなたはグラシエル教の正式なる信徒となります」
「はい」
「そして同時に――」
猊下が振り返る。
そこには、この国の王族と貴族たちがいる。
「アンティクイランド王国第一王子として、その身分と王位継承順位第一位の地位を、神と国民の前に正式に示すこととなります」
なるほど。
やはり、ただの洗礼ではない。
これは宗教儀式であると同時に、政治的な意味も持っている。
俺は背筋を伸ばした。
猊下が神官へ視線を向ける。
「聖水を」
「はい」
神官が銀の器を運んできた。
器の中には、透明な水が満たされている。
その水面には一枚の白薔薇の花弁が浮かんでいた。
「グラシエルの聖花……か」
思わず小さく呟く。
アウレリウス猊下が僅かに微笑んだ。
「よくお気づきになりましたな」
「はい」
「白薔薇は清らかさと再生の象徴。そして、グラシエルが民に与える慈愛を表しております」
なるほど。
この国では、白薔薇は単なる花ではないらしい。
猊下が銀の器へ手をかざす。
すると――。
水面が淡く輝いた。
「……!」
魔力。
間違いない。
神官たちが低い声で祈りを唱え始める。
「偉大なるグラシエルよ」
「この子を御身の御許に迎え給え」
「その歩みに光を」
「その魂に祝福を」
そして、アウレリウス猊下が聖水に指を浸した。
その指先が、俺の額へ触れる。
ひんやりとした感触。氷雪の女神にちなんで雪からとった氷水を使ってるとか。
「レノウィウス・ゲンス・デイ・アンティクイランド」
「汝はグラシエルの御名を受け入れますか」
俺は答える。
「はい」
「グラシエルの教えを尊び、弱き者を守り、民を慈しむことを誓いますか」
結婚式かよ!
「誓います」
猊下が頷いた。
「ならば――」
聖水が、額から頬へ一滴流れる。
「グラシエルの御名のもとに、汝を聖別する」
その瞬間。
礼拝堂に設置された鐘が鳴り響いた。
――ゴォォン。
一度。
二度。
三度。
大きな鐘の音が礼拝堂を震わせる。
そして猊下が高らかに宣言した。
「ここに――」
「レノウィウス・ゲンス・デイ・アンティクイランド殿下を、グラシエル教の正式なる信徒として認める!」
「そして――」
「アンティクイランド王国第一王子として!」
「王位継承順位第一位の王族として!」
「神と王国の前に、正式に承認する!」
その瞬間。
礼拝堂にいた全員が一斉に頭を垂れた。
「「「グラシエルの御加護を!」」」
その声が礼拝堂中に響き渡る。
俺はその光景を見つめた。
五年前。
俺は何も知らない赤ん坊だった。
そして今。
俺は正式に――
アンティクイランド王国第一王子、レノウィウス・ゲンス・デイ・アンティクイランドとして、この国に認められた。
そして__
「最後に、魔力測定を行います。」
「魔力は正面にある猊下が頷いた。
「ならば――」
聖水が、額から頬へ一滴流れる。
「グラシエルの御名のもとに、汝を聖別する」
その瞬間。
礼拝堂に設置された鐘が鳴り響いた。
――ゴォォン。
一度。
二度。
三度。
大きな鐘の音が礼拝堂を震わせる。
そして猊下が高らかに宣言した。
「ここに――」
「レノウィウス・ゲンス・デイ・アンティクイランド殿下を、グラシエル教の正式なる信徒として認める!」
「そして――」
「アンティクイランド王国第一王子として!」
「王位継承順位第一位の王族として!」
「神と王国の前に、正式に承認する!」
その瞬間。
礼拝堂にいた全員が一斉に頭を垂れた。
「「「グラシエルの御加護を!」」」
その声が礼拝堂中に響き渡る。
俺はその光景を見つめた。
五年前。
俺は何も知らない赤ん坊だった。
そして今。
俺は正式に――
アンティクイランド王国第一王子、レノウィウス・ゲンス・デイ・アンティクイランドとして、この国に認められた。
……悪くない。
そう思った。
だが。
「殿下」
アウレリウス猊下が静かに声をかける。
「聖別洗礼式は、まだ終わっておりません」
「これより、魔力測定を開始します。この魔方陣の中央におたちください。そうすれば神が神器――**聖環**を通してお答えになります。」
「魔力は3段階で評価されます。無反応が魔力なし。これは平民の反応です。
魔法陣と神器が白く光れば貴族、神官レベル。騎士が使うような身体強化魔法、武具強化魔法が行使可能です。
水色に光れば、王族レベル。上級身体強化魔法、上級武具強化魔法を行使可能です。
そして300年に一度の確率で生まれる神に祝福されし者の場合、魔法陣が碧く光り浮かび上がり、神器から碧く透明な氷が形を成し神に祝福されし者に神器を授けます。」
アウレリウス猊下が俺に言う
「では、魔法陣の中央におたちください」
魔法陣が淡く輝き始める。
碧く美しく光り浮かび上がる魔法陣は神秘的っだった。
そして、四方の小さな魔法陣が最初に浮かび上がった中央の大きな魔法陣に重なり合うように広がっていく。
そこでグラシエル神像の胸元。
そこに埋め込まれていた白銀の金属とも、石ともつかない不思議な灰色の物質。
神器――**聖環**
その物質がまるでサファイアのような美しい宝石に変化し、
そこから碧くゆらゆらと立ち上る冷気のようなものが魔法陣を囲み、
俺の目の前にその冷気が集まってくる。
そして俺の前に一本の剣が現れた。
神器から生み出されたそれは、これまで見たことのないほど美しい剣だった。
まず目を奪われたのは、その刀身だ。
色は一言で表すなら――碧。
海のような濃い青でもない。
空のような淡い青でもない。
深いところでは青く、光を受けた部分では水色に近い透明感を帯びる。
まるで、凍りついた泉そのものを一本の剣にしたような色だった。
刀身は極めて透明度が高く、向こう側が僅かに透けて見える。
しかし、完全な透明ではない。
内部には細かな光の筋が幾重にも走っており、それらが刃の内部でゆっくりと揺らめいている。
光の角度によって、青から碧へ。
碧から白銀へ。
そして再び、深い碧へ。
見る角度によって表情を変える。
それなのに、不思議と派手さはない。
むしろ――静かだった。
美しい。
ただ、それだけだった。
刀身には余計な彫刻も、宝石も、金の装飾もない。
あるのは、極限まで磨き上げられた刃そのもの。
その細身の刀身は根元から先端へ向かって僅かに細くなっており、切っ先は鋭く、そして長い。
……細い
思わず呟く。
見た目からして、叩き潰すための剣ではない。
重量で相手を押し切る大剣とも違う。
分厚い刀身で鎧ごと叩き割るような武器でもない。
これは――斬るための剣だ。
力任せに振り下ろすのではなく。
正確な軌道で刃を通し。
最小限の力で。
一瞬のうちに対象を切り裂く。
そのために、すべてが設計されている。
鍔もまた、華美な装飾は施されていない。
細く、流線的な銀色の金属が左右へ伸び、刀身を守る最低限の形状にまとめられている。
柄は刀身と同じく碧を基調としている。
握りやすいよう細かく加工されており、光を受けるたびに表面が淡く輝く。
柄頭には小さな結晶が一つだけ埋め込まれている。
それもまた、碧。
だが、これ見よがしに輝くことはない。
まるで刀身の美しさを邪魔しないように、静かにそこに存在している。
そして何より特徴的なのは――刃の薄さだった。
正面から見れば、十分な強度を持つ剣に見える。
しかし横から見ると、その刀身は驚くほど薄い。
……これ、本当に剣なのか?
そう思ってしまうほどだ。
けれど。
俺は直感的に理解した。
この剣は――
叩き斬るために存在しているのではない。
刃を対象へ当てる。
力を込める。
そんな使い方すら、この剣にとっては本質ではない。
必要なのは、正確な軌道。
速度。
そして――刃を通す技術。
一度振れば、相手を吹き飛ばすような豪快な剣ではない。
一閃。
ただ一閃。
その一撃が、音もなく対象を切り分ける。
そんな剣だった。
そして、その刀身から僅かに立ち上る冷気。
周囲の空気が薄く白く霞む。
床に落ちた冷気が、ほんの僅かに霜を作る。
それでも刀身そのものは凍りついているわけではない。
むしろ――刀身そのものが冷気を生み出しているように見える。
俺は目の前に浮かぶ剣を見つめた。
華美な装飾はない。
黄金もない。
巨大な宝石もない。
神々しい彫刻すらない。
それなのに。
いや――だからこそ美しかった。
余計なものをすべて削ぎ落としたような、純粋な美しさ。
まるで――
碧い氷そのものが、剣という形を与えられたようだった。
こうしてこの剣の美しさに呆けていると。
「確認いたしました」
アウレリウス猊下が静かに口を開いた。
その声には、驚きも興奮もなかった。
ただ、長年神殿を預かってきた者らしい落ち着きがあった。
「レノウィウス・ゲンス・デイ・アンティクイランド第一王子殿下」
「はい」
「魔力測定の結果を申し上げます」
猊下は魔法陣と神器を一度確認してから、俺を見る。
「碧色級でございます」
「……碧色級」
聞き慣れない言葉だった。
「これは……凄いんですか?」
思わず尋ねる。
猊下は少しだけ間を置いた。
「非常に珍しい反応でございます」
「珍しい?」
「はい」
猊下は淡々と説明する。
「現在確認されている一般的な魔力階級では、白色級、水色級がございます」
「白色級は貴族や神官、騎士などに多く、水色級は王族に見られることが多い階級です」
「では、碧色級は?」
「古い記録にのみ残る特殊な階級でございます」
猊下が俺の手元へ視線を落とす。
「神器が通常とは異なる反応を示し、碧色の魔法陣が現れた場合にのみ、その可能性が確認されます」
「……」
「最後に確認された例は、およそ三百年前です」
「三百年前……」
俺は思わず剣を見る。
これが、三百年ぶりということか。
……と言われても。
正直、実感がない。
「つまり、俺は……」
「非常に珍しい魔力を持っている」
猊下はそう言った。
「それ以上のことは、現時点では断言できません」
「……え?」
意外な答えだった。
「碧色級だからといって、すぐに強大な魔法が使えるというわけではございません」
「魔力の量、適性、制御能力、そして実際の魔法技術は、それぞれ別のものです」
「殿下がどれほどの魔法を扱えるようになるのかは――」
猊下は一度言葉を切る。
「これからの鍛錬次第でございます」
「……なるほど」
少し安心した。
三百年に一度とか言われたから、いきなり何でもできるようになるのかと思った。
そんな都合のいい話ではないらしい。
猊下は続ける。
「ただし」
「はい」
「この神器が殿下に応じたことには、宗教的にも歴史的にも大きな意味がございます」
その言葉に、周囲から再び小さなどよめきが起こる。
しかし、猊下はそれ以上を語らなかった。
「現段階では、これ以上の判断はいたしません」
「まずは殿下ご自身の魔力について、慎重に調べていく必要がございます」
「分かりました」
俺は頷いた。
そして、もう一度剣を見る。
碧い刀身。
静かな冷気。
俺の手に収まるには、まだ少し大きい。
「……綺麗だな」
思わず呟く。
アウレリウス猊下が微笑んだ。
「ええ」
「それは間違いなく、殿下だけの神器でございます」
俺は剣に触れる。
冷たい。
けれど、不思議と嫌な冷たさではなかった。
むしろ――どこか懐かしい。
そんな気がした。
「では、神器については神殿にて正式に記録を――」
そのときだった。
「猊下」
一人の神官が、慌てた様子で近づいてきた。
「どうしました?」
「記録の扱いについてですが……」
神官が声を潜める。
「この件は、どこまで公開するのでしょうか」
「…………」
アウレリウス猊下は少し考える。
そして。
「本日の式において確認された事実のみを記録してください」
「碧色級については?」
「神殿上層部と王家による協議が必要です」
「では、一般への発表は――」
「まだ行いません」
俺は二人の会話を聞きながら首を傾げた。
……なんだか、思ったより大事な話になっている。
しかし。
その意味を、このときの俺はまだ理解していなかった。
三百年ぶりに確認された魔力。
神から授けられた神器。
そして、それを巡って生まれる政治的な思惑。
そんなものが、五歳の俺の知らないところで動き始めていたことを。
――この日の俺は、何も知らなかった。
ただ。
母上に褒めてもらえるだろうか。
それだけを考えていた。
ちょっと不穏な雰囲気になってきたぞ...ニマァ




