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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第3章 第二王妃ヴィクトリア
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第69話 母

 第二王子宮の扉の前で、ルキウスと数人の護衛が俺たちを待ち構えていた。


 第二王子宮を包囲してからしばらくが経ち、王族居住区域の戦闘はほとんど終わっている。第四軍団と第五軍団の大半は武器を置き、なおも抵抗を続けている者たちも徐々に追い詰められていた。戦場となった廊下を抜け、俺は第一軍団の兵士たちを伴って第二王子宮へ向かったが、最後の扉だけは俺自身で開けるつもりだった。


「殿下、ここから先は――」


「分かっている」


 俺は兵士を制した。


「中には父上がいる。大勢で突入すれば、それだけ危険になる」


 俺は一人で前へ進んだ。


 すると、扉の前に立っていたルキウスが剣を抜いた。


「……兄上」


「ルキウス」


 互いに視線が交わる。


 ルキウスの後ろには、数名の護衛兵がいる。彼らはヴィクトリアを守るためにここまで残ったのだろう。王宮の他の場所ではすでに決着が近づいている。それでも、この場所だけはまだ終わっていない。


「そこを通してくれ」


「できない」


 ルキウスは小さく首を振った。


「母上を守る」


「お前も知っているだろう。もう、母上の計画は終わっている」


「それでも」


 ルキウスは剣を構えた。


「ここを通すわけにはいかない」


 俺は一瞬だけ目を閉じた。


「……そうか」


 次の瞬間、ルキウスが踏み込んできた。


 剣がぶつかる。


 俺は受け流し、距離を取る。ルキウスは何度も斬り込んでくるが、これまでとは違っていた。彼の剣には迷いがある。それでも、母親を守るという意思だけは明確だった。


「兄上!」


 再び剣がぶつかる。


「どうして、母上を止められなかった!」


「お前も止めようとしただろう」


「でも、止められなかった!」


 俺は答えなかった。


 戦場の音が遠く聞こえる。


 弟と剣を交えている。


 それだけが、妙に現実味を持っていた。


「ルキウス」


「……何だ」


「もう、終わらせよう」


「……」


「これ以上、王国の兵士を戦わせる必要はない」


 ルキウスはしばらく俺を見つめていた。


 そして。


「……僕には、もう分からない」


 小さく呟く。


「母上が正しいのか、兄上が正しいのか。それすら分からない。でも……母上を置いて逃げることだけはできない」


 俺は剣を握り直した。


「なら、俺がお前を止める」


 互いに踏み込む。


 数度の打ち合いの後、俺はルキウスの剣を弾き


 俺はルキウスの胸部を切り裂く

 

 ルキウスの影が二つになりそして倒れた。


 これで俺は弟殺しか....


 必要なことだ。割り切るしかないのだろう


 「ルキウスにグラシエルのお導きが天界においてあらんことを。」


 俺はそう祈り弟の遺体の影を超え


 俺はそのまま扉へ手を伸ばした。


 重い扉が開く。


 その向こうには。


 ヴィクトリアが立っていた。


 その姿は、不思議なほど堂々としていた。


 乱れた衣服も、疲労も、目の前まで迫った敗北も、彼女の表情からはほとんど感じられない。


「……来ましたね、レノウィウス」


「ヴィクトリア」


 俺は剣を下ろしたまま、彼女を見る。


 その横には、寝台に横たわる父上がいる。医師が処置を続けているが、意識は戻っていない。


 俺は父上を見た後、再びヴィクトリアへ視線を戻した。


「終わりだ」


「ええ」


 意外なほど素直な返事だった。


「どうやら、私の負けのようですね」


「第四軍団と第五軍団は崩れた。王宮もこちらが掌握している。カヴィーレスターン軍にも使者を送った。もう、お前の計画を進めることはできない」


「そうでしょうね」


 ヴィクトリアは微笑んだ。


 そして、静かに窓の外へ視線を向けた。


「……少しだけ、昔の話をしてもいいでしょうか」


「何?」


「私が、なぜここまでしたのかです」


 俺は黙って聞くことにした。


「私は幼い頃、アエテリア帝国の属国だったアイティクイ公国で育ちました」


 その言葉に、俺は少しだけ目を細めた。


「ルイーナエ大戦によって、アイティクイランド王国が成立した時、私はまだ子供でした。でも、あの日のことだけは覚えています」


 ヴィクトリアの表情が僅かに柔らかくなる。


「王国が生まれたことを知ったアイティクイ民族の人々の顔。泣いている人。笑っている人。これからは自分たちの国で生きていけるのだと、初めて希望を持った人たちの顔です」


 彼女はゆっくり言葉を続けた。


「私は、その顔を見て思いました。この人たちを守らなければならない。この民族を、アイティクイの民を、二度と大国の都合で踏みにじらせてはいけないと」


 俺は黙っていた。


「でも、現実は残酷でした」


 ヴィクトリアは苦笑する。


「アイティクイランド王国は、大国にはなれなかった。アエテリア帝国とエクィトゥム王国の間に置かれた、ただの緩衝材です。どちらかにとって不要になれば、切り捨てられる。戦争が起きれば最初に踏み潰される。平和な時でさえ、大国との関係を保つために国家予算の異常な割合を外交へ回し続けなければならない」


「……」


「私は何度も考えました。この国に、どれほど長い未来があるのだろう、と」


 ヴィクトリアの声に、初めて悲しさが混じった。


「帝国が再び力を取り戻した時、帝国を裏切った反乱国家として我が国を処理する可能性は高い。帝国から見れば、アイティクイランド王国は一度自分たちから離れた国です。ならば、帝国が立て直された時に滅ぼされるよりも」


 一度、言葉を切る。


「こちらから頭を下げた方がいいのではないか。帝国へ従属する代わりに、少しでも優位な条件を引き出せるのではないか。国を残し、民を残し、アイティクイの民の安寧を守ることができるのではないか」


 それが。


 彼女が長い年月をかけて行き着いた答えだった。


「そして、ルキウスが生まれた頃です」


 ヴィクトリアは、隣にいる息子を見る。


「帝国皇帝から、私の元へ一通の密書が届きました」


「その時、私は決意しました」


 ヴィクトリアはまっすぐ俺を見る。


「この国を私が掌握する。そして帝国へ従属する。その代わり、アイティクイ民族が生き残れるだけの条件を帝国から引き出す」


「だから、第二王子派を作った」


「ええ」


「俺との王位継承争いを続けた」


「そうです」


「そして最後には、カヴィーレスターンと帝国まで利用しようとした」


「……ええ」


 ヴィクトリアは静かに頷いた。


「兄にも相談しました。私一人では何もできない。だから、第二王子派をまとめました。私はずっと、この国を残すために戦っていたつもりです」


「そのために、父上を毒で倒したのか」


 ヴィクトリアは一瞬だけ目を伏せた。


「……必要だと思っていました」


「俺を殺すつもりだったのか」


「あなたが王になれば、私の描いた未来はなくなる」


 そして。


「だから、あなたを止める必要があった」


 俺はしばらく何も言わなかった。


 彼女の考えは間違っている。


 少なくとも、俺はそう思う。


 外国へ従属してでも民族を守るという選択が、本当に民のためになるのか。


 この国を守るために、この国そのものの主権を捨てていいのか。


 俺には、答えが違う。


「ヴィクトリア」


「はい」


「貴方が守ろうとしたものを、俺は否定しない」


 彼女が僅かに目を見開く。


「アイティクイの民を守りたかった。その気持ちは分かる」


「……」


「でも、俺は別の道を選ぶ」


 ヴィクトリアは、しばらく俺を見つめていた。


 そして。


 初めて、穏やかな笑みを浮かべた。


「そうですか」


 その声は、これまで聞いたどの言葉よりも静かだった。


「もう、これまでのようですね」


そして俺に向かって何かを投げてくる。


俺はそれを受け取った。


「瓶?」


「解毒薬よ。陛下に飲ませなさい。」


ヴィクトリアは俺を見据えて静かに口を開く


「貴方の勝ちよ。」


 その声には、敗北への悔しさよりも、最後まで自分の信念を貫いた者の強さがあった。


「だから、レノウィウス」


 一歩、前へ出る。


「あなたが決めた道を、何としてでも進みなさい!」


 その言葉が、部屋へ響いた。


「アイティクイランド王国を、あなたのやり方で守りなさい。誰かに支配される未来を選ばなくても、この民族を生かせる国を作れるというのなら――」


 ヴィクトリアは強い眼差しで俺を見る。


「その未来を、あなた自身の手で掴みなさい」


 俺は何も言えなかった。


 敵だった。


 父上を傷つけた。


 王国を危険にさらした。


 俺を殺そうともした。


 それでも。


 今、目の前にいるのは。


 自分の信じた方法で、必死に国を守ろうとした一人の王妃だった。


「……分かりました。」


 俺は静かに答えた。


「俺は、俺の道を進むみます。母上。」


 俺の答えにヴィクトリアは少し目を見開いたが満足したように微笑んだ。


 そして、彼女は


 近くに置いてあった短剣を取り出し


 そして_


 彼女の影と短剣の影が重なった。


 そして、俺は『母上』に


 小さく声を掛けた。


「守ります。なんとしても」


 その言葉の向こうに。


 春が待っている。


 卒業。


 成人。


 立太子。


 ティアとの婚約。


 そして。


 これから始まる、新しい国の未来が。

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