第68話 包囲
王族居住区域でヴィクトリアの陰謀が暴露され、第四軍団と第五軍団の兵士たちに動揺が広がったことで、王宮中央の戦況は大きく変わった。降伏する者が次々と現れ、なおもヴィクトリアへの忠誠を叫んでいた者たちも、周囲の兵士たちから説得されるようになっていく。第一軍団、第二軍団、第三軍団による包囲が完成する頃には、第四軍団と第五軍団はもはや王宮を制圧する軍ではなく、王宮の一角へ追い詰められた反乱軍へと変わっていた。
そして、その中心にいたヴィクトリアもまた、ようやく自分たちの敗北が近いことを悟った。
「第二王妃殿下、これ以上は危険です!」
「分かっています」
ヴィクトリアは落ち着いた声で答えた。
「国王陛下を移します」
医師たちは驚いた。
「しかし、陛下はまだ治療の途中です。ここから移動させれば――」
「ここに置いておけば、第一王子側に確保されます」
ヴィクトリアは迷わなかった。
「それだけは避けなければなりません」
国王アウレリウスは、毒によって意識が朦朧としたまま横たわっている。顔色は悪く、呼吸も安定していない。それでも、ヴィクトリアにとってはまだ利用価値のある存在だった。
国王が生きている。
それだけで、彼女は「王妃として国王を守っている」という立場を主張できる。
だからこそ。
この場から連れ出す。
「ルキウスを呼んでください」
「殿下を?」
「ええ」
ほどなくして、ルキウスが連れてこられた。
「母上……」
「ルキウス、ここから移動します」
「どこへ?」
「第二王子宮です」
「でも、外ではまだ戦って――」
「だからです」
ヴィクトリアは息子の言葉を遮る。
「ここにいても包囲されます。第二王子宮なら、まだ守りやすい」
ルキウスは不安そうに父親を見る。
「父上は……?」
「一緒に連れていきます」
「そんな状態で?」
「国王陛下をこちらの手から離すわけにはいきません」
その言葉を聞いて、ルキウスは僅かに目を伏せた。
母が父を心配しているのか。
それとも。
別の理由があるのか。
もう、ルキウスには分からなかった。
「……分かりました」
やがて少数の護衛が国王の寝台を運び始める。
ヴィクトリア、ルキウス、国王アウレリウス。
そして、わずかな護衛だけがその後ろへ続く。
戦場となった王族居住区域を抜け、第二王子宮へ向かう。
その姿を。
離れた場所からグラフィルが確認していた。
「殿下へ報告を」
「はい」
だが。
その必要はなかった。
すでに俺自身が、その動きを把握していた。
「第二王子宮へ逃げたか」
「はい」
グラフィルが頷く。
「国王陛下も一緒です」
「分かった」
俺は地図へ目を落とした。
第二王子宮は王族居住区域の一角にあり、簡単に抜け出せる場所ではない。しかも今は第一軍団、第二軍団、第三軍団が周囲を押さえている。
なら。
もう逃げ道はない。
「第二軍団と第三軍団には、周囲を完全に包囲させろ」
「承知しました」
「ただし、すぐに突入はしない」
「……?」
グラフィルがこちらを見る。
「国王陛下が中にいる。下手に攻撃すれば父上を巻き込む」
「確かに」
「それに、ルキウスもいる」
俺は一度、深く息を吐いた。
ここから先は。
軍隊同士の戦いではない。
王族同士の話になる。
「俺が行く」
「殿下自ら?」
「ああ」
俺は立ち上がった。
「ヴィクトリアを終わらせる」
そして。
「ルキウスとも、決着をつける」
グラフィルは何も言わず、ただ一礼した。
俺は第二王子宮へ向かった。
王宮の各所には、まだ戦闘の痕跡が残っている。
倒れた盾。
落ちた武器。
傷ついた兵士。
壁に残る戦闘の跡。
ほんの数時間前まで、ここは卒業を祝うための王宮だった。
それが今では。
王国の命運を決める戦場になっている。
やがて。
第二王子宮が見えてきた。
その周囲には、すでに第一軍団と第二軍団、第三軍団が展開している。
「殿下」
指揮官が敬礼する。
「中の様子は?」
「少数の護衛が門を固めています。こちらへ攻撃を仕掛けてくる様子はありません」
「国王陛下の治療は?」
「中にいる医師が続けているようです」
「分かった」
俺は門の前へ進み出た。
「俺一人で話す」
「危険では?」
「兵士を入れれば、父上まで危険になる」
俺は第二王子宮を見上げた。
「それに、これ以上大きな戦闘にする必要はない」
そして。
「ヴィクトリアに伝えろ」
俺は門へ向かって声を張った。
「俺が来た」
しばらくして。
第二王子宮の上階に人影が現れた。
ヴィクトリアだった。
「レノウィウス……」
「ヴィクトリア」
俺はまっすぐ見上げた。
「終わりだ」
ヴィクトリアは、静かに笑った。
「まだ終わっていません」
その言葉に。
俺は剣へ手を添えた。
「もう、兵士たちはあなたについていかない」
「兵士など、また集めればいいのです」
「外国軍も?」
ヴィクトリアの表情が僅かに変わる。
「カヴィーレスターン軍は?」
さらに続ける。
「帝国軍は?」
「……」
「あなたが作ろうとした計画は、もう崩れ始めている」
ヴィクトリアはそれでも笑った。
「それでも私は、この国を諦めません」
俺は静かに答えた。
「なら、ここで終わらせる」
そして。
第二王子宮を囲む軍勢が、静かに構えを整えた。
長い夜は。
ようやく最後の段階へ入った。




