第67話 暴露
第一王子宮での戦闘が終わった頃、王宮中央ではまだ第四軍団と第五軍団が第一軍団を押し切ろうと激しく動いていた。だが、後方から第二軍団と第三軍団が到着したことで戦況はすでに大きく変わり始めている。正面では第一軍団が第四軍団と第五軍団を足止めし、後方から第二軍団と第三軍団が圧力をかける。これまで王宮を制圧する側だった第四軍団と第五軍団は、いつの間にか自分たちが包囲される側へと変わっていた。
そして俺は、第一王子宮から中央の王族居住区域へ戻ってきた。身体にはまだ負傷の影響が残っており、先ほどの戦闘で無理をしたせいか傷の奥には鈍い痛みが残っている。それでも今は休んでいる場合ではない。第一軍団からの報告、第二軍団と第三軍団の到着、そしてヴィクトリア側の部隊が徐々に追い詰められているという情報を確認しながら、俺は王族居住区域の大広間へ向かった。
そこには、すでに多くの人間が集まっていた。王族に仕える侍従、近衛、王宮付きの貴族、第一軍団や第二軍団、第三軍団の指揮官たち、そして状況を理解できず不安そうにしている兵士たち。目の前で同じ王国の兵士同士が戦っている以上、ここにいる者の多くは何が起きているのか正確には理解できていないのだろう。
俺はその中央へ進み出た。
「全員、聞いてくれ」
戦闘の音が遠くから響いている。その中で俺の声が大広間へ広がっていく。
「今夜、王宮で起きていることについて、俺から説明する」
誰も口を挟まない。
俺はまず、父上へ視線を向けた。
まだ治療が続いている。
医師たちが懸命に処置をしているが、国王アウレリウスは毒によって瀕死の状態にある。俺が今ここで語る言葉の一つ一つが、この後の王国の命運を左右する。
「まず、国王陛下へ毒を盛ったのは、第一王子である私ではない」
ざわめきが起こった。
第四軍団と第五軍団の兵士たちの間にも、不安そうな表情が広がる。
「そして、今この王宮で起きている戦闘も、国王陛下を守るために始まったものではない」
「では、何のためだ!」
第四軍団側から声が上がる。
俺はその問いに、すぐ答えた。
「反乱だ」
大広間の空気が変わった。
「ヴィクトリア第二王妃は、卒業式の夜に国王陛下へ毒を盛る計画を立てていた。父上を殺すのではなく、瀕死にして政務を行えない状態にし、その後で第四軍団と第五軍団を動かしていた」
「そんな……」
「我々は国王陛下を保護するために……」
兵士たちの間から戸惑いの声が漏れる。
俺は一歩前へ出た。
「お前たちがそう信じていることは分かっている。だからこそ、今から一つずつ説明する」
俺はグラフィルから受け取った書状の複製を掲げた。
「これは、アルゲントゥム商会残党の船から確保した暗号文を解読したものだ。差出人はヴィクトリア第二王妃。そして宛先は、カヴィーレスターン・スルタン国第十八代スルタン、ザフィール・アル=ラシード」
今度は、はっきりとした動揺が広がった。
「カヴィーレスターン……?」
「どうして第二王妃が……」
俺は続ける。
「書状には、卒業式の夜に国王陛下へ毒を盛る計画が記されている。そして、その後に第四軍団と第五軍団を王宮へ進ませ、国王陛下を『保護』する名目で確保する」
第四軍団の兵士たちの顔から、次第に血の気が引いていく。
「その上で、第一王子である俺を国王暗殺未遂の犯人として拘束する予定だった」
「……」
「お前たちは、そのために王宮へ入れられたんだ」
誰も答えなかった。
戦場の喧騒さえ、一瞬遠くなったように感じられる。
「しかし、それだけではない」
俺は別の資料を取り出した。
「ヴィクトリアは、カヴィーレスターン軍三千をガルディシア伯爵領へ受け入れる計画まで立てていた」
「三千……」
「そして、その後にガルディシア伯爵領をカヴィーレスターンが占領したという口実を作る」
アトラシート伯爵が周囲へ視線を走らせた。
「占領を……自分たちで作る?」
「そうだ」
俺は頷く。
「そして、その状況を利用してカヴィーレスターンを裏切り、帝国へ救援を求める」
ここで、別のざわめきが起こった。
「帝国?」
「まさか……」
「その先に、何があると思う?」
俺は全員へ問いかける。
「帝国軍一万五千を国内へ呼び込む計画だ」
大広間が静まり返った。
「そして、帝国に助けてもらったという既成事実を作る。その上で、帝国への従属を受け入れる派閥を国内に形成する」
俺はゆっくりと周囲を見渡した。
「つまり、これは国王を守るための戦いではない」
声を張る。
「王国を外国へ売るための反乱だ!」
その言葉が王族居住区域へ響いた。
第四軍団の兵士たちが互いに顔を見合わせる。
第五軍団の中にも、武器を構えたまま動きを止める者がいる。
「俺たちは……」
「騙されていたのか……?」
「そんな命令だとは聞いていない」
「国王陛下をお守りするためだと……」
そうだ。
彼らの多くは、今回の計画の全貌を知らない。
ただ上官から命令され、国王陛下が危険だと聞き、王宮へ向かっただけだ。
だからこそ。
このまま殺し合いを続ける意味はない。
「聞いてくれ!」
俺はもう一度声を張った。
「私は、お前たち全員を敵とみなしているわけではない!」
その言葉に、兵士たちが顔を上げる。
「この計画を知っていた者と、知らずに命令へ従った者を同じ扱いにはしない。王国を守るために動いたつもりだった者まで、反乱者として処罰するつもりはない」
俺は第一軍団の指揮官へ視線を送る。
「武器を置く者には、降伏する機会を与える」
第一軍団の指揮官が頷いた。
「承知しました」
「本当に……?」
第五軍団の兵士の一人が呟いた。
「本当に、俺たちは助かるのか?」
「計画を知らず、国王陛下を守るために動いたのであれば、必要以上に命を奪うつもりはない」
俺は明確に答えた。
「だから、自分が何のために戦っているのかを考えてくれ」
戦場にいた兵士たちの間へ、沈黙が広がる。
先ほどまで鋭く向けられていた武器のいくつかが、少しずつ下がっていく。
だが。
全員が納得したわけではない。
「殿下!」
第四軍団側の指揮官が叫んだ。
「その書状が本物だという証拠は!」
当然の質問だった。
俺はその言葉に頷いた。
「今ここで、全員が納得するほどの証拠を揃えているわけではない」
大広間が再び静かになる。
「だからこそ、卒業式の前に告発して全てを止めることはできなかった」
俺は続けた。
「書状が偽造だと言われれば、それで終わる可能性がある。ヴィクトリア本人との関係、第四軍団と第五軍団との連携、カヴィーレスターンとの取引、帝国への要請。その全てを一度に証明するには、まだ証拠が足りなかった」
「……」
「そして、仮に告発したとしても、それで内乱が止まるとは限らなかった。ヴィクトリアが計画を変更し、別の方法で父上を狙えばいい。だから俺たちは、相手が動くことを前提に準備した」
俺は第四軍団と第五軍団の兵士たちを見た。
「今、ようやくお前たちの目の前で起きていることが、その証拠の一つだ」
彼らが王宮へ突入した。
第一軍団が待ち構えていた。
第二軍団と第三軍団が後方から来た。
父上が毒で倒れた。
全てが、事前に掴んでいた計画と一致している。
「だから、今ここで真実を伝える」
俺は書状を下ろした。
「これ以上、何も知らない兵士同士で戦わせないために」
その言葉の直後。
一人の第四軍団兵士がゆっくりと槍を下ろした。
「俺は……降ります」
別の兵士が続く。
「俺もだ」
しかし、その瞬間だった。
「惑わされるな!」
反対側から声が飛んだ。
「第一王子が自分を正当化するために作った偽書だ!」
「そうだ! 我々は国王陛下を守る!」
まだヴィクトリアを信じる者もいる。
そして、その兵士たちが再び武器を構える。
だが、先ほどまでとは違う。
迷いがある。
疑念がある。
そして。
戦う理由そのものが揺らいでいる。
「それでいい」
俺は小さく呟いた。
全員を一度に説得する必要はない。
重要なのは。
戦う前に知らされなかった事実を、できるだけ早く伝えること。
そして、降伏する者には降伏する道を残すこと。
戦場で命を奪う前に、選択肢を与えること。
それだけでも、中央軍の損害は大きく変わる。
「第一軍団!」
俺は叫んだ。
「前進する。ただし、降伏する者には手を出すな!」
「了解!」
「第二軍団、第三軍団!」
遠くから返事が響く。
「第四軍団と第五軍団を包囲しろ!」
「承知!」
戦場が再び動き始める。
だが。
先ほどまでとは違う。
第四軍団と第五軍団の兵士たちの中には、武器を下ろす者がいる。
仲間を説得しようとする者もいる。
命令に疑問を持ち始める者もいる。
反乱軍として戦い続ける者だけが、残っていく。
俺はそれを見ながら、もう一度だけ王族居住区域の奥へ視線を向けた。
そこには。
父上がいる。
そして。
ヴィクトリアもいる。
まだ終わっていない。
だが、少なくとも今。
この戦場にいた兵士たちへ、選択肢を与えることはできた。
そしてそれが。
この内乱を必要以上に血で染めないための、最初の一歩になる。
「……これでいい」
俺は静かに呟いた。
王国を守るために戦う。
しかし。
王国そのものを壊してしまうほど、無意味な殺し合いをするつもりはない。
ヴィクトリアの陰謀を暴き。
反乱に加担した者を見極め。
そして。
この夜を終わらせる。
俺は剣を握り直した。
その視線の先には。
第二王子宮へ向かう、ヴィクトリアたちの姿があった。




