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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第3章 第二王妃ヴィクトリア
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第64話 別動隊

 第一軍団と第四・第五軍団が中央宮殿でぶつかり合い、王宮全体が戦場へ変わり始めていた。俺は第一王子宮の近くに配置していた第一軍団から送られてくる報告を確認しながら、次に動くはずの第二軍団と第三軍団を待っていた。計画通りなら、第一軍団が第四・第五軍団を足止めしている間に後方から第二軍団と第三軍団が到着し、そのまま挟撃へ移る。そこでヴィクトリアの陰謀を暴露し、反乱軍の兵士へ降伏の機会を与える。あらかじめ考えていた通りの流れだった。


 少なくとも、そう思っていた。


「殿下」


 第一王子宮へ入ってきたグラフィルの顔を見た瞬間、俺は何かがおかしいことに気づいた。


「どうした?」


「報告があります」


「第四軍団と第五軍団か?」


「いいえ」


 その一言で、俺は顔を上げた。


「では何だ?」


「王族居住区域の西側にある小門が、内側から開けられました」


「……何?」


 俺は地図を見る。


 西側の小門。


 そこは王宮の主要な出入口ではない。普段から使用頻度が低く、第一王子宮へ直接繋がる道でもない。そのため、今回の防衛計画でも大軍を配置する必要はないと判断していた場所だった。


「第一軍団の監視対象には?」


「もちろん入っています。ただ、門そのものを守るほどの兵は置いていません」


「誰が開けた?」


「分かりません。門番は拘束されています」


 俺は眉を寄せた。


「第四軍団か?」


「数は少ないようです」


「少ない?」


「確認されたのは、およそ二十名程度です」


 俺は地図を見つめた。


 二十。


 王宮を制圧するには少なすぎる。


 第四軍団と第五軍団の主力なら、そんな小規模部隊をわざわざ分ける意味がない。


「目的は?」


「まだ不明です」


「進路は?」


 グラフィルが地図へ指を置いた。


「こちらです」


 指先が向かった先を見て、俺の表情が変わる。


 第一王子宮。


 そして。


「……サナとティア」


「はい」


 俺は立ち上がった。


「第一王子宮を狙っているのか?」


「その可能性が高いと思われます」


 頭の中で、これまでの計画が一瞬で組み変わる。


 俺はサナとティアを第一王子宮へ集めた。


 そこは俺が最も安全だと思っていた場所だ。


 第一軍団を配置している。


 王族居住区域の奥にある。


 正面から攻撃するには、中央宮殿の戦線を突破しなければならない。


 だからこそ、安全だと判断した。


 だが。


 ヴィクトリアは別の道を用意していた。


「……最初から、第一王子宮を正面から落とすつもりじゃなかったのか」


 俺は呟いた。


「どういうことですか?」


 グラフィルが尋ねる。


「第四軍団と第五軍団の主力に王宮正面を攻撃させる。それで第一軍団を中央へ引きつける。その間に少数部隊を別ルートから入れる」


 俺は地図を指でなぞった。


「目的は王宮制圧じゃない」


「……王族の確保」


「ああ」


 俺は即座に命令を出した。


「第一王子宮へ連絡。門を閉じろ」


「すでに伝令を向かわせています」


「第一軍団の予備兵力を回せ」


「承知しました」


「ただし、第二軍団と第三軍団の到着を待つ必要はない。今すぐ動かせ」


「はい」


 グラフィルが出ていこうとする。


「待て」


「はい」


「サナとティアには、絶対に第一王子宮の外へ出ないよう伝えろ」


「承知しました」


 俺はその場から離れようとした。


「殿下、どちらへ?」


「俺も第一王子宮へ行く」


「……殿下自身が?」


「ああ」


 グラフィルが一瞬だけ迷う。


「中央宮殿の戦線は?」


「第一軍団に任せる。あそこはすでに防衛線ができている」


 今は。


 サナとティアの方が危険だ。


 第一王子宮へ少数部隊が入り込めば、二人を人質にされる可能性がある。


 それだけは避けなければならない。


              ◆


 第一王子宮では、異変を知らされたサナとティアが互いに顔を見合わせていた。


「……レノは?」


 ティアが尋ねる。


「殿下は現在、第一王子宮へ向かわれております」


 侍女が答える。


「そう」


 ティアは窓の外を見た。


 遠くからは戦闘の音が聞こえている。


 今まで自分たちは安全な場所にいると思っていた。


 しかし。


 その安全そのものが、崩れようとしていた。


「サナ」


「うん」


「絶対に離れないでね」


「分かってる」


 サナは剣へ手を伸ばす。


「私だって王族なんだから、何もせずに怯えてるだけにはならない」


「でも、無理はしないで」


「ティアもね」


 二人がそう言葉を交わしていると。


「殿下!」


 外から声が響いた。


「敵部隊が西側から接近しています!」


「何人?」


「二十名ほど!」


 サナが顔を上げた。


「……二十?」


 その数を聞いて、ティアも息を呑む。


「少ない」


「でも、怖い」


 サナが答えた。


 大軍なら、目的が分かる。


 だが。


 少人数でわざわざここまで入り込んできた。


 目的は。


 明らかだった。


 人を取りに来ている。


              ◆


 同じ頃。


 ロリウスは西側の小門から王族居住区域へ入り、少数の兵士を率いていた。


「第一王子宮まで行く」


「はい」


「王女殿下とグラーティア殿下を確保する」


「承知しました」


「ただし、傷つける必要はない」


 ロリウスはそう命じた。


「我々が欲しいのは人質だ」


 それがヴィクトリアから与えられた命令だった。


 第一軍団を正面へ集中させる。


 その間に第一王子宮を奪う。


 サナは第一王女。


 ティアはエクィトゥム王国第三王女。


 二人を確保できれば。


 レノは戦場から動きを制限される。


 そしてエクィトゥム王国との軍事同盟も、婚約も、全てを政治的な人質として利用できる。


「あと少しだ」


 ロリウスが呟いた、その瞬間。


「そこまでだ」


 正面から声が響いた。


 ロリウスたちが一斉に足を止める。


 暗い廊下の先。


 そこに第一軍団の兵士たちが並んでいた。


 だが。


 その中央に立っている人物を見た瞬間、ロリウスの表情が変わった。


「第一王子……」


 レノだった。


「残念だったな」


 俺は剣を抜いた。


「ここへ来るのは、少し遅かった」


 ロリウスは周囲を見る。


 すでに退路は塞がれていた。


 少数で潜り込んだからこそ、こちらもすぐに対応できる。


 それでも。


 ロリウスは引かなかった。


「ならば、殿下ご自身を捕らえれば済む話です」


「そうか」


 俺は淡々と答えた。


「なら、試してみろ」


 廊下の奥で、第一軍団の兵士たちが構える。


 ロリウスの部隊も武器を抜く。


 中央宮殿では、まだ第四軍団と第五軍団が第一軍団と戦っている。


 第二軍団と第三軍団は、まもなく到着する。


 そしてこの場所では。


 ヴィクトリアが用意した「想定外の一手」と、俺自身が初めて正面からぶつかることになった。


 計画は。


 完全には崩れていない。


 だが。


 俺にとっても。


 初めて、予定表に存在しなかった戦いが始まった。

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