↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第3章 第二王妃ヴィクトリア
PR
187/327

第63話 挟撃

 王宮の中央で第一軍団と第四軍団・第五軍団が激しくぶつかり合っていた頃、第二王子ルキウスは自分の意思とは関係なく、複数の護衛に囲まれたまま王族居住区域の奥へ連れて行かれていた。遠くからは金属がぶつかる音や怒号が響き、普段ならば絶対に耳にすることのないような騒音が王宮の中へ入り込んでいる。何が起きているのかも、なぜ自分がこの場所へ連れてこられたのかも、ルキウスには分からなかった。


「母上はどこにいる?」


 何度尋ねても、付き従う者たちは曖昧な返事しかしない。


「第二王妃殿下がお待ちです」


「何が起きているのか教えてくれ」


「殿下には、まず安全な場所へ移動していただくよう命じられております」


「安全な場所って……」


 ルキウスは足を止めかけた。


 だが、後ろから促される。


「お急ぎください」


 やむなく歩き続ける。


 やがて、ヴィクトリアのいる部屋へ到着した。


「母上!」


 扉が開く。


 そこにはヴィクトリアがいた。


 いつもの落ち着いた表情だったが、すでに王宮の外で何が起きているのかを知っている者の顔をしていた。


「来ましたね、ルキウス」


「母上、何が起きているんですか?」


「国王陛下が倒れました」


「父上が?」


「ええ。毒を受けられたようです」


 ルキウスの顔が青ざめた。


「毒……?」


「現在、医師たちが治療しています。しかし、国王陛下は重篤な状態です」


「だったら、僕も父上のところへ――」


「必要ありません」


 ヴィクトリアが遮る。


「今は、別の役目があります」


「別の役目?」


「ええ」


 ヴィクトリアは窓の外へ目を向けた。


「第四軍団と第五軍団が王宮へ入りました」


「第四軍団と第五軍団が……?」


「国王陛下を保護するためです」


 ルキウスは理解できないという顔をした。


「でも、どうして軍団が王宮に?」


「今は非常事態です。国王陛下を守るには軍事力が必要なのです」


「それなら、僕は何をすればいいんですか?」


 ヴィクトリアは息子へ目を向けた。


「第四軍団と第五軍団の前へ行きなさい」


「……僕が?」


「ええ」


「どうして?」


「彼らを鼓舞するのです」


 ルキウスは固まった。


「僕が、軍団を?」


「そうです。あなたが直接兵士たちへ言葉を掛ければ、彼らは自分たちの行動が王族に認められていると理解します」


「でも、僕は何も知らない」


「知る必要はありません」


 その一言はあまりにも迷いがなかった。


「あなたは第二王子です。あなたがそこに立つだけで、第四軍団と第五軍団にとっては大きな意味があります」


 ルキウスは黙った。


 自分が何のために連れてこられたのか。


 ようやく少しだけ理解した。


 自分が戦うわけではない。


 自分に剣を握らせるつもりでもない。


 ただ。


 兵士たちの前に立たせる。


 自分の存在を、彼らの行動を正当化するために利用する。


「……分かりました」


 ルキウスは小さく頷いた。


 母がそこまで言うなら。


 自分にも何かできるのかもしれない。


 そう思うしかなかった。


              ◆


 ルキウスが第四軍団と第五軍団の前へ姿を現した時、王宮内では依然として第一軍団との戦闘が続いていた。


「ルキウス殿下だ!」


「第二王子殿下が来られたぞ!」


 兵士たちの間に声が広がる。


 ルキウスは周囲を見渡した。


 そこには、自分の想像していた軍隊とは違う光景があった。


 倒れている兵士。


 傷ついた者を運ぶ者。


 血で汚れた床。


 怒号。


 盾のぶつかる音。


 自分と同じ国の兵士たちが、王宮の中で剣を交えている。


 ルキウスの足が止まりそうになる。


 それでも。


 ヴィクトリアから言われた言葉が頭に浮かぶ。


 ――あなたが第二王子なのです。


 ――あなたの言葉が兵士たちを支えるのです。


 ルキウスは前へ出た。


「みんな!」


 声が響く。


 第四軍団と第五軍団の兵士たちが、一斉に振り返った。


「僕は第二王子、ルキウスだ!」


 緊張していた声が、少しずつ大きくなる。


「父上は今、危険な状態にある!」


 兵士たちが静かに聞いている。


「僕は、何が起きたのか全てを知っているわけじゃない!」


 その言葉に、自分自身でも少し驚いた。


 だが。


「それでも、父上を守らなければならない!」


 第四軍団の兵士たちから声が上がる。


「そうだ!」


「国王陛下を守れ!」


 ルキウスは拳を握った。


「だから、負けないでくれ!」


 兵士たちが声を上げる。


「第二王子殿下、万歳!」


「国王陛下のために!」


 ルキウスの言葉によって、第四軍団と第五軍団の兵士たちの士気が上がっていく。


 だが。


 その直後だった。


「後方から軍勢!」


「旗を確認しろ!」


「第二軍団です!」


「第三軍団もいるぞ!」


 王宮の別の通路から、一斉に兵士たちが現れた。


 第二軍団。


 そして第三軍団。


 彼らは王家の紋章を掲げ、戦闘態勢を整えたまま王宮内部へ進んでくる。


「挟まれたぞ!」


 第四軍団の兵士が叫ぶ。


「後退するな!」


「前方には第一軍団がいる!」


「左右も抜けないぞ!」


 戦況は一変した。


 第一軍団が正面から第四・第五軍団を押し止めている。


 そして今。


 後方から第二軍団と第三軍団が到着した。


 ヴィクトリアの計画では、第四軍団と第五軍団が王宮を制圧し、その後に他の軍団へ理解を求めるはずだった。


 しかし。


 理解を求める前に。


 包囲されてしまった。


「どうなっているんだ……」


 ルキウスが呟く。


 自分には分からない。


 母は、全て上手くいくと言っていた。


 第四軍団と第五軍団が王宮を押さえる。


 自分が兵士たちを鼓舞する。


 そうすれば終わる。


 そう聞いていた。


 なのに。


 今は、自分たちの軍が前後から挟まれている。


 その時。


「第四軍団、第五軍団の兵士たちへ告げる!」


 王宮の中央から、大きな声が響いた。


 ルキウスが振り向く。


 第一軍団の兵士たちの向こう。


 そこに立っていたのは。


 レノだった。


「……レノ」


 ルキウスの顔が強張る。


 レノは王宮の戦場を見渡し、第四軍団と第五軍団、そして周囲にいる兵士たちへ向けて声を張った。


「お前たちは、自分たちが何のためにここへ来たのか知っているか!」


 兵士たちの間にざわめきが走る。


「国王陛下を保護するためだ!」


 第四軍団側から声が返る。


「違う!」


 レノの声が響いた。


「お前たちは騙されている!」


 ルキウスの表情が変わった。


「国王陛下は、暗殺されたのではない!」


 兵士たちがざわつく。


「毒を盛ったのは――」


 レノは、その先の言葉をためらわなかった。


「第二王妃ヴィクトリアだ!」


 王宮内が静まり返った。


 第四軍団。


 第五軍団。


 第二軍団。


 第三軍団。


 全ての兵士が、一瞬だけ動きを止める。


「国王陛下を毒で瀕死にし、その上で第四軍団と第五軍団を動かして王宮を確保する。それがヴィクトリアの計画だった!」


「嘘だ!」


 第四軍団の兵士が叫ぶ。


「そんな証拠がどこにある!」


「ある」


 レノが手にしていた書類を掲げる。


「暗号化された書状だ。差出人はヴィクトリア。宛先はカヴィーレスターン・スルタン国第十八代スルタン、ザフィール・アル=ラシード!」


 兵士たちがざわめく。


「さらに、カヴィーレスターン軍三千を国内へ入れ、その後にガルディシア伯爵領を占領したという口実を作り、帝国へ救援を求める計画まで記されている!」


 誰も声を上げない。


「帝国軍一万五千を国内へ呼び込み、この国を帝国へ従属させる!」


 その言葉が。


 戦場の全てへ広がった。


「お前たちは!」


 レノの声がさらに大きくなる。


「国王陛下を守るために戦っているのではない!」


 一人の兵士が槍を下ろした。


 別の兵士も。


「お前たちは、王国を外国へ売り渡そうとする計画のために利用されている!」


「……そんな」


「俺たちは……」


「本当に……?」


 戦場の空気が変わった。


 それまで第四・第五軍団の兵士たちは、自分たちこそが国王を守る側だと思っていた。


 だが。


 もしレノの言葉が真実なら。


 自分たちは、王国を守るどころか。


 王国を壊すために使われていたことになる。


 その時。


「嘘だ!」


 ヴィクトリア側の兵士の一人が叫んだ。


「殿下の言葉を信じるな!」


 しかし。


 今度は別の声が上がった。


「なら、なぜ第一軍団が待ち構えていた!」


「なぜ第二軍団と第三軍団が来た!」


「なぜ殿下はそんな書状を持っている!」


 疑念が一気に広がる。


 ルキウスは、その光景を呆然と見つめていた。


「母上……」


 誰にも聞こえないほど小さく呟く。


 今、初めて。


 自分が知らされていなかったことが。


 一つではないのだと気づいた。


 そして。


 レノの視線がルキウスへ向いた。


 一瞬だけ。


 二人の目が合う。


 兄弟。


 だが。


 今は、それぞれ違う側に立っている。


「ルキウス」


 レノが呼びかける。


「……」


「お前も、この計画を知らなかったのか?」


 ルキウスは答えられなかった。


 母からは何も聞かされていない。


 ただ、軍を鼓舞しろと言われただけだ。


「僕は……」


 ルキウスの声が震える。


「何も……知らない」


 その言葉に。


 第四軍団と第五軍団の兵士たちの間に、さらに動揺が広がった。


 第二王子本人すら、全てを知らされていない。


 ならば。


 この戦争は。


 誰のために起きているのか。


 その答えは。


 すでに、かなり明らかになり始めていた。


 そしてその頃。


 王族居住区域の奥では。


 ヴィクトリアが、異常な速さで状況を把握していた。


「第四軍団と第五軍団が包囲された?」


「はい」


「第二王子殿下が兵士たちの前で鼓舞した直後、第二軍団と第三軍団が到着し、その後、第一王子殿下が我々の計画を暴露しました」


「……」


 ヴィクトリアの表情が初めて崩れる。


「書状の存在が……」


 計画は。


 崩れ始めていた。


「ルキウスを連れてきなさい」


「はい」


「国王陛下もです」


「陛下を?」


「ええ」


 ヴィクトリアは即座に決断した。


「ここに残っていれば、こちらが全て終わる」


 彼女は護衛へ命じる。


「国王陛下を連れて、第二王子宮へ移動します」


 そして。


 意味も分からないまま戦場へ出されたルキウスもまた。


 母に連れ戻されようとしていた。


 王宮の戦場で。


 ヴィクトリアの計画は、今。


 初めて大きく崩れ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。