第54話 ティア乱入!
「レノ!」
突然、扉が勢いよく開いた。
「……?」
俺が驚いて目を開けると、そこから飛び込んできたのはティアだった。
「ティア?」
驚いて名前を呼んだ瞬間、ティアがこちらへ駆け寄ってくる。その勢いに、後ろにいた侍女と護衛騎士が慌てて追いかけてきた。
「殿下! お待ちください! 医師から安静にするようにと――」
「今はそんなことどうでもいいです!」
ティアはそう言って、俺のベッドの横まで来ると、そのまま俺の顔をじっと見つめた。
「……本当に起きてる」
「起きてるよ」
「ちゃんと喋れる?」
「少しくらいなら」
「痛くない?」
「痛い」
「まだ痛いんだ……」
ティアの表情が一瞬で心配そうになる。
「具合は?」
「身体が重い」
「頭は?」
「少し重い」
「気分は?」
「悪くない」
「ご飯は?」
「まだ」
「ちゃんと食べる?」
「食べるようにはする」
「眠れた?」
「……たぶん」
矢継ぎ早に質問を重ねられ、俺は思わず苦笑した。
「ティア」
「なに?」
「質問が多い」
「だって……」
そこでティアは言葉を止めた。
そして、少しだけ俯く。
「……ずっと、怖かったから」
「……」
その一言を聞いて、俺も何も言えなくなった。
「三日間、ずっと目を覚まさなかったんだよ」
「そうだったのか」
「医師の人たちも、何度も危ないって言ってたし……昨日だって、急に悪くなるかもしれないって……」
ティアは小さく息を吸う。
「だから、目を覚ましたって聞いた時、本当に安心した」
「……心配をかけたな」
「本当にそうだよ」
ティアは少しだけ頬を膨らませる。
「ものすごく心配したんだから」
「悪かった」
「謝ればいいってものじゃないよ」
「そうだな」
「……でも」
ティアは再び俺の顔を見る。
「生きててよかった」
その言葉は、先ほどまでの勢いが嘘のように小さかった。
俺は返事をせず、ティアを見た。
前世の記憶が蘇ってから、ティアのことを何度も考えてきた。前世では幼馴染だった。もう一度出会った時には、敵国の王女だった。それでも、長い時間を一緒に過ごすうちに、いつの間にか俺にとって欠かせない存在になっていた。
今回、死の境目をさまよっていた時も、何度か声を聞いた気がする。
あれが本当にティアの声だったのかは分からない。
だが。
「俺も、目を覚ましてよかったと思ってる」
俺がそう言うと、ティアの顔が少しだけ明るくなった。
「本当に?」
「ああ」
「……よかった」
そしてティアは、もう一度だけ俺の顔を確認するように見つめた。
「顔色、まだ悪いね」
「そうか?」
「うん」
「自分では分からないな」
「じゃあ、私が見ておく」
「それは助かる」
「絶対に無理しないでね」
「分かった」
「勝手に起き上がったりもしないで」
「分かった」
「食事もちゃんと食べて」
「分かった」
「薬もちゃんと飲んで」
「分かった」
「眠くなったら寝て」
「……分かった」
「本当に?」
「本当に」
ティアがようやく笑った。
「よし」
「随分と念を押すな」
「だって、レノって自分のことを後回しにするから」
返す言葉がなかった。
「……否定できない」
「でしょう?」
ティアは満足そうに頷いた。
しばらくすると、医師が様子を確認するために部屋へ入ってきた。
「グラーティア殿下、殿下はまだ回復途中です。あまり長時間お話しになると疲れてしまいます」
「分かりました」
ティアは素直に頷いた。
だが、帰る気はないらしい。
「……私は、もう少しいてもいい?」
ティアが俺を見る。
「いいよ」
「本当?」
「ああ」
ティアは嬉しそうに頷き、ベッドの横に置かれた椅子へ腰を下ろした。
俺はそれを見ながら、少しだけ笑った。
「そういえば」
「なに?」
「父上から聞いたんだけど、エリシアの家が男爵家になったんだな」
「そうなの!」
ティアの顔がぱっと明るくなる。
「エリシア、すごく驚いてたよ。自分が突然男爵令嬢になるなんて思ってなかったみたい」
「だろうな」
「しかも、お父様が戦争で大きな功績を挙げたからって」
「ああ。敵国の子爵二人と男爵三人を倒したらしい」
「……それは確かにすごいね」
「親子揃って強いな」
「エリシア本人は、そこまで喜ぶ余裕もなかったみたいだけど」
「まあ、そうだろう」
少しだけ穏やかな時間が流れた。
事件が起きる前も。
狩猟大会で白鳥を射った時も。
俺たちは、こんなふうに普通に話していた。
それが今は、病室の中で同じ時間を過ごしている。
不思議なものだ。
「レノ」
「なんだ?」
「これから、ゆっくりでいいからね」
ティアが静かに言った。
「前みたいに動けるようになるまで、時間がかかるかもしれないけど、焦らなくていいから」
「分かってる」
「私も、ちゃんと待つから」
「……そうか」
「うん」
ティアはにっこり笑った。
「だから、早く元気になってね」
「努力する」
「努力じゃなくて、ちゃんと治して」
「難しい注文だな」
「約束」
「……分かった」
俺が頷くと、ティアも満足そうに頷いた。
「約束だからね」
そして、そのまま俺のそばに座り続けた。
医師から退室を促されても、「もう少しだけ」と頼み、最後には侍女に半ば説得されるようにして部屋を出ていく。それでも扉の向こうから「また明日来るからね!」という声が聞こえ、俺は思わず小さく笑った。
事件の傷も。
毒の影響も。
王位継承争いも。
そして、まだ解けていない謎も。
何一つ終わったわけではない。
それでも。
こうして目を覚ました今、俺にはまだ明日がある。
そして、その明日を待ってくれる人もいる。
俺はその事実を噛みしめながら、再びゆっくりと目を閉じた。
今度は、不安ではなく。
穏やかな眠りが訪れた。




