第50話 知らせ
第一王子暗殺未遂の報は、学院から王宮へ届くまでにほとんど時間を要しなかった。狩猟大会の警備を担当していた者たちは、事件が発生した直後から森の出入口を封鎖し、学院生を安全な場所へ誘導すると同時に、王宮へ緊急報告を送った。報告の内容は簡潔だったが、それだけに王宮へ届いた瞬間、意味するところは誰もが理解できた。
「第一王子殿下が狩猟大会中に何者かの矢を受け、重傷。犯人は学院生と見られ、現在拘束中」
執務室へ駆け込んできた侍従からその報告を受けたアウレリウスは、手元の書類へ伸ばしていた手を止めた。
「……レノが?」
「はい、陛下」
「容態は」
「現場で治療を受けておりますが、負傷は重いとのことです。現在、学院側で応急処置を行いながら王宮の医師団を向かわせております」
アウレリウスはしばらく何も言わなかった。
表情も変わらない。
だが、机の上へ置かれた拳だけが僅かに強く握られていた。
「犯人は」
「ヒルゼルス男爵家長男、ゼリグ・デイ・ヒルゼルス。第三学年の学院生です。第二王子派に属していた人物で、元軍務卿ヒルゼルス男爵の嫡男でもあります」
その名前を聞いた瞬間、執務室にいた者たちの間へ重い沈黙が落ちた。
「第二王子派、か」
「はい。しかも本人が現場で第一王子殿下を狙ったことについて強く否定する様子がなく、怒りを露わにしていたため、現在のところ単独犯である可能性が高いと見られています」
「……そうか」
アウレリウスは静かに椅子から立ち上がった。
「学院を閉鎖しろ」
「はっ」
「狩猟大会は中止。参加している生徒は全員、一度学院へ戻させた上で帰宅させる。王族と主要貴族の子弟については、個別に護衛を付けろ」
「承知しました」
「それと、王宮内の警備を一段階引き上げる。第二王子派に属していた者については、行動を制限する必要はないが、全員の所在を確認しておけ」
命令は次々に下された。
「ルキウスの周辺も確認しろ」
「はい」
「ヴィクトリアについてもだ」
その名前が出た時だけ、アウレリウスの声が僅かに低くなった。
「ただし、露骨に監視していると悟らせるな。現段階ではヴィクトリア本人が今回の事件に関与している証拠はない」
「承知しました」
そして、アウレリウスは侍従へ視線を向けた。
「レノの治療状況は、変化があるたびに私へ直接報告させろ」
「はい」
「……私は学院へ向かう」
その言葉に侍従が目を見開いた。
「陛下ご自身が、ですか?」
「ああ」
アウレリウスは迷わなかった。
「私の息子が重傷を負った。それを王宮で待っている理由はない」
そう言って、国王は執務室を出た。
この日、王立貴族学院では予定されていた狩猟大会が中止となり、第一王子暗殺未遂という事件によって、再び王位継承争いの緊張が表へ姿を現した。
武術大会で第一王子派が勝利し、第二王子派の表立った抵抗は消えた。
誰もが、もう学院内での争いは終わったと思っていた。
だが。
終わってはいなかった。
少なくとも、ヒルゼルス男爵家長男ゼリグという一人の人間にとっては。
そして第二王子派の一部にとっては、武術大会程度で完結するようなものではなかった。
王宮。
貴族社会。
第二王子派。
そして第二王妃ヴィクトリア。
事件の知らせは、それぞれの場所へ同時に届き始めていた。
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第二王妃ヴィクトリアのもとへ第一王子襲撃の報告が届いたのは、国王アウレリウスが学院へ向かった後だった。
「第二王妃殿下、ご報告がございます」
「どうしました?」
「先ほど、王立貴族学院の狩猟大会にて、第一王子殿下が襲撃を受けました」
侍女がそこまで告げたところで、部屋の空気が止まった。
「……第一王子が?」
「はい。遠距離から矢を受け、重傷とのことです」
ヴィクトリアは手元の書類から顔を上げた。
「犯人は?」
「ヒルゼルス男爵家長男、ゼリグ・デイ・ヒルゼルス。第三学年の学院生です。現在はすでに拘束され、学院から王宮へ移送される予定となっています」
「ヒルゼルス……」
その名前を聞き、ヴィクトリアは少しだけ黙った。
「第二王子派の家ですね」
「はい」
「そうですか」
それだけだった。
怒りも。
驚愕も。
喜びも。
露骨な動揺もない。
ヴィクトリアは静かに椅子へ座り直した。
「それで、レノウィウス殿下の容態は?」
「まだ詳しい情報は入っておりません。ただ、かなりの重傷だと……」
「分かりました」
ヴィクトリアはそれ以上何も言わなかった。
侍女が退出しようとした時、彼女は一つだけ問いかけた。
「ヒルゼルス男爵家から、こちらへ何か連絡は?」
「まだございません」
「そう」
ヴィクトリアは少し考えた。
「では、こちらからは何もしないでください」
「……よろしいのですか?」
「ええ」
その声音は穏やかだった。
「今の段階で動けば、かえって余計な疑いを招きます。ヒルゼルス男爵家と私たちの関係を説明する必要もありません」
「承知しました」
侍女が頭を下げる。
「それと」
ヴィクトリアが呼び止めた。
「ルキウスには、この件をすぐに知らせてください」
「はい」
「ただし、学院での行動や発言には十分注意するように。今回の事件によって第二王子派全体へ疑いが向く可能性があります」
「承知しました」
侍女が退出する。
部屋に一人残ったヴィクトリアは、窓の外へ目を向けた。
王立貴族学院。
第一王子派の勝利。
ルキウスの敗北。
そして、今度は第一王子への暗殺未遂。
あまりにも大きな事件だった。
それでも、ヴィクトリアの表情は変わらない。
「……ゼリグ」
小さく名前を呟く。
その声にも、怒りはなかった。
ただ、どこか疲れたような響きがあった。
「余計なことを……」
それだけだった。
その言葉が、ゼリグへの怒りなのか、事件そのものへの呆れなのか、それとも別の意味を持つのかは、誰にも分からなかった。




