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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第3章 第二王妃ヴィクトリア
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第43話 謁見

 コンスタンティアへ入ってからしばらくして、俺たちはついにエクィトゥム王城へ到着した。これまで通ってきたグランツェン辺境伯領やリティルファード侯爵領、フェルスチーア侯爵領の領都も十分に巨大だったが、王都の中心にそびえるエクィトゥム王城は、それらとはまた別の威圧感を持っていた。幾重にも築かれた城壁、その上に設けられた塔、広大な前庭、王族を迎えるために整えられた大階段。その一つ一つを見るだけで、この国が王城一つを維持するためにどれほどの財力と人員を投入しているのかが分かる。第一軍団の騎士百人と兵士二百人、総勢三百人の一行を率いてきた俺たちでさえ、城門を通過した時には、その規模に圧倒されていた。


 王城へ入ると、俺とティア、エリシア、カイ、そして随行の護衛騎士たちはそれぞれ案内を受け、謁見の間へ向かった。今回は婚約前の親族との顔合わせという表向きの目的があるものの、俺にとっては、これから婚姻関係を結ぶエクィトゥム王家と正式に向き合う最初の機会でもある。ティアとはこれまで長い時間を共に過ごしてきたが、その家族と顔を合わせるとなれば話は別だ。俺は王族としての姿勢を整え、大扉の前で立ち止まった。やがて重厚な扉が左右へ開かれ、広大な謁見の間が姿を現す。そして、その光景を見た瞬間、俺はこの国の王家が単純に一つへまとまった一族ではないことを理解した。


              ◆


 謁見の間の最奥には、玉座に座るエクィトゥム王国第二十三代国王ダライアス・アウレリア・デイ・エクィトゥムがいた。その傍らには第一王妃ジェリーナが座している。二人の間に漂う空気には、王と王妃としての格式だけではなく、長年王宮を支えてきた者同士の揺るぎない結びつきがあった。そして第一王妃の側には、王太子である第二王子、第四王子、そして第三王女であるティア――つまりグラーティアの姿がある。第一王女は数年前にリティルファード侯爵家へ嫁ぎ、現在は侯爵夫人となっているため、この場にはいない。一方で、その反対側には第二王妃が座していた。第一王妃と第二王妃の間には、同じ王の妻とは思えないほど明確な距離があり、第二王妃の側には第三王子と第二王女が並んでいる。本来ならこの場にいるはずの第一王子は、現在では北部へ流刑にされているため姿がない。


 第二王妃の表情は落ち着いていたが、第一王妃側の王族たちへ向ける視線には、親族としての親しみよりも政治的な警戒が滲んでいる。第一王妃側もまた、それを歓迎しているわけではない。互いに王家の一員でありながら、支持する貴族も、国家の将来についての考え方も異なる。そこには家族という言葉だけでは決して覆い隠せない政治的対立が存在していた。さらに王族たちの少し後方には、北部を治める大領地貴族にして宰相でもあるオスティエール公爵が控えている。彼は単なる王宮官僚ではなく、広大な領地と強大な貴族勢力を持つ人物であり、第二王妃を中心とする貴族派の中核を担っていることが、その立ち位置からも容易に察せられた。


 俺とティアは謁見の間の中央まで進み、そこで立ち止まった。ティアが軽く一礼し、俺もそれに続く。俺はアンティクイランド王国第一王子として、この度の訪問を受け入れてもらったことへの感謝と、両国の友好が今後さらに深まることを願う旨を述べた。続いてティアも、エクィトゥム王国第三王女として正式な挨拶を行う。それを終えると、玉座に座る国王ダライアスがゆっくりと口を開いた。


「遠路はるばる、よく参られた。余はエクィトゥム王国第二十三代国王、ダライアス・アウレリア・デイ・エクィトゥム。アンティクイランド王国第一王子レノウィウス殿、そして我が娘グラーティアよ、そなたたちをこの王城へ迎えることができたことを嬉しく思う」


「お招きいただき、ありがとうございます。私も、こうして正式にお会いする機会をいただけたことを光栄に思います」


「私も嬉しく思います、お父様」


 ティアがそう答えると、国王は僅かに表情を和らげた。しかし、その一方で第二王妃の表情は大きく変わらない。第一王妃もまた、こちらへ微笑みを向けながら、その視線を時折第二王妃側へ向けている。両者が露骨に争うわけではない。それでも、その距離と視線だけで、この王家が一枚岩ではないことは十分に伝わってきた。


              ◆


 形式的な挨拶が終わると、国王は俺たちの旅路について尋ねた。ウィムーヌ子爵領での滞在、そこからエクィトゥムへ入り、グランツェン辺境伯領を抜け、南部穀倉地帯を進み、リティルファード侯爵領やフェルスチーア侯爵領に宿泊したことなどを簡単に説明する。俺がこの国の農地、街道、領都、城塞都市の規模に圧倒されたことを率直に述べると、国王は少し満足そうに頷いた。


「南部を通られたのであれば、我が国の農業基盤もご覧になったことでしょう」


「はい。想像していた以上でした。あれほど広大な農地が連続し、領都へ大量の穀物が集められ、それが街道を通じて各地へ運ばれている。国力の基盤がどこにあるのか、実際に見ることでよく理解できました」


「そう言ってもらえるなら、南部の者たちも喜ぶでしょう」


 その会話へ静かに割って入ったのは、オスティエール公爵だった。


「レノウィウス殿下は、街道や城塞についても相当に観察されていたようですな」


「分かりましたか」


「ええ。我が国の国力をご自身の目で確かめておられるように見えました」


 俺は僅かに笑った。


「これから共に戦う可能性がある国です。見るべきものを見るのは当然でしょう」


「なるほど」


 オスティエール公爵は短く答えたが、その視線は冷静だった。俺がエクィトゥム王国を軍事的な視点から観察していたことを見抜いている。そして、彼が宰相である以上、それを警戒するのは当然だろう。


 そのやり取りを聞いていた第二王妃が、わずかに口元を緩める。


「アンティクイランド王国の第一王子は、随分と慎重なお方なのですね」


「王族として必要なことを見ているだけです」


 俺が答えると、第二王妃はそれ以上追及しなかった。一方、第一王妃は静かにティアへ視線を向けている。その視線には母親としての穏やかさがあり、第二王妃へ向けるものとは明らかに違っていた。


 同じ王妃でありながら、この二人はまるで別の立場にいる。俺はそう感じた。


              ◆


 しばらくして、国王が話題を変えた。


「さて、今回の訪問にはもう一つ重要な意味がある」


 俺とティアへ視線が集まる。


「そなたたちの婚約についてだ」


 ティアの表情が僅かに緊張した。


「以前、我々から条件を示したことは覚えているな」


「はい」


「第一王子派の勝利が確定するまで、正式な婚約は認めない。それが我々の条件だった」


「……はい」


「そして、今回の武術大会によって、その条件はほぼ満たされた」


 ティアの目が僅かに明るくなる。俺も、胸の奥で小さく息を吐いた。これまで俺とティアの婚約は、王位継承争いの結果が定まらないことを理由に保留されていた。ティアが俺のことをどう思っているのか、俺が彼女をどう思っているのか、それとは関係なく、国家間の婚約には政治的な安全が必要だったからだ。第二王子派が勝てば、エクィトゥム王国がアンティクイランド王国の第二王子と対立する可能性も生じる。そのため、第一王子派の勝利が確定するまでは婚約そのものを認めない。そういう条件だった。


「それならば、そなたたちの婚約について正式に許可を出そう」


 俺はティアを見る。ティアもこちらを見る。その表情には、隠しきれない喜びが浮かんでいた。


              ◆


 第一王妃ジェリーナが静かに口を開く。


「レノウィウス殿。グラーティアは、幼い頃からあなたの話をよくしておりました」


「……お母様」


 ティアが少し恥ずかしそうに制する。


「それだけ、二人の関係が深いということでしょう」


「はい。私にとって、グラーティア殿下は非常に大切な存在です」


 俺がそう答えると、ティアは僅かに顔を赤くした。その様子を見て、第一王妃は微笑む。王太子も静かに頷き、第四王子も穏やかにこちらを見ている。国王派の王族たちが、俺とティアの婚約を歓迎していることは明らかだった。


 一方で、第二王妃側は静かだった。第三王子は何も口を挟まず、第二王女も母親の様子を窺うようにしている。オスティエール公爵も婚約そのものに異議を唱えることはないが、その表情からは純粋な喜びが見えるわけではない。貴族派にとって、アンティクイランド王国第一王子と第三王女の婚約は単なる男女の婚約ではなく、エクィトゥム王家と国王派の政治的な結びつきを強める意味を持つのだろう。


              ◆


 国王が立ち上がった。


「では、ここで正式に確認する」


 謁見の間にいる全員が王へ視線を向ける。


「アンティクイランド王国第一王子レノウィウス・ゲンス・デイ・アンティクイランドと、エクィトゥム王国第三王女グラーティア・アウレリア・デイ・エクィトゥムの婚約について、エクィトゥム王家として正式に許可する」


 俺は深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 ティアも同じように一礼する。


「ありがとうございます、お父様」


 国王は頷いた。


「正式な婚約式については、アンティクイランド王国側の予定に合わせる。十五歳の卒業式、成人式、立太子の儀に合わせて婚約式を執り行い、その後、一定の準備期間を設けて婚姻を行う方針で両国間の調整を進める。それまでに必要な準備を整えることとする」


「承知しました」


「異議ありません」


 俺とティアが答える。


 俺はティアを見る。ティアもこちらを見る。ほんの一瞬、彼女は嬉しそうに笑った。正式な婚約式はまだ先だ。それでも今日、両国王家から許可が出たという事実は、俺たちにとって十分に大きな意味を持っていた。


              ◆


 その瞬間だった。


 第二王妃が静かに口を開いた。


「陛下」


「何だ?」


「私から一つ申し上げてもよろしいでしょうか」


 室内の空気が僅かに変わった。


「許そう」


「今回の婚約が、両国にとって良きものとなることを願っております。ただ、アンティクイランド王国とエクィトゥム王国が今後より深い関係を築くのであれば、その関係がどのような政治的意味を持つのかについても、十分に検討しておく必要があるでしょう」


 穏やかな言葉だった。しかし、その言葉の奥には、第二王妃としての政治的な意図があるように思えた。第一王妃は何も言わず、オスティエール公爵も沈黙している。国王だけが第二王妃を静かに見つめていた。


「それは当然だ」


「ありがとうございます」


 第二王妃はそれ以上何も言わなかった。


 俺はその光景を見ながら、この国でも王族同士の婚約は単純な家族の喜びではないのだと改めて感じた。国王派と貴族派、第一王妃と第二王妃、それぞれの子供たち、そしてそれを支える貴族たち。同じ王家の中にいながら、それぞれがこの婚約へ異なる意味を見出している。


              ◆


 国王はゆっくりと立ち上がったまま、謁見の間にいる全員へ視線を向けた。


「婚約については、これでよいだろう。これにて親族との顔合わせは一区切りとする」


 そして、国王は王太子とオスティエール公爵へ視線を向けた後、俺へ戻した。


「ここから先は、別室で実務協議を行う。今回のもう一つの目的について話そう」


 その言葉を受け、王太子がすぐに立ち上がり、オスティエール公爵もそれに続いた。第一王妃、第二王妃、第三王子、第四王子、第二王女たちは、それぞれ王城内の別の場所へ移動することになる。親族としての顔合わせは、ここで終了したのだ。


 俺も立ち上がり、ティアへ視線を向ける。ティアは少し名残惜しそうではあったが、すぐに王族としての表情へ戻った。ここから先は、俺たちの婚約を喜ぶ親族の場ではない。シルウァニア王国への対応を決めるための、国家と国家の実務の場になる。


              ◆


 俺たちは謁見の間を出て、別の会議室へ移動した。そこは先ほどまでの華やかな謁見の間とはまるで違っていた。壁にはエクィトゥム王国周辺の地図や軍用街道図が掲げられ、長い会議机には資料と地図が並べられている。ここには先ほどの王族全員がいるわけではない。参加するのは、国王、王太子、オスティエール公爵、軍事を担当するエクィトゥム王国側の実務責任者、外交関係者、そしてアンティクイランド王国から来た俺と、今回の協議に必要な軍事・外交担当者だけだった。


 先ほどまで謁見の間にいた第一王妃や第二王妃、第三王子、第四王子、第二王女の姿はない。王族同士の顔合わせと、国家の実務協議は明確に分けられている。その切り替えを見て、俺はエクィトゥム王国が巨大な国であるだけでなく、政治と行政を動かすための仕組みもしっかりと整えていることを実感した。


 席へ着いた俺は、目の前に置かれたシルウァニア王国の地図へ視線を落とす。ここから先は親族でも、婚約者でもない。第一王子として、そしてこの国を背負う者の一人として話をする。


 オスティエール公爵が資料を開いた。


「では、始めましょう」


 国王が頷く。


「議題は、シルウァニア王国に対する今後の軍事方針だ」


 俺も資料へ目を落とした。


 婚約の許可は得た。


 ティアとの未来も、一歩前へ進んだ。


 だが、ここから先は甘い話ではない。


 シルウァニア王国との戦争を、どう勝つか。


 そのための協議が、今から始まる。

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