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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第3章 第二王妃ヴィクトリア
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第42話 世界第二の大国

 ウィムーヌ子爵領を出立した俺たちは、再び西へ向けて進んだ。ウィムーヌ子爵領での滞在を終えた後もしばらくは海沿いの道を進み、やがて正式にエクィトゥム王国の国境を越えることになる。国境を越えた瞬間、街道沿いの風景が僅かに変わった。道そのものが広く整えられ、街道を行き交う人や荷車の数も増えている。


第一軍団の騎士百人と兵士二百人からなる一行は、それなりの規模を持っているはずなのだが、エクィトゥム王国内へ入ってしばらくすると、こちらが決して大きな存在ではないことを実感させられた。街道を進む商隊の規模が大きく、農作物を積んだ荷車が途切れることなく行き交い、街道沿いの宿場町も想像していたよりはるかに整備されている。俺は馬車の窓からその光景を眺めながら、エクィトゥム王国という国が自分たちの想像以上に大きな国力を持っていることを少しずつ理解していった。


 まず俺たちが通過したのは、エクィトゥム王国南西部の要衝であるグランツェン辺境伯領だった。国境に近い地域ということもあり、城壁や砦、街道沿いの監視所が数多く設けられている。領都へ近づくにつれて巨大な城壁が見えてきた時、俺は思わず目を見張った。城壁は王都から想像していた一般的な領都の規模を大きく超えており、街を囲む防壁だけでも一つの巨大な軍事施設のように見える。


城門を通過する商隊の数も多く、兵士たちが街道を行き交う人間を確認している一方で、街そのものは軍事都市でありながら決して荒れているわけではない。商人、農民、職人、兵士が同じ街の中で生活し、城塞と商業都市が一体化しているような光景だった。俺はそれを見ながら、国境を守るということが、この王国では単に兵士を置くという意味ではないのだと理解した。城塞そのものが経済圏を支え、その経済力がまた軍事力を支えている。国境へ近いからこそ、ここまで大規模な都市を維持できるだけの人口と物資の流れが必要なのだ。


 グランツェン辺境伯領とそれより北を遮る山脈の渓谷隣の道を抜けると、景色はさらに大きく変化していった。これまで見えていた丘陵や山脈、海岸線が少しずつ遠ざかり、代わりに広大な平原が視界いっぱいに広がり始める。そこに広がっていたのが、エクィトゥム王国南部の穀倉地帯だった。地平線近くまで続く麦畑や穀物畑、その間を縦横に走る農道、収穫物を運ぶ荷車、農作業に従事する人々。どこまで進んでも畑が途切れず、時折見える村々も一つや二つではない。小さな農村が点在しているというより、農村同士が街道や水路で繋がり、一つの巨大な農業地帯を形成しているように見える。王国の食料を支える大地とは、こういうものなのかと、俺は窓の外を眺めながら思った。


 さらに驚かされたのは、農地そのものの整備だった。水を確保するための用水路が一定の間隔で設けられ、街道沿いには収穫物を一時的に保管する倉庫が並び、村と村の間には荷車が通れるだけの道が整えられている。農地の周辺には風雨を防ぐための樹木が植えられている場所もあり、土地をただ耕しているのではなく、長い年月をかけて農業を維持するための環境そのものが作られていた。しかも、その農産物が一つの領地だけで消費されているわけではない。大量の穀物を積んだ荷車が街道を行き交い、その先へ運ばれていく。俺はその流れを見ながら、エクィトゥム王国がどれだけ大規模な人口を養えるのかを、肌で感じ始めていた。


              ◆


 やがて、俺たちはリティルファード侯爵領へ入った。ここでも、まず目についたのは街道の規模だった。領都へ近づくほど道幅が広くなり、左右には倉庫や商人の施設が増えていく。周辺の農村から集められた穀物が一度この街へ集められ、そこから別の地域へ運び出されているらしい。街道を進むだけで、人の流れと物資の流れが一つの都市へ集中していることが分かる。王国の中枢へ送られる食料がどこから来ているのかを実際に目にしているようで、俺は窓の外から目を離せなくなっていた。


 領都へ到着すると、その規模にさらに驚かされた。城塞都市という言葉が相応しい巨大な城壁に囲まれ、城壁の外側には農村や商業施設が広がっている。城門は非常に大きく、俺たち三百人の一行が通過しても、その後ろにはさらに別の商隊が余裕を持って続くことができるほどだった。街の中には石造りの建物が密集し、倉庫、工房、商会、宿泊施設などが一つの大きな都市圏を形成している。さらに遠くから見ると、城壁の内側にもう一つ高い防壁があり、その向こうには領主の居館と行政施設が集まっている。単なる貴族の居館ではなく、軍事、行政、商業を一つの場所で動かすための巨大な都市構造だった。


 俺たちはこの領都に宿泊することになった。表向きには王族の旅程に合わせた歓迎の意味もあり、リティルファード侯爵城で夕食と宿泊の用意が整えられていた。だが、俺はその夜、領主との会話だけではなく、窓の外に広がる領都の景色も眺めていた。夜になっても城内の一部では人の動きが止まっていない。倉庫から荷を運ぶ者、夜間でも営業している店、街道を往来する商隊、城壁の上を巡回する兵士。それだけの人間が一つの都市の中で動き続けている。それを見ながら、俺は自分たちの国の主要都市と比較していた。


 もちろん、アンティクイランド王国にも大都市はある。王都も大きく、主要な領都には相応の人口が集まっている。だが、エクィトゥム王国では、その規模の都市が南部だけでも複数存在しているように見えた。しかも、それぞれの都市の周辺には広大な農地が広がり、そこから安定して物資が送り込まれている。つまり、一つの巨大都市だけが繁栄しているのではなく、農村、宿場、領都、城塞都市が一つの経済圏として連結している。俺はそれを目の当たりにしながら、国力とは単純な兵士の数だけでは測れないのだと改めて理解した。兵を養う食料があり、それを運ぶ街道があり、物資を集積する都市があり、それらを守る城塞がある。その全てが揃って初めて、一つの国が強くなる。


              ◆


 翌日、再び街道を進む。次に通過したのはフェルスチーア侯爵領だった。ここでも南部穀倉地帯は途切れず、むしろリティルファード侯爵領以上に広大な農地が続いていた。麦畑の向こうに別の麦畑があり、その向こうにまた別の農村がある。農地の間には水路や農道が整然と配置され、一定間隔で穀物倉庫と集積所が設けられている。収穫期を迎えた畑から運び出される穀物を積んだ荷車が何台も連なり、その先には領都へ繋がる大きな街道が伸びていた。俺は窓からその光景を眺めながら、ここまで広い農地を維持するために、一体どれほどの農民と管理者が必要なのかと考えた。


 フェルスチーア侯爵領でも、俺たちは城に宿泊することになった。歓迎の宴では、この地域で作られた麦や野菜、肉などが惜しみなく使われ、食卓に並ぶ料理の量も王都での一般的な食事より明らかに多かった。もちろん、王族を迎えるために特別に用意されたものだということもあるだろう。だが、それだけではない。ここでは大量の食料を安定して生産できるからこそ、こうした豊かな食卓を維持できるのだろう。俺は食事をしながら、今日まで通ってきた土地を思い返していた。海産物に恵まれたウィムーヌ子爵領、国境を守るグランツェン辺境伯領、そして南部一帯に広がる穀倉地帯と、それを支える巨大な領都や城塞都市。その全てが一つの王国の中に存在している。


 そして、そこからさらに先へ進むほど、俺は少しずつ嫌でも比較するようになっていた。アンティクイランド王国は決して小国でないと考えていたが、この世界の国々の規模を考えると、こうした巨大な農業基盤と都市網を持つエクィトゥム王国との差は圧倒的だ。俺たちは王位継承争いに多くの時間と人材を使い、国内の貴族たちは派閥に分かれ、政治的な争いを続けている。その間にもエクィトゥム王国では、街道が整備され、農地が広がり、都市が成長し、兵を養うための基盤が積み上げられている。もちろん、国家の強さがそのまま民の幸福を意味するわけではない。それでも、軍事的な観点から見れば、この国と自分たちの国との差は、想像以上に大きい。


              ◆


 さらに数日をかけて南部を抜けていく。途中で通過する領地ごとに、街道の整備状況、城壁の規模、農地の広さ、兵士の数、物流の流れなどが目に入る。どの領地も全く同じではない。それぞれ特産品や地形、政治的な役割には違いがある。それでも、共通しているのは、領都を中心とした都市圏が周辺の農村をしっかりと取り込み、それぞれの領地が独立した小さな国家のように機能しながら、同時に王国全体の経済網へ組み込まれていることだった。これほどの規模を持つ領地が南部だけでいくつも並び、それぞれが相応の兵力と財力を持っている。その光景を見れば、エクィトゥム王国が帝国に次ぐ大国と呼ばれる理由も理解できる。


 そして、ようやく王都コンスタンティアへ近づいた頃、俺はこれまで通ってきた街や城塞の規模を思い返しながら、さらに言葉を失った。遠くの地平線に巨大な都市が見え始め、その周囲にはいくつもの城壁が幾重にも重なっている。王都へ通じる街道はこれまで以上に広く、商隊の数も桁違いに多い。穀物、織物、家畜、魚介、酒、木材、鉱物など、様々な物資を載せた荷車が絶え間なく行き交い、街道沿いには宿場や倉庫、工房が途切れずに並んでいる。王都へ近づくにつれて人間の数が増えていくが、その増加さえも混乱ではなく、巨大な都市へ物資と人間を集約する一つの流れとして成立していた。


 俺は馬車の窓からコンスタンティアを見上げた。巨大な城壁。その上に並ぶ塔。さらにその奥に見える王宮の尖塔。これまで見てきたグランツェン辺境伯領やリティルファード侯爵領、フェルスチーア侯爵領の領都でさえ大都市だと思っていたのに、それらを遥かに上回る規模の都市が、目の前に存在している。俺たちの王都も決して小さくはない。だが、今目の前にあるコンスタンティアは、それとは別の次元の都市だった。


 俺はしばらく黙ってそれを眺めていた。戦争をするなら、国力の差は兵士の数だけで決まらない。食料を生産する農地、物資を運ぶ街道、商業を支える都市、兵士を収容する城塞、税を集める行政機構、それら全てが一つの国力を形作る。そして、ここまでの旅で俺が見てきたものは、その全てがエクィトゥム王国の中で有機的に繋がっていることを示していた。俺たちアンティクイランド王国にもそれぞれの強みがある。それでも、純粋に国全体の経済基盤と都市網を比較するなら、今の俺は認めざるを得なかった。


 ……国力が違う。


 その差を、数字ではなく、自分の目で見てしまった。


 しかも、まだ本当の目的地であるコンスタンティアへ入ってすらいない。ここからさらに王都の中枢を見れば、俺が今まで知らなかったエクィトゥム王国の本当の国力が見えてくるかもしれない。だからこそ、俺は単純に驚くだけで終わらせるつもりはなかった。今回の旅は婚約前の親族との顔合わせであり、同時に対シルウァニア王国戦の具体的な軍事計画を協議するためのものだ。ならば、ここまでの旅で見た光景そのものを、これからの判断材料として利用すればいい。


 俺はコンスタンティアを見つめながら、静かに息を吐いた。これだけの農地があり、これだけの都市があり、これだけの物流があり、これだけの城塞がある。それを一つの王国として維持している。それが、エクィトゥム王国という国なのだ。ティアの母国であり、俺がこれから婚約を結ぶ相手の国でもある。そして今後、シルウァニア王国との戦争を考える上で、無視することのできない重要な同盟国でもある。


 俺は馬車の中で姿勢を正した。これから始まるのは、単なる親族との顔合わせではない。この国の王族と向き合い、この国の軍事力と国力を理解し、その上で共に戦争を計画するための時間だ。ここまで見てきたエクィトゥム王国の巨大さを考えれば、今回の協議がどれほど重要なのかも、嫌というほど理解できる。俺は窓の外へ広がる巨大な王都を最後まで見つめながら、コンスタンティアの門へ向けて進む一行の中で、これから始まる会談と、その先に待つ戦争のことを静かに考えていた。

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