第13話 妹誕生
今日も母上のお見舞いに来ているが、妙だ。
中央宮殿が慌ただしい。通りかかった文官に声をかける。
「何かあったのか?」
「で、殿下!」
その文官は少し悩んだ表情をした後、口を開いた。
「帝国で内乱が発生しました。内戦にもなる可能性があるため第二軍団第一艦隊と第三軍団に警戒のため国境への出撃命令が発されました。その部隊の出撃準備や帝国との国境地帯を領地に持つ貴族との連絡などを行っている状況です。」
俺は続けて質問する。
「詳細は?」
「詳しくは内務卿や第二、第三軍団軍団長にお聞きください。」
「そうか。感謝する。では。」
カイが俺に質問してくる。
「どうなさいますか?」
「しばらくすれば詳細な情報もこちらに入ってくるはずだ。それまでは何もしない。」
そこで、母上の離宮あたりも騒がしいことに気づいた。
廊下の向こう側から護衛騎士や文官に追われながら母上の離宮に向かっている父上とすれ違った。
母上の身に何かあったのか!?
「父上!母上は!?」
父上と母上の離宮に向かう。
「まもなく生まれるそうだ。」
それの言葉に俺は目を見開く。
そうしているうちに母上の寝室に到着した。
扉の前には、いつもより多くの侍女と医師たちが集まっていた。
「陛下!」
父上の姿を見つけた侍女が、慌てて頭を下げる。
「母上は!?」
俺が尋ねると、侍女は一瞬驚いたような顔をした。
「第一王妃殿下は、現在寝室にてお休みになられております。先ほどから陣痛が強くなっており、間もなくかと」
「そうか……」
父上が短く答える。
その横顔には、普段の王としての落ち着きがほとんどなかった。
やはり、父上も緊張しているらしい。
そのとき。
「国王陛下」
背後から、低く穏やかな声が聞こえた。
振り返る。
「……祖父上?」
そこにいたのは、先王だった。
俺の祖父。
すでに王位を父上へ譲っている身ではあるが、王宮におけるその存在感は未だに大きい。
白くなった髪。
年齢を重ねた顔には深い皺が刻まれている。
それでも、その眼差しにはかつて一国を治めていた者だけが持つ鋭さが残っていた。
先王は俺を見ると、僅かに口元を緩めた。
「レノか」
「はい、祖父上」
「お前も来たのか」
「母上の様子が気になって……」
「そうか」
先王は優しく俺の頭に手を置いた。
「ならば、ここで共に待とう」
「はい」
俺は頷いた。
すると、寝室の中から声が聞こえてきた。
「――っ!」
母上の声だ。
「母上!」
思わず扉へ駆け寄ろうとする。
しかし、侍女に止められた。
「殿下、お待ちください!」
「でも……!」
「今は医師たちにお任せください」
「……分かった」
俺は拳を握った。
父上も扉を見つめたまま動かない。
その隣では、先王も静かに耳を澄ませている。
しばらくして。
「もう少しです!」
医師の声が響いた。
「殿下、お生まれになるまで、そう時間はかからないでしょう」
父上が深く息を吐いた。
「そうか……」
先王が小さく笑う。
「私のときも、お前はそんな顔をしていたな」
「……覚えておられるのですか?」
「当然だ」
先王は父上を見る。
「お前が生まれた日のことを、忘れる親がいるものか」
父上は少しだけ目を伏せた。
「……そうですか」
その会話を聞きながら、俺は思った。
王様だろうが、先王だろうが。
こういうときは、ただの父親であり、祖父なのだ。
そして――。
「――!」
突然、寝室の中が慌ただしくなった。
「もうすぐです!」
「はい!」
「殿下、こちらへ!」
俺は父上に手を引かれ、少し離れた場所まで下がる。
「レノ」
「はい」
「母上を信じて待とう」
「……うん」
そして。
数分後。
部屋の中から、これまでとは違う声が響いた。
「お生まれになります!」
「……!」
父上が息を呑む。
先王も黙って扉を見つめる。
俺も、ただじっと待った。
そして――。
「おぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
甲高い産声が、王宮の一室に響き渡った。
「…………」
一瞬。
誰も言葉を発さなかった。
やがて。
「お生まれになりました!」
医師の明るい声が響いた。
「元気な女のお子様です!」
「……女の子」
父上が呟く。
その顔に、ゆっくりと笑みが浮かんだ。
「そうか……娘か」
先王も目を細める。
「ほう」
そして、静かに笑った。
「女の子か」
「はい、父上」
「そうか……」
先王はしばらく黙っていた。
やがて。
「これでまた、アンティクイランド王家に新しい血が加わったな」
父上が頷く。
「はい」
そのとき、寝室の扉が開いた。
「陛下」
医師が頭を下げる。
「第一王妃殿下も無事です。母子ともに問題ございません」
「そうか……」
父上は安堵したように目を閉じた。
「よくやってくれた」
そして、俺を見る。
「レノ」
「はい」
「妹だ」
「……妹」
その言葉を、ゆっくり噛みしめる。
俺の妹。
前世ではいなかった。
この世界で初めてできた、妹。
「会ってみるか?」
「……いいの?」
「もちろんだ」
俺は父上とともに寝室へ入った。
先王も後ろから続いてくる。
部屋の中には、疲労した母上が横になっていた。
その腕の中には――。
小さな赤ん坊。
俺は思わず足を止めた。
「……小さい」
母上が疲れた顔で微笑む。
「レノ……」
「母上」
「あなたの妹よ」
俺はゆっくりと近づく。
白く小さな顔。
閉じられた瞼。
小さな手。
その手が、僅かに動いた。
「…………」
なんだろう。
不思議な気持ちだ。
俺自身も、つい数年前まではこんな姿だった。
けれど今は――。
「お兄ちゃんだよ」
自然と、そんな言葉が出ていた。
母上が微笑む。
父上も笑う。
そして先王は、少し離れた場所からその光景を静かに見つめていた。
やがて先王が口を開く。
「……いいものだな」
「祖父上?」
俺が振り返る。
先王は穏やかな表情で、妹を見つめていた。
「新しい命が生まれるというのは、何度見てもよいものだ」
そう言って、先王は俺の頭に手を置く。
「レノ」
「はい」
「兄になったな」
「……うん」
俺は妹を見る。
小さな妹。
まだ何も知らない。
王家に生まれたことも。
この国のことも。
これから待っている人生のことも。
何も知らない。
「……よろしくな」
俺は小さな声で呟いた。
「俺が兄ちゃんだからな」
妹は答えない。
ただ、小さな手を僅かに動かした。
その光景を見て。
俺は、少しだけ笑った。
――こうして。
俺に、妹ができた。




