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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第3章 第二王妃ヴィクトリア
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第35話 誤算

 開戦直後、訓練場全体が一気に動いた。


第一王子派七十七人と第二王子派六十三人が正面から衝突したことで、中央では盾と木剣がぶつかり合い、左右両翼では各隊の指揮官がそれぞれの判断で部隊を動かしている。集団戦術を学ぶための大会という名目ではあるが、実際に戦いが始まれば、そこにいる生徒たちは自分たちの陣営を勝たせるために必死だった。


第一王子派では中央から左翼にかけてエドが戦線を維持し、敵の進出を抑えながら戦場全体を安定させようとしている。一方、右翼ではコリウスが積極的に攻勢へ出ていた。コリウスは敵陣の弱い場所を見つけるたびに隊列を僅かに変化させ、そこへ部隊を集中させながら前進している。俺から見ても、その判断は悪くない。こちらは七十七人、敵は六十三人。右翼で突破口を作り、そこから第二王子派の中央側面を圧迫できれば、人数差をさらに有利に利用できる。


 俺は本陣から戦場全体を見渡していた。中央と左翼はエドがよくまとめている。多少押される場面はあるものの、戦線そのものが崩れる気配はない。だからこそ、右翼のコリウスには攻勢を任せていた。だが、その時、ルリウスから報告が入った。


「第二王子派、右翼が前進しております」


 俺は即座に視線を移した。


 第二王子派から前へ出てきたのは、アウルスだった。


 以前、学院内で何度も俺たちと衝突してきたガルディシア家の次男。かつての彼なら、勢いに任せて前へ出てくると考えたかもしれない。だが、今のアウルスは明らかに違っていた。周囲の生徒へ細かく指示を出し、味方の位置を確認しながら進んでいる。隊列が乱れれば一度止まり、整えば再び前進する。自分の部隊がどこまで進めば味方の支援を受けられるのか、その判断もできている。


 俺はそれを見ながら、一つの判断を下した。


「コリウス隊へ伝えろ。無理に戦う必要はない。敵を引きつけながら、中央との間隔を維持して進め」


「承知しました」


 その判断自体は間違いではなかった。


 ただ。


 俺は一つ読み違えた。


 アウルスの狙いを。


 俺は、彼が右翼を止めることを優先していると思っていた。コリウス隊を足止めし、中央のエド隊との連携を断つ。それなら中央でエドが優位になれば、第二王子派は全体として苦しくなる。俺はそう考えた。


 だが。


 アウルスが狙っていたのは。


 もっと深い場所だった。


              ◆


 右翼で、二つの部隊が正面からぶつかった。先頭に立つコリウスが木剣を振り抜き、目の前の生徒がそれを受け止める。すぐ横から別の生徒が踏み込んでくるが、コリウスは一歩下がって攻撃をかわし、その隙に味方が横から入り込む。第一王子派の右翼は、コリウスの指示に合わせて少しずつ前へ出ていった。


「そのまま押してください! 中央との間隔を広げすぎないように!」


 コリウスの声に、第一王子派の生徒たちが応じる。だが、第二王子派も黙ってはいない。


「左側から回り込みます!」


「防いでください!」


 敵の数人が横から割り込む。コリウスは即座に向きを変え、側面を守るために前進を止めた。木剣同士が何度もぶつかり、周囲でも第一王子派と第二王子派の生徒たちが互いの攻撃を受け止め、隙を見て反撃する。模擬戦である以上、本来の武器ではなく模擬武具が使われている。それでも、これだけ大勢が一斉に動けば、戦場は十分に激しかった。


「まだです! ここを抜けば、敵の後方へ回れます!」


 コリウスが再び号令をかける。


 第一王子派が前進する。


 その前へ。


 アウルスが出た。


「そこから先は、通しません!」


 アウルスの木剣が振り下ろされ、コリウスが受け止める。


「アウルス!」


「コリウス!」


 二人の視線が交わった。


「随分と勢いがありますね」


「そちらこそ、少々攻めすぎではないか?」


「そうかもしれません」


 コリウスが木剣を構え直す。


「ですが、ここを抜きます」


「それは困るな。」


 次の瞬間、二人が同時に踏み込んだ。木剣が交差し、コリウスが真正面から押し込む。アウルスは受け流して横へ回り、コリウスが追う。そこへ第一王子派の生徒が入り込もうとするが、アウルスは即座に味方へ指示を出した。


「二人は右へ回れ! コリウス隊の後方を狙え!」


「承知しました!」


 第二王子派の生徒が動く。


 コリウスはその動きを見て、すぐさま声を飛ばす。


「隊列を崩さないでください! 後方へ回らせてはいけません!」


 第一王子派の生徒たちが対応する。


 右翼が激しく揺れた。


 コリウスが一歩前へ出れば、アウルスが一歩下がる。だが、その先には第二王子派の生徒がいる。人数差だけなら第一王子派が有利だ。それでもアウルスは、その差を連携で埋めていた。


              ◆


「コリウス隊、前進しております!」


 ルリウスから報告が入る。


「そうか」


 俺は戦場を見る。


 確かにコリウス隊は前へ出ている。だが、今度は別の違和感があった。アウルス隊は押されているように見えるのに、崩れていない。むしろコリウス隊の進路が、少しずつ一方向へ誘導されている。


「……」


 俺は目を細めた。


 アウルスは。


 コリウス隊を前へ引き出しているのではないか。


 そう考えた瞬間。


「アウルス隊、さらに前進しています!」


 報告が飛び込んできた。


 俺は戦場へ目を戻す。


 アウルスが、これまで以上に前へ出ている。


「今だ! 押せ!」


 第二王子派の生徒たちが一斉に前進した。


 コリウスも応じる。


「受け止めてください! ここを抜かせないで!」


 右翼で、二つの部隊が再び正面から激突する。


 そして、その瞬間だった。


「弓兵、前へ!」


 第二王子派の後方から声が響く。


 ルキウスだ。


「放て!」


 その号令の直後、模擬矢が一斉に放たれた。


 コリウスが振り向く。


 だが、完全には避けきれない。


 模擬矢が肩口へ当たり、コリウスの身体が大きく揺れた。


「コリウス様!」


 近くの生徒が叫ぶ。


 コリウスは何とか立とうとしたが、そのまま膝をついた。


「……まだ、いけます……」


 だが、教官の判定が響いた。


「コリウス、戦闘不能!」


 その瞬間、第一王子派右翼に大きな動揺が走った。


「隊長が戦闘不能です!」


「指示を!」


「どうすれば――!」


 ほんの一瞬、誰もが判断に迷った。


 その一瞬を。


 アウルスは見逃さなかった。


「今だ!」


 声が響く。


「全隊、前進! このまま右翼を突破するぞ!」


 第二王子派が一斉に押し込んだ。


 コリウス隊が後退する。


 一歩。


 さらに一歩。


 それまで維持していた第一王子派右翼の戦線が、少しずつ崩れ始めた。


「右翼が崩れ始めています!」


 報告が入る。


 俺は戦場を見た。


「……そういうことか」


 ようやく理解した。


 俺は第二王子派の作戦を読み違えていた。


 アウルスの目的は、右翼を止めることではなかった。コリウス隊を前へ引き出し、本隊から引き離し、弓兵の射線へ誘導して指揮官を落とす。その上で、一気に突破する。


 最初から。


 それを狙っていたのだ。


 俺はアウルスを見る。


「……成長したな」


 敵として。


 認めざるを得ない。


 以前の彼なら、ここまでの判断はできなかっただろう。だが今のアウルスは、明確に戦場を見ている。ただ目の前の敵を倒すのではなく、その先にある戦況まで考えている。


 だが、俺はそう簡単に倒れないぞ。


 「こちらからも攻めるか。」


 そして俺は次の手を打つ。


              ◆


 アウルス隊は、そのまま止まらなかった。


「前進だ! 敵本陣を目指す!」


 コリウス隊を突破した勢いのまま、第二王子派の部隊が第一王子派の内側へ入り込んでいく。


「アウルス隊、本陣方向へ進んでいます!」


 ルリウスの報告に、俺は即座に判断を下した。


「……ティア」


「はい」


「エリシア」


「はい!」


 二人がこちらを見る。


「出撃命令だ」


 二人の表情が変わった。ティアはすぐに武器を構え直し、一方のエリシアは待っていた時間が長かった分、明らかに嬉しそうだった。


「ついに出番ですね!」


「喜ぶのは後にしろ」


「承知しました!」


 俺は二人へ向けて指示する。


「女性隊を率いて左翼から突破しろ」


 二人が一瞬、同時に固まった。


「……左翼、ですか?」


 ティアが聞き返す。


「はい。ですが、アウルス隊は右翼からこちらの本陣へ向かっているのですよね?」


 エリシアも困惑したように尋ねる。


「そうだ」


「それなら、私たちはアウルス隊を迎撃するのではないのですか?」


「迎撃はしない」


 俺は即答した。


「お前たちの任務は、第二王子派本陣の制圧だ。左翼から敵陣の外側を抜け、そのまま本陣へ向かえ」


「しかし、危険です!」


「迷う必要はない」


 俺は二人をまっすぐ見る。


「アウルス隊がこちらへ向かっているなら、こちらも同時に敵本陣を狙えばいい。敵の突破部隊を正面から止めるより、相手の本陣を先に落とす方が合理的だ」


 ティアが少しだけ息を呑んだ。


 エリシアも。


 今まで自分たちは、俺の本陣を守るために出撃すると思っていたのだろう。


 だが。


 命令は逆だった。


「では……私たちは、左翼から敵本陣へ向かうのですね」


「ああ」


「アウルス隊とは戦わずに?」


「必要がなければ接触するな。敵を倒すことが目的ではない。本陣を落とすことが目的だ」


 ティアは一瞬だけ迷った。


 だが。


「承知しました」


 静かに頷く。


 エリシアも僅かに戸惑いを残しながら、姿勢を正した。


「……承知しました、レノ殿下。女性隊を率いて、左翼から敵本陣へ向かいます」


「それでいい」


 俺は頷いた。


「進め」


「はい!」


 二人が同時に返事をする。


 そして。


 女性隊が動き始めた。


 ティアとエリシアを先頭に、武術を嗜む騎士家令嬢たちを中心とした第一王子派女性隊が、左翼方向へ走っていく。


敵本陣攻撃のために


              ◆


 俺は女性隊が左翼から戦場の外側へ回り込んでいくのを確認すると、すぐに本陣へ視線を戻した。


「本陣護衛は十人残せ」


 護衛部隊が俺を見る。


「殿下ご自身は?」


「私もここに残る」


「しかし、殿下」


「必要ない」


 俺は即座に遮る。


「護衛を増やして守りに徹するより、敵本陣を同時に狙った方が勝率が高い。残すのは十人。それで十分だ」


 護衛部隊は一瞬だけ顔を見合わせた。


「承知しました」


「本陣を守れ」


「かしこまりました」


 俺は前を見る。


 右翼を突破したアウルス隊が。


 こちらへ向かっている。


 ならば。


 こちらも。


 すでに動き始めている。


 ティアとエリシア率いる女性隊が。


 左翼から。


 第二王子派本陣へ向かっている。


 つまり。


 今。


 両陣営の本陣へ。


 同時に。


 攻撃が迫っていた。


              ◆


 やがて。


 アウルス隊が第一王子派本陣へ姿を現した。


「前進してください! 本陣まで突破すれば、戦況をひっくり返せます!」


 アウルスの声が響く。


 コリウス隊を突破した勢いは、そのまま残っている。


 第一王子派本陣を守っている護衛部隊が姿を見せる。


 十人。


 アウルスもすぐに気づいた。


「……本陣の護衛を減らしたのですか」


 俺が前へ出る。


「その通りだ」


「レノ殿下……」


「十人で十分だと判断した」


 アウルスが木剣を構える。


「私たちは十五人です」


 俺は周囲を見る。


 第一王子派本陣護衛部隊十人。


 アウルス隊十五人。


 アウルス隊が有利。


 そして。


 その中心に。


 俺とアウルスがいる。


「あとは剣を交えるだけだな。」


 俺は木剣を構える。


「はい。ここであなたを倒させていただきます。」


「お前にできるかな?」


 俺の声に。


 アウルスの目が鋭くなる。


「ご覚悟!」


 アウルスが踏み込んだ。


 俺も同時に前へ出る。


 周囲では十人対十人の戦いが始まった。木剣が交わり、盾がぶつかり、互いの隊列が激しく押し合う。その中心で、俺とアウルスが一直線に距離を詰める。


「――!」


 次の瞬間。


 俺の木剣とアウルスの木剣が、正面から激しくぶつかった。


 ゴンッ!


 互いの足が止まる。


 アウルスが俺を見る。


 俺もアウルスを見る。


 先ほどまでの作戦とは違う。


 ここからは。


 自分自身の力で決める。


「私はそう簡単に倒れないぞ。」


王族としての口調に変化させ、


俺は冷静に告げた。


「では、精々倒れぬように努力してください!」


 アウルスが木剣を構え直す。


 本陣の中央で。


 第一王子とガルディシア伯爵家の次男が。


 真正面から向かい合った。


 その頃、ティアとエリシア率いる女性隊は、敵本陣攻撃命令に従い、左翼から大きく迂回して第二王子派本陣へ向かっていた。


 周囲では十人対十五人の戦いが続いている。


 その中心で、


 レノとアウルスの一騎打ちが。


 始まった。

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