第31話 残り1年、大攻勢開始
それから数週間。
アルゲントゥム商会と第二王子派の関係は、修復できないところまで悪化していた。
アルゲントゥム商会は、自分たちは切り捨てられると思い込み、第二王子派へ対抗するため、これまで握っていた商業上の情報や人脈を利用し始めた。一方の第二王子派は、帝国との関係が疑われている商会を守り続ければ、自分たちまで疑われると判断し、第四軍団による調査を止めることができない。
どちらも。
自分たちは正しいと思っている。
どちらも。
相手が先に裏切ったと思っている。
そして。
その原因を作った人間は。
表にはいない。
「アルゲントゥム商会が、第二王子派の貴族へ圧力をかけています」
報告を聞きながら、俺は静かに資料をめくった。
「具体的には?」
「商取引を通じた圧力です。資金の流れを止めたり、商人を動かしたり、過去の取引について問題を指摘したりしています」
「第二王子派は?」
「第四軍団による調査を強化しています」
「なるほど」
もう。
潰し合いは始まっている。
俺はそこで初めて、一つの判断を下した。
「法務卿へ伝えろ」
「何をでしょうか?」
「アルゲントゥム商会の問題を、商会同士の争いとして終わらせるな」
「帝国との繋がりが疑われる以上、王国の安全保障に関わる問題だと」
「それだけでいい」
法務卿は。
俺の意図を全て知らなくてもいい。
法務卿が法に基づいて動けば。
結果として第二王子派とアルゲントゥム商会の関係は。
さらに悪化する。
◆
やがて。
王宮内で。
アルゲントゥム商会の処分について議論が始まった。
第二王子派の内部でも意見が割れる。
「商会を切るべきだ」
「いや、今ここで切れば帝国との関係が疑われる」
「ならば、なぜ今まで支援していた?」
「それを言えば、君たちだって同じだろう」
「問題は商会だ。第二王子派ではない」
「本当にそうか?」
疑心暗鬼。
そして。
責任の押し付け。
第二王子派は。
自分たちの内部で。
互いを疑い始めた。
ここまで来れば。
俺が何かする必要はない。
むしろ。
しない方がいい。
人間は。
疑心暗鬼になれば。
自分から組織を壊す。
◆
そして。
決定的な資料が提出された。
アルゲントゥム商会と帝国側の繋がりを示す資料。
過去の取引。
倉庫を通じた物資の移動。
帝国側と見られる人間との接触。
いくつもの情報が。
一つの流れとして繋がった。
もう。
言い逃れは難しい。
王国として。
外国勢力と繋がった組織を放置する理由はない。
俺は。
その資料を見て。
淡々と言った。
「処理する」
それだけだった。
怒りはない。
喜びもない。
母上の暗殺に関係する勢力だから。
家族に手を出したから。
第二王子派だから。
そんな理由は。
もう必要ない。
帝国と繋がり。
王国内の経済と情報へ侵食し。
安全保障上の危険となった。
だから。
処理する。
それだけだ。
◆
アルゲントゥム商会は。
王国による処分を受けた。
資産の調査。
関係者への取り調べ。
主要な物流拠点の接収。
商会としての活動停止。
商会は。
崩れた。
そして。
それと同時に。
第二王子派も。
無傷では済まなかった。
アルゲントゥム商会との繋がりが明らかになった貴族。
商会を庇っていた者。
商会から利益を受け取っていた者。
その一部が。
政治的な立場を失った。
そして。
何より。
第二王子派の内部には。
大きな疑念が残った。
なぜ。
アルゲントゥム商会は。
自分たちが切り捨てられると思ったのか。
誰が。
何を伝えなかったのか。
誰が。
帝国と繋がっていたのか。
互いに疑う。
疑えば。
派閥は弱る。
俺が欲しかったのは。
そこだった。
◆
数日後。
俺は現在の勢力表を見ていた。
第一王子派。
第二王子派。
その数字は。
以前とは違っていた。
第一王子派は。
確実に増えている。
第二王子派は。
減っている。
俺は。
数字を見ながら。
静かに言った。
「……十分だ」
側にいた者が尋ねる。
「何がでしょうか?」
俺は。
資料を閉じる。
「アルゲントゥム商会だ」
「潰れましたが……」
「商会そのものはどうでもいい」
「重要なのは」
俺は第二王子派の勢力図を見る。
「奴らがどれだけ弱ったかだ」
それだけ。
アルゲントゥム商会を潰すことが目的ではなかった。
帝国との関係が危険だったから。
最終的には排除する必要があった。
だが。
その過程で。
第二王子派の内部へ亀裂を入れ。
庇護者を失わせ。
勢力を削った。
結果。
第一王子派と第二王子派の差は。
以前よりも小さくなっている。
俺は。
それを確認して。
次の資料へ手を伸ばした。
「次だ」
「……次、ですか?」
「ああ」
俺にとって。
アルゲントゥム商会は。
終わった問題だ。
必要な処理をした。
必要な成果を得た。
なら。
次へ進む。
敵を憎んで立ち止まる理由はない。
俺が欲しいのは。
復讐でも。
敵の苦しむ姿でもない。
勝利だ。
独立派が。
従属派を。
政治的に上回ること。
そのために。
必要なものを。
一つずつ奪っていく。
俺は。
第二王子派の新しい勢力表を開いた。
「あと一年」
呟く。
「まだ終わっていない」
アルゲントゥム商会の崩壊は。
その長い戦いの。
一つの結果にすぎなかった。




