第30話 工作
法務卿から内務卿へ。
そして内務卿から第四軍団へ。
アルゲントゥム商会に対する警戒が、少しずつ強まっていった。
表向きには、何もおかしくない。帝国との関係が疑われている商会。王都の物流を握ろうとしている大商会。そして最近では、他商会への圧力や護衛隊同士の衝突まで起きている。治安維持を担当する側からすれば、調査対象にするのは当然だった。
「第一段階は動いたようです」
情報員から報告を受け、俺は頷いた。
「アルゲントゥム商会は?」
「第四軍団が倉庫と支店について確認を始めています」
「そうか」
それだけだ。
俺は慌てない。
第四軍団は第二王子派の影響下にある。だから本来なら、アルゲントゥム商会に対してある程度の配慮を見せる可能性がある。だが、今回の件は帝国との繋がりという国家安全保障に関わる問題として持ち込まれている。
第二王子派としても。
簡単には無視できない。
なぜなら。
アルゲントゥム商会を露骨に庇えば、その時点で第二王子派そのものへ疑いが向くからだ。
なら。
どうするか。
切り捨てる。
少なくとも。
一度はそう考える。
俺は。
そこを待っていた。
◆
第四軍団による調査が始まった。
商会の倉庫。
輸送記録。
支店。
護衛隊。
関係者。
あくまで治安維持のための調査だ。
アルゲントゥム商会側からすれば、自分たちが第二王子派の影響下にあるにもかかわらず、なぜ同じ派閥の勢力から調べられているのかという疑問が生まれる。
そして。
アルゲントゥム商会へ接触しようとする者がいた。
第二王子派の人間だった。
「急いで伝えろ」
彼は、自分たちがアルゲントゥム商会を完全に見捨てたわけではないことを伝えようとしていた。今回の調査は国家安全保障上の問題として表向き処理しなければならず、第二王子派としても露骨には庇えない。だが、それを説明できれば、アルゲントゥム商会が余計な行動に出ることは防げる。
だが。
その連絡は。
届かなかった。
王都の裏路地を通った男は、そのまま姿を消した。
翌日になっても。
アルゲントゥム商会には何の連絡も届かない。
もちろん、誰がその男を消したのかは表には出ない。事故なのか、逃亡なのか、それとも別の理由なのか。アルゲントゥム商会に分かることはない。
だが。
重要なのは。
たった一つ。
連絡が届かなかったことだった。
それだけで。
疑念は勝手に育つ。
◆
「第二王子派は、我々を切るつもりだ」
アルゲントゥム商会内部で、そんな声が上がり始めた。
「第四軍団が突然こちらを調べ始めた」
「これまで守っていた連中が、急に距離を取っている」
「しかも、こちらへ事情を知らせるはずだった者から連絡がない」
「帝国との繋がりを疑われたからだ」
「我々を帝国との関係ごと切り捨てるつもりだ」
一度そう考え始めると。
何を見ても。
裏切りに見える。
第二王子派は。
こちらを切る。
帝国との関係を守るため。
自分たちだけ助かろうとしている。
そう。
アルゲントゥム商会は判断した。
そして。
商会は動いた。
「ならば、こちらも黙って潰されるわけにはいかない」
財力を使い、第二王子派と繋がる商人への圧力を強める。情報を集め、対抗しようとする。
だが。
ここで。
両者の力量差が出る。
アルゲントゥム商会は。
あくまで商会だ。
金はある。
商人は動かせる。
護衛隊も持っている。
政治家へ働きかけることもできる。
だが。
軍を持っているわけではない。
王国の治安維持機構を支配しているわけでもない。
それどころか。
今、自分たちを調査している第四軍団こそ第二王子派の影響下にある。
アルゲントゥム商会が抵抗すればするほど。
第四軍団から見れば。
「治安上危険な商会」に見えていく。
そして。
さらに調査が強くなる。
さらにアルゲントゥム商会が抵抗する。
さらに第四軍団が動く。
負の循環が始まった。
◆
「殿下」
報告役が言う。
「アルゲントゥム商会が、第二王子派の貴族へ圧力をかけ始めています」
「予想通りだ」
「両者が衝突しております」
「そうか」
俺は地図を見る。
王都の中で、商会、貴族、治安組織、物流、それぞれの利害が少しずつ噛み合わなくなっている。
俺は。
何もしていない。
少なくとも。
表では。
俺が命じたわけではない。
第一王子派が第四軍団へ命じたわけでもない。
法務卿が商会を潰そうとしているわけでもない。
ただ。
疑いがあった。
それを調べた。
そして。
アルゲントゥム商会が。
自分たちを守ろうとして動いた。
それだけだ。
俺は。
静かに報告書を閉じた。
「続けて見ていろ」
「承知しました」
「今はまだ、手を出すな」
ここで第一王子派が出ていけば。
すべてが不自然になる。
だから。
待つ。
第二王子派とアルゲントゥム商会。
どちらかが。
先に。
致命的な一手を打つまで。
俺は。
その瞬間を待った。




