第29話 計画
帝国とカヴィーレスターン・スルタン国の戦争が始まってから、王都の商業は大きく揺れていた。香辛料や薬、装飾品、ナツメヤシといったカヴィーレスターン由来の交易品が不足し、これまで安定していた交易路にも変化が生じている。その影響で商会同士の競争も以前より激しくなり、七年間ほとんど動かなかったアルゲントゥム商会とヘーロース商会の対立も、ここへ来て再び表面化していた。
だが、俺が注目していたのは商会同士の競争そのものではない。
アルゲントゥム商会。
帝国と繋がり、王国内の経済と情報網へ手を伸ばそうとしている商会。そして、その背後には第二王子派の貴族たちがいる。俺が潰したいのは、アルゲントゥム商会だけではない。俺が本当に狙っているのは、第二王子派そのものだ。
アルゲントゥム商会を潰すだけなら、正面から証拠を集め、国家機関に処理させればいい。だが、それでは商会一つが消えるだけで終わる。第二王子派の勢力がほとんど無傷で残るのなら、俺にとっては大した意味がない。
ならば。
商会と派閥を。
一緒に崩す。
「殿下」
俺の前に立つ少年――いや、もう少年と呼ぶのは適切ではない。七年前、浮浪児だった彼は成長し、今では正式な情報員として俺のもとで働いている。
「アルゲントゥム商会と帝国側との接触について、これまで集めた情報を整理しました」
「見せてくれ」
資料を受け取る。
倉庫への不自然な出入り。夜間に接触する商人風の男。不自然な荷物。過去に帝国側の工作員と接触した人物とよく似た人間の姿。どれも疑わしい。だが、どれだけ積み重ねても、国家が動くには決定的な証拠が足りない。
俺は資料を閉じた。
「証拠としては弱いな」
「はい」
「なら、証拠になるものを作る」
情報員が一瞬だけ黙った。
「……どのように?」
「細かいことは知らなくていい」
俺は立ち上がり、机の上へ別の資料を広げる。
「重要なのは、アルゲントゥム商会が帝国と繋がっていると判断できる資料が、国家機関の目に入ることだ」
もちろん、完全な捏造では意味がない。少し調べただけで崩れるようなものを作れば、こちらの方が危険になる。だから、すでに確認されている事実と矛盾しない情報を組み合わせる。アルゲントゥム商会と帝国側の実際の接点を基礎にし、それを一つの流れとして見せる。
完全な嘘ではない。
しかし。
事実そのものでもない。
人間は、自分の持っている情報を一本の線として繋げられると、それを真実だと受け入れやすい。
俺は資料へ目を落とす。
アルゲントゥム商会の名前。帝国側の人間を示す符号。商会が利用している倉庫。そして、第二王子派の一部貴族との繋がり。
これが公的な捜査の中へ入れば、アルゲントゥム商会は単なる大商会ではなく、危険な外国勢力との関係を疑われる組織になる。そして、その商会を庇う者にも、当然のように疑いが向く。
俺が欲しいのは。
その状態だ。
「法務卿へ渡す」
俺はそう言った。
「ただし、第一王子派がアルゲントゥム商会を狙っていると悟られるような形にはするな」
「承知しました」
「法務卿には、国家の安全保障上調べるべき案件として扱ってもらう」
それだけでいい。
法務卿自身が俺の意図をどこまで理解するかなど重要ではない。むしろ、理解しすぎない方が都合がいい。俺が第一王子だから商会を潰そうとしていると思われても困る。
あくまで。
帝国との繋がりが疑われる商会を、法に基づいて調査する。
それだけだ。
俺は自分の名前を表へ出さない。
それが今の俺にとって、最も安全で最も合理的なやり方だった。
◆
数日後。
法務卿のもとへ、アルゲントゥム商会と帝国との関係を疑わせる資料が渡った。
当然、法務卿はすぐに騒ぎ立てなかった。資料だけで商会を断罪するほど軽率な人物ではない。だが、国家安全保障に関わる可能性がある以上、調べる価値はある。それだけの材料としては十分だった。
そして。
法務卿は一つの判断をする。
「内務卿へ報告を」
アルゲントゥム商会には、帝国側との危険な関係がある可能性がある。ならば、王都の治安維持を担当する機関へ正式な警戒を求めるのが当然だ。
俺はその報告を受けて。
静かに目を閉じた。
ここまでは。
予定通りだった。
法務卿が動いた。
内務卿が把握した。
そして。
次の駒が動く。
王都の治安維持を担う第四軍団。現在、その指揮系統は第二王子派が強く握っている。
ならば。
この事件は、第二王子派の手によって処理されることになる。
俺は椅子へ深く腰掛けた。
「……ここからだ」
俺が直接動く必要はない。
むしろ。
動かない方がいい。
法務卿が法に基づいて問題を提示する。内務卿が治安上の問題として認識する。第四軍団が対応する。
そして。
アルゲントゥム商会は、自分たちを攻撃しているのが誰なのかも知らないまま、その渦中へ入っていく。
俺は。
ただ待つ。
敵が自分から間違える瞬間を。




