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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第3章 第二王妃ヴィクトリア
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第27話 ティアの友人

 あの武術訓練から、数日が経った。


 俺としては、ティアとエリシアがここまで早く仲良くなるとは思っていなかった。


 普通なら、初対面の相手といきなり模擬戦をして、そのうえ片方が戦闘中に理性を吹き飛ばして「ひゃっはぁぁぁ!」などと叫びながら突撃してくれば、その後は少し距離を置くものだろう。少なくとも俺なら、しばらく相手の様子を見る。


 だが。


 ティアは違った。


              ◆


 昼休み。


 食堂の一角で、俺がカイや護衛たちと昼食を取っていると、少し離れたところからティアの声が聞こえてきた。


「ねえ、エリシア」


「はい」


「この前の模擬戦の時、本当にすごかったよね!」


 その声に視線を向ける。


 そこには、ティアとエリシアが並んで座っていた。


 エリシアは赤い髪を揺らしながら、困り果てたように俯いている。


「……忘れてください」


「無理だよ」


「どうしてですか……」


「だって、すごく面白かったんだもん」


「面白いって……」


「普段はあんなに大人しいのに、剣を持った瞬間に『ひゃっはぁぁぁ!』ってなるんだよ?」


「…………」


 エリシアの顔が、どんどん赤くなる。


「……私、本当にそんなこと言いました?」


「言ったよ」


「……何回くらい?」


「いっぱい」


「…………」


 エリシアは両手で顔を覆った。


「忘れてください……」


「絶対に忘れない」


「ひどいです!」


 ティアが楽しそうに笑っている。


 俺は少し離れた場所から、その様子を見ていた。


 どうやらティアは、エリシアの戦闘時の豹変を怖がるどころか、完全に面白がっているらしい。


              ◆


「でも」


 ティアが少し真面目な顔になる。


「エリシアって、普段は本当に大人しいよね」


「……そうでしょうか?」


「うん。初めて話した時なんて、すごく緊張してたし」


「ティア様ですから……」


 エリシアが答える。


「だから、もう少し普通に話してよ」


「ですが……王女殿下ですし」


「二人でいる時くらい、そんなに緊張しなくていいよ」


「……努力します」


「うん。それでいい」


 エリシアは少しだけ笑った。


「ありがとうございます、ティア様」


「どういたしまして」


 まだ完全に打ち解けたわけではない。


 それでも。


 二人の距離が縮まり始めていることは、俺にも分かった。


              ◆


 それから。


 ティアは何かとエリシアを誘うようになった。


「エリシア、今日一緒にお昼食べようよ」


「えっ……私ですか?」


「うん。ほら、こっち」


「で、でも……」


「いいからいいから」


「……はい」


 ある時は。


「エリシア、この問題分かる?」


「えっと……ここは、この公式を使うので……」


「なるほど!」


 また別の日には。


「エリシア、放課後ちょっと時間ある?」


「ありますけど……」


「剣術の練習しよう!」


「……!」


 その瞬間だけ。


 エリシアの顔が明るくなった。


「はい!」


 分かりやすい。


 普段は気弱なくせに、剣術の話になると明らかに嬉しそうになる。


 もっとも。


 実際に剣を握れば。


 その先には「ひゃっはー」が待っているわけだが。


              ◆


 放課後。


 俺たち三人が学院を出ようとしていた時だった。


「レノ」


 ティアが俺を呼び止める。


「何だ?」


「今日、エリシアも一緒に帰っていい?」


 俺はエリシアを見る。


「えっ!?」


 エリシアが明らかに動揺した。


「わ、私は大丈夫です! 殿下のお邪魔になりますし……」


「別に邪魔じゃない」


「で、ですが……」


「構わない」


 俺が答えると。


「……本当ですか?」


「ああ」


 エリシアは安心したように息を吐いた。


「ありがとうございます、レノ殿下」


 俺たちは三人で歩き始めた。


 しばらくすると、ティアがエリシアへ尋ねる。


「エリシアは普段、どんなことしてるの?」


「えっと……剣術の練習とか、家の手伝いとか……」


「やっぱり騎士家なんだね」


「はい」


「じゃあ、今度一緒に練習しようよ」


「私でよければ……」


「決まり!」


 あっという間に予定が決まってしまった。


「よろしくお願いします、ティア様」


「うん!」


 エリシアは少し驚いたような顔をしながらも、やがて小さく笑った。


「……楽しみです」


              ◆


 そして休日。


 学院の訓練場には、俺とティア、そしてエリシアの三人がいた。


 ティアとエリシアが木剣を持って向かい合っている。


「今日は普通の模擬戦にしよう」


「はい、ティア様!」


 エリシアが真剣な顔で頷く。


 さっきまで少し緊張していたのに、木剣を握ったことで表情が変わっている。


「それじゃ、始め!」


 木剣がぶつかった。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 ティアが攻め、エリシアが受ける。


 エリシアが反撃し、ティアが避ける。


 今度はティアが一歩引き、次の瞬間、一気に踏み込む。


 二人とも。


 本気で楽しんでいる。


「ティア様、そこです!」


「分かってる!」


 ティアが受け流す。


 そのまま反撃。


 エリシアも返す。


 そして。


 エリシアの瞳が。


 一瞬だけ輝いた。


「……」


 ティアが気づく。


「エリシア?」


「……」


「ちょっと待って」


 エリシアの口元が。


 ゆっくり上がる。


「ひゃっ――」


「待って!」


「ひゃっはぁぁぁぁぁ!」


 始まった。


「おらぁ!」


 エリシアが一気に突っ込む。


「ちょっと! 今日は普通の模擬戦って言ったじゃん!」


「戦いなら関係ありませぇぇん!」


「またそれ!?」


「ひゃははははは!」


 ティアが逃げる。


 エリシアが追う。


「待って待って!」


「待ちません!」


「さっきまで普通だったのに!」


「それは戦いが始まる前だからです!」


「そんな切り替えある!?」


 俺は訓練場の端で腕を組みながら、その様子を眺めていた。


「……仲良くなったな」


 隣にいたルリウスが苦笑する。


「はい。かなり親しくなられたようですね」


「普通なら、あれを見たら距離を置くと思うが」


「グラーティア殿下は、むしろ楽しまれているようです」


「だろうな」


 実際。


 ティアは逃げながら笑っている。


 エリシアも「ひゃははははは!」と笑って追いかけている。


 もう。


 完全に仲良しだった。


              ◆


 それから二人は。


 学院内で一緒にいることが増えた。


 昼食を共にする。


 休み時間に話す。


 放課後には剣術の話をする。


 休日には一緒に訓練する。


「エリシア、これ食べる?」


「えっ、いいんですか?」


「うん。美味しいよ」


「ありがとうございます、ティア様」


「どういたしまして」


 そんな会話をしているかと思えば。


「エリシア、次の休日どうする?」


「剣術の練習を……」


「やっぱり?」


「はい」


「じゃあ私も行く!」


「はい、ぜひ!」


 二人とも。


 本当に楽しそうだった。


 特にエリシアは。


 ティアと一緒にいる時だけ、少しずつ普段の気弱さが薄れていた。


 もちろん王女相手ということで、最初のうちはかなり緊張していた。


 だが。


 ティアが何度も普通に話しかけ、一緒に食事をし、一緒に訓練をし、戦闘時の自分の姿を笑われるどころか面白がられたことで、エリシアの中にあった遠慮が少しずつ消えていったのだろう。


              ◆


 ある日の昼休み。


 俺が食堂へ向かおうとしていると。


「レノ!」


 遠くからティアが呼ぶ。


「何だ?」


「これからエリシアとお昼食べるんだけど、レノも来る?」


 俺はエリシアを見る。


「……ご一緒してもよろしいでしょうか?」


「もちろん」


「ありがとうございます、レノ殿下」


 三人で席につく。


 しばらく普通に食事をしていたが、ティアが突然エリシアへ尋ねた。


「ねえ、エリシア」


「はい?」


「私といるの、楽しい?」


「……」


 エリシアは少し驚いた顔をした。


 それから。


 ゆっくり笑った。


「はい」


「本当に?」


「本当です」


「よかった!」


 ティアが嬉しそうに笑う。


「私も、エリシアといると楽しい」


 エリシアの頬が少し赤くなる。


「……私もです」


「じゃあ」


 ティアが笑う。


「もう友達だね」


「……友達」


 エリシアが、その言葉を小さく繰り返した。


 まるで。


 その言葉を大事に確かめるように。


「はい」


「友達です、ティア様」


「うん!」


 ティアは嬉しそうに笑った。


              ◆


 それから。


 ティアとエリシアは学院内でもかなり親しい二人として知られるようになった。


 一方はエクィトゥム王国の第三王女。


 もう一方は、爵位を持たない騎士家の長女。


 普通なら簡単には縮まらない身分差がある。


 それでも。


 ティアはエリシアを必要以上に王女らしく扱わせようとはしなかった。


 ただし。


 エリシアは最後までティアを「ティア様」と呼び続ける。


 そこだけは。


 身分の違いを意識しているらしい。


「ティア様、こちらでよろしいですか?」


「うん。ありがとう、エリシア」


「分かりました」


「そんなに畏まらなくてもいいのに」


「それは……無理です」


「どうして?」


「王女殿下を呼び捨てにはできません!」


「そっか」


 ティアは苦笑する。


「じゃあ、それでいいや」


「はい、ティア様」


 そんなやり取りが。


 二人の日常になっていった。


 そして。


 戦闘訓練が始まれば。


「エリシア、行くよ!」


「はい、ティア様!」


 次の瞬間。


「ひゃっはぁぁぁぁ!」


「また始まった!」


「戦いですからぁ!」


 いつもの光景になる。


 俺は。


 そんな二人を少し離れたところから眺めていた。


 ティアがエリシアを引っ張る。


 エリシアはティアの剣術の相手になる。


 二人は。


 少しずつ。


 互いに足りないものを補うようになっていった。


 ティアにとって。


 エリシアは気兼ねなく剣を交わせる友人。


 エリシアにとって。


 ティアは、自分の変な一面まで笑って受け入れてくれる初めての親しい友人。


 だからこそ。


 二人の距離は。


 思っていた以上に早く縮まった。


「レノ!」


 遠くからティアが呼ぶ。


「何だ?」


「エリシアと今度の休日に剣術の練習するから、レノも来てね!」


「……俺もか?」


「当然!」


 エリシアが少し慌てる。


「わ、私はティア様と二人でも大丈夫ですけど……」


「俺も行く」


「では……よろしくお願いします」


「ああ」


 ティアが笑う。


 エリシアも。


 少し照れながら笑う。


 数日前までほとんど他人だった二人が。


 今では。


 学院で一緒に昼食を取り。


 一緒に話し。


 一緒に剣を振る。


 そんな友人になっていた。


 政治のために作った関係ではない。


 派閥のために結ばれた関係でもない。


 ただ。


 一緒にいると楽しい。


 一緒に剣を振ると楽しい。


 そして。


 互いに自然体でいられる。


 その結果として。


 二人は友達になった。


 俺はそんな二人を見ながら。


「……本当に仲良くなったな」


 と呟いた。


 ティアは振り返って笑う。


「うん!」


 その隣で。


「はい、ティア様」


 エリシアも笑った。


 そして次の瞬間。


「じゃあ、次はレノも一緒に!」


「ひゃっはー!」


「……」


「……」


 俺は。


 静かに空を見上げた。


「……どうして最後だけそうなるんだ」

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