第26話 気弱な脳筋令嬢再び
数日後。王立貴族学院第五学年の武術訓練が行われていた。第五学年ともなれば、単純な剣術だけではなく、身体強化魔術や武具強化魔術、さらにそれらの上位にあたる上級身体強化魔術や上級武具強化魔術までを組み合わせた、より実戦に近い形での訓練が行われる。そして、この日の訓練には普段とは違う参加者がいた。
「本日は、グラーティア殿下にも武術訓練へご参加いただきます」
教官がそう告げた瞬間、訓練場にいた生徒たちの間に小さなどよめきが広がった。ティアが学院の正式な武術訓練へ参加するのは、これが初めてだった。休日にはアトラシート伯爵から剣術の指南を受け、平日には俺もその練習に付き合っているため、以前と比べれば剣術の技量はかなり上がっているし、身体強化魔術や武具強化魔術の扱いについても日頃から訓練を続けている。それでも、学院の授業として俺たちと同じ第五学年の生徒たちを相手に戦うのは今日が初めてなのだ。
「レノ」
「何だ?」
「やっぱり、最初はレノとやりたい」
「構わない」
「よかった。初参加で知らない人と戦うより、レノの方が安心するから」
ティアはそう言って笑った。俺に対してなら、多少失敗しても気にする必要はないと思っているのだろう。
「初参加だからといって遠慮する必要はない」
「うん。じゃあ、遠慮しない」
教官が木剣を配り終えると、訓練内容の説明へ移った。
「本日は実戦形式の模擬戦を行います。身体強化魔術、武具強化魔術、上級身体強化魔術、上級武具強化魔術の使用を許可いたします。魔術を使用する際には必ず詠唱を行ってください。また、身体強化系および武具強化系の魔術は一度発動すれば、術者が解除を意識するまで効果が継続いたしますので、その点も踏まえて戦っていただきます」
続いて、教官は魔法についても簡潔に説明した。
「魔法の使用も許可いたします。ただし、訓練場の外へ影響を及ぼさないよう、規模や威力には十分ご注意ください。魔法についても詠唱を必要といたしますので、相手の詠唱中にどう動くか、あるいは自らが詠唱する際にどう時間を作るかも含めて、実戦を想定していただきます」
「それでは、お二人とも中央へ」
俺とティアは訓練場の中央へ進み、向かい合った。
「緊張してるか?」
「少しだけ。だって、みんなこっちを見てるし」
「初参加なら当然だ」
「レノはこういうの平気そうだよね」
「今さらだろ」
「そういうところ、羨ましいなぁ」
ティアが苦笑しながら木剣を構える。
「でも、レノと一緒なら大丈夫」
「ああ」
教官が手を上げる。
「それでは――開始してください」
◆
合図と同時に、ティアは一歩踏み出しながら詠唱を始めた。
「アエテリアの大地を支配する灼熱竜よ。
哀れにも其の御力に縋る我に竜の御力を与えたまえ。
我が願うは『身体強化魔術』の力。
我が祈りを聞き届け、
御身が御力を与えたまえ」
詠唱が完成した瞬間、ティアの身体に赤い魔法陣が浮かび上がり、それが一瞬だけ強く輝く。続いて、魔法陣が消えると同時に赤色の魔力が身体全体を包み込み、ティアの身体能力が明確に引き上げられた。
俺も遅れずに詠唱へ入る。
「アエテリアの大地に祝福をもたらす氷雪の女神よ。
哀れにも神の御力に縋る我に神の祝福を与えたまえ。
我が願うは『身体強化魔術』の祝福。
我が祈りを聞き届け、
御身が祝福を与えたまえ」
俺の身体にも魔法陣が現れ、詠唱が終わると、それまで水色であるはずの氷系魔術の魔力が、俺の場合は碧色系の魔力となって全身を包み込む。
そして、次の瞬間にはティアが一気に間合いを詰めてきた。
木剣が振り下ろされる。
俺は受ける。
乾いた音が訓練場に響いた。
続けて二撃、三撃とティアは攻めてくる。以前なら力を込めて剣を振ることに意識が寄っていたが、今のティアは違う。俺の重心、足の位置、視線、剣の動きを見ながら次の攻撃を組み立てている。アトラシート伯爵から受けている指南と、平日に俺と積み重ねてきた練習の成果が、確実に出ていた。
俺はティアの一撃を受け流し、そのまま反撃に移る。
ティアは身体をひねって木剣をかわし、そのまま一歩下がって距離を取ったかと思うと、すぐにまた踏み込んでくる。
「いい動きだ」
「本当?」
「ああ」
「じゃあ、もっと行くよ!」
ティアが笑った。
そのまま剣速を上げてくる。
俺も受ける。
木剣と木剣が何度もぶつかり、その度に乾いた音が響く。
周囲からも小さな声が上がっていた。
「グラーティア殿下、かなり動けるな」
「初参加とは思えない」
「アトラシート伯爵の指導を受けているという話は本当らしいな」
俺は周囲の声を聞き流しながら、ティアの攻撃を受け続けた。
まだ俺の方が上だ。
それは間違いない。
だが。
以前に比べれば、その差は確実に縮まっている。
◆
何度か剣を交えたところで、ティアが一度大きく距離を取った。
「次、武具強化魔術を使う」
「ああ」
ティアはすぐに詠唱を始めた。
「アエテリアの大地を支配する灼熱竜よ。
哀れにも其の御力に縋る我に竜の御力を与えたまえ。
我が願うは『武具強化魔術』の力。
我が祈りを聞き届け、
御身が御力を与えたまえ」
詠唱が終わった瞬間、ティアの木剣に魔法陣が浮かび上がり、それを包むように赤色の魔力が広がった。
俺も詠唱する。
「アエテリアの大地に祝福をもたらす氷雪の女神よ。
哀れにも神の御力に縋る我に神の祝福を与えたまえ。
我が願うは『武具強化魔術』の祝福。
我が祈りを聞き届け、
御身が祝福を与えたまえ」
俺の木剣にも魔法陣が浮かび、碧色の魔力が木剣を包み込む。
身体強化魔術も武具強化魔術も、すでに一度発動した以上、こちらから解除を意識しない限り効果は続く。
つまり。
ここからは、同じ詠唱を何度も繰り返す必要はない。
俺とティアは、その強化を維持したまま再び踏み込んだ。
木剣が激しくぶつかる。
先ほどとは明らかに違う。
剣速も。
重さも。
反応速度も。
一段上がっている。
俺が一歩進めば、ティアが一歩下がる。
俺が剣を振れば、ティアが受ける。
ティアが反撃すれば、俺がかわす。
そして、すぐにまた剣がぶつかる。
「……強くなったな」
「でしょ?」
「前よりずっといい」
「レノに勝つまで頑張るから」
「そう簡単にはいかないぞ」
「じゃあ、もっと練習する」
ティアは楽しそうに笑った。
◆
しばらくして、ティアがさらに距離を取った。
「レノ」
「何だ?」
「今度は魔法を使うね」
「ああ」
ティアの表情が変わる。
そして、灼熱魔法の詠唱に入った。
「アエテリアの大地を支配する灼熱竜よ。
哀れにも其の御力に縋る我に竜の御力を与えたまえ。
我が願うは『竜の鼻息』の力。
我が祈りを聞き届け、
御身が御力を与えたまえ」
詠唱が終わった。
ティアが見据えた先に、赤い魔法陣が現れる。
その魔法陣を中心とした小規模な範囲に炎が生み出された。
炎には決まった形がない。
細く伸びたかと思えば横へ広がり、低く這ったかと思えば上へ伸び、曲線を描いたかと思えば瞬時に別の形へ変わる。
ティアの意思によって。
自由な形の炎が。
小規模な範囲の中で生み出されていく。
「竜の鼻息」
炎が俺の進路を塞いだ。
俺は横へ移動する。
だが、炎の形が変わる。
別の位置へ炎が伸びる。
単純な直線攻撃ではない。
ティアが、その場でどこにどんな形の炎を生み出すのかを判断している。
ならば。
俺も使う。
俺は氷結魔法の詠唱へ入った。
「アエテリアの大地に祝福をもたらす氷雪の女神よ。
哀れにも神の御力に縋る我に神の祝福を与えたまえ。
我が願うは『氷結』の祝福。
我が祈りを聞き届け、
御身が祝福を与えたまえ」
詠唱が終わる。
俺の前方に碧色の魔法陣が出現した。
魔法陣を中心とした小規模な範囲に氷が生まれる。
壁。
柱。
刃。
足場。
必要な形を思い描けば、その形に応じた氷が生まれる。
俺は目の前へ氷を作り出した。
炎が氷へぶつかる。
氷が溶ける。
炎も弱まる。
その一瞬を利用して、俺は一気に距離を詰めた。
「まだ!」
ティアが笑った。
◆
今度はティアが再び詠唱する。
「アエテリアの大地を支配する灼熱竜よ。
哀れにも其の御力に縋る我に竜の御力を与えたまえ。
我が願うは『炎槍』の力。
我が祈りを聞き届け、
御身が御力を与えたまえ」
赤い魔法陣がティアの前方へ現れ、そこから炎が一本の槍を形作る。
俺も詠唱する。
「アエテリアの大地に祝福をもたらす氷雪の女神よ。
哀れにも神の御力に縋る我に神の祝福を与えたまえ。
我が願うは『氷槍』の祝福。
我が祈りを聞き届け、
御身が祝福を与えたまえ」
俺の前方にも碧い魔法陣が現れ、氷が一本の槍を形作る。
炎槍。
氷槍。
二つが同時に放たれた。
空中で衝突する。
炎が氷を削り。
氷が炎を消す。
そして。
双方の力が弾け、大量の水蒸気が訓練場へ広がった。
「ここまでといたしましょう!」
教官の声が響く。
俺とティアは、すぐに動きを止めた。
「お二人とも、魔法の制御は十分に意識してください。訓練場内で使用する以上、周囲の生徒への影響まで考えていただきますようお願いいたします」
「はい」
「承知しました」
教官が離れていく。
ティアが俺を見る。
「結構いい感じだったでしょ?」
「ああ」
「よかった」
◆
「それでは、最後に一度だけ木剣で立ち合っていただきます」
教官の言葉に、俺とティアは再び向かい合った。
身体強化魔術はすでに維持されている。
武具強化魔術も同じだ。
俺たちはそのまま木剣を構える。
そして。
同時に踏み込んだ。
一撃。
二撃。
三撃。
木剣が交わる。
ティアが一歩下がる。
俺が追う。
その瞬間、ティアが距離を取った。
そして灼熱魔法の詠唱へ入る。
「アエテリアの大地を支配する灼熱竜よ。
哀れにも其の御力に縋る我に竜の御力を与えたまえ。
我が願うは『炎壁』の力。
我が祈りを聞き届け、
御身が御力を与えたまえ」
ティアの前方へ赤い魔法陣が大きく出現する。
そこから。
炎の壁が立ち上がった。
俺も即座に詠唱へ入る。
「アエテリアの大地に祝福をもたらす氷雪の女神よ。
哀れにも神の御力に縋る我に神の祝福を与えたまえ。
我が願うは『氷壁』の祝福。
我が祈りを聞き届け、
御身が祝福を与えたまえ」
俺の前方にも碧い魔法陣が現れた。
そこから氷の壁が立ち上がる。
炎壁と氷壁が正面から衝突し、白い水蒸気が一気に広がった。
互いの姿が消える。
それでも俺もティアも止まらない。
足音。
気配。
魔力の流れ。
それだけを頼りに。
ほぼ同時に踏み込んだ。
二本の木剣が水蒸気の向こうから伸びる。
互いの肩へ届く寸前。
「そこまでといたします!」
教官の声が響いた。
俺とティアは、同時に木剣を止めた。
◆
「引き分けか」
周囲からそんな声が聞こえる。
「互いに当たる寸前だったな」
「グラーティア殿下、本当に初参加なのか?」
「剣だけでもかなり動ける」
「魔術もきちんと使えている」
ティアは息を整えながら、俺を見る。
「どうだった?」
「悪くない」
「またそれ?」
「前より良かった」
「……なら、まあいいか」
ティアが笑った。
だが。
今日の訓練は、まだ終わっていなかった。
「次の対戦を発表いたします」
教官が名簿へ目を落とす。
「グラーティア殿下と、エリシア・フェルディナン嬢」
「……え?」
ティアが目を丸くした。
少し離れた場所にいた少女も、びくっと身体を震わせる。
「わ、私ですか?」
「はい。お願いいたします」
「……分かりました」
エリシア・フェルディナン。
赤い髪。
碧い瞳。
つり上がった目。
騎士家の娘らしく背筋は真っ直ぐで、見た目だけなら非常に気が強そうに見える。
だが。
「グラーティア殿下……よろしくお願いいたします」
声は小さく、どこかおどおどしている。
「うん。よろしくね」
「はい……」
エリシアは木剣を握った。
その手は。
少し震えていた。
俺は、その姿を見て思い出す。
エリシアは普段から気が弱い。
ただし。
正しいことには妙に頑固で、間違っていると思えば、相手が誰であろうと正論を口にしてしまう。
そして。
剣を握った時だけ。
まるで別人になる。
「それでは、準備をお願いいたします」
二人が構える。
ティアは真っ直ぐ前を見る。
エリシアは。
少し不安そうな顔で木剣を握った。
「開始してください」
◆
その瞬間。
エリシアの表情が変わった。
つい先ほどまであった怯えが消える。
碧い瞳が。
一気に輝いた。
口元が。
ゆっくり上がる。
「……」
ティアが目を瞬く。
「え?」
次の瞬間。
「ひゃっはぁぁぁぁぁ!!」
「!?」
エリシアが爆発した。
凄まじい勢いで前へ突っ込む。
「おらぁぁ!」
ガキィン!
ティアが受ける。
「もう一発ぅ!」
ガキン!
「まだまだぁ!」
ガキィィン!
ティアが後退する。
「ちょ、ちょっと!?」
「ひゃははははは!」
エリシアは笑いながら追いかける。
「来ないで!」
「嫌ですぅ!」
「さっきまでそんなこと言う人じゃなかったよね!?」
「戦いは別です!」
「別なの!?」
「別です!」
エリシアの剣が振り下ろされる。
ティアが受ける。
「重っ!」
「もっとぉ!」
さらに一撃。
ティアが横へ避ける。
エリシアが追う。
「ひゃははははは!」
俺は思わず額を押さえた。
「……出たか」
以前と何も変わっていない。
普段の気弱なエリシアは、完全にどこかへ消えている。
今ここにいるのは。
剣を握った瞬間に理性が吹き飛び、戦うことそのものを楽しんでいる、別人のようなエリシアだった。
「ティア、気をつけろ」
「分かってる!」
ティアも少し楽しそうに笑っている。
エリシアが突っ込む。
ティアが受ける。
押し返す。
エリシアがまた突っ込む。
「ひゃっはー!」
「あなた、本当に何なの!?」
「知りません!」
「自分でも分からないんだ!?」
「楽しいからいいんです!」
周囲から、笑いをこらえるような気配が広がる。
だが。
戦闘そのものは決してふざけていない。
エリシアの剣には確かな技術がある。
普段の臆病さが消えたことで、攻撃への躊躇がなくなり、身体強化魔術による速度と合わせてかなり厄介な戦い方になっている。
◆
ティアが一度、大きく距離を取った。
身体強化魔術の効果はまだ続いている。
ティアはそのまま灼熱魔法の詠唱へ入った。
「アエテリアの大地を支配する灼熱竜よ。
哀れにも其の御力に縋る我に竜の御力を与えたまえ。
我が願うは『竜の鼻息』の力。
我が祈りを聞き届け、
御身が御力を与えたまえ」
詠唱が終わる。
ティアの前方へ赤い魔法陣が浮かぶ。
その小規模な範囲に。
自由な形の炎が生まれた。
「竜の鼻息!」
炎が広がる。
細く伸びたかと思えば、横へ広がり、さらに別の場所へ形を変える。
「ひゃははははは!」
エリシアは。
笑いながら突っ込んだ。
「来いよぉ!」
「嘘でしょ!?」
炎の間を縫うようにして、エリシアが距離を詰めてくる。
ティアが驚く。
それでもエリシアは止まらない。
「ひゃっはー!」
木剣を振る。
ティアが受ける。
魔法の炎と。
赤色の魔力に包まれた木剣がぶつかる。
ティアも。
次第に笑い始めた。
「……面白い!」
「そうでしょう!」
「でも負けないから!」
「私もぉ!」
今度は。
完全に両者とも楽しんでいる。
◆
ティアが詠唱する。
「アエテリアの大地を支配する灼熱竜よ。
哀れにも其の御力に縋る我に竜の御力を与えたまえ。
我が願うは『炎槍』の力。
我が祈りを聞き届け、
御身が御力を与えたまえ」
赤い魔法陣が出現する。
炎が槍を形作る。
炎槍が放たれる。
「ひゃはっ!」
エリシアが身体を捻って避ける。
「危なっ!」
ティアが思わず声を上げる。
「もっとぉ!」
「もう!」
ティアも笑っていた。
再び詠唱する。
「アエテリアの大地を支配する灼熱竜よ。
哀れにも其の御力に縋る我に竜の御力を与えたまえ。
我が願うは『炎壁』の力。
我が祈りを聞き届け、
御身が御力を与えたまえ」
赤い魔法陣が現れ、炎の壁が立ち上がる。
普通なら。
そこで止まる。
だが。
「ひゃははははは!」
エリシアは。
炎壁の真正面へ突っ込んだ。
「ちょっと待って!?」
炎壁の端を強引に抜ける。
そして。
ティアへ迫る。
「行きますぅぅぅ!」
木剣が振り下ろされる。
ティアが受ける。
ガキィン!
そのまま二人が押し合う。
「おおおお!」
「ひゃっはぁぁ!」
そして。
最後の一撃が。
ティアの肩へ届く寸前。
「そこまでといたします!」
教官の声が響いた。
二人とも。
ぴたりと止まる。
◆
しばらく。
訓練場が静まり返った。
「勝負あり」
教官が告げる。
「今回は、グラーティア殿下の勝利といたします」
「ありがとうございました!」
ティアが息を整えながら頭を下げる。
「ありがとうございました!」
エリシアも。
満面の笑みで頭を下げた。
そして。
数秒後。
「……はっ」
エリシアが我に返った。
自分の木剣を見る。
周囲を見る。
ティアを見る。
そして。
「……」
顔が。
みるみる青くなった。
「わ、私……」
「どうしたの?」
ティアが尋ねる。
「……何か変なことしませんでした?」
ティアは。
一瞬だけ黙る。
そして。
「したよ」
「……」
「いっぱい」
エリシアの顔が真っ赤になる。
「す、すみません!」
「大丈夫だよ」
「本当ですか?」
「うん。すごく強かった」
「……」
エリシアが目を丸くする。
「本当ですか?」
「本当」
「……よかった」
エリシアは。
ほっとしたように息を吐いた。
その表情だけを見ていれば。
先ほどまで、
「ひゃっはぁぁぁ!」
と叫びながら突撃していた人物と同一人物には、とても見えない。
俺は改めて思う。
エリシア・フェルディナン。
普段は気弱で、正義感が強い。
だが。
剣を握ると。
理性が吹き飛ぶ。
そして。
戦いが終われば。
元へ戻る。
……何度見ても。
凄まじい性格だ。
「レノ」
ティアがこちらを見る。
「何だ?」
「エリシアって、すごく面白いね」
「ああ」
「また戦いたい」
「エリシアが泣くぞ」
「泣かないよね?」
俺がエリシアを見る。
エリシアは。
少し怯えたように首を横へ振る。
「……戦う前なら、たぶん泣きそうになります」
「やっぱりな」
「でも……」
エリシアが。
少しだけ笑った。
「戦うなら、頑張ります」
ティアも笑う。
「じゃあ、またやろうね」
「はい!」
今日の訓練で、ティアは俺だけではなく、エリシアとも本格的に剣を交えた。
俺との戦いでは、自分の限界を試すように動き、エリシアとの戦いでは、相手の予測不能な攻撃へ対応する必要があった。
そしてエリシアにとっても。
ティアは。
自分の戦闘欲を存分に引き出せる、かなり相性のいい相手だったらしい。
何より。
学院の生徒たちにとっては。
ティアの実力だけでなく。
普段は気弱なエリシアが。
戦闘になった瞬間、
「ひゃっはー!」
と豹変するという事実まで。
強烈に印象へ残ったことだろう。
こうして。
ティアの学院武術訓練初日は。
俺との模擬戦だけでは終わらず。
エリシアとの、まったく予想のできない戦いまで含めて。
学院中に新たな話題を生み出す一日となった。




