第24話 実権保持王族最高機密国家方針会議
今までの人生で最も厨二病っぽいネーミングを考えられた気がします!!!!!!!
その日の夕方。
俺は、父王アウレリウスから突然呼び出された。
「レノ。今から私と来い」
それだけだった。
行き先についての説明はない。いつものように側近が同行することもなく、護衛にも目的地は知らされていない。俺自身も、何のために呼ばれたのか分からないまま、父上の後について王宮の奥へ進んでいった。
普段、俺が立ち入ることのない区画だった。人の気配は少なく、廊下に立つ衛兵も最低限しかいない。その衛兵たちでさえ、俺たちがどこへ向かっているのか知らされていないようだった。
やがて、父上が一つの扉の前で足を止めた。
「ここから先は、決して口外するな」
「はい」
「誰に対してもだ」
「分かりました」
父上は周囲を確認してから、扉を開いた。
中へ入る。
そこには、数人の王族がいた。
国王アウレリウス。王弟カシウス。第三王妃セレネ。そして、第二王妃ヴィクトリア。
第二王子ルキウスも第三王子エドもいない。当然だ。二人には、まだこの場へ入る資格がない。ここにいるのは、単に王族だからではない。国家の意思決定へ実際に関わる権限を持ち、その機密を知る資格を与えられた王族だけだ。
俺は空いている席へ座った。
扉が閉じられる。
さらに、内側から施錠された。
父上はそれを確認してから、静かに口を開いた。
「この会議について説明する」
俺は姿勢を正した。
「正式名称は――実権保持王族最高機密国家方針会議」
その言葉を聞いて、俺は少しだけ目を細めた。
「この会議の存在そのものを、実権を持つ王族以外の者に知らせることは禁止されている」
「側近にも?」
「もちろんだ」
「会議の名称すら知られていない」
「はい」
父上は頷いた。
「そして、もう一つ重要な規則がある」
全員を見る。
「この会議における発言は、この部屋を出た瞬間から『なかったもの』として扱う」
「誰が何を言ったのか、何を認めたのか、何を決定したのか。それを外部へ伝えることは許されない。会議で話した内容を、会議の外で根拠として使ってはならない」
俺は黙って聞いていた。
徹底している。国家機密という言葉だけでは足りないほどだ。
「この規則があるからこそ、この場では通常の政治では言えないことまで議論できる。たとえ国王にとって不都合な話であっても、王族同士の秘密であっても、国家の存続に必要ならば、ここでは議論する」
そして、父上が俺を見る。
「レノ」
「はい」
「今日から、お前もこの会議への参加を命じる」
俺は一瞬だけ黙った。
「お前は十四歳になり、王立貴族学院第五学年となった。第一王子派を、実質的にお前自身が動かしている。王位継承争いの中心にいるだけではない。国家方針そのものを背負う立場になった」
父上の声は、いつもより重かった。
「だから、今日からお前を『実権保持王族』として認定する。この会議への参加資格を与える」
俺は静かに頷いた。
「承知しました」
◆
父上は一度、深く息を吐いた。
「だが、今日お前をここへ呼んだ本当の理由は別にある」
「お前が今まで見てきた王位継承争いの姿を、一度、全部壊す必要がある」
俺は父上を見る。
「壊す?」
「ああ。お前は今まで、第一王子派と第二王子派が王位を巡って争っていると思っていた。王弟派と第三王子派が、その隙間で独自に動いているとも考えていただろう」
「だが、それは表面にすぎない」
俺は黙った。
父上が、一枚の古い資料を机の上へ置く。
「この会議が、今の形になったのは、お前が生まれるより前だ。当時、我が国は一つの重大な国家方針を巡って意見が割れていた」
「それが、独立を維持するか、帝国へ再従属するかだ」
俺の視線が、資料へ落ちる。
「……帝国」
この国の歴史を考えれば、その言葉だけで意味は分かる。帝国が再び勢力を拡大した時、最も危険な立場に置かれるのは、帝国を裏切って独立したアイティクイランド王国だ。
「当時の我が国は、帝国との関係をどうするかで大きな決断を迫られていた。その時、この会議に参加していたのが、私、先王マグヌス、そしてリウィアだ」
父上は、亡くなった二人の名を静かに口にした。
「我々三人は、独立を維持することを支持した」
俺は黙って聞く。
「帝国に従属することは、我が国が自分で自分の未来を決める権利を失うことに繋がる。それが我々の考えだった。だから、独立を維持する。その方針で一致していた」
◆
そして、父上はヴィクトリアを見る。
「だが、ヴィクトリアは違った」
第二王妃は静かに顔を上げた。
「彼女は、帝国への再従属を支持した」
俺は、その事実を改めて聞かされても表情を変えなかった。だが、その理由まではまだ知らなかった。
「なぜですか?」
俺が尋ねる。
父上は答えた。
「彼女は、この国の民を誰よりも愛していた」
意外な言葉だった。
「だからこそ、緩衝国家として存在し続けることに強い危機感を持っていた。帝国、エクィトゥム、カヴィーレスターン、そしてシルウァニア。周囲の大国との力関係を見れば、我が国は決して強国ではない。独立を維持しようとすれば、いつか大国同士の争いに巻き込まれ、この国の民が犠牲になる」
「それなら、帝国へ従属し、帝国の庇護を受け、民族そのものを残す。それがヴィクトリアの考えだった」
ヴィクトリアは反論しなかった。ただ、静かに口を開く。
「私は、この民族を滅ぼしたくなかった。それだけです。帝国の支配下に戻れば、王国としての自由は失われるでしょう。それでも、民が生き残るなら、私はその方を選びます」
俺は、その言葉を聞いた。
◆
そして当時の会議では、この問題をどう決着させるかについて、一つの結論が出された。
「将来生まれる王族のうち、最も年齢の高い子が成人するまで、王族と、それぞれを支持する勢力が政治的に競う」
父上が説明する。
「その中で最も大きな支持を得た王子を王太子とする。同時に、その王太子を中心とする勢力の方針によって、我が国が独立を維持するのか、帝国へ再従属するのか、それを決める」
俺は少しだけ目を細めた。
「つまり、王太子選びそのものが国家方針の決定でもあった」
「そうだ」
父上が頷く。
「王子たちが競う。貴族たちが支持する。その結果が、国の未来を決める」
ここまで聞けば、王位継承争いがただの王座争いではないことは明白だった。
◆
だが、そこへ王弟カシウスが口を開いた。
「ただし、私とセレネは、その決定に加わらなかった」
俺は王弟を見る。
「棄権した」
「なぜ?」
カシウスは淡々と答えた。
「私には、独自の目的があったからだ。王弟派が求めていたのは王朝交代。現在の王家から王弟家へ王朝を移す。それが我々の目的だった」
俺は、これまでの王弟派の動きを思い返す。
確かに、彼らは第一王子派にも第二王子派にも完全には属していなかった。それは、どちらを王にするかという問題より、王家そのものを変えることを目的としていたからだ。
「第三王妃セレネも?」
俺が尋ねると、セレネが答えた。
「私も棄権しました。私にも独自の目的があったからです。実家の下級法衣貴族たちの勢力拡大を考えていました」
「だから、独立を維持するか、従属するかという二択には加われなかった」
「そういうことです」
俺は静かに頷いた。
◆
父上はさらに話を続けた。
「そして、お前が生まれた」
第一王子。
俺だ。
「リウィアは、お前を中心として第一王子派を結成した。独立を維持することを望む者たちがお前の周囲へ集まり始めた」
俺は黙って聞いている。
「その後、第二王子ルキウスが生まれた。ヴィクトリアは第二王子派を結成した。帝国への再従属を支持する者たちが、ルキウスを中心に集まった」
ここで、俺は初めて理解した。
第一王子派。第二王子派。この二つの派閥は、王位継承争いが始まったから自然に生まれたわけではない。
最初から、独立と従属。二つの国家方針を背負って作られた。
◆
しかし、話はそれだけではなかった。
父上が言う。
「ヴィクトリアは、会議の規則を破った」
会議室の空気が少し変わった。
「彼女は、自分の兄であるガルディシア伯爵へ、この会議で定められた国家方針と自らの立場を伝えた」
俺の目が、ガルディシア伯爵の名前を聞いた瞬間、少しだけ細くなる。
「それによって、本来、実権保持王族だけの間で共有されるはずだった情報がガルディシア伯爵へ流れた。第二王妃に賛同したガルディシア伯爵がその財力をもって貴族をまとめ上げ、組織化され、一方、リウィアも独立維持を望む貴族をまとめ始めた。こうして、本格的な派閥争いが始まった」
俺は黙って聞いた。
そして、この時点から、この会議では一つの新しい規則が作られた。
「第一王子派という呼称は、この会議では使わない」
父上が言う。
「第一王子派は『独立派』。第二王子派は『従属派』」
「ただし」
「この『独立派』『従属派』という呼称も、この会議の参加者と、会議の機密を漏らされたガルディシア伯爵以外には知られていない」
俺は一瞬だけ考えた。
学院でも、王都でも、誰も第一王子派を「独立派」と呼んではいない。
当然だ。
その言葉自体が、この部屋の外では存在しないのだから。
◆
「そして」
父上が言う。
「お前が今回、この会議へ呼ばれた理由だ」
「お前は現在、第一王子派を実質的に動かしている。そのため、お前を実権保持王族として認定した」
「つまり」
俺は、自分で言葉を整理する。
「俺が実権保持王族になったから、この会議に入ることになった」
「そうだ」
「王位継承者だからではない。王族だからでもない。実際に国家方針へ影響を与える権力を持つようになったからだ」
「その通りだ」
つまり、この会議への参加資格は血筋だけでは与えられない。
実権が必要なのだ。
◆
父上は、さらに重い話を始めた。
「そして、この会議では、すでに知っていることもある」
「第一王妃リウィアの暗殺」
その言葉を聞いた瞬間、俺の指がほんの僅かに動いた。
「先王マグヌスの暗殺」
今度は胸の奥がわずかに締まる。
「そして、ヴィクトリアと帝国との繋がり。それらについて、実権保持王族はすでに報告を受けている」
俺は、しばらく黙っていた。
もちろん、母上が暗殺されたことは知っている。先王が暗殺されたことも。第二王妃と帝国との関係についても、俺はこれまでの政治の中でかなりの部分を理解していた。
だが。
それらがこの会議では、すでに国家最高機密として共有され、同時に会議の外へ出た瞬間に「なかったこと」にされていた。
その事実が、思った以上に重かった。
母上の死も。先王の死も。帝国との繋がりも。
この部屋の中では、すでに知っている者たちがいた。
それでも。
誰も。
表では語らなかった。
◆
俺は冷静であることを自覚している。
感情より先に状況を整理する。何が起きたのか。誰に利益があるのか。何を証明できるのか。そうやって考える。
だからこそ、今までだって母上の暗殺について、できる限り感情を切り離してきた。
けれど。
今。
少しだけ違った。
母上は、俺を王にしようとしただけではなかった。
独立を維持しようとしていた。
先王も。父上も。同じだった。
そして。
その政治闘争の中で。
母上は殺された。
先王も殺された。
「……」
俺は知らず知らずのうちに拳を握っていた。
父上が俺を見る。
「レノ」
「……大丈夫です」
俺は答えた。
声は、自分でも分かるほど低かった。
怒りはある。
だが。
ここで感情に飲まれるわけにはいかない。
この会議に呼ばれたのは、復讐のためではない。
国家方針を議論するためだ。
だから。
俺は怒りを押し込める。
だが。
消すことはできなかった。
◆
そして、父上はヴィクトリアについて改めて語った。
「一つ。絶対に忘れるな」
「この会議には、正義と悪という区別は存在しない」
俺は黙って聞く。
「ヴィクトリアは帝国への従属を望んだ。だが、彼女はこの民族を滅ぼしたいわけではない。むしろ逆だ。誰よりもこの民族を愛していた」
「だから、緩衝国家のままでは生き残れないと考えた。帝国へ従属すれば、国家としての自由の一部を失う。だが、民族そのものは存続できる。それが彼女の考えだ。その目的を達成するためにあらゆる方法を思案し、行動した。」
俺はヴィクトリアを見る。
第二王妃は静かだった。
俺と視線が合う。
その目に迷いはなかった。
「私は、間違っていると思っていません」
ヴィクトリアが言う。
「この国の未来について、私は帝国へ従属した方が、この民族は長く生き残れると考えています」
俺は返す言葉が、すぐには出なかった。
俺にとって独立は譲れないものだ。
だが。
ヴィクトリアにとって従属も譲れないものなのだ。
どちらも、この国を守りたい。
どちらも、民族を残したい。
ただ、方法が違う。
だから。
この場には。
正義も悪もない。
あるのは、異なる国家観だけだ。
◆
さらに、王弟カシウスが静かに口を開く。
「私も王朝交代を望んだ。それは今の王家が嫌いだからではない。王弟家の方が、この国にふさわしいと考えたからだ」
セレネも。
「私も、自分の信じる国家の形があった」
と言う。
第三王子派についても同じだ。
下級法衣貴族の権利保障。
それも、彼らにとっての正義だ。
つまり。
四つの勢力が、四つの異なる未来を描いていた。
独立。
従属。
王朝交代。
下級法衣貴族の権利保障。
そして。
王位継承争いは、その四つの考えが一つの王国の中で衝突した結果だった。
◆
俺は、しばらく黙っていた。
これまで。
俺は第一王子として、第二王子派と戦ってきた。
ガルディシア伯爵家。
プラエシディウス伯爵家。
ヴィクトリア。
ルキウス。
その一つ一つを、自分の王位を脅かす敵として見ていた。
だが。
今は違う。
少なくとも、ヴィクトリアを単純な悪人として見ることはできなくなった。
彼女の考えには、彼女なりの国家を守る論理がある。
俺の考えと、正反対なだけだ。
「……厄介ですね」
思わず、そんな言葉が漏れた。
父上が「そうだ」と答える。
「だからこそ、お前にこの会議への参加資格を与えた。王になるということは、自分と違う正義を持つ者をただ排除することではない。それぞれの考えを理解し、それでもなお、自分が選んだ国家の未来を実現することだ」
俺は静かに頷いた。
◆
やがて、会議は終わりに近づいた。
父上が最後に確認する。
「もう一度言う。この部屋で話したことは、扉を出た瞬間から存在しない。誰にも話すな。側近にも、貴族にも、お前が最も信頼する者にも」
「……分かりました」
「そして」
父上は付け加えた。
「『独立派』『従属派』という呼称も、ここにいる者と、機密を漏らされたガルディシア伯爵以外は知らない」
「表では、今まで通り第一王子派、第二王子派、そう呼ぶ」
「お前が王太子に任命されるかされないかでこの議論の結果は決まる。もし、帝国への再従属を支持するなら降りてもいい。独立維持を支持するなら、議論が終わるのはあと1年だ。心しておけ。」
「はい」
俺は立ち上がった。
扉が開く。
外には、俺の側近たちが待っている。
彼らは何も知らない。
この会議の存在も。名前も。何が話されたのかも。
俺が実権保持王族に認定されたことすら、正確には知らされていない。
俺は、いつもの顔で彼らのところへ戻る。
何もなかったように。
だが。
頭の中では、王位継承争いの意味が完全に変わっていた。
これは、王子同士が王冠を取り合うだけの戦いではない。
国家方針を決める、実権保持王族最高機密国家方針会議の延長線上にある戦いだ。
第一王子派は、この会議における独立を望む側。
第二王子派は、この会議における従属を望む側。
だが、その名前を知っている者は、ごく僅かしかいない。
そして。
俺は。
今。
その中心にいる。
俺の母は、独立を望んだ。
先王も。
父上も。
俺も。
それを受け継いでいる。
ヴィクトリアは、従属を望んだ。
それも、この民族を残すためだった。
だから。
この戦いに、単純な善悪はない。
あるのは、どの未来を選ぶかという国家そのものの選択だけだ。
そして。
俺は。
「独立」という選択を、自分の意志で背負うことになった。




