第23話 御前会議再び
毎年春に開催される御前会議。
国王陛下を中心に、主要な大臣や高位貴族たちが集まっていた。その中には、第一王子である俺の姿もある。ただし、俺はまだ十四歳。正式な政務を任されているわけではない。こうした重要な会議に同席することは王族としての教育の一環だが、国家運営について発言する立場ではなく、基本的には黙って話を聞いているだけだ。
会議の中央では、財務卿ペクーニア伯爵が立ち上がり、手元の資料を開いていた。
「では、昨年度の国家収支について報告させていただきます」
ペクーニア伯爵が淡々と読み上げる。
なお、この国で使われている貨幣には、大金貨、金貨、銀貨、銅貨、鉄貨、小鉄貨の六種類がある。大金貨一枚を一億円程度、金貨一枚を一万円程度、銀貨一枚を千円程度、銅貨一枚を百円程度、鉄貨一枚を十円程度、小鉄貨一枚を一円程度として前世の感覚で考えることはできるが、もちろん、この世界の物価や所得水準が前世の日本と同じというわけではない。あくまで規模を理解するための目安だ。
「昨年度の国家収入総額は、大金貨8083枚と金貨4000枚となりました」
会議室の一角で、何人かの大臣が資料へ目を落とす。
例年と比べて、国家収入は減少している。
原因は明白だった。
昨年から、帝国軍がカヴィーレスターン・スルタン国へ侵攻し、主要な港湾や交易路を占領した。その結果、カヴィーレスターンからフレトゥム海峡を通ってアンティクイランドへ入ってくる交易品が減少したのである。
香辛料。
薬。
装飾品。
ナツメヤシ。
そうした輸入品が以前より手に入りにくくなり、商業活動そのものにも影響が出ている。
「まず、税収です」
ペクーニア伯爵が続ける。
「昨年度の税収は、大金貨4000枚となりました」
国王陛下が資料へ目を落とした。
「前年より減っているな」
「はい」
ペクーニア伯爵が答える。
「市場税や人頭税などを合わせたものですが、特に市場税の減少が大きくなっております」
「カヴィーレスターンとの交易減少の影響か」
「その通りです。輸入量の減少に伴い、港湾や市場で発生する商取引も減少しております。その結果、商業関係の税収が落ち込んでおります」
「税収全体としては、国家収入の約49.5%か」
「はい」
俺は口を挟まず、手元の資料へ視線を落とした。
前世の感覚なら税収が国家収入の半分近くを占めること自体は珍しくない。だが、この世界では交易が王国経済の大きな柱になっている。だからこそ、輸入量の減少がそのまま税収へ響いているのだろう。
「次に、フレトゥム海峡における関税収入です」
ペクーニア伯爵が次の項目へ移る。
「昨年度の総額は、大金貨1500枚となりました」
「こちらも減少したな」
国王陛下が言う。
「はい。カヴィーレスターン側との交易量そのものが減少したことに加え、戦争による航路の混乱と、海峡を通過する商船数の減少が原因です」
「フレトゥム貿易協定第四項に基づき、その収益の半分がカヴィーレスターン・スルタン国、もう半分がアンティクイランド王国へ分配される」
「その通りです」
「では、王国側の取り分は大金貨750枚か」
「はい」
「さらに王家とガルディシア伯爵家で折半する」
「はい」
「ならば、王家への計上額は大金貨375枚となるな」
「その通りです」
俺は、少し離れたところにいるガルディシア伯爵を見た。
フレトゥム海峡の関税収入。
その半分が王国側に入り、そのまた半分を王家とガルディシア伯爵家で分ける。
王家だけで大金貨375枚。
ガルディシア伯爵家にも同額が入る。
第二王妃の実家であり、第二王子派の中心となっている家が大きな経済力を持つ理由が、ここにもあった。
「次に、王家事業による収入です」
ペクーニア伯爵が続ける。
「闘技場、賭博事業、運輸業の三部門を合わせ、大金貨1750枚を計上しております」
「こちらは前年並みか」
「はい。国外交易の影響を比較的受けにくいため、昨年度とほぼ同水準となっております」
「続いて、上納等が大金貨795枚です。地方の領地貴族からの上納や納付金などが中心となります」
「最後に、利息収入が大金貨38枚と金貨4000枚です。国庫に蓄積された資金から発生する利息によるものです」
ペクーニア伯爵が資料をめくる。
「以上が収入となります」
会議室の視線が、支出の欄へ移った。
「続いて、支出について報告いたします」
俺は黙って聞く。
収入が減っている以上、支出とのバランスが重要になる。
「昨年度の通常支出総額は、大金貨7742枚となりました」
「最も高額なのが、法衣貴族への俸禄です。大金貨2100枚。通常支出の約27.1%となります」
国王である父上が頷く。
法衣貴族は、この国の行政を担う官僚でもある。彼らへの俸禄が大きな割合を占めるのは、それだけ国家行政そのものが財政に占める比重が大きいということだ。
「次が外交費です。大金貨1870枚。通常支出の約24.2%です」
「緩衝国家ゆえ、削りにくい支出だな」
「はい。外交工作、貿易路の維持、周辺諸国への使節派遣、外交活動などに使用しております」
俺は資料を見ながら、心の中で頷いた。
帝国を含む複数の国家に囲まれたアンティクイランドにとって、外交はそのまま国防の一部だ。
「次にインフラ維持費、大金貨1500枚。通常支出の約19.4%です。街道、港湾、橋梁、運河など、交易を支える施設の維持・整備に使用しております」
交易量が落ちたからといって、インフラを削るわけにはいかない。
むしろ交易を回復させるためには、維持し続ける必要がある。
「次に軍事費、大金貨1200枚。中央軍三千人を平時から維持するための費用です。通常支出の約15.5%となります」
軍事国家ではない。
数字から見ても、それは明らかだった。
大規模な常備軍を抱えるより、交易、外交、インフラへ多くの資金を回している。
「次に治安維持費、大金貨500枚。国内の反乱抑止、街道警備、盗賊対策などに使用しております」
「続いて宮廷費、大金貨297枚。王宮の維持費および、法衣貴族の活動に必要な経費などが含まれます」
俺は少しだけ眉をひそめる。
法衣貴族の活動費まで国費から出る。
前世の感覚なら多少引っかかる制度だが、この世界では法衣貴族が国家官僚として働いている以上、公務に必要な費用を国費から支給するのは制度上不自然ではない。
問題は。
その金が適切に使われているかどうかだ。
「次に教育費です。王立貴族学院に大金貨100枚。王立士官学校に大金貨150枚。合計、大金貨250枚です」
「最後に民生費、大金貨25枚。孤児院など、一般平民に対する福祉・救済に使用しております」
ペクーニア伯爵が最後の項目を読み上げた。
「以上が通常支出となります」
そこまで聞き終えると、国王陛下が資料を確認する。
「では、収支をまとめよ」
「はい」
ペクーニア伯爵が答えた。
「昨年度の収入は、大金貨8083枚と金貨4000枚」
「通常支出は、大金貨7742枚」
「したがって、昨年度の国家収支は、大金貨341枚と金貨4000枚の黒字となります」
誰かが小さく息を吐いた。
黒字ではある。
しかし。
前年と比べれば、明らかに余裕が小さい。
「交易減少の影響は大きいな」
国王陛下が言う。
「はい。今後もカヴィーレスターンとの交易が低迷すれば、税収と関税収入の双方がさらに減少する可能性があります」
「対策は?」
「現段階では、既存の商流を他国との交易で一部補うこと、国内商業の維持、そしてフレトゥム海峡の交易量回復が重要となります」
「分かった。財務卿、引き続き監視せよ」
「承知いたしました」
俺は黙って資料を見ていた。
「現在の国家貯蓄は?」
国王陛下が尋ねる。
「以前までの国庫貯蓄は、大金貨19457枚と金貨5000枚です。そこへ昨年度の余剰金を加えることで、現在の国家貯蓄は大金貨19798枚と金貨9000枚となります」
「二万枚には届かないか」
「はい。先の戦争と帝国内戦の難民の影響などで国家貯蓄をかなり放出しましたから....」
国王陛下が資料へ目を落とす。
「交易が一時的に落ち込んだ程度なら、まだ耐えられる。しかし長引けば話は変わるな」
「その通りです」
ペクーニア伯爵が答える。
御前会議では、その後も交易路の再構築や商人への支援、外交政策について議論が続いていった。
俺は。
最後まで口を挟まず、そのやり取りを聞いていた。
税収が減った。
関税も減った。
だが。
それだけを見てはいけない。
交易量が減れば商人が影響を受け、商人が影響を受ければ市場が動かなくなる。市場が縮めば税収が落ち、その結果として国家が使える金も減る。
逆に。
交易が戻れば。
税収も。
関税も。
再び増える。
アンティクイランドという国にとって。
交易は。
単なる商人の利益ではない。
国家そのものを支える基盤なのだと。
十三歳の俺は。
そのことを、御前会議の席から静かに学んでいた。




