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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第3章 第二王妃ヴィクトリア
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第21話 呪い

 ある日の午後。


 中央宮殿の会議室に、俺たちは集まっていた。俺、ティア、第三軍団軍団長となったアトラシート伯爵、王立士官学校へ進んだカイ。そして、今日の説明役であるグラフィルだ。


 机の上には何枚もの資料が並べられ、その中央には一枚の大きな表が置かれている。


「本日は、エクィトゥム王国の軍備増強を踏まえ、主要六か国の軍事力についてご説明いたします」


 グラフィルが表を広げた。そこには人口、常備兵力、戦時兵力、戦時動員率、そして各国の軍事的特徴まで整理されている。


「これを作るのに、かなり時間がかかっただろう」


「はい。人口だけでなく、徴兵制度、騎士階級、傭兵制度、諸侯軍、部族動員、予備兵力、後方支援能力まで含めて算出しています。なお、戦時兵力は前線戦闘員だけを指すものではありません。守備兵、輸送要員、工兵、後方支援などを含めた国家総戦力です」


「それなら、単純な兵士の数だけで国力を判断するべきではないな」


「その通りです」


 グラフィルは頷き、表の最上段へ指を置いた。


              ◆


「まずは帝国です。人口は約二千五百万人。常備兵力は約三十万人、戦時兵力は約七十万人。戦時動員率は約二・八パーセントです」


 カイが表を見ながら言う。


「常備三十万人ですか」


「人口規模を考えれば、それだけの軍を平時から維持できる経済基盤があるということですね」


「はい。帝国は広大な領土と人口を背景にした税収を持ち、属州からの兵力供出も行います。さらに、重装歩兵、弓兵、攻城兵器部隊などの専門兵科を平時から維持しており、重装騎兵であるカタフラクトもその一部です」


「戦時七十万人というのは、単純に三十万人へ追加動員するだけではない?」


「はい。常備軍を中核として、属州兵や動員兵を加える構造になります。したがって、帝国は人口だけでなく、長期間にわたり大軍を運用するための兵站能力も大きな強みとなります」


 俺は数字を確認する。


「つまり帝国は、兵力そのものよりも、それを維持して運用する能力まで含めて強い」


「その認識で問題ありません」


              ◆


「次に、エクィトゥム王国です」


 グラフィルが表の二段目を指した。


「人口約八百万人。現在の常備兵力は約十四万人、戦時兵力は約四十万人。戦時動員率は約五パーセントです」


「増強前は常備八万人、戦時二十八万人だったな」


「はい。常備兵力で六万人、戦時兵力で十二万人の増強です」


 アトラシート伯爵が表を見つめる。


「人口八百万人に対して常備十四万人となると、かなり高い軍事負担ですな」


「その代わり、エクィトゥム王国は傭兵と騎士を中心とした軍事国家です。農民兵に依存する割合が低く、平時から職業軍人を大量に維持できます」


「戦時には四十万人」


「はい。人口比で五パーセントです。帝国に次ぐ規模の戦時兵力を持つ国家となります」


「増強の理由は?」


「主としてシルウァニア王国への備えでしょう。加えて、アンティクイランド王国との軍事同盟によって、従来より大規模な軍事作戦を想定できるようになったことも影響しています」


 ティアが表を見る。


「でも、これだけの軍を維持するお金は、どこから出しているの?」


 その質問に、グラフィルは少しだけ間を置いた。


「現時点では、完全には把握できていません」


「私とグラフィルも、王族教育の範囲で財政については学びましたが、現在の軍備増強を十分に説明できるだけの財源については把握していません」


 ティアの側にいたグラフィルが補足する。


「公表されている税収、関税収入、貿易収入だけでは、増強幅を完全には説明できないということです」


 俺は表から目を離さない。


「つまり、エクィトゥム王国には公表されていない収入源、あるいは我々が把握していない資金源が存在する可能性がある」


「はい。ただし、現時点では推測です」


「分かった」


 それ以上は追及しない。分からないものは分からない。それだけだ。


              ◆


「続いて、カヴィーレスターン・スルタン国です。人口約四百万人。常備兵力約二万五千人、戦時兵力約十六万人。戦時動員率は約四パーセントです」


「エクィトゥムとは随分違うな」


「国の構造が違います。カヴィーレスターンは中央集権国家ではなく、多数の部族、遊牧民、オアシス都市、商業都市などによる部族連合です」


「つまり、中央政府が平時から十六万人を維持する必要がない」


「その通りです。平時はスルタン直属軍や都市守備隊などを中心に約二万五千人。戦争になれば各部族が独自に兵を供出し、戦時兵力を大幅に増やします」


「指揮系統は複雑になりそうですね」


 カイが言う。


「はい。統一性には課題がありますが、各部族が独自に戦力を維持しているため、動員力そのものは高い。特に砂漠での騎兵運用や長距離移動、交易路を利用した機動戦には強みがあります」


「中央集権的な大軍とは違うが、部族連合としての軍事力は高いということか」


「その通りです」


              ◆


「次は、シルウァニア王国です。人口約百万人、常備兵力約八千人」


 グラフィルがそこで一度言葉を止めた。


「戦時兵力は、通常の数字では算出していません」


「国民皆兵だからだな」


 アトラシート伯爵が言う。


「はい。シルウァニアは山岳民族による軍事国家です。戦時には十五歳から五十五歳までの男性を中心に国家総動員体制へ移行し、兵士だけでなく、砦守備、輸送、工兵、村落防衛、後方支援まで社会全体が戦争に組み込まれます」


「つまり、総動員人数と前線兵力を分ける必要がある」


「その通りです。全動員兵力を一つの軍として集中運用するわけではありません。山岳地帯の各所に兵力を配置するため、野戦軍として一度に投入できる人数は総動員規模より大幅に少なくなります」


「それでも防衛戦では厄介そうだな」


「非常に厄介です。峠、谷、砦、集落そのものが防衛拠点となります。遠征能力よりも自国防衛能力に特化した軍事国家と考えるのが適切でしょう」


 ティアが地図を見る。


「エクィトゥムが何度もシルウァニアと戦争しているのも、これが理由なのかな」


「その可能性は高いでしょう」


 グラフィルが答える。


「戦場で大規模な会戦を行って勝てば終わる国家ではありませんから」


              ◆


「続いて、アンティクイランド王国です」


 グラフィルが表を指す。


「人口約百二十万人。常備兵力約六千百人、戦時兵力約一万七千人。戦時動員率は約一・四パーセントです」


 アトラシート伯爵が苦笑する。


「他国と比べれば、かなり小さいですな」


「我が国は交易を重要視しています。平時から巨大な軍を維持すれば、当然ながら経済への負担が増します」


「そのため、王直属軍に加えて諸侯軍、騎士、予備役を組み合わせ、必要な時だけ戦時兵力を増やす」


「はい」


 グラフィルが答える。


「軍事大国ではありません。その代わり、交易、外交、同盟などによって軍事的な不利を補う国家構造です」


 俺は頷く。


「自国だけで他国と正面から戦うより、戦争そのものを回避する方が国益に合う」


「その通りです」


              ◆


「最後が、新たに加わったセプテントリア連合公国です」


「人口約三百万人。常備兵力約二万人、戦時兵力約十二万人。戦時動員率は約四パーセント」


 カイが表を見る。


「連合公国ということは、ここも中央集権国家ではない?」


「はい。北方の小規模な公国が集まって成立した連合国家です。各公国が独自の兵力を保持しており、戦時にはそれぞれが兵を供出します」


「ヴァイキング型の国家ということだったな」


「はい。そのため、陸軍だけを見ると本当の戦力を把握できません」


「海軍か」


「その通りです。船員、海兵、沿岸守備兵などを含めた海上戦力が大きな特徴です。戦時には船団を編成し、沿岸襲撃や海上封鎖を行う能力を持ちます」


「人口三百万人に対して十二万人」


 俺は数字を確認する。


「陸軍だけでなく海軍まで含めた総戦力として見る必要があるわけか」


「はい」


              ◆


 一通りの説明が終わった。


 机の上には、六か国の数字が並んでいる。


 帝国。人口二千五百万人、常備三十万人、戦時七十万人。


 エクィトゥム王国。人口八百万人、常備十四万人、戦時四十万人。


 カヴィーレスターン・スルタン国。人口四百万人、常備二万五千人、戦時十六万人。


 シルウァニア王国。人口百万人、常備八千人、戦時は国家総動員。


 アンティクイランド王国。人口百二十万人、常備六千百人、戦時一万七千人。


 セプテントリア連合公国。人口三百万人、常備二万人、戦時十二万人。


「兵力だけ並べても、戦争の形は見えてこないな」


 俺が言う。


「はい」


 グラフィルが頷く。


「帝国は大規模常備軍。エクィトゥムは傭兵と騎士による職業軍。カヴィーレスターンは部族動員。シルウァニアは国民皆兵。アンティクイランドは王直属軍と諸侯軍。セプテントリアは連合公国軍と海上戦力。それぞれ動員の仕組みが違います」


「同じ十万人でも、戦闘力も継戦能力も同じではない」


「その通りです」


 俺は表のエクィトゥムを見る。


「特にエクィトゥムは、軍備増強前の常備八万人、戦時二十八万人から、現在は常備十四万人、戦時四十万人。増加幅が大きい」


「はい」


「財源については、まだ不明」


「はい」


「そして、王族教育でエクィトゥムとシルウァニアの戦争史が大きな比重を占める」


「その点については」


 ティアが口を開いた。


「私の教育では、歴史の半分くらいが両国の戦争だったよ。昔から何度も戦争してきたから、王族としては必ず学ぶことになっているの」


「エクィトゥムの貴族も同じです」


 グラフィルが続ける。


「ほとんどの有力貴族が、祖先、家族、あるいは重臣を戦争で失っています。ですから、シルウァニアへの敵意は単なる外交政策ではありません。家の歴史として受け継がれています」


「何世代にもわたって?」


「はい」


「なら、単純な利害だけでは止まらないな」


 俺は地図を見ながら言った。


「軍備増強の背景にも、その感情がある可能性は高い」


「私もそう思います」


 ティアが頷く。


「エクィトゥムでは、シルウァニアへの憎しみがもう呪いみたいになっているから」


 俺は少しだけ考える。


「呪い、か」


「うん」


「なら、軍事力の数字だけ見ても、この二国の戦争を理解したことにはならない」


「……そうだね」


 会議室が静かになる。


 俺は表に視線を戻した。


 人口。


 兵力。


 動員率。


 軍制。


 それらは数字として整理できる。


 だが。


 国家を戦争へ動かすものまで、数字だけで測ることはできない。


「グラフィル」


「はい」


「この表は保存しておいてくれ」


「かしこまりました」


「数字が変わるたびに更新する」


「承知しました」


 俺は資料を閉じた。


「各国の軍事力は、今後も変わるだろう。特にエクィトゥムは、その可能性が高い。戦争になれば、兵数だけでなく、財源、兵站、地形、海軍、動員制度まで見なければならない」


「はい」


 グラフィルが答える。


 これで今日のところは十分だった。


 軍事力は。


 数字だけで決まらない。


 国家の仕組みと、その国が何を目的としているか。


 そこまで把握して。


 初めて。


 その軍隊がどれほどの脅威なのかを判断できるのだ。

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