↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第3章 第二王妃ヴィクトリア
PR
140/328

第17話 反撃計画

文章構成を考えなおしました。

第一王子派は、今や明確に劣勢だった。領地貴族三割、法衣貴族四割。それに対して第二王子派は領地

貴族七割、法衣貴族六割。アトラシート子爵が軍務卿と第一軍団軍団長を解任され、第二王子派のヒルゼ

ルス伯爵がその座に就いたことで、王都の貴族たちは一気に流れを変えた。学院内でも第二王子派が勢力

を伸ばし、第一王子派から離れる者まで現れている。


 だが、俺は焦ってはいなかった。状況が悪いことは理解している。それでも、ここで感情のまま動けば、相手の思う壺になる。アトラシート子爵の件で分かったのは、今の派閥争いが剣を振るうだけの戦いではないということだった。相手は疑惑を作り、証拠を整え、調査の手を封じ、その空いた席へ自分たちの人間を送り込んだ。ならば、こちらも同じ土俵で戦うしかない。


「……反撃するか」


 俺は一人、執務室で呟いた。


              ◆


 まず必要なのは、第二王子派の上層部を支える法衣貴族の情報だった。第一王子派には、外務卿や教務卿兼宮内卿マスドリート子爵、第三軍団軍団長となったアトラシート子爵といった上位の法衣貴族がいるが、その一方で、第三王妃の実家と縁の深い副法務卿をはじめとした「副」の役職に就く者が多い。今は上にいる者がいるから目立たない。しかし、上層部が失脚すれば、その次に座る資格を持つ人間はすでに揃っている。


 つまり、第一王子派は人材が足りないわけではない。上が詰まっているだけだ。


 ならば。


 第二王子派の上にいる者を崩し、その空いた席へこちらの人材を上げればいい。


 問題は、そのための材料だった。


 俺は机の上へ第二王子派の法衣貴族の名簿を広げた。内務、財務、法務、教務兼宮内、軍務。役職と派閥、家同士の関係を一人ずつ確認していく。


「……やはり、こいつらか」


 その中から、特に有力な者を何人か選び出した。


 そして。


 俺には、この仕事を任せられる人物がいた。


              ◆


 グラフィル


 副内務卿兼副外務卿という肩書きを持つ法衣貴族。


 表向きには内務と外交を補佐する高官にすぎない。だが、その裏には別の顔がある。王国の諜報を統括する者。その存在を知っているのは、国王陛下と俺だけだった。


 俺は人目につかない場所へグラフィルを呼び出した。


「殿下、お呼びでしょうか」


「ああ。調べてほしい」


 俺は用意していた名簿を渡す。グラフィルは紙面へ目を落とし、一人ずつ名前を確認していった。


「第二王子派の法衣貴族ですか」


「そうだ。特に役職を持っている者を重点的に調べてほしい」


「何を?」


「汚職だ」


 俺は即答した。「賄賂、不正な契約、公金の私的流用、商人との癒着、役職を利用した便宜供与。表に出れば失脚させられるものなら何でもいい。ただし、噂や憶測はいらない。確実な証拠だけだ」


 グラフィルは少しだけ目を細めた。


「アトラシート子爵の件への反撃ですね」


「違う」


 俺は首を振る。


「これは報復じゃない。王位継承争いだ。第二王子派が軍務卿の座を奪ったなら、次はこちらが相手の基盤を崩す」


「承知しました」


グラフィルは名簿を畳んだ。「ただし、アトラシート子爵の件で分かった通り、証拠が中途半端では逆にこちらが傷つきます」


「ああ。絶対に同じ失敗はしない」


「では、徹底的に調べます」


「頼む」


              ◆


 それからしばらく。


 表向きには何も変わらなかった。


 俺は学院へ通い、ティアは剣術と魔法、魔術の訓練を続け、サナは女子学院生との交流を広げていく。第一王子派の貴族たちも、それぞれの役所でいつも通り仕事をしていた。


 だが、その裏側ではグラフィルの手によって情報が集まり始めていた。


「第二王子派の某子爵。親族名義の商会を経由した不自然な利益」


「某男爵。役所の予算から不自然な支出」


「某伯爵。特定商人への便宜供与」


「某法衣貴族。親族の事業への行政上の優遇」


 報告は次々に届いた。


 だが。


「これはまだ使えません」


 グラフィルは、一枚の書類を俺の前へ置いた。


「なぜだ?」


「本人が直接関与した証拠がありません。状況証拠としては十分ですが、失脚させるには弱い」


「なら保留だ」


「はい」


 別の資料を見る。


「こちらは?」


「不正そのものは確認できます。しかし、その人物を失脚させても第二王子派の中核には届きません」


「なら、これも保留」


 俺は一つずつ選別していった。


 必要なのは数ではない。


 確実性だった。


              ◆


 そして。


 ある夜。


 グラフィルが持ってきた一つの資料に、俺は目を止めた。


「……これは、第二王子派の法務卿の子爵だな」


「公金を親族名義の商会へ流している証拠があります」


「本人の署名は?」


「あります」


「取引先は?」


「第二王子派と深い関係を持つ商会です」


「金額は?」


「無視できない規模です」


 俺は書類を何度も確認した。


 契約書。


 決裁記録。


 送金記録。


 商会側の帳簿。


 複数の資料が一本につながっている。


「……これなら使える」


「はい」


 グラフィルが頷いた。


 だが、俺はそこで手を止めた。


 一人を失脚させるだけでは足りない。


 重要なのは、その後だ。


 第一王子派の法衣貴族には、今も副法務卿など「副」の役職を持つ者がいる。上にいる第二王子派の貴族が失脚すれば、その席を次点の人間へ回すことができる。そうなれば、一つの失脚が一つの昇進に変わる。


「一人ずつだ」


 俺は言った。


「上を崩す。そして、空いた席へこちらの人間を上げる」


 グラフィルは静かに頷く。


「時間はかかります」


「構わない」


「かなり長い戦いになるでしょう」


「それでもいい」


 今の第一王子派は、正面から第二王子派とぶつかれば負ける。


 だからこそ。


 正面から戦わない。


 相手に違法行為があるなら、それを証拠として突き出す。それによって空いた席へ、こちらの人材を送り込む。さらに、その後任が作った新しい人脈を第一王子派の基盤に変えていく。


 そうやって。


 一つずつ。


 勢力を取り戻す。


              ◆


「第一王子派には、まだ人材がいる」


 俺は資料を見つめながら呟いた。


 外務卿。


 マスドリート子爵。


 アトラシート子爵。


 そして、副法務卿などの副職に就いている法衣貴族たち。


 今は上にいる者たちに押さえられている。


 だが。


 上が崩れれば。


 その席へ上がることができる。


「問題は」


 俺は言う。


「その最初の一人だ」


「すでに見つけております」


 グラフィルが答える。


 俺は。


 手元の資料へ視線を落とした。


 そこには。


 第二王子派の有力法衣貴族の名がある。


「……まずは、こいつからだ」


 剣は抜かない。


 噂も流さない。


 ただ。


 証拠を揃える。


 そして。


 法に従って、その者を失脚させる。


 第一王子派の反撃は。


 静かに始まった。


              ◆


 翌朝。


 俺はいつも通り学院へ向かった。


 ティアと話し、サナの様子を聞き、授業を受ける。表面上は、昨日までと何も変わらない。


 だが。


 王都のどこかでは。


 一人の法衣貴族の不正を示す資料が、もう一つの手を経て整理されている。


 第一王子派は、まだ劣勢だ。


 領地貴族三割。


 法衣貴族四割。


 第二王子派は、領地貴族七割。


 法衣貴族六割。


 その差は大きい。


 それでも。


 俺には見えている。


 相手の上に。


 まだ崩せるところがある。


 そして。


 こちらには。


 その席へ入る準備をしている人間がいる。


「……少しずつでいい」


 俺はそう呟いた。


 今の俺たちに必要なのは。


 一度の大勝利ではない。


 失ったものを。


 一つずつ取り戻すことだ。


 そのための反撃は。


 もう。


 始まっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。