第17話 反撃計画
文章構成を考えなおしました。
第一王子派は、今や明確に劣勢だった。領地貴族三割、法衣貴族四割。それに対して第二王子派は領地
貴族七割、法衣貴族六割。アトラシート子爵が軍務卿と第一軍団軍団長を解任され、第二王子派のヒルゼ
ルス伯爵がその座に就いたことで、王都の貴族たちは一気に流れを変えた。学院内でも第二王子派が勢力
を伸ばし、第一王子派から離れる者まで現れている。
だが、俺は焦ってはいなかった。状況が悪いことは理解している。それでも、ここで感情のまま動けば、相手の思う壺になる。アトラシート子爵の件で分かったのは、今の派閥争いが剣を振るうだけの戦いではないということだった。相手は疑惑を作り、証拠を整え、調査の手を封じ、その空いた席へ自分たちの人間を送り込んだ。ならば、こちらも同じ土俵で戦うしかない。
「……反撃するか」
俺は一人、執務室で呟いた。
◆
まず必要なのは、第二王子派の上層部を支える法衣貴族の情報だった。第一王子派には、外務卿や教務卿兼宮内卿マスドリート子爵、第三軍団軍団長となったアトラシート子爵といった上位の法衣貴族がいるが、その一方で、第三王妃の実家と縁の深い副法務卿をはじめとした「副」の役職に就く者が多い。今は上にいる者がいるから目立たない。しかし、上層部が失脚すれば、その次に座る資格を持つ人間はすでに揃っている。
つまり、第一王子派は人材が足りないわけではない。上が詰まっているだけだ。
ならば。
第二王子派の上にいる者を崩し、その空いた席へこちらの人材を上げればいい。
問題は、そのための材料だった。
俺は机の上へ第二王子派の法衣貴族の名簿を広げた。内務、財務、法務、教務兼宮内、軍務。役職と派閥、家同士の関係を一人ずつ確認していく。
「……やはり、こいつらか」
その中から、特に有力な者を何人か選び出した。
そして。
俺には、この仕事を任せられる人物がいた。
◆
グラフィル
副内務卿兼副外務卿という肩書きを持つ法衣貴族。
表向きには内務と外交を補佐する高官にすぎない。だが、その裏には別の顔がある。王国の諜報を統括する者。その存在を知っているのは、国王陛下と俺だけだった。
俺は人目につかない場所へグラフィルを呼び出した。
「殿下、お呼びでしょうか」
「ああ。調べてほしい」
俺は用意していた名簿を渡す。グラフィルは紙面へ目を落とし、一人ずつ名前を確認していった。
「第二王子派の法衣貴族ですか」
「そうだ。特に役職を持っている者を重点的に調べてほしい」
「何を?」
「汚職だ」
俺は即答した。「賄賂、不正な契約、公金の私的流用、商人との癒着、役職を利用した便宜供与。表に出れば失脚させられるものなら何でもいい。ただし、噂や憶測はいらない。確実な証拠だけだ」
グラフィルは少しだけ目を細めた。
「アトラシート子爵の件への反撃ですね」
「違う」
俺は首を振る。
「これは報復じゃない。王位継承争いだ。第二王子派が軍務卿の座を奪ったなら、次はこちらが相手の基盤を崩す」
「承知しました」
グラフィルは名簿を畳んだ。「ただし、アトラシート子爵の件で分かった通り、証拠が中途半端では逆にこちらが傷つきます」
「ああ。絶対に同じ失敗はしない」
「では、徹底的に調べます」
「頼む」
◆
それからしばらく。
表向きには何も変わらなかった。
俺は学院へ通い、ティアは剣術と魔法、魔術の訓練を続け、サナは女子学院生との交流を広げていく。第一王子派の貴族たちも、それぞれの役所でいつも通り仕事をしていた。
だが、その裏側ではグラフィルの手によって情報が集まり始めていた。
「第二王子派の某子爵。親族名義の商会を経由した不自然な利益」
「某男爵。役所の予算から不自然な支出」
「某伯爵。特定商人への便宜供与」
「某法衣貴族。親族の事業への行政上の優遇」
報告は次々に届いた。
だが。
「これはまだ使えません」
グラフィルは、一枚の書類を俺の前へ置いた。
「なぜだ?」
「本人が直接関与した証拠がありません。状況証拠としては十分ですが、失脚させるには弱い」
「なら保留だ」
「はい」
別の資料を見る。
「こちらは?」
「不正そのものは確認できます。しかし、その人物を失脚させても第二王子派の中核には届きません」
「なら、これも保留」
俺は一つずつ選別していった。
必要なのは数ではない。
確実性だった。
◆
そして。
ある夜。
グラフィルが持ってきた一つの資料に、俺は目を止めた。
「……これは、第二王子派の法務卿の子爵だな」
「公金を親族名義の商会へ流している証拠があります」
「本人の署名は?」
「あります」
「取引先は?」
「第二王子派と深い関係を持つ商会です」
「金額は?」
「無視できない規模です」
俺は書類を何度も確認した。
契約書。
決裁記録。
送金記録。
商会側の帳簿。
複数の資料が一本につながっている。
「……これなら使える」
「はい」
グラフィルが頷いた。
だが、俺はそこで手を止めた。
一人を失脚させるだけでは足りない。
重要なのは、その後だ。
第一王子派の法衣貴族には、今も副法務卿など「副」の役職を持つ者がいる。上にいる第二王子派の貴族が失脚すれば、その席を次点の人間へ回すことができる。そうなれば、一つの失脚が一つの昇進に変わる。
「一人ずつだ」
俺は言った。
「上を崩す。そして、空いた席へこちらの人間を上げる」
グラフィルは静かに頷く。
「時間はかかります」
「構わない」
「かなり長い戦いになるでしょう」
「それでもいい」
今の第一王子派は、正面から第二王子派とぶつかれば負ける。
だからこそ。
正面から戦わない。
相手に違法行為があるなら、それを証拠として突き出す。それによって空いた席へ、こちらの人材を送り込む。さらに、その後任が作った新しい人脈を第一王子派の基盤に変えていく。
そうやって。
一つずつ。
勢力を取り戻す。
◆
「第一王子派には、まだ人材がいる」
俺は資料を見つめながら呟いた。
外務卿。
マスドリート子爵。
アトラシート子爵。
そして、副法務卿などの副職に就いている法衣貴族たち。
今は上にいる者たちに押さえられている。
だが。
上が崩れれば。
その席へ上がることができる。
「問題は」
俺は言う。
「その最初の一人だ」
「すでに見つけております」
グラフィルが答える。
俺は。
手元の資料へ視線を落とした。
そこには。
第二王子派の有力法衣貴族の名がある。
「……まずは、こいつからだ」
剣は抜かない。
噂も流さない。
ただ。
証拠を揃える。
そして。
法に従って、その者を失脚させる。
第一王子派の反撃は。
静かに始まった。
◆
翌朝。
俺はいつも通り学院へ向かった。
ティアと話し、サナの様子を聞き、授業を受ける。表面上は、昨日までと何も変わらない。
だが。
王都のどこかでは。
一人の法衣貴族の不正を示す資料が、もう一つの手を経て整理されている。
第一王子派は、まだ劣勢だ。
領地貴族三割。
法衣貴族四割。
第二王子派は、領地貴族七割。
法衣貴族六割。
その差は大きい。
それでも。
俺には見えている。
相手の上に。
まだ崩せるところがある。
そして。
こちらには。
その席へ入る準備をしている人間がいる。
「……少しずつでいい」
俺はそう呟いた。
今の俺たちに必要なのは。
一度の大勝利ではない。
失ったものを。
一つずつ取り戻すことだ。
そのための反撃は。
もう。
始まっている。




