第12話 第一王女サナティア・ゲンス・デイ・アンティクイランド
春。
カイとロリウスが王立士官学校へ進み、王立貴族学院では新年度が始まった。
前年度までの学院内情勢は。
第一王子派と第二王子派。
どちらも有力な生徒を抱え、武術競技の結果でも大きな差はつかなかった。
男子生徒の間では、レノとルリウス、コリウスとアウルスらを中心に、それぞれの派閥が拮抗している。
女子生徒についても有力貴族の令嬢がほとんど第二王子派で
地盤が完成していないティアとその側近のような形の留学生とエリシアをはじめとする下級貴族
の令嬢たちという組み合わせで劣勢だった
第一王子派と第二王子派。
どちらか一方が決定的に優勢というわけではない。
学院の外へ目を向けても。
領地貴族。
法衣貴族。
王都の社交界。
どこを見ても、第一王子派は第二王子派と互角か、わずかに劣勢。
少なくとも。
これまでの第一王子派には。
「ここだけは明確に勝っている」と言える部分がなかった。
そんな状況で迎えた。
新年度最初の日。
◆
朝。
王立貴族学院の正門前が、いつも以上に騒がしかった。
「第一王女サナティア殿下が来られたぞ!」
「本当に学院へ入学されるのか?」
「今年からだそうだ」
「第一王子殿下の同腹の妹である第一王女殿下が?」
生徒たちの間にざわめきが広がる。
その中心へ。
一台の馬車がゆっくりと入ってきた。
王家の紋章を掲げた馬車。
扉が開く。
最初に侍女が降り。
続いて。
一人の少女が姿を見せた。
サナティア・ゲンス・デイ・アンティクイランド。
アンティクイランド王国第一王女。
十歳。
そして。
今年から王立貴族学院へ入学する新入生だった。
少女は周囲を見回し。
少し緊張したような表情を浮かべながらも。
すぐに姿勢を正した。
◆
「第一王女サナティア・ゲンス・デイ・アンティクイランド殿下」
学院長が迎える。
「ご入学、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
サナは丁寧に頭を下げる。
「今日から、この学院の生徒として皆様と共に学べることを嬉しく思います」
十歳とは思えないほど。
しっかりとした受け答えだった。
王女として教育を受けてきたのだから当然とも言える。
だが。
彼女の入学には。
単なる王族の教育以上の意味があった。
◆
「新入生代表を務めるのは」
学院長が壇上へ上がる。
「アンティクイランド王国第一王女、サナティア・ゲンス・デイ・アンティクイランド殿下です」
その瞬間。
新入生たちの間にどよめきが起こった。
サナが壇上へ進む。
大勢の視線が集まる。
そして。
深く一礼した。
「新入生を代表し、ご挨拶申し上げます」
小さな身体。
それでも。
声はよく通った。
「本日より、私たちは王立貴族学院の生徒として学ぶことになります」
「ここでは、身分や家柄だけではなく、知識や礼節、そして互いを理解することが求められると聞いております」
「私は第一王女としてではなく、一人の学院生として、多くの方々と学び、多くのことを知りたいと思います」
少しだけ間を置く。
「そして」
「異なる考えを持つ方とも言葉を交わし、お互いを知ることができればと思っています」
「それが、この国の未来に繋がると信じています」
「至らぬところも多いとは思いますが、これからどうぞよろしくお願いいたします」
最後に。
もう一度。
深く頭を下げる。
拍手が起こった。
◆
俺も。
離れた場所で、その拍手を聞いていた。
「……やるな、サナ」
隣のティアが微笑む。
「うん」
「十歳とは思えない」
「でも」
ティアが少し笑った。
「サナは昔からしっかりしてたから」
「そうだったな」
俺も笑った。
「それに」
ティアが続ける。
「これからは私もいるし」
「……」
俺はティアを見る。
「女子の社交は、かなり変わるかもね」
その意味を。
俺はすぐに理解した。
◆
第一王子派にとって。
これまで大きな弱点の一つだったのが。
女子生徒の社交だった。
男子生徒なら。
俺やユーザを中心に。
ある程度まとまりを作ることができる。
だが。
貴族社会の社交は。
それだけではない。
女子生徒たちの関係。
婚姻。
家同士の繋がり。
茶会。
園遊会。
学院内での小さな集まり。
そうした場所で交わされる会話が。
やがて家同士の関係へ繋がっていく。
そして。
有力貴族の令嬢が多くいた第二王子派に対し
これまでの第一王子派にはその中心となる存在がいなかった。
◆
だが。
今は違う。
第一王女サナティア。
第一王子派の第一王女。
そして。
すでに学院で一躍時の人となっている。
エクィトゥム王国第三王女。
グラーティア。
二人がいる。
しかも。
サナはまだ十歳。
これから何年も学院にいる。
ティアも。
第四学年の学院生として、多くの同級生や上級生、下級生との繋がりを作れる。
つまり。
第一王子派は。
女子生徒たちの社交の場で。
ようやく明確な中心を持つことができたのだ。
◆
昼。
学院の庭園。
サナの周囲には。
すでに何人もの令嬢が集まっていた。
「第一王女殿下、お隣よろしいでしょうか?」
「もちろんです」
「ご入学、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「新入生代表のご挨拶、とても素敵でした」
「本当ですか?」
「はい!」
サナは笑顔で応じていく。
そこへ。
ティアも加わった。
「サナ」
「ティアお姉様!」
サナが嬉しそうに顔を上げる。
「学院はどう?」
「楽しいです!」
「それならよかった」
そして。
周囲の令嬢たちが二人を見る。
一人は。
アンティクイランド王国第一王女。
もう一人は。
同盟国エクィトゥム王国第三王女。
どちらも王族。
どちらも少女。
そして。
どちらも社交界で注目されている。
◆
「お二人がご一緒にいらっしゃると、とても華やかですわ」
令嬢の一人が言う。
「そう?」
ティアが笑う。
「はい!」
別の令嬢が頷く。
「ぜひ今度、皆様でお茶会を開きたいです」
「私も参加していい?」
サナが尋ねる。
「もちろんです!」
サナが笑う。
「では、皆さんにも楽しんでもらえるように、何をするか一緒に考えましょう」
自然な会話。
ごく普通の社交。
だが。
政治的な意味は大きかった。
◆
その光景を。
少し離れた場所から男子生徒たちも見ていた。
「……すごいな」
ルリウスが呟く。
「何が?」
「女子生徒の集まりです」
俺も見る。
確かに。
サナとティアの周囲には。
すでに多くの女子生徒が集まっている。
「今まで第一王子派は、女子の社交で少し弱かっただろ」
「ああ」
「でも」
ルリウスが言う。
「もう違いますね」
「第一王女殿下がいる」
「そして、エクイトゥムの第三王女殿下もいる」
「二人を中心に女子生徒たちが集まれば」
「……かなり大きい」
俺は。
黙ってその光景を見る。
◆
その日の夕方。
学院の派閥関係を整理していた者たちの間でも。
早くも話題になっていた。
「第一王女殿下が第一王子派として正式に学院へ入った」
「しかも新入生代表だ」
「女子生徒の社交を、第三王女殿下と一緒に担える」
「それは大きい」
「今までは第二王子派の方が女子の繋がりを作りやすかった」
「だが、これからは違うな」
「第一王子派にも明確な中心ができた」
「女子社交だけなら、むしろこちらが上になったのでは?」
その声に。
誰も反論しなかった。
◆
これまで。
第一王子派と第二王子派は。
学院内でも。
学院外でも。
ほぼ互角。
場合によっては。
第二王子派がわずかに優位。
そんな状態だった。
だからこそ。
第一王子派には。
「ここでは明確に勝っている」という部分がなかった。
しかし。
今日。
それが変わった。
◆
俺は。
放課後の廊下で。
ティアとサナを見つけた。
二人の周囲には。
女子生徒が何人もいる。
「サナ」
「お兄様!」
サナが振り返る。
「もう友達ができたのか?」
「はい!」
「ティアお姉様にも色々教えてもらってます!」
「そうか」
ティアが笑う。
「サナ、すごく頑張ってるよ」
「本当?」
「ああ」
俺も頷く。
◆
その光景を見ながら。
俺は思った。
今まで。
俺たちは。
戦場で勝った。
武術競技で勝った。
貴族家の支持も増えた。
だが。
政治の世界では。
まだ第二王子派と互角だった。
それが。
今日。
初めて。
明確にこちらが優位に立てる場所が生まれた。
女子学院生との社交。
これは。
思っている以上に大きい。
学院で生まれた友情は。
やがて。
卒業後の友人関係へ繋がる。
その友人関係は。
将来の婚姻や家同士の繋がりにも繋がる。
そして。
十歳のサナは。
これから何年も。
この学院で人脈を作れる。
ティアも。
すでに同盟国の王女として強い影響力を持っている。
二人が並べば。
第一王子派の女子社交は。
これまでとは全く違うものになる。
◆
「……大きいな」
思わず呟く。
「何が?」
ティアが俺を見る。
「いや」
俺はサナを見る。
「第一王子派にも」
「ようやく明確な強みができたと思ってな」
「……うん」
ティアも。
その意味を理解したらしい。
「ここから、変わっていくかもね」
「ああ」
俺は頷いた。
これまで。
互角。
あるいは。
やや劣勢。
そう言われていた第一王子派。
しかし。
今日から。
一つだけ。
明確に違う。
女子学院生との社交。
そこでは。
第一王子派が。
第二王子派より優位に立つ。
そして。
その中心には。
第一王女サナティアと。
エクィトゥム王国第三王女グラーティア。
二人の少女がいた。
王位継承争いは。
まだ終わっていない。
だが。
第一王子派は。
ようやく。
初めて。
「勝っている」と胸を張れる場所を手に入れた。




