第11話 カイの卒業式
冬の社交界が終わった頃
春の気配が王都レクィエリアへ少しずつ訪れ始めた
王立貴族学院では、今年の卒業式が行われていた。
普段ならば多くの生徒が行き交う校舎も。
今日だけは、どこか静かだった。
大広間には、卒業を迎える第五学年の生徒たちが整然と並んでいる。
その中に。
二人の見慣れた姿があった。
カイ。
そして。
ロリウス・ゲンス・デイ・カシウス。
二人とも十五歳。
長かった学院生活を終え、今日をもって卒業する。
◆
俺たち第四学年の生徒も、卒業生の後ろで式を見守っていた。
俺はティアの隣に立っている。
正面では、学院長が卒業生たちを見渡していた。
「諸君」
静かな声が大広間へ響く。
「今日、諸君はこの王立貴族学院を卒業する」
「ここで学んだ知識を」
「礼節を」
「友情を」
「そして、貴族として背負うべき責任を」
「これからの人生で役立ててほしい」
卒業生たちは、誰も声を上げない。
十五歳。
まだ若い。
それでも。
この国では。
すでに一人の貴族として、責任を負う年齢になっている。
◆
名前が読み上げられていく。
一人。
また一人。
卒業証書を受け取るため、卒業生たちが壇上へ進む。
そして。
「カイ」
その名が呼ばれた。
俺は少しだけ背筋を伸ばした。
カイが歩いていく。
いつも俺のそばにいた男。
幼い頃から俺を支え続けてくれた側近候補。
武術。
礼儀。
軍事。
王族に仕えるための教育。
そのすべてを。
この学院で学んできた。
卒業証書を受け取る。
そして。
深く一礼して。
こちらへ戻ってくる。
いつものカイだ。
けれど。
俺には。
少しだけ違って見えた。
◆
続いて。
「ロリウス・ゲンス・デイ・カシウス」
大広間の空気が少しだけ変わる。
ロリウスが壇上へ向かった。
俺は。
あの冬の学院社交界を思い出していた。
イザベラとの婚約を破棄すると宣言した。
その後。
第二王子ルキウスに厳しく叱責された。
そして。
その騒動をきっかけに。
第一王子派と第二王子派の対立が、さらに表面化した。
あれから。
もう随分と時間が経った。
ロリウスは。
あの時とは少し違う顔をしている。
反省したのか。
それとも。
王弟家の一員として、自分の立場を理解するようになったのか。
そのどちらなのかは。
俺にはまだ分からない。
ただ。
今日。
彼も。
この学院を卒業する。
◆
卒業証書が全員へ渡される。
その後。
学院長が再び壇上へ立った。
「最後に」
「本日卒業する諸君の多くは、これからそれぞれの道へ進むことになる」
「文官になる者」
「領地へ戻る者」
「家業を継ぐ者」
「そして」
一拍。
「王立士官学校へ進学する者もいる」
俺は。
カイを見る。
ロリウスを見る。
二人とも。
王立士官学校への進学が決まっている。
◆
式が終わった。
大広間から卒業生たちが出ていく。
廊下には。
在校生たちが並んでいた。
「先輩!」
「ご卒業おめでとうございます!」
「ありがとうございました!」
あちこちから声が飛ぶ。
俺も。
カイのところへ向かった。
「カイ」
「殿下」
カイが笑う。
「卒業、おめでとう」
「ありがとうございます」
「これで学院ではなくなるんだな」
「そうですね」
その言葉を聞くと。
妙な気持ちになった。
ずっと近くにいた。
これからも当然。
同じ場所にいると思っていた。
だが。
人生は。
少しずつ変わっていく。
◆
「次は王立士官学校か」
俺が言う。
「はい」
「大変そうだな」
「殿下より先に、軍人としての勉強をすることになります」
「そうだったな」
カイが少し笑う。
「ですが」
「卒業した後も、王宮へ顔を出しますよ」
「本当か?」
「当然です」
「殿下の側近候補であることは変わりません」
俺は少し笑った。
「なら安心した」
「ただ」
「何だ?」
「王立士官学校では、これまで以上に厳しい訓練が待っているでしょうから」
「覚悟しておきます」
カイが答える。
◆
少し離れたところでは。
ロリウスも同級生たちに囲まれていた。
やがて。
こちらへやってくる。
「第一王子殿下」
「ロリウス」
「本日はおめでとうございます」
「お前もな」
「ありがとうございます」
少し気まずい沈黙。
以前なら。
ここに険悪な空気があったかもしれない。
だが。
今は違う。
「王立士官学校へ行くんだろ?」
「はい」
「なら」
俺は言った。
「しっかり学んでこい」
「……分かりました」
ロリウスが少しだけ頭を下げる。
「第一王子殿下も」
「何だ?」
「これからも、お互い頑張りましょう」
「ああ」
短い言葉。
それだけだった。
◆
ティアが俺の隣へ来る。
「二人とも、卒業しちゃうんだね」
「ああ」
「カイもロリウスも、もう学院では会えなくなる」
ティアが少し寂しそうに言う。
「毎日顔を合わせていたのにね」
「学院にいる人間は、ずっと同じじゃない」
俺は答える。
「卒業して」
「それぞれ別の場所へ行って」
「また違う場所で会う」
「……そうだね」
ティアが笑う。
「じゃあ、私たちもいつか卒業するんだ」
「まだ先だけどな」
「うん」
ティアは少しだけ安心したように笑った。
◆
その日の午後。
学院の正門。
卒業生たちが、それぞれの馬車へ乗り込んでいく。
カイも。
ロリウスも。
これから向かう場所は。
王立士官学校。
軍務を学び。
戦術を学び。
将来の軍人として鍛えられる場所。
カイは。
次期軍務卿候補として。
ロリウスは。
王弟家の王族として。
それぞれの立場を背負いながら。
新たな道へ進んでいく。
◆
「それでは、殿下」
カイが馬車へ乗る前に振り返った。
「また」
「ああ」
「王宮でお会いしましょう」
「待ってる」
「はい」
そして。
ロリウスも。
「第一王子殿下」
「ああ」
「失礼します」
「頑張れ」
「ありがとうございます」
二人がそれぞれの馬車へ乗り込む。
やがて。
車輪が動き始めた。
王立貴族学院の正門から。
ゆっくりと。
二台の馬車が遠ざかっていく。
俺は。
その姿を見つめていた。
◆
五年間。
彼らは。
この学院で学んだ。
そして。
今日。
その時間が終わった。
カイは王立士官学校へ。
ロリウスも王立士官学校へ。
俺たちは。
まだこの学院に残る。
立場も。
年齢も。
進む道も。
少しずつ変わっていく。
けれど。
同じ場所で過ごした時間だけは。
なくならない。
「……行ったな」
俺が呟く。
「うん」
隣で。
ティアが頷いた。
そして。
春の風が。
王立貴族学院の門を静かに吹き抜けていった。
新しい季節とともに。
二人の先輩は。
新たな道へ旅立っていった。




