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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第3章 第二王妃ヴィクトリア
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幕間 砂漠の大国カヴィーレスターン・スルタン国

このあたりの話はあまり面白くないかもしれません....

そろそろ第2章終盤に入らせていただきます。

 アエテリア大陸。


 その西方に広がる海を越えた先に、一つの巨大な勢力圏が存在する。


 カヴィーレスターン・スルタン国。


 広大な砂漠地帯を支配する、この地域でも有数の大国である。


 ただし。


 「国」と一言で呼ぶには、少しばかり複雑な成り立ちをしていた。


 カヴィーレスターンは。


 単一の民族や一つの王家によって統一された国家ではない。


 砂漠に暮らす数多くの部族。


 遊牧民。


 オアシス都市の有力者。


 海岸部の商人たち。


 そうした様々な勢力が、それぞれの土地と権益を保持したまま、一人の君主の下に結びついている。


 その頂点に立つ者こそ。


 スルタン。


 つまり。


 この国における王である。


              ◆


 これは。


 カヴィーレスターンに限った話ではない。


 アエテリア大陸の大国の多くは、一枚岩ではなかった。


 巨大な帝国ですら。


 実際には複数の王侯や民族、自治領を束ねた連合王国に近い。


 各地の有力者がそれぞれの軍事力と領地を保持し、それを皇帝の権威によって一つにまとめている。


 そして。


 カヴィーレスターンは、それ以上に複雑だ。


 数多くの部族が、それぞれ独自の利害を抱えながらスルタンの下に集まっている。


 そのため。


 表面上は巨大な一国家に見えても。


 その内部には。


 無数の勢力が存在している。


 そう考えれば。


 大陸上で本当の意味で一つの王家を中心にまとまっている国家は、むしろ少ない。


 エクィトゥム王国、アイティクイランド王国


 その程度だ。


 だからこそ。


 カヴィーレスターン・スルタン国の外交は。


 常に部族と有力者の利害を考えながら動かされる。


              ◆


 そんなカヴィーレスターンの首都。


 砂漠の中に築かれた巨大な城塞都市。


 王宮の一室で。


 一人の男が書簡を読んでいた。


 ザフィール・アル=ラシード。


 カヴィーレスターン・スルタン国第十八代スルタン。


 豪奢な衣装を身にまとい、頭にはスルタンの証たる装飾を身につけている。


 その男の前には。


 一人の側近が控えていた。


「陛下」


「何だ?」


「先ほど、海を越えて届いた密書にございます」


「誰からだ?」


「アンティクイランド王国より」


 ザフィールは手を伸ばした。


「……アンティクイランド」


 聞き覚えのある国名だ。


 大陸西部に位置する王国。


 最近まで。


 エクィトゥム王国と戦争をしていた国家でもある。


「差出人は?」


「表向きにはございません」


「だが」


「封印から見て、第二王妃ヴィクトリアの側近を経由したものと思われます」


「ほう」


 ザフィールの目が細くなる。


「ならば、読む価値はありそうだな」


              ◆


 密書を開く。


 そこには。


 短く。


 しかし。


 明確な要求が記されていた。


 ――アンティクイランド王国第一王子レノウィウスが十五歳となり、正式に成人する時。


 その時期に合わせ。


 ガルディシア伯爵の手引きによって海峡を渡り。


 兵五千をアンティクイランド王国内へ進入させてほしい。


 目的。


 第一王子派の殲滅


 そして。


 第二王子派の王位継承争いでの勝利


 ザフィールは。


 そこまで読んで。


「ふむ」


 小さく声を漏らした。


              ◆


 側近が尋ねる。


「いかがでしょうか?」


「まだ続きがある」


 ザフィールは密書の下半分を見る。


 そこには。


 報酬が記されていた。


 第一。


 カヴィーレスターンとアンティクイランドの二国間貿易における関税の撤廃。


 第二。


 アンティクイランド王国の特産品。


 ワイン。


 そして。


 オリーブ。


 その輸出先の大部分を。


 カヴィーレスターンへ集中させること。


「……なるほど」


 ザフィールは顎へ手を当てる。


「関税をなくす」


「それだけでも我々の商人には大きな利益になります」


「そしてワインとオリーブの主要な輸出先を、我々へ寄せる」


「はい」


 側近も頷く。


              ◆


 ザフィールは少し考えた。


 カヴィーレスターンにとって。


 アンティクイランド王国は遠い。


 海峡を越えなければならない。


 直接的な軍事行動を行えば。


 兵を送り。


 船を用意し。


 補給を整え。


 さらに。


 帰還まで考えなければならない。


 五千もの兵を海峡の向こうへ送るなら。


 決して小さな負担ではない。


 だが。


「問題はない」


 ザフィールは言った。


「我々は砂漠の民だが」


 側近を見る。


「海を渡れないわけではない」


「交易船を数多く持つ以上」


「海上輸送の準備そのものは難しくない」


「そして」


 もう一度。


 密書を見る。


「五千だ」


「五千なら、送り込める」


「しかも」


 口元が少し緩む。


「戦争そのものを我々が決めるわけではない」


「必要なのは、海峡を渡り兵を送ること」


「我々が派遣する軍はあくまでも傭兵としてだ。我が国の軍ではない。何の問題にもならないだろう」


 つまり。


 カヴィーレスターンにとって。


 割の良い取引だった。


              ◆


「もっとも」


 ザフィールは言った。


「一つだけ問題がある」


「帝国ですか?」


 側近が尋ねる。


「それもある」


 ザフィールは頷いた。


「この大陸西部で大きな動きが起きれば、帝国も黙ってはいない」


「アンティクイランドは帝国にとっても重要な位置にあります」


「だから」


 ザフィールは笑った。


「我々は慎重に動けばいい」


「ガルディシア伯爵が手引きするというなら」


「こちらが先に大規模な動きを見せる必要もない」


「必要な時に」


「必要な兵だけを渡せばいい」


 そして。


 その目が。


 密書の最後へ向く。


              ◆


 第一王子レノウィウスが。


 十五歳となる時。


 その成人を。


 一つの機会として。


 兵五千を送る。


 その代償として。


 アンティクイランドとの貿易で。


 大きな利益を得る。


 ザフィールは。


 少しだけ考え。


 やがて。


 静かに笑った。


「まあ」


「利益があるようだ」


「受けてやろう」


 側近が頭を下げる。


「では」


「了承の返書を?」


「ああ」


「ヴィクトリア第二王妃へ伝えろ」


「我が国は」


「この要請を受け入れる」


「そして」


 ザフィールは密書を閉じる。


「ガルディシア伯爵には」


「準備を進めさせろ」


「第一王子が十五になる時」


「五千の兵を海峡の向こうへ渡せるように」


「承知しました」


 側近が一礼する。


              ◆


 こうして。


 アンティクイランド王国の王宮では。


 まだ誰も知らないところで。


 一つの約束が交わされた。


 ヴィクトリア第二王妃。


 ガルディシア伯爵。


 そして。


 砂漠の大国カヴィーレスターン・スルタン国。


 その三者が。


 第一王子レノウィウスが十五歳となる時を見据えて。


 静かに手を結び始めた。


 そして。


 ザフィール・アル=ラシードは。


 密書の存在そのものを隠すよう命じた。


「まだ早い」


「今は」


「誰にも知られる必要はない」


 砂漠の王はそう言い。


 次の書類へ目を移した。


 遠く離れた海の向こうで。


 一人の王子の成人を巡る。


 新たな陰謀が。


 静かに動き始めていた。

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