第7話 爆弾投下
ロリコンのロリウス~
これをまた派閥争いに持っていきます!
もう恋愛シーン何度書いた?
砂糖、何度吐いた?
冬。
王都レクィエリアを冷たい風が吹き抜ける頃。
王立貴族学院では、冬の恒例行事である学院社交界が始まった。
大広間には華やかな装飾が施され、壁際には料理や菓子、果物を並べた卓が用意されている。楽団が奏でる音楽に合わせて、学院生たちはそれぞれの家格や立場に相応しい礼装を身にまとい、思い思いに談笑していた。
この場もまた、貴族社会の縮図だった。
誰が誰と話しているのか。
どの家がどちらの派閥へ傾いているのか。
誰がどの令嬢と親しくしているのか。
表向きは華やかな社交の場。
しかし、その裏では。
常に政治が動いている。
◆
「では、次の曲を」
楽団の演奏が始まる。
俺はティアへ手を差し出した。
「踊ろうか、ティア」
「うん」
公の場だ。
だから、互いに王族として振る舞わなければならない。
「グラーティア殿下」
「はい、レノウィウス殿下」
手を取り合い、二人で大広間の中央へ進む。
周囲から、すぐに小さなざわめきが起こった。
「やっぱり、お二人ですわね」
「本当にお似合いですわ」
「同盟国の王子と王女ですもの」
「例の恋物語の続きですわね」
もう。
すっかり定番になってしまった。
俺たちが一緒にいるだけで、勝手に物語が作られていく。
「……また見られてるな」
踊りながら、小声で言う。
「仕方ないよ」
ティアも小さく笑う。
「今や私たち、学院の名物みたいなものだから」
「誰が名物だよ」
「ふふ」
そう言いながらも。
ティアの表情はどこか楽しそうだった。
◆
曲が終わる。
俺たちは人の少ない場所へ移動した。
そこへ。
「殿下」
カイがやってきた。
「どうした?」
「少しお話が」
「何だ?」
カイは周囲を気にしながら、小さく息を吐いた。
「実は」
「まだ私のダンスパートナーが決まっておりません」
「……まだなのか?」
「はい」
カイは困ったように笑う。
カイは来年には五年生になる。
さらに。
将来の次期軍務卿として有力視されている男だ。
本来なら。
社交界で相手が見つからない方がおかしい。
「何でだ?」
「それが……」
カイは少し遠い目をした。
「皆さん、私を『王族カップルのお助け役A』のように認識しているらしく」
「……」
俺は言葉を失った。
「何だ、それ」
「私にも分かりません」
「どういう意味なんだ?」
「レノウィウス殿下とグラーティア殿下の仲を陰から支える役目だと思われているようです」
「だから私に近づくと、殿下方の邪魔になると」
「……」
ティアが口元を押さえている。
「笑うな、ティア」
「だって……」
「カイも大変だな」
「殿下のせいでもありますからね」
「……それは否定できない」
学院中に広まった「恋物語」。
そのせいで。
カイまで、その物語の脇役扱いされているらしい。
本人には。
迷惑な話である。
◆
そんな時だった。
大広間の中央付近で。
妙なざわめきが起こった。
「何だ?」
俺が振り返る。
人が集まっている。
その中心に。
一人の少年が立っていた。
ロリウス・ゲンス・デイ・カシウス。
王弟の三男。
王家の分家にあたるため、ゲンスの名を名乗ることが許されている。
その向かいには。
一人の少女が立っていた。
エクウス伯爵家長女。
イザベラ・デイ・エクウス。
今年学院へ入学したばかりの一年生だ。
優しそうな顔立ち。
柔らかな雰囲気。
整った顔に浮かぶ表情も穏やかで、とても「悪役令嬢」という言葉から連想するような少女には見えない。
……いや。
そもそも。
俺の周囲では最近。
名前と顔が一致しない人間が妙に多くないか?
悪役令嬢みたいな名前なのに。
本人はどう見ても善良そう。
逆に。
強そうな名前の男が大人しかったりする。
……この国の女子って。
こんなのばっかなのか?
◆
「イザベラ・デイ・エクウス」
ロリウスが呼ぶ。
「……はい」
イザベラは不安そうに返事をした。
「何でしょうか、ロリウス様」
周囲には。
すでにかなりの人数が集まっている。
誰もが、何が始まるのかと様子を見ていた。
そして。
ロリウスは。
大勢の前で。
声を張り上げた。
「イザベラ・デイ・エクウス」
「貴様との婚約を破棄する!」
「……」
大広間が。
完全に静まり返った。
◆
「……え?」
最初に声を漏らしたのは、イザベラだった。
目を丸くする。
「……私?」
「そうだ」
ロリウスは腕を組む。
「貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」
「どうして……?」
イザベラの声は震えている。
「私、何か悪いことをしましたか?」
「それは……」
ロリウスが言葉に詰まる。
「とにかく、破棄だ!」
「……」
イザベラの目に、涙が浮かぶ。
周囲から、ざわめきが広がっていく。
◆
俺はその光景を見ながら。
思わず心の中で呟いた。
……え?
悪役令嬢って婚約破棄される側なのか?
いや。
そもそも。
目の前のイザベラは。
どう見ても悪役令嬢には見えない。
むしろ。
突然婚約破棄を言い渡されて、困っているだけの普通の令嬢だ。
最近。
名前と顔が矛盾している人が多すぎないか?
この国の女子って。
本当にこんなのばっかなのか?
俺が妙なことを考えている間にも。
周囲では、事情を知る者たちが小声で話し始めていた。
◆
「理由、聞いた?」
「うん」
「ロリウス様、最近第二王子派に加わったでしょう?」
「そうみたいね」
「それで」
少女の声が低くなる。
「エクウス伯爵家が、第一王子派へ寝返ったことを気に入らなかったらしいわ」
「え?」
「だから、イザベラ様との婚約を破棄したって」
「そんな……」
「家同士の派閥が変わったからって、婚約者本人を切るの?」
「そういうことらしい」
「でも」
別の令嬢が呆れたように言う。
「それって、イザベラ様本人には何の関係もありませんわよね」
「そうよ」
「完全に八つ当たりじゃない」
「……」
俺は小さく息を吐く。
やはり。
恋愛感情が原因ではない。
派閥争い。
あの馬鹿三男!爆弾投下しやがって
◆
「……ロリウス様」
イザベラが、おそるおそる口を開いた。
「父が第一王子派になったことが理由なのですか?」
「……」
「でしたら」
イザベラは涙を堪えながら続ける。
「それは、私にはどうすることもできません」
「家の判断に、私一人で逆らうことなんて……」
「……」
「それなのに」
声が震える。
「どうして、私まで……」
周囲から同情の視線が集まる。
ロリウスは。
何も言えない。
そこへ。
◆
「ロリウス」
低い声が響いた。
人垣が割れる。
現れたのは。
第二王子ルキウス・ゲンス・デイ・アンティクイランド。
普段は穏やかな青年だ。
だが。
今は明らかに機嫌が悪い。
「第二王子殿下……」
ロリウスが顔を強張らせる。
ルキウスは周囲を見る。
それから。
「今のは何だ?」
「……」
「婚約破棄?」
「はい」
「なぜだ?」
ロリウスは答えない。
「答えろ」
声が低くなる。
「エクウス伯爵家が第一王子派へ加わったからか?」
「……」
沈黙。
それだけで。
ルキウスには十分だった。
◆
「馬鹿なことをするな」
ルキウスが言った。
「第二王子派に加わったばかりのお前が、一体何を考えている?」
「ですが……」
「家同士の派閥が変わったからといって、婚約者を公衆の面前で辱める理由にはならない」
「それで第二王子派に何の利益がある?」
「……」
「エクウス伯爵家を、完全に第一王子派へ固定するだけだ」
「それどころか」
ルキウスは周囲を見る。
「今この場で起きたことは、学院中に広まる」
「そうなれば」
「第一王子派は、婚約者を一方的に切り捨てた第二王子派を批判するだろう」
「結果として、こちらの損になる」
ロリウスは。
俯いた。
「……申し訳ありません」
「謝る相手は俺じゃない」
ルキウスがイザベラを見る。
「まず彼女に謝れ」
「……」
ロリウスは、しばらく動けなかった。
◆
ルキウスはイザベラへ向き直る。
「エクウス伯爵令嬢」
「……はい」
「今日のところは、もう戻りなさい」
「ですが……」
「ここは俺が処理する」
イザベラは少し戸惑いながらも、一礼した。
「……ありがとうございます、第二王子殿下」
ルキウスは頷く。
「顔を上げて帰れ」
イザベラは小さく頭を下げ。
人混みの中を抜けていった。
◆
俺はその様子を眺めていた。
隣ではティアも、静かにイザベラの背中を見送っている。
「……大変なことになったね」
ティアが小さく呟く。
「ああ」
「こんなところで婚約破棄なんて……」
「俺にも理解できない」
ティアが苦笑する。
「学校って、こんなに色々起きる場所だった?」
「知らん!でも婚約破棄イベントって学園ものの定番だろ
でもこの作品ってオリジナル戦記のつもりなんだけど。おかしいな。」
その横で。
カイがため息をついた。
「今年は特に、派閥争いが激しいですからね」
「でも」
ティアが言う。
「これはさすがに、やりすぎじゃない?」
「ああ」
俺は頷く。
◆
大広間では。
もう噂が広がり始めていた。
「第二王子派のロリウス様が、エクウス伯爵家の令嬢との婚約を破棄したらしい」
「第一王子派へ寝返ったからだって」
「令嬢本人は何もしていないのに?」
「そうらしい」
「それは第二王子派にとって、かなりまずいんじゃない?」
冬の学院社交界に落ちた。
たった一つの爆弾。
しかも。
それは。
ただの婚約破棄ではない。
第一王子派へ移ったエクウス伯爵家。
第二王子派へ加わったロリウス。
その両者を結んでいた婚約。
そして。
それを公衆の面前で一方的に切った。
派閥争いそのものが。
学院の社交場へ。
目に見える形で持ち込まれた瞬間だった。
◆
ルキウスはロリウスを連れて、大広間を出ていく。
その背中を見ながら。
俺は考えていた。
「……ルキウスも大変だな」
ティアがこちらを見る。
「でも」
「何だ?」
「今の第二王子殿下、かなり怒ってたよ」
「ああ」
「派閥のためを考えるなら、当然だろうな」
「うん」
俺は大広間を見渡す。
華やかな衣装。
音楽。
料理。
笑い声。
その中で。
一つの婚約が。
派閥争いによって壊れようとしている。
貴族社会とは。
本当に面倒な場所だ。
そして。
その面倒な争いは。
まだ。
始まったばかりだった。




