第6話 時の人
イ・エクィトゥム。
エクィトゥム王国第三王女。
そんな少女が、先の戦争を終え、現在では同盟国となったアンティクイランド王国へ留学生としてやって来た。
しかも。
その席が、第一王子レノウィウスの隣。
これだけでも十分に話題になる。
だが。
王都では、すでに二人にまつわる「物語」が広まっていた。
戦争中、まだ両国が敵対していた頃に戦場で出会った第一王子と一人の少女。
レノウィウスは身元も分からなかった少女を助け、王宮へ迎え入れた。
周囲から様々な噂を向けられても、二人は互いを大切にした。
そして。
戦争が終わり、和平を経て、両国は同盟国となった。
その同盟国から、かつて出会った少女が第三王女として正式にアンティクイランドへ戻ってきた。
まるで。
最初から誰かが物語を書くために用意したような話だった。
◆
そのため。
学院へグラーティアがやって来た日の翌日には、もう学院中の女子生徒がその話題でもちきりだった。
「本当に昨日見た?」
「見たわ!」
「エクイトゥムの第三王女殿下、本当に綺麗だったわね」
「それに、レノの隣の席でしょう?」
「まるで物語の続きみたい」
「それだけじゃないわ」
「何?」
「昨日、教室へ入って来られた時のこと」
「第一王子殿下と目が合った瞬間、少しだけ笑われたのよ」
「本当に?」
「ええ。私は見たもの」
話は、あっという間に膨らんでいく。
「やっぱり特別な関係なのかしら」
「エクイトゥムの王太子殿下が婚約を後押ししているという話もあるでしょう?」
「それなら、将来は……」
「まあ!」
そこまで話して、少女たちは一斉に顔を見合わせる。
そして。
「……素敵」
誰かが呟いた。
「分かる!」
「私も、あんな出会いをしてみたい」
「戦場で出会って、その後に両国が同盟国になるなんて、まるで物語よね」
「しかも、二人とも王族でしょう?」
「本当のお話なのかしら?」
「全部が本当かは分からないけど」
「それでも、素敵でしょう?」
「それはそうね」
結局。
事実なのかどうかより、「素敵な物語」として楽しんでいるらしい。
◆
一方。
男子生徒たちの反応は、少し違った。
「第一王子殿下、すげえな」
「何が?」
「エクィトゥムの第三王女殿下と仲が良いんだろ?」
「おい。今は同盟国だぞ」
「分かってるって」
「しかも同じ教室だ」
「学院に入ってすぐ、その話題の中心だぞ」
「昨日なんて、授業よりそっちの話をしてる奴の方が多かっただろ」
「確かにな」
だが。
中には面白くない顔をする者もいる。
「第一王子派が、また勢力を伸ばすんじゃないか?」
「第三王女との関係が正式な婚約にまで進んだら、かなり大きいぞ」
「エクィトゥム王国との関係もさらに強くなる」
「第二王子派からすれば厄介だな」
結局。
恋物語も。
ここでは政治と無関係ではいられない。
◆
そして。
本人たちはというと。
「……」
俺は自分の席で、頭を抱えていた。
隣では、グラーティアが静かに教科書を開いている。
もちろん、公の場では第一王子と第三王女。
そういう関係を崩すわけにはいかない。
「レノ」
グラーティアが、ごく小さな声で呼ぶ。
「何だ?」
「この問題なんだけど」
彼女は教科書を指す。
「ここが少し分からなくて」
「……ここはこうだ」
俺が教える。
「なるほど」
「分かったか?」
「うん」
周囲から視線を感じる。
ものすごく感じる。
「……何だか、見られてるな」
「うん」
グラーティアの口元が、ほんの少し緩む。
「これだけ騒がれたら、そうなるよね」
「他人事みたいに言うなよ」
「だって」
少しだけ笑う。
「私は留学生だもん」
「そういう問題じゃないだろ」
二人だけに聞こえるほどの小さな声。
それだけで。
少し前まで離れていた時間が、戻ってきたような気がした。
◆
昼休み。
グラーティアの周囲には、すぐに女子生徒が集まった。
「第三王女殿下!」
「お話ししてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
「エクィトゥム王国では、どんな行事があるんですか?」
「料理はどんなものが有名ですか?」
「王宮ではどんな生活をされているんですか?」
一気に質問が飛ぶ。
グラーティアは少し驚きながらも、一つずつ丁寧に答えていた。
「エクィトゥムでは、秋になると――」
少しずつ。
学院の生徒たちとの会話が増えていく。
その様子を、俺は少し離れたところから見ていた。
どうやら。
心配する必要はなさそうだ。
ティアは。
もう。
この学院に馴染み始めている。
◆
ところが。
「レノ」
背後から声を掛けられる。
「何だ?」
ルリウスだった。
その顔には、笑いを堪えているような表情がある。
「何がおかしい?」
「いえ」
「昨日からレノが一躍、学院中の話題になっているものですから」
「俺が?」
「はい」
ルリウスが肩をすくめる。
「第一王子レノウィウス殿下と、エクィトゥム王国第三王女グラーティア殿下」
「かつて戦争をした両国が、今では同盟国」
「その二人が同じ教室にいる」
「これで話題にならない方が無理でしょう」
「……面倒だな」
「そうですか?」
「そうだ」
「私は、なかなか面白いと思いますけど」
「お前は他人事だからな」
「その通りです」
「……」
俺はため息をついた。
◆
放課後。
教室を出る。
すると。
「第一王子殿下!」
「第三王女殿下!」
別の学年の生徒たちまで声を掛けてくる。
何かと思えば。
「お二人にお願いがあるんですが!」
「何だ?」
「今度の園遊会で、一緒に――」
「断る」
即答する。
「ええっ!」
「レノ、即答なの?」
「余計な噂を増やしたくない」
「でも、もう十分増えてますよ!」
……。
確かに。
その通りだった。
◆
いつの間にか。
俺とティアは。
学院中で。
一つの「恋物語」の主人公になっていた。
本人たちは。
そんなつもりなどない。
前世から続く関係を。
ただ大切にしているだけだ。
それでも。
周囲から見れば。
戦争中に出会った二人。
和平を経て、両国が同盟国となった後も関係を深め。
そして今。
王子と王女として、同じ教室で学んでいる。
これ以上ないほど。
物語らしい。
◆
その日の帰り。
教室に残っていたのは、俺とティアだけだった。
「……すごいね」
ティアが小さく笑う。
「何が?」
「私たち」
「学院中の人が知ってる」
「昨日まで、そんな話なんてなかったのに」
「王都って怖いな」
「ふふ」
二人きり。
だから。
もう。
公の言葉遣いではない。
「でも」
ティアが言う。
「少しだけ嬉しい」
「何で?」
「昔は」
一度、窓の外を見る。
「誰にも言えなかったから」
「……」
「自分の気持ちも」
「湊が好きだってことも」
俺は黙って聞く。
「今は」
ティアが笑う。
「少なくとも、私たちが大切に思い合っていることを、悪いことだと言う人は少ない」
「……そうだな」
「それに」
ティアは窓の外へ視線を向けた。
「私たちがこうしていられること自体が、両国が戦争を終えて同盟国になったからこそだもんね」
「ああ」
「だから」
ティアが微笑む。
「この学院で過ごす時間、ちょっと楽しみになってきた」
俺も笑う。
「ああ」
「俺もだ、ティア」
◆
その頃。
学院中では。
また新しい噂が生まれていた。
「今日も一緒に話していたらしいですわ」
「まあ」
「第三王女殿下が第一王子殿下に笑いかけていたそうです」
「やっぱり、本当に仲が良いのね」
「羨ましい……」
「いつか正式に婚約されるのかしら」
そして。
それを聞いた別の少女が。
「でも、あの二人なら」
少しだけ嬉しそうに笑った。
「本当にそうなってほしいですわね」
こうして。
レノとティアは。
本人たちの知らないところで。
学院を越えて。
王都でも。
一躍。
時の人となっていた。
戦争を乗り越え、今では同盟国となった二つの国。
その王子と王女の恋物語。
その「主役」が。
今。
同じ教室で。
何事もなかったように授業を受けている。
その事実が。
人々の想像を。
さらに掻き立てていた。




