第5話 学生交流
節が過ぎた。
夏の終わりに始まった学院生活も、秋の行事を終え、王都には少しずつ冬の気配が近づいていた。
そんなある日の朝。
王宮の一角では、両国学生交流計画に基づく留学生たちの出発準備が進められていた。
エクィトゥム王国へ向かうのは、アンティクイランド王国側から選ばれた十名の学院生たち。その中には、俺の弟である第三王子エドと、同級生のユーザも含まれている。
中央宮殿の正門前。
すでに大勢の者が集まっていた。
同行する護衛騎士。
学院関係者。
侍従や侍女。
留学生たちの荷物を運ぶ従者。
そして、今回の交流計画を担当する文官たち。
普段の学院への登校とは、まるで規模が違う。
「兄上!」
エドが俺の前まで来る。
「本当に行くことになったんだな」
「ああ」
「向こうの学院で、しっかり勉強してこい」
「分かっています」
エドは少し緊張しているようだった。
それでも、その目には期待も浮かんでいる。
「ユーザ」
俺が呼ぶと、少し後ろにいたユーザが姿勢を正した。
「はい、殿下」
「向こうでも武術だけに夢中になるなよ」
「……努力します」
「その言い方は、あまり信用できないな」
「はは……」
ユーザが苦笑する。
その横では、学院の教師が最後の確認を行っていた。
「出発準備、整いました!」
文官の声が響く。
「両国学生交流計画に基づく第一次派遣団、これよりエクィトゥム王国へ向け出立いたします!」
留学生たちが一斉に姿勢を正す。
エクィトゥム王国から受け入れる留学生を送り出すだけではない。
こちらからも学生を送り出すことで、本当の意味での交流が始まる。
エドとユーザも、その一部だ。
「それじゃあ、お兄様」
「ああ」
「向こうから手紙を送ります」
「待ってる」
エドが笑う。
ユーザも一礼した。
「では、行ってまいります」
「ああ。二人とも気をつけてな」
馬車が動き始める。
留学生たちを乗せた一団が、ゆっくりと王宮の正門を抜けていく。
俺は。
その姿が見えなくなるまで見送っていた。
そして。
一行が王都を出てしばらくした頃。
次の知らせが届いた。
◆
「殿下」
カイが俺のもとへやって来る。
「エクィトゥム王国側の留学生団が、まもなく王都へ到着するとのことです」
「……もう来るのか」
「はい」
「第三王女殿下も?」
「もちろんです」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
分かっていた。
ティアは戻ってくる。
一つ季節が過ぎれば。
そう約束した。
それでも。
実際にその日が来たと知ると。
思っていた以上に嬉しかった。
◆
昼前。
王都レクィエリアの大通りが、いつもとは違うざわめきに包まれた。
「エクィトゥム王国の一行だ!」
「留学生が来たのか?」
「第三王女殿下もいるらしいぞ!」
人々が街道の両側へ集まっていく。
俺も中央宮殿から外へ出て、その様子を見た。
遠くから。
大規模な隊列が近づいてくる。
先頭を進むのは、整然と並んだエクィトゥム王国の騎士たち。
その後ろには文官。
侍女。
護衛。
両国学生交流計画によって派遣される留学生たち。
さらに。
王族の滞在に必要な荷物を積んだ馬車。
料理人と厨房関係者の一団まで続いている。
かなりの人数だった。
それだけではない。
隊列のいたるところで。
赤い旗が風を受けて大きく翻っている。
赤地の中央。
そこにはエクィトゥム王家の紋章が描かれていた。
王都の街並みの中で。
その赤い旗は、ひどく目立っている。
「……すごいな」
思わず呟く。
少し前まで。
ティアは、この国で身元も明かさずに暮らしていた。
それが。
今は違う。
赤い旗の下。
エクィトゥム王国の第三王女として。
堂々とこの王都へ帰ってきた。
◆
隊列が近づく。
王族の馬車が見えた。
その窓から。
ほんの一瞬だけ。
少女の顔が見える。
俺の胸が高鳴った。
淡い髪。
見慣れた顔。
「……ティア」
小さく呟く。
馬車の中から。
彼女もこちらを見た。
目が合う。
一瞬。
その瞳が柔らかくなる。
けれど。
次の瞬間には。
第三王女としての表情へ戻った。
俺も。
第一王子として姿勢を正す。
ここには大勢の人間がいる。
俺たちが前世からの幼馴染であることを知る者は、ごく僅か。
まして。
互いの想いまで知る者などいない。
だから。
今は。
ただの第一王子と第三王女。
それでいい。
けれど。
心の中では。
――おかえり。
そう思っていた。
◆
エクィトゥム王国の一行は、中央宮殿へ入った。
留学生たちはそれぞれ学院での受け入れ準備が進められる。
料理人たちは王宮と学院の料理人たちとの顔合わせを行い、エクィトゥムの料理を紹介するための準備を始める。
そして。
第三王女グラーティアには、王族として必要な侍女や護衛が付き従っていた。
かつての「ティア」とは。
まるで別人だった。
◆
その日の午後。
王立貴族学院では、留学生到着の知らせが瞬く間に広がった。
「本当に来たらしいぞ!」
「エクィトゥム王国の第三王女殿下だって!」
「例の恋物語の……?」
「そうそう!」
「第一王子殿下と同じクラスになるんだろ?」
学院中が騒がしくなる。
俺は。
少し離れたところで、その声を聞いていた。
「殿下」
ルリウスが苦笑する。
「随分と話題になっていますね」
「ああ」
「例の噂のせいでしょうか」
「……たぶんな」
俺はため息をつく。
エクィトゥム第三王女と第一王子。
敵国同士だった二人。
戦場で出会った二人。
互いに想いを寄せている二人。
いつの間にか。
そんな物語にされている。
そして。
今日から。
その当人が学院へ来る。
◆
やがて。
教室の扉が開いた。
教師が入ってくる。
その後ろには。
一人の少女。
「静かに」
ざわめいていた教室が、少しずつ静まる。
「本日より、このクラスに新たな留学生が加わる」
教師が振り返る。
「エクィトゥム王国第三王女、グラーティア・アウレリア・デイ・エクィトゥム殿下だ」
教室の空気が変わった。
グラーティアが一歩前へ出る。
そして。
王女として完璧な礼を取る。
「エクィトゥム王国第三王女、グラーティア・アウレリア・デイ・エクィトゥムです」
「本日より、皆様と共に学ばせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
完璧な挨拶。
誰が見ても。
王族の少女。
俺が知っている。
あの「ティア」とは違うようにも見える。
だが。
顔を上げた彼女と目が合った瞬間。
ほんの一瞬。
口元が、わずかに緩んだ。
俺には分かる。
あれは。
間違いなく。
俺の知っているティアだった。
◆
教師が席を確認する。
「グラーティア殿下の席は――」
そして。
「レノウィウス殿下の隣だ」
教室が一瞬。
静まり返った。
次の瞬間。
「えっ」
「やっぱり隣なんだ!」
「本当に噂通りなのか?」
小さなざわめきが広がる。
俺は。
思わず額を押さえた。
……やっぱり。
こうなるのか。
グラーティアも。
一瞬だけ困ったような顔をした。
しかし。
すぐに第三王女としての表情へ戻る。
「よろしくお願いいたします、レノウィウス殿下」
「ああ。こちらこそ」
公の場。
だから。
俺たちはあくまで王族として接する。
グラーティアが席へ向かう。
俺の横を通り過ぎる、その瞬間。
誰にも聞こえないほど小さな声が。
「……ただいま」
そう囁いた。
俺も。
前を向いたまま。
「……おかえり」
と答えた。
◆
こうして。
両国学生交流計画が正式に始まった。
アンティクイランド王国からは。
第三王子エド。
ユーザ。
そして複数の学院生たちが、エクィトゥム王国へ向かった。
エクィトゥム王国からは。
第三王女グラーティアをはじめとする留学生たちがアンティクイランドへ来た。
料理人たちもそれぞれの国の厨房へ入り、料理を通した文化交流が始まる。
王都レクィエリアには。
赤いエクィトゥム王国旗が翻っている。
先の戦争では。
敵だった国の旗。
それが今は。
アンティクイランド王国の王都で。
友好の象徴として掲げられている。
そして。
俺の隣には。
もう一度。
ティアがいる。
今度は。
身元不明の少女ではない。
エクィトゥム王国第三王女。
グラーティア・アウレリア・デイ・エクィトゥム。
そして。
俺と同じ教室で学ぶ。
新しいクラスメイトとして。
彼女は。
再び。
俺の隣に帰ってきた。




