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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第3章 第二王妃ヴィクトリア
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第4話 小競り合い再び

 王立貴族学院では、普段通りの授業も行われていた。


 だが。


 今年の学院には、以前とは違う緊張感が漂っている。


 第一王子派。


 領地貴族四割、法衣貴族五割。


 教務卿兼宮内卿マスドリート子爵の帰参。第一王妃暗殺の際に離脱した子爵家だ。


 他にも外務卿や、第二軍団第一・第二艦隊などが第一王子派へ加わっている。


 第二王子派。


 領地貴族六割、法衣貴族五割。


 武術競技では互角。


 学院内の勢力も、ほぼ拮抗している。


 だからこそ。


 小さな出来事でさえ、派閥同士の対立へ発展しやすくなっていた。


              ◆


「本日の武術訓練は、二人一組で行う!」


 武術場に教師の声が響く。


「内容は模擬戦」


「ただし、武器による直接攻撃は禁止する。身体強化と武具強化のみ使用を許可する」


 生徒たちがそれぞれ木剣を手に取る。


 俺も木剣を受け取り、周囲を見渡した。


 いつもの授業。


 いつもの訓練。


 そう思っていた。


 だが。


 組み合わせが発表された瞬間。


「……またかよ」


 どこかから、そんな声が聞こえた。


              ◆


「第一試合、第二王子派の――」


 教師が組み合わせを読み上げる。


 相手は第一王子派の生徒だった。


 名前を呼ばれた二人が前へ出る。


 一方は。


 最近になって第一王子派へ加わった貴族家の子弟。


 もう一人は。


 以前から第二王子派に属している生徒だった。


 二人が向かい合う。


「……まさか、お前と当たるとはな」


「俺もだ」


「最近、随分と立場が変わったらしいな」


 その言葉に。


 第一王子派の生徒が眉を寄せた。


「それが何だ?」


「別に」


「ただ、前まであれだけ第二王子派のことを持ち上げていたのに、今度は第一王子派かと思ってな」


 周囲がざわつく。


 教師も気づいた。


「余計なことを言うな」


 厳しく言う。


「これは武術訓練だ」


「派閥争いを持ち込む場所ではない」


「……分かっています」


 第二王子派の生徒が答える。


 だが。


 その顔には納得していない色が残っていた。


              ◆


「開始!」


 二人が同時に動く。


 木剣がぶつかる。


 一度。


 二度。


 三度。


 互いに引かない。


 模擬戦とはいえ。


 いつもの訓練とは明らかに空気が違う。


「そんな程度か?」


 第二王子派の生徒が言う。


「派閥を変えたくらいだから、もう少し強いと思っていた」


「……」


 第一王子派の生徒の表情が変わる。


「お前こそ」


「第二王子派が有利だった頃は、ずいぶん偉そうだったじゃないか」


 木剣が強くぶつかる。


「お前らは、負けそうになればすぐ王子を乗り換えるんだな!」


 とうとう声が荒くなった。


「そこまで!」


 教師が叫ぶ。


 だが。


 二人は止まらない。


              ◆


「やめろ!」


 教師が二人の間へ入る。


「武術訓練だと言っただろう!」


 二人がようやく剣を下ろす。


「申し訳ありません」


 第一王子派の生徒が頭を下げる。


「……すみません」


 第二王子派の生徒も答えた。


 だが。


 空気はすでに悪くなっていた。


              ◆


「次!」


 教師は、あえて授業を続けようとする。


 だが。


 別の場所でも。


「なんで第二王子派ばかり、強い相手と組まされるんだよ」


「逆だろ」


「第一王子派の連中は、最近調子に乗っている」


「武術競技で一位を取ったからって」


「王位が決まったわけじゃない」


「お前らこそ、第二王子派が勝つと思ってるから偉そうなんだろ」


 今度は。


 二組。


 三組。


 あちこちで小さな言い争いが始まる。


 教師たちが慌てて止めに入った。


              ◆


「いい加減にしろ!」


 武術場全体に怒声が響く。


「ここは学院だ!」


「貴族派閥の集会所ではない!」


 生徒たちが静まる。


「第一王子派だろうが第二王子派だろうが、ここでは学院生だ!」


「勝ちたいなら剣で勝て!」


「相手の家や派閥を侮辱して勝負を決めるな!」


 その言葉に。


 誰も反論できなかった。


              ◆


 俺は木剣を握ったまま。


 周囲を見ていた。


 こうなるのは。


 ある意味で当然なのかもしれない。


 国内の派閥争いが激しくなっている。


 大人たちが互いを疑い。


 貴族家が立場を変え。


 王子たちの支持者が増減している。


 その空気が。


 学院まで流れ込んでいる。


「……」


 学院生たちも。


 所詮は貴族の子供だ。


 家の考えを、そのまま抱えている。


 だから。


 ほんの一言。


 ほんの少しの挑発。


 それだけで。


 武術訓練が政治の代理戦争になってしまう。


              ◆


 休憩時間。


 俺のところルリウスがやってきた。


「殿下」


「何だ?」


「さっきの件ですが」


「ああ」


「かなり険悪になってきましたね」


「そうだな」


「第一王子派から第二王子派へ移った者もいますし」


「逆もいる」


 ルリウスが少し考える。


「そのせいで、以前より派閥同士の距離が近すぎるのだと思います」


 俺は頷いた。


「……近いからこそ、ぶつかるんだろうな」


 ルリウスが苦笑する。


「本当に学院が王都の縮図になってしまいましたね」


「笑えない話だ」


              ◆


 そこへ。


 ユーザとコリウスが来た。


「殿下」


「どうした?」


 ユーザが言う。


「俺の組でも、さっき少し揉めました」


 コリウスも頷く。


「こちらでもです」


 第二王子派であるコリウスの声には、苛立ちよりも冷静さがあった。


「第二王子派が、第一王子派を意識しすぎている」


「第一王子派も、勝っているからと油断している」


 俺は二人を見る。


「なら」


「今度の訓練では」


 ユーザが言う。


「派閥を意識しない組み合わせにした方がいいかもしれません」


 コリウスが続ける。


「逆に、派閥に関係なく強い者同士を組ませるのも手です」


「武術の実力だけで競う」


 俺は少し考える。


「教師に提案してみるか」


「はい」


 二人が頷いた。


              ◆


 だが。


 その日の訓練が終わっても。


 生徒たちの間に生まれた緊張感は消えなかった。


 廊下では。


「今日のあいつ、許せない」


「次は負けない」


「第二王子派は舐められすぎだ」


「第一王子派が調子に乗っている」


 そんな声が。


 あちこちから聞こえてくる。


              ◆


 俺は学院の廊下を歩きながら。


 ふと思った。


 武術競技では。


 第一王子派と第二王子派は互角だった。


 だが。


 政治まで互角とは限らない。


 むしろ。


 互角だからこそ。


 どちらも一歩も引けない。


 その緊張が。


 学院生の小さな喧嘩という形で。


 表に出始めている。


「……このままでは」


 小さく呟く。


 いつか。


 木剣では済まなくなるかもしれない。


 そうならないために。


 学院の中で起きている小さな火種を。


 俺は。


 見過ごすわけにはいかなかった。

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