第4話 小競り合い再び
王立貴族学院では、普段通りの授業も行われていた。
だが。
今年の学院には、以前とは違う緊張感が漂っている。
第一王子派。
領地貴族四割、法衣貴族五割。
教務卿兼宮内卿マスドリート子爵の帰参。第一王妃暗殺の際に離脱した子爵家だ。
他にも外務卿や、第二軍団第一・第二艦隊などが第一王子派へ加わっている。
第二王子派。
領地貴族六割、法衣貴族五割。
武術競技では互角。
学院内の勢力も、ほぼ拮抗している。
だからこそ。
小さな出来事でさえ、派閥同士の対立へ発展しやすくなっていた。
◆
「本日の武術訓練は、二人一組で行う!」
武術場に教師の声が響く。
「内容は模擬戦」
「ただし、武器による直接攻撃は禁止する。身体強化と武具強化のみ使用を許可する」
生徒たちがそれぞれ木剣を手に取る。
俺も木剣を受け取り、周囲を見渡した。
いつもの授業。
いつもの訓練。
そう思っていた。
だが。
組み合わせが発表された瞬間。
「……またかよ」
どこかから、そんな声が聞こえた。
◆
「第一試合、第二王子派の――」
教師が組み合わせを読み上げる。
相手は第一王子派の生徒だった。
名前を呼ばれた二人が前へ出る。
一方は。
最近になって第一王子派へ加わった貴族家の子弟。
もう一人は。
以前から第二王子派に属している生徒だった。
二人が向かい合う。
「……まさか、お前と当たるとはな」
「俺もだ」
「最近、随分と立場が変わったらしいな」
その言葉に。
第一王子派の生徒が眉を寄せた。
「それが何だ?」
「別に」
「ただ、前まであれだけ第二王子派のことを持ち上げていたのに、今度は第一王子派かと思ってな」
周囲がざわつく。
教師も気づいた。
「余計なことを言うな」
厳しく言う。
「これは武術訓練だ」
「派閥争いを持ち込む場所ではない」
「……分かっています」
第二王子派の生徒が答える。
だが。
その顔には納得していない色が残っていた。
◆
「開始!」
二人が同時に動く。
木剣がぶつかる。
一度。
二度。
三度。
互いに引かない。
模擬戦とはいえ。
いつもの訓練とは明らかに空気が違う。
「そんな程度か?」
第二王子派の生徒が言う。
「派閥を変えたくらいだから、もう少し強いと思っていた」
「……」
第一王子派の生徒の表情が変わる。
「お前こそ」
「第二王子派が有利だった頃は、ずいぶん偉そうだったじゃないか」
木剣が強くぶつかる。
「お前らは、負けそうになればすぐ王子を乗り換えるんだな!」
とうとう声が荒くなった。
「そこまで!」
教師が叫ぶ。
だが。
二人は止まらない。
◆
「やめろ!」
教師が二人の間へ入る。
「武術訓練だと言っただろう!」
二人がようやく剣を下ろす。
「申し訳ありません」
第一王子派の生徒が頭を下げる。
「……すみません」
第二王子派の生徒も答えた。
だが。
空気はすでに悪くなっていた。
◆
「次!」
教師は、あえて授業を続けようとする。
だが。
別の場所でも。
「なんで第二王子派ばかり、強い相手と組まされるんだよ」
「逆だろ」
「第一王子派の連中は、最近調子に乗っている」
「武術競技で一位を取ったからって」
「王位が決まったわけじゃない」
「お前らこそ、第二王子派が勝つと思ってるから偉そうなんだろ」
今度は。
二組。
三組。
あちこちで小さな言い争いが始まる。
教師たちが慌てて止めに入った。
◆
「いい加減にしろ!」
武術場全体に怒声が響く。
「ここは学院だ!」
「貴族派閥の集会所ではない!」
生徒たちが静まる。
「第一王子派だろうが第二王子派だろうが、ここでは学院生だ!」
「勝ちたいなら剣で勝て!」
「相手の家や派閥を侮辱して勝負を決めるな!」
その言葉に。
誰も反論できなかった。
◆
俺は木剣を握ったまま。
周囲を見ていた。
こうなるのは。
ある意味で当然なのかもしれない。
国内の派閥争いが激しくなっている。
大人たちが互いを疑い。
貴族家が立場を変え。
王子たちの支持者が増減している。
その空気が。
学院まで流れ込んでいる。
「……」
学院生たちも。
所詮は貴族の子供だ。
家の考えを、そのまま抱えている。
だから。
ほんの一言。
ほんの少しの挑発。
それだけで。
武術訓練が政治の代理戦争になってしまう。
◆
休憩時間。
俺のところルリウスがやってきた。
「殿下」
「何だ?」
「さっきの件ですが」
「ああ」
「かなり険悪になってきましたね」
「そうだな」
「第一王子派から第二王子派へ移った者もいますし」
「逆もいる」
ルリウスが少し考える。
「そのせいで、以前より派閥同士の距離が近すぎるのだと思います」
俺は頷いた。
「……近いからこそ、ぶつかるんだろうな」
ルリウスが苦笑する。
「本当に学院が王都の縮図になってしまいましたね」
「笑えない話だ」
◆
そこへ。
ユーザとコリウスが来た。
「殿下」
「どうした?」
ユーザが言う。
「俺の組でも、さっき少し揉めました」
コリウスも頷く。
「こちらでもです」
第二王子派であるコリウスの声には、苛立ちよりも冷静さがあった。
「第二王子派が、第一王子派を意識しすぎている」
「第一王子派も、勝っているからと油断している」
俺は二人を見る。
「なら」
「今度の訓練では」
ユーザが言う。
「派閥を意識しない組み合わせにした方がいいかもしれません」
コリウスが続ける。
「逆に、派閥に関係なく強い者同士を組ませるのも手です」
「武術の実力だけで競う」
俺は少し考える。
「教師に提案してみるか」
「はい」
二人が頷いた。
◆
だが。
その日の訓練が終わっても。
生徒たちの間に生まれた緊張感は消えなかった。
廊下では。
「今日のあいつ、許せない」
「次は負けない」
「第二王子派は舐められすぎだ」
「第一王子派が調子に乗っている」
そんな声が。
あちこちから聞こえてくる。
◆
俺は学院の廊下を歩きながら。
ふと思った。
武術競技では。
第一王子派と第二王子派は互角だった。
だが。
政治まで互角とは限らない。
むしろ。
互角だからこそ。
どちらも一歩も引けない。
その緊張が。
学院生の小さな喧嘩という形で。
表に出始めている。
「……このままでは」
小さく呟く。
いつか。
木剣では済まなくなるかもしれない。
そうならないために。
学院の中で起きている小さな火種を。
俺は。
見過ごすわけにはいかなかった。




