第3話 今頃のJC(女子中学生)って裏でネチネチやってるのよ
武術競技から数日後。
王立貴族学院では、秋の恒例行事である園遊会が開かれていた。
学院の広い庭園には、色とりどりの花が咲き、木々の間には長机と椅子が並べられている。料理や菓子、果物を載せた卓がいくつも用意され、教師や上級生、招待された貴族家の関係者まで集まり、普段の学院とは少し違った華やかな空気が漂っていた。
男子生徒たちは武術競技の結果や派閥の動向について語り、女子生徒たちはそれぞれのグループに分かれて談笑している。
表面だけを見れば。
実に穏やかな園遊会だった。
◆
「そういえば、あの方のお召し物、とても素敵でしたわね」
「ええ、本当に。よくお似合いでしたわ」
「ただ……少しだけ派手すぎる気もしましたけれど」
「まあ。私は、あれくらい華やかな方がよろしいと思いますわ」
「そうですか?」
「ええ。少なくとも、どなたかの真似をするよりは」
「……まあ」
一瞬。
空気が止まる。
けれど。
「うふふ」
「ふふっ」
すぐに二人とも笑う。
周囲から見れば。
仲の良い令嬢同士が楽しそうに話しているだけだ。
だが。
その会話を少し離れた場所で聞いていた別の令嬢は、心の中で呟いていた。
――怖い。
こちらの貴族社会では。
剣を使わなくても戦えるらしい。
◆
「ねえ、ご存じ?」
「何をですの?」
「第二王子派のあの方、最近ずいぶんと第一王子派を意識しているそうですわ」
「まあ」
「学院の成績まで、派閥の優劣として見ているとか」
「それは大変ですわね」
「本当に」
「……でも、武術競技では第一王子殿下が一位でしたものね」
「ええ」
「第二王子派の方々も、悔しかったでしょうね」
「そうでしょうね」
そこで。
別の令嬢が微笑んだ。
「でも、二位も第二王子派のコリウス様でしょう?」
「……そうでしたわね」
「四位もカシウス様ですし」
「そう考えると、第一王子派もまだ安心はできませんわね」
「ええ。結局、互角なのでしょう?」
「そのようですわ」
穏やかな会話。
しかし。
その場にいた令嬢たちの頭の中では。
第一王子派。
第二王子派。
誰が誰と親しいのか。
どの家がどちらへ傾いたのか。
誰が次の行事で誰と組むのか。
そんな情報が飛び交っていた。
学院の園遊会は。
休息の場であると同時に。
貴族社会の情報交換の場でもあった。
◆
そして。
そんな政治的な話題とは別に。
今年の園遊会では。
もう一つ。
妙に人気のある話があった。
「それより」
一人の令嬢が、少しだけ声を潜めた。
「例のお話、聞きました?」
「例の?」
「ほら。第一王子殿下と、エクィトゥム王国の第三王女殿下のお話」
「……ああ」
その瞬間。
周囲の顔が明るくなる。
「聞きましたわ」
「私もです」
「本当に素敵なお話ですわよね」
「戦場で出会ったのでしょう?」
「ええ。そして殿下が王女殿下を助けられたとか」
「それだけじゃありませんわ」
別の令嬢が得意げに続ける。
「周囲から色々な噂を流されても、お二人はお互いを大切にし続けたそうです」
「まあ……」
「敵国同士なのに?」
「そこが素敵なのですわ」
「国同士では敵だったのに、人と人としては互いを信じた……」
「まるで物語ですわね」
誰かが、うっとりと息を吐いた。
◆
実際のところ。
王都で広がっている話は。
かなり脚色されている。
戦場で出会った。
第一王子が少女を助けた。
王宮へ迎えた。
周囲の噂にも屈しなかった。
そして。
互いに特別な想いを抱くようになった。
これだけ聞けば。
確かに。
物語としては出来すぎている。
だからこそ。
若い貴族令嬢たちの興味を引いた。
◆
「それで、第三王女殿下は一度エクィトゥム王国へ戻られたのでしょう?」
「ええ。留学準備のためですって」
「戻ってこられるのは、もう少し先らしいですわね」
「同じ学年ですものね」
「第一王子殿下と同じクラスになるのでしょう?」
「そう聞いております」
「まあ……」
そこから。
小さな囁きが始まる。
「毎日お二人が顔を合わせることになるのですね」
「きっと学院でも話題になりますわ」
「……本当に、仲がよろしいのかしら」
「どうでしょう」
「でも、王太子殿下ご自身が婚約を後押しされているのでしょう?」
「そうらしいですわ」
「それなら、正式な婚約も遠くないのかもしれませんね」
誰かが。
少しだけ頬を緩める。
「素敵ですわね」
「ええ」
「私も、あんな恋をしてみたいですわ」
「まあ」
「ふふっ」
また。
小さな笑い声が広がる。
◆
その一方で。
別の場所では。
「私は、あの話は少し出来すぎていると思いますけれど」
「どういう意味ですの?」
「敵国の王女でしょう?」
「それに、第一王子殿下は将来この国を背負われるお方です」
「そんな簡単に恋愛で物事が決まるでしょうか」
「それは……」
別の令嬢が考え込む。
「でも」
「何ですの?」
「王族の婚姻なら、むしろ政略的な意味が強いでしょう?」
「そうですわね」
「だからこそ」
彼女は少し笑った。
「本当にお互いに想い合っているのなら、素敵だと思いません?」
「……確かに」
先ほどまで否定していた令嬢も。
結局。
物語には弱かった。
◆
俺はというと。
園遊会の少し離れた場所で。
同級生たちと話していた。
「殿下」
ルリウスが言う。
「何だ?」
「随分と楽しそうですね」
「そうか?」
「園遊会そのものより、周囲の話を聞いている顔が面白いです」
「……」
俺は周囲を見る。
確かに。
今日の話題は多い。
派閥。
武術競技。
学生交流計画。
エクィトゥム王国との和平。
そして。
ティアの話。
いや。
グラーティア王女殿下の話。
◆
「ところで」
エリシアが少し身を乗り出す。
「殿下」
「何だ?」
「本当に仲が良いんですか?」
「……」
俺は黙る。
「答えに困るくらいなんですね!」
「いや」
「どうなんです?」
「……大切な人ではある」
「きゃあ!」
「何でそうなる」
「だって!」
エリシアが楽しそうに笑う。
「噂通りじゃないですか!」
ユーザまで苦笑している。
「学院中が知ってますよ」
「そういうのは知らなくていい」
「でも」
ルリウスが笑う。
「戦場で出会った少女と第一王子殿下の物語、というのは確かに印象的です」
「……実際は、そんな綺麗な話じゃない」
俺は呟く。
戦場。
戦争。
身分。
前世。
再会。
誰にも話せない秘密。
そんなものを全部ひっくるめれば。
単純な恋物語なんかではない。
むしろ。
政治と運命に巻き込まれた二人の話だ。
それでも。
周囲がどう思おうと。
今の俺にとって。
ティアが大切な存在であることだけは変わらない。
◆
園遊会の後半。
庭園には夕方の光が差し始めていた。
令嬢たちは華やかな笑顔を浮かべながら談笑し。
その裏では。
誰が誰を嫌っているのか。
誰がどの派閥へついたのか。
誰が次の婚姻候補なのか。
そんな話が飛び交っている。
その中でも。
今年一番人気の話題は。
やはり。
敵国の王女と。
その王女を守った第一王子の物語だった。
「早く第三王女殿下が来ないかしら」
「学院へ来たら、もっと話題になりそうですわね」
「第一王子殿下のクラスなのでしょう?」
「ええ」
「……どんなお方なのかしら」
「どんな恋人同士なのか、実際に見てみたいですわ」
そんな声が。
庭園のあちこちから聞こえてくる。
◆
俺はその声を聞きながら。
ふと。
エクィトゥム王国へ向かったティアのことを思い出した。
一つ季節。
それが過ぎれば。
彼女は戻ってくる。
今度は。
第三王女として。
そして。
俺と同じ教室で学ぶ。
「……その頃には」
きっと。
園遊会で囁かれているこの物語も。
さらに大きくなっているのだろう。
当の本人たちが知らないところで。
俺たちの関係は。
いつの間にか。
一つの「恋物語」として。
学院中の少女たちの憧れになり始めていた。




