表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第3章 第二王妃ヴィクトリア
125/309

第3話 今頃のJC(女子中学生)って裏でネチネチやってるのよ

 武術競技から数日後。


 王立貴族学院では、秋の恒例行事である園遊会が開かれていた。


 学院の広い庭園には、色とりどりの花が咲き、木々の間には長机と椅子が並べられている。料理や菓子、果物を載せた卓がいくつも用意され、教師や上級生、招待された貴族家の関係者まで集まり、普段の学院とは少し違った華やかな空気が漂っていた。


 男子生徒たちは武術競技の結果や派閥の動向について語り、女子生徒たちはそれぞれのグループに分かれて談笑している。


 表面だけを見れば。


 実に穏やかな園遊会だった。


              ◆


「そういえば、あの方のお召し物、とても素敵でしたわね」


「ええ、本当に。よくお似合いでしたわ」


「ただ……少しだけ派手すぎる気もしましたけれど」


「まあ。私は、あれくらい華やかな方がよろしいと思いますわ」


「そうですか?」


「ええ。少なくとも、どなたかの真似をするよりは」


「……まあ」


 一瞬。


 空気が止まる。


 けれど。


「うふふ」


「ふふっ」


 すぐに二人とも笑う。


 周囲から見れば。


 仲の良い令嬢同士が楽しそうに話しているだけだ。


 だが。


 その会話を少し離れた場所で聞いていた別の令嬢は、心の中で呟いていた。


 ――怖い。


 こちらの貴族社会では。


 剣を使わなくても戦えるらしい。


              ◆


「ねえ、ご存じ?」


「何をですの?」


「第二王子派のあの方、最近ずいぶんと第一王子派を意識しているそうですわ」


「まあ」


「学院の成績まで、派閥の優劣として見ているとか」


「それは大変ですわね」


「本当に」


「……でも、武術競技では第一王子殿下が一位でしたものね」


「ええ」


「第二王子派の方々も、悔しかったでしょうね」


「そうでしょうね」


 そこで。


 別の令嬢が微笑んだ。


「でも、二位も第二王子派のコリウス様でしょう?」


「……そうでしたわね」


「四位もカシウス様ですし」


「そう考えると、第一王子派もまだ安心はできませんわね」


「ええ。結局、互角なのでしょう?」


「そのようですわ」


 穏やかな会話。


 しかし。


 その場にいた令嬢たちの頭の中では。


 第一王子派。


 第二王子派。


 誰が誰と親しいのか。


 どの家がどちらへ傾いたのか。


 誰が次の行事で誰と組むのか。


 そんな情報が飛び交っていた。


 学院の園遊会は。


 休息の場であると同時に。


 貴族社会の情報交換の場でもあった。


              ◆


 そして。


 そんな政治的な話題とは別に。


 今年の園遊会では。


 もう一つ。


 妙に人気のある話があった。


「それより」


 一人の令嬢が、少しだけ声を潜めた。


「例のお話、聞きました?」


「例の?」


「ほら。第一王子殿下と、エクィトゥム王国の第三王女殿下のお話」


「……ああ」


 その瞬間。


 周囲の顔が明るくなる。


「聞きましたわ」


「私もです」


「本当に素敵なお話ですわよね」


「戦場で出会ったのでしょう?」


「ええ。そして殿下が王女殿下を助けられたとか」


「それだけじゃありませんわ」


 別の令嬢が得意げに続ける。


「周囲から色々な噂を流されても、お二人はお互いを大切にし続けたそうです」


「まあ……」


「敵国同士なのに?」


「そこが素敵なのですわ」


「国同士では敵だったのに、人と人としては互いを信じた……」


「まるで物語ですわね」


 誰かが、うっとりと息を吐いた。


              ◆


 実際のところ。


 王都で広がっている話は。


 かなり脚色されている。


 戦場で出会った。


 第一王子が少女を助けた。


 王宮へ迎えた。


 周囲の噂にも屈しなかった。


 そして。


 互いに特別な想いを抱くようになった。


 これだけ聞けば。


 確かに。


 物語としては出来すぎている。


 だからこそ。


 若い貴族令嬢たちの興味を引いた。


              ◆


「それで、第三王女殿下は一度エクィトゥム王国へ戻られたのでしょう?」


「ええ。留学準備のためですって」


「戻ってこられるのは、もう少し先らしいですわね」


「同じ学年ですものね」


「第一王子殿下と同じクラスになるのでしょう?」


「そう聞いております」


「まあ……」


 そこから。


 小さな囁きが始まる。


「毎日お二人が顔を合わせることになるのですね」


「きっと学院でも話題になりますわ」


「……本当に、仲がよろしいのかしら」


「どうでしょう」


「でも、王太子殿下ご自身が婚約を後押しされているのでしょう?」


「そうらしいですわ」


「それなら、正式な婚約も遠くないのかもしれませんね」


 誰かが。


 少しだけ頬を緩める。


「素敵ですわね」


「ええ」


「私も、あんな恋をしてみたいですわ」


「まあ」


「ふふっ」


 また。


 小さな笑い声が広がる。


              ◆


 その一方で。


 別の場所では。


「私は、あの話は少し出来すぎていると思いますけれど」


「どういう意味ですの?」


「敵国の王女でしょう?」


「それに、第一王子殿下は将来この国を背負われるお方です」


「そんな簡単に恋愛で物事が決まるでしょうか」


「それは……」


 別の令嬢が考え込む。


「でも」


「何ですの?」


「王族の婚姻なら、むしろ政略的な意味が強いでしょう?」


「そうですわね」


「だからこそ」


 彼女は少し笑った。


「本当にお互いに想い合っているのなら、素敵だと思いません?」


「……確かに」


 先ほどまで否定していた令嬢も。


 結局。


 物語には弱かった。


              ◆


 俺はというと。


 園遊会の少し離れた場所で。


 同級生たちと話していた。


「殿下」


 ルリウスが言う。


「何だ?」


「随分と楽しそうですね」


「そうか?」


「園遊会そのものより、周囲の話を聞いている顔が面白いです」


「……」


 俺は周囲を見る。


 確かに。


 今日の話題は多い。


 派閥。


 武術競技。


 学生交流計画。


 エクィトゥム王国との和平。


 そして。


 ティアの話。


 いや。


 グラーティア王女殿下の話。


              ◆


「ところで」


 エリシアが少し身を乗り出す。


「殿下」


「何だ?」


「本当に仲が良いんですか?」


「……」


 俺は黙る。


「答えに困るくらいなんですね!」


「いや」


「どうなんです?」


「……大切な人ではある」


「きゃあ!」


「何でそうなる」


「だって!」


 エリシアが楽しそうに笑う。


「噂通りじゃないですか!」


 ユーザまで苦笑している。


「学院中が知ってますよ」


「そういうのは知らなくていい」


「でも」


 ルリウスが笑う。


「戦場で出会った少女と第一王子殿下の物語、というのは確かに印象的です」


「……実際は、そんな綺麗な話じゃない」


 俺は呟く。


 戦場。


 戦争。


 身分。


 前世。


 再会。


 誰にも話せない秘密。


 そんなものを全部ひっくるめれば。


 単純な恋物語なんかではない。


 むしろ。


 政治と運命に巻き込まれた二人の話だ。


 それでも。


 周囲がどう思おうと。


 今の俺にとって。


 ティアが大切な存在であることだけは変わらない。


              ◆


 園遊会の後半。


 庭園には夕方の光が差し始めていた。


 令嬢たちは華やかな笑顔を浮かべながら談笑し。


 その裏では。


 誰が誰を嫌っているのか。


 誰がどの派閥へついたのか。


 誰が次の婚姻候補なのか。


 そんな話が飛び交っている。


 その中でも。


 今年一番人気の話題は。


 やはり。


 敵国の王女と。


 その王女を守った第一王子の物語だった。


「早く第三王女殿下が来ないかしら」


「学院へ来たら、もっと話題になりそうですわね」


「第一王子殿下のクラスなのでしょう?」


「ええ」


「……どんなお方なのかしら」


「どんな恋人同士なのか、実際に見てみたいですわ」


 そんな声が。


 庭園のあちこちから聞こえてくる。


              ◆


 俺はその声を聞きながら。


 ふと。


 エクィトゥム王国へ向かったティアのことを思い出した。


 一つ季節。


 それが過ぎれば。


 彼女は戻ってくる。


 今度は。


 第三王女として。


 そして。


 俺と同じ教室で学ぶ。


「……その頃には」


 きっと。


 園遊会で囁かれているこの物語も。


 さらに大きくなっているのだろう。


 当の本人たちが知らないところで。


 俺たちの関係は。


 いつの間にか。


 一つの「恋物語」として。


 学院中の少女たちの憧れになり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ