第2話 狩猟大会
王立貴族学院の夏季休暇が終わり、授業が再開されてからしばらく。
秋の学院行事が、いよいよ本格的に始まった。
そして。
今年の武術競技は、例年とは少し違った形で行われることになった。
「今年は個人戦とする」
開催を前に教師からそう告げられた時、第三学年男子二十五人の間には、すぐに緊張が走った。
これまでは、同じ派閥に属する者同士である程度まとまることもできた。だが、今年は違う。
国内では第一王子派と第二王子派の対立が激化し、第二王子派から第一王子派へ流れる貴族も増えている。一方で、第二王子派もこれ以上の離脱を防ぐために必死になっていた。
その影響は、当然のように学院にも及んでいる。
だからこそ。
今年の個人戦は、ただの武術大会ではなかった。
第三学年男子二十五人の中で、誰が一位になるのか。そして、どちらの派閥がより多く上位へ食い込むのか。
その結果は、学院内における第一王子派と第二王子派の勢力を測る、一つの目安になる。
つまり。
今年の武術競技は、二十五人の学院生による個人戦でありながら、同時に第一王子派と第二王子派の代理戦争でもあった。
◆
競技当日。
学院の武術場には、早朝から多くの生徒や教師が集まっていた。
競技場を囲むように生徒たちが立ち並び、出番を待つ者たちは少し離れた場所で剣の具合や装備を確認している。
「今年は第一王子派と第二王子派、どちらが上に来ると思う?」
「分からないな」
「第二王子派にはコリウスがいるぞ」
「第一王子派にはレノウィウス殿下がいるだろ」
「ユーザもいる」
「カシウスも強いぞ」
「上位四人だけでも、かなり拮抗しているな」
そんな声が、そこかしこから聞こえてくる。
俺は競技場の端で剣を握り、静かに開始を待っていた。
今回の競技で使用できる魔術は、上級身体強化と上級武具強化のみ。
魔術による直接攻撃は禁止されている。
つまり。
頼れるのは、鍛え上げた身体能力と剣技、そして判断力だけだ。
剣へ上級武具強化を施す。
続いて、身体へ上級身体強化をかける。
身体の内側を巡る魔力が、普段よりもはっきりと感じられた。
「……よし」
これでいい。
◆
開始の合図が響いた。
最初の試合が始まる。
二人の剣がぶつかり合い、乾いた金属音が武術場に響いた。
互いに踏み込み、相手の剣を受け、距離を取る。
一人が隙を見せる。
そこへ一撃。
「そこまで!」
審判の声。
勝者が決まる。
続いて次の試合。
さらに、その次。
第三学年男子二十五人による戦いは、順番に進んでいった。
◆
俺も何度か競技場へ立った。
最初の相手は、正面から力で押してくるタイプだった。
上級身体強化によって高められた力を受け止め、剣を滑らせて相手の体勢を崩す。
一歩。
踏み込む。
相手が立て直すより先に、剣を止めた。
「そこまで!」
勝者。
レノウィウス・ゲンス・デイ・アンティクイランド。
大きな歓声が上がったが、俺は特に反応せず、そのまま競技場を下りた。
次の試合。
その次の試合。
一戦ごとに相手は強くなっていく。
だが。
上級身体強化と上級武具強化。
それだけで十分だった。
◆
そして。
コリウスの試合。
彼の戦い方は、俺とはまるで違った。
無駄がない。
攻めているように見せて引く。
相手が追ってきたところで角度を変える。
そして。
最小限の動きで相手の剣を弾き、勝負を決める。
「勝者、コリウス・デイ・ガイウシア!」
第二王子派の生徒たちから声が上がる。
コリウスは大きく喜ぶこともなく、静かに剣を収めた。
「……さすがだな」
俺は小さく呟いた。
あれは。
かなり強い。
◆
続いて。
ユーザ。
彼の戦い方は、コリウスとは正反対だった。
身体能力を最大限に使う。
相手の攻撃を受け止め、そのまま押し返す。
一歩踏み込むたびに床を踏み鳴らし、相手に休む隙を与えない。
「そこまで!」
勝者。
ユーザ・デイ・エクウス。
第一王子派の生徒たちから歓声が上がる。
ユーザは息を整えながらこちらを見る。
俺が小さく頷くと、彼も笑った。
◆
試合は続いた。
順位を争う戦いが進むにつれ、武術場の空気も張り詰めていく。
第三学年男子二十五人。
最後まで残った者たちの実力は、誰もが高い。
その中で。
最終的に上位へ残ったのは。
第一王子派。
そして。
第二王子派。
それぞれの代表格だった。
◆
最後の試合が終わった。
審判が剣を下ろす。
「そこまで!」
これで。
全試合終了。
教師が順位表を持って前へ出る。
「それでは、第三学年男子武術競技の最終順位を発表する」
武術場が静かになった。
生徒たちが息を潜める。
「第四位」
一拍。
「カシウス」
第二王子派から歓声が上がった。
カシウスは軽く頭を下げる。
「第三位」
「ユーザ・デイ・エクウス」
今度は第一王子派から歓声が起きる。
ユーザは拳を握り、短く息を吐いた。
「第二位」
再び静寂。
「コリウス・デイ・ガイウシア」
第二王子派から大きな歓声が起こる。
コリウスは静かに前へ出た。
「そして――」
教師が一度だけ順位表へ目を落とす。
「第一位」
「レノウィウス・ゲンス・デイ・アンティクイランド殿下!」
一斉に歓声が上がった。
◆
俺は前へ出る。
周囲から聞こえてくる声。
第一王子派。
第二王子派。
どちらの生徒も、俺の一位を認めている。
だが。
俺は。
まずコリウスを見る。
彼は悔しそうな顔をしていた。
それでも。
俺と目が合うと、小さく頷く。
俺も頷き返した。
武術においては。
派閥など関係ない。
強ければ勝つ。
負ければ次を目指す。
それだけだ。
◆
表彰と順位確認が終わる。
上位四人は。
一位、レノウィウス。
二位、コリウス。
三位、ユーザ。
四位、カシウス。
そして。
それ以下の順位も含め、派閥ごとの集計が行われた。
しばらくして。
教師から結果が告げられる。
「今回の第三学年男子武術競技は、第一王子派と第二王子派の上位入賞数がほぼ同数となった」
「両派閥、互角の結果と言えるだろう」
その言葉に。
周囲からざわめきが起こった。
「一位は第一王子派」
「二位は第二王子派」
「三位は第一王子派」
「四位は第二王子派」
「下位まで見てもほぼ同じだ」
「本当に五分になったのか……」
そんな声が次々に上がる。
◆
俺は武術場を出る。
横からユーザが近づいてきた。
「殿下」
「何だ?」
「一位、おめでとうございます」
「ああ」
ユーザは少し笑う。
「でも、派閥として見ると引き分けですね」
「そうだな」
そこへ。
コリウスも歩いてきた。
「レノウィウス殿下」
「コリウス」
「今回は負けました」
コリウスは真っ直ぐ俺を見る。
「ですが」
少しだけ口元を上げる。
「次は勝ちます」
「楽しみにしている」
「はい」
短いやり取り。
それだけで十分だった。
◆
その日の夕方。
学院では、武術競技の結果が早くも話題になっていた。
「第一王子派が一位を取った」
「でも、第二王子派も二位と四位だ」
「第一王子派も三位がいる」
「派閥別では互角らしい」
「以前とは違うな」
その言葉に。
多くの生徒が頷く。
第一王子派は。
もう。
弱い派閥ではない。
だが。
第二王子派も。
簡単には崩れない。
学院内の勢力は。
確実に二分されている。
◆
俺はその日の帰り道。
一人、廊下を歩いていた。
「……五分か」
俺は小さく呟いた。
自分自身は。
一位になった。
武術では勝った。
けれど。
派閥争いでは。
まだ何も決まっていない。
第一王子派と第二王子派。
互角。
それは。
学院だけの話ではない。
王都でも。
貴族社会でも。
同じような状況になりつつある。
そして。
これから始まる王位継承争いも。
まだ。
どちらに転ぶか分からない。
武術場で示された「五分」という結果は。
やがて始まる、もっと大きな戦いの縮図だった。




