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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第2章 巡り合うには遠すぎて
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第58話 合言葉

 エクィトゥム王国の王太子決定。


 そして。


 新たな王太子となったフィリウス・アウレリア・デイ・エクィトゥムが、アンティクイランド王国との和平交渉における全権大使に任命された。


 その知らせが王宮へ届いてからというもの。


 アンティクイランド王宮は、その話でもちきりだった。


「エクィトゥム王国の王太子が、直接交渉に出てくるのか」


「しかも、先の戦争の責任を負う王家の一員です」


「王太子自ら全権を持って来るというのは……」


 文官たちが廊下で話し。


 重臣たちは会議室で今後の対応を協議し。


 貴族たちの間でも、フィリウスという青年についての話題が飛び交っていた。


 誰もが。


 今回の和平交渉を重要なものだと認識している。


 俺自身もそうだった。


 エクィトゥム王国の次代の王。


 その人物が、自ら俺たちの国へ来る。


 先の戦争で戦った相手と。


 今度は、剣ではなく言葉を交わすために。


「……フィリウス・アウレリア・デイ・エクィトゥム、か」


 俺は執務室で報告書を閉じた。


 どういう人物なのか。


 どんな考えを持っているのか。


 何を要求してくるのか。


 考えることはいくらでもある。


 だが。


 今の俺には、それとは別に気になっていることがあった。


 ティア。


 あの少女だ。


 最近。


 どうしても気になってしまう。


 話し方。


 笑い方。


 仕草。


 考え方。


 そして。


 前世を思い出させる、妙な懐かしさ。


 まだ。


 俺の中では、ただの偶然だ。


 むしろ、そうである可能性の方が高い。


 前世で一番近くにいた幼馴染。


 美咲。


 俺はもう一度、彼女を失っている。


 そんな俺が。


 似た誰かを見つけて、美咲の面影を重ねているだけ。


 そう考えれば、すべて説明できる。


 だから。


 確かめる必要なんてない。


 ――本来なら。


「……」


 俺は立ち上がった。


 そして。


 第一王女の離宮へ向かった。


              ◆


「ティアお姉様!」


 庭へ入ると、サナの声が聞こえてきた。


「こっちです!」


「待ってください、サナ様!」


「エドも早く!」


「今行く!」


 いつもの光景。


 サナとエドがティアと遊んでいる。


 その様子を見て。


 俺は少しだけ足を止めた。


 あの二人は。


 本当にティアに懐いている。


 ティアもまた。


 そんな二人を妹や弟のように可愛がっている。


「レノウィウス?」


 ティアがこちらに気づいた。


「ああ」


「どうしました?」


「少し、お前に用がある」


「私に?」


「そうだ」


 サナがこちらを見る。


「お兄様、ティアお姉様に何の用ですか?」


「少し借りる」


「分かりました!」


 意外とあっさりしている。


「エド」


「うん」


 二人が遊び始める。


 俺はティアへ目を向けた。


「少し来てくれ」


「はい」


 俺はティアの手を取った。


「えっ?」


「少し歩くぞ」


 ティアが驚いたように俺を見る。


 だが、俺はそのまま歩き出した。


「どこへ行くんですか?」


「城壁だ」


「城壁?」


「ああ」


 ティアは少し不思議そうな顔をした。


              ◆


 第一王女の離宮を出る。


 俺はティアの手を引いたまま、王宮の廊下を進んでいった。


 石造りの廊下。


 高い天井。


 大きな窓から差し込む夏の光。


 その景色を眺めながら歩いているうちに。


 ふと。


 前世の記憶が蘇った。


 幼い頃。


 美咲と二人で歩いた道。


 何か面白いものを見つければ、どちらからともなく相手の手を引いて走った。


 目的地なんて、いつも大したものじゃなかった。


 少し高い場所へ行って景色を見る。


 面白そうな店を覗く。


 知らない道を歩く。


 そんな。


 本当にくだらないことばかりだった。


 それでも。


 あの頃は、それだけで楽しかった。


「……懐かしい」


 思わず呟く。


「何がです?」


 隣からティアの声がする。


「いや」


 俺は前を見る。


「昔のことを思い出した」


「そうなんですか」


「ああ」


 しばらく歩く。


 ティアの手を引いている。


 その感覚が。


 不思議なほど自然だった。


 まるで。


 ずっと昔から、こうしていたような。


 そんな錯覚さえ覚える。


 だが。


 俺はそれを考えすぎだと思うことにした。


 ――ただの偶然だ。


 そうでなければ。


 俺自身が前世を求めすぎているだけだ。


              ◆


 城壁へ続く階段が見えてきた。


 俺はそこへ向かう。


 ティアは黙ってついてくる。


「ここですか?」


「ああ」


「どうして城壁へ?」


「見せたいものがある」


「見せたいもの?」


 俺は答えなかった。


 階段を上る。


 一段。


 また一段。


 石の冷たさ。


 足音。


 遠くから聞こえる王宮の喧騒。


 その一つ一つが妙に懐かしく感じられた。


 前世でも。


 美咲と二人で、少し高い場所へ登ったことがあった。


 くだらない話をしながら。


 どちらが先に着くか競争して。


 俺が勝ったり。


 美咲が勝ったり。


 そんな記憶まで、次々と思い出される。


「……」


 ティアも何も言わない。


 ただ。


 俺の手を振りほどくこともなく。


 黙ってついてくる。


 そのことが。


 なぜか、さらに懐かしかった。


              ◆


 やがて。


 城壁の上へ出る。


 一気に視界が開けた。


 眼下に広がっているのは。


 王都レクィエリア。


 大通りを行き交う人々。


 荷車。


 市場。


 無数の建物。


 遠くに見える塔。


 そして。


 王都を取り囲む巨大な城壁。


「……わあ」


 ティアが小さく息を漏らした。


「綺麗ですね」


「ああ」


 俺は頷く。


「ここからなら、王都がよく見える」


 ティアは手すりへ近づき、眼下の街を見つめる。


「なんだか……」


「何だ?」


「こういう場所、前にも……」


 ティアが言葉を止める。


 俺も同じだった。


 何かを思い出しそうで。


 でも。


 まだ、形にならない。


              ◆


 俺は城壁の上から王都を見下ろす。


 昔。


 美咲と一緒に見た景色とは違う。


 当然だ。


 ここは異世界。


 俺はレノウィウス。


 隣にいるのはティア。


 それでも。


 どうしてだろう。


 この場所へ来て。


 彼女の手を引いて。


 並んで景色を見ていると。


 前世の記憶が妙に重なる。


「……なあ」


「はい?」


「少し変なことを聞いていいか」


「変なこと?」


「ああ」


 俺はしばらく黙っていた。


 こんなことを聞いて。


 何の意味がある。


 分からない。


 ただ。


 これだけは。


 確かめたかった。


 前世で。


 俺と美咲が二人で決めた。


 くだらない。


 誰にも話したことのない。


 二人だけの合言葉。


 もし。


 ティアがそれを知っているのなら。


 もしかすると――。


「ティア」


「はい」


 俺は王都へ目を向けたまま言った。


「……カップラーメンは?」


 返事がない。


 俺はゆっくりとティアを見る。


 彼女は。


 目を見開いていた。


 何かを信じられないように。


 唇が小さく震えている。


 そして。


 目には、涙が浮かびかけていた。


 悲しそうなのに。


 どこか優しく。


 懐かしそうで。


 そして。


 嬉しそうだった。


 まるで。


 ずっと探していたものを、ようやく見つけたような。


 ティアは、涙をこらえるように小さく笑う。


 そして、美咲は答えるた


「料理!」

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