幕間 皇帝の陰謀
アエテリア帝国。
帝国内戦は、終わりを迎えようとしていた。
いや。
正確には――。
すでに勝敗は決していた。
皇帝ホスティス・インペラトル・ポテンス・アエテリア率いる皇帝派の勝利。
帝国を二つに割っていた内戦は、皇帝派の勝利によって終結へ向かっていた。
各地の反抗勢力も、ゲリラ戦程度の抵抗しかできていないのだ。
帝国は中央集権という形で再び皇帝の下へまとまりつつあった。
長く続いた内戦によって帝国は傷ついた。
領地。
軍。
財政。
そして、人心。
失ったものは多い。
だからこそ。
暫くは内政に励み帝国を立て直す。
そして、
皇帝ホスティスは、戦後の帝国を再び強大な国家へ戻すために、次なる手を考えていた。
「……アンティクイランド王国」
皇帝の執務室。
大きな地図の前に立ち、ホスティスはその国名を口にした。
◆
アンティクイランド王国。
帝国の南西に位置する小国。
人口は約百二十万人。
帝国と比べれば、遥かに小さい。
かつては帝国の影響下にあり、従属的な立場に置かれていた時期もある。
だが。
時代が変わった。
アンティクイランド王国は独立を維持している。
帝国内戦の混乱も利用し、現在では完全に帝国から距離を取っている。
「この国は」
ホスティスは地図を見つめる。
「今のうちに戻しておく必要がある」
「大戦で帝国を裏切った報いを受けてもらおう。」
帝国の属国として。
再び。
「問題は、どうやってだ」
答えは。
「内部からだ」
皇帝の視線が、アンティクイランド王国の王都へ向く。
そこには二つの大きな勢力がある。
第一王子派。
第二王子派。
そして今。
戦争によって、その均衡が崩れ始めていた。
◆
第一王子。
レノウィウス。
戦場で大戦果を上げた王子。
敵軍を打ち破り。
敵本陣へ乗り込み。
戦争を勝利へ導いた。
戦勝後。
その名声は一気に高まった。
領地貴族が集まり。
法衣貴族も増えている。
学院でも、第二王子派から第一王子派へ人が流れ始めた。
「武勇には優れている」
ホスティスは静かに呟く。
「それは確かだ」
だが。
「政治はどうだ?」
皇帝は少しだけ口元を歪めた。
レノウィウスは戦場では優秀らしい。
軍を率い。
状況を読み。
勝利を得る。
だが。
派閥争い。
社交界。
人脈の構築。
政治的な駆け引き。
そういったものには、まだ疎い。
「自分が何を巡って戦っているのかも、理解していないのかもしれんな」
ホスティスはそう判断した。
第一王子にとって。
これは自国の王位継承争い。
そして、自国を守るための戦い。
その程度の認識なのだろう。
だが。
帝国から見れば違う。
これは。
アンティクイランド王国の生存方法を巡る戦いなのだ。
◆
第二王子派。
こちらの中心にいる人物には、帝国として無視できない者がいる。
第二王妃ヴィクトリア。
そして。
その実家であるガルディシア伯爵家。
ホスティスは彼らについての報告書へ目を通す。
「……なるほど」
第二王妃。
そして、その兄。
ガルディシア伯爵。
二人とも。
切れ者だ。
戦場で剣を振るう者ではない。
だが。
人を動かす。
派閥を作る。
利益を与える。
相手の弱点を突く。
そして。
周辺国との外交まで利用している。
◆
「カヴィーレスターン・スルタン国」
ホスティスが国名を読み上げる。
帝国とアンティクイランド王国の海を挟んだ南方。帝国の南東部とも国境を接している。
砂漠地帯を支配するスルタン国。
帝国とは対立関係にある。
それにもかかわらず。
第二王子派は、カヴィーレスターン・スルタン国との関係を築いている。
そして同時に。
帝国とも繋がりを持とうとしている。
「二枚舌外交か」
側近の一人が呟く。
「ああ」
ホスティスは頷く。
「我々とカヴィーレスターンの両方から支持を得る」
帝国とスルタン国。
対立する二つの大国の間で、どちらか一方に完全に属することなく利益を得ようとする。
その中心にいるのが。
第二王妃とガルディシア伯爵。
「実に抜け目がない」
ホスティスはそう評価した。
だが。
「本命は、我々だろう」
アンティクイランドにとって。
カヴィーレスターンは強力な隣国。
しかし。
帝国は違う。
国力。
軍事力。
政治力。
すべてにおいて比較にならない。
最終的に頼れるのは帝国。
そう考えて、第二王妃とガルディシア伯爵が帝国との関係を強めるのであれば。
「利用できる」
ホスティスはそう判断した。
◆
だが。
もし。
第二王子派を通じた従属化が失敗した場合。
「その時は?」
帝国軍元帥マギステルが尋ねる。
ホスティスは淡々と答えた。
「簡単な話だ」
地図上のアンティクイランド王国を指す。
「滅ぼす」
側近たちは黙った。
「アンティクイランドを支援する国がある」
「カヴィーレスターンですか?」
「そうだ」
ホスティスは頷く。
「だが、問題ない」
カヴィーレスターン軍は強い。
特に砂漠地帯では。
乾燥した大地。
広大な砂漠。
そこを利用した騎兵戦。
補給線への攻撃。
あの国の本領は、砂漠でこそ発揮される。
「アンティクイランドのような土地で、我々に対抗するには限界がある」
地形も違う。
国力も違う。
「援軍が来たところで、こちらが恐れる必要はない」
ホスティスは淡々と言った。
「それに」
一度息を置く。
「カヴィーレスターンと直接戦う必要もない」
アンティクイランドを利用する。
あるいは。
アンティクイランドを捨てる。
どちらに転んでも。
帝国には選択肢がある。
◆
しかし。
「第一王子派が伸びています」
側近が報告する。
「戦争をきっかけに、領地貴族が第一王子へ流れている」
「法衣貴族もです」
ホスティスは黙って聞いている。
「……そうか」
戦場で勝った王子。
しかも若い。
民衆からも英雄として見られる可能性がある。
そんな人物が、もし国中の支持を集めれば。
第二王子派を利用する計画が難しくなる。
「そろそろ」
ホスティスが言う。
「第二王子派には、勝ってもらう必要があるな」
「はい」
戦争で第一王子の名声が高まった。
その勢いがさらに広がる前に。
第二王子派を再び優勢にする。
そのためには。
内部対立を利用する。
疑念を生ませる。
人を動かす。
金を使う。
必要なら。
情報を流す。
「第一王子派が、これ以上大きくなる前に」
ホスティスは地図から目を離さない。
「動かせ」
「第二王子派を」
「そして――」
ゆっくりと笑う。
「アンティクイランド王国を、再び帝国の側へ戻す」
◆
そこには。
一つの大きな誤算があった。
レノウィウス本人は。
自分の派閥争いが。
単なる王位継承争いではないことを。
まだ知らない。
第一王子派が掲げているのは。
「独立を維持し、多くの強国に囲まれながらも、自国の生存を勝ち取る」
という道だった。
対して。
第二王子派には。
「帝国に従属し、その庇護の中で民族と国家の生存を図る」
という別の道がある。
両者が争っているのは。
誰が次の王になるか。
それだけではない。
アンティクイランド王国が、この世界でどう生き残るのか。
その選択そのものだ。
そして。
それを理解している者たちは、すでに動き始めている。
帝国皇帝ホスティス。
第二王妃ヴィクトリア。
ガルディシア伯爵。
そして。
まだその意味を知らない、第一王子レノウィウス。
「……面白くなってきた」
ホスティスはそう呟いた。
帝国内戦に勝利した今。
次の戦場は。
帝国の外にある。
アンティクイランド王国。
その王位継承争いこそ。
帝国が再び影響力を取り戻すための、最も容易な入口だった。
皇帝は机の上の書類を閉じる。
「統一戦争の余興と行こうか。」
その声とともに。
第二王妃とガルディシア伯爵にアルゲントゥム商会を通じてある計画が伝えられた。




