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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第2章 巡り合うには遠すぎて
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第51話 政変

エクィトゥム王国では、戦争が終わりへ向かうどころか、別の戦いが始まっていた。


 国内政治の戦い。


 フェルゼンハルト公爵。


 グランツェン辺境伯。


 そして、侵攻軍を率いた第一王子。


 先のアンティクイ・エクィトゥム戦争における敗北の責任は、彼らを中心とする貴族派へ集中した。


 フェルゼンハルト公爵は戦死。


 グランツェン辺境伯も戦死。


 第一王子は敗走したうえ、侵攻軍の総大将としての責任を問われ、王位継承権を剥奪された。


 さらに、侵攻軍へ兵を派遣した貴族たちにも責任が追及されている。


 その結果。


 フェルゼンハルト公爵を中心としていた貴族派は、急速に崩れ始めていた。


              ◆


 エクィトゥム王城。


 臨時の御前会議が開かれていた。


 以前なら、この場でフェルゼンハルト公爵が強い発言力を持っていた。


 しかし。


 今、その席は空いている。


 グランツェン辺境伯の席も、同じように空席となっていた。


 代わりに、国王派の重臣たちが並んでいる。


「現在、各貴族家への調査は順調に進んでおります」


 宰相が報告する。


「侵攻軍へ兵を派遣した諸侯についても、戦争への関与の度合いを確認しております」


「また、フェルゼンハルト公爵家、グランツェン辺境伯家については、資金の流れや軍事的な繋がりについても調査を開始しております」


 かつて貴族派だった者たちは、沈黙していた。


 反論すれば、自分たちまで責任を問われる。


 そう分かっているからだ。


「問題は、今後です」


 宰相が続ける。


「第一王子殿下の王位継承権剥奪によって、王位継承順位にも大きな変化が生じました」


 国王が口を開く。


「第三王子については?」


「貴族派の一部が、次の旗頭として擁立しようとしています」


「一部、か」


「はい」


 宰相は言葉を選ぶ。


「しかし、フェルゼンハルト公爵がいない現在、以前のような求心力はありません」


「グランツェン辺境伯も失いました」


「さらに、戦争責任を追及されている貴族家も多く、互いに身を守ることを優先しております」


「つまり」


 国王が言う。


「第三王子を擁立したところで、派閥そのものを立て直せる状態ではない」


「その通りです」


 会議室に沈黙が落ちる。


 貴族派は、もう以前ほどの力を持っていない。


 だが。


 だからといって、すぐに全てが国王派へ移ったわけでもない。


              ◆


「では」


 エクィトゥム王国の軍務卿が地図を広げた。


「東部戦線についてです」


 エクィトゥム王国から見れば、アンティクイランド王国は東に位置する。


 したがって、今回の戦争の戦線は東部戦線だ。


「現在、アンティクイランド王国軍との大規模な戦闘は発生しておりません」


「ですが、小規模な衝突は続いております」


 国王が地図を見る。


「我が軍は?」


「リティルファード侯爵軍、二千を派遣しております」


「現在も東部戦線の一部を維持させております」


「敵側は?」


「アンティクイランド王国軍の第三軍団です」


 国王が頷く。


「つまり、大軍同士の決戦は起きていない」


「はい」


「だが、完全に戦闘が停止しているわけでもない」


「その通りです」


 敵軍の本隊が再び大攻勢を仕掛けてくる状況ではない。


 こちらも、大規模な攻勢へ踏み切るつもりはない。


 それでも。


 旧占領地域。


 街道。


 村落周辺。


 そうした場所では、小部隊同士が時折ぶつかっている。


「東部戦線は現状を維持します」


 軍務卿が言う。


「リティルファード侯爵軍二千には、不要な攻勢を避けながら警戒を続けさせます」


 国王は頷いた。


              ◆


「それだけではありません」


 宰相が続けた。


「王政府そのものの立て直しが必要です」


「今回の戦争で、軍事だけではなく内政、外交にも多くの問題が露呈しました」


「役職を握っていた貴族派の重臣の中には、現在の地位を維持できない者もおります」


「交代させる必要があります」


 別の重臣が口を開く。


「財務部門も再編すべきでしょう」


「軍務部門もです」


「外交部門も、今回の戦争を検証したうえで人員を改めるべきです」


 次々と意見が出る。


 王宮の中枢を一新する。


 それは単なる人事ではない。


 これまで貴族派が握っていた役職を、国王派を中心とした新体制へ置き換えるということでもあった。


 フェルゼンハルト公爵という巨大な政治勢力を失った今だからこそ、それを一気に進める好機でもある。


              ◆


 そこで、ある重臣が口を開いた。


「では、アンティクイランド王国との和平交渉についてはいかがいたしますか?」


 会議室が静かになった。


 本来なら。


 戦線が比較的安定し、敵味方ともに大規模な戦闘を避けている今こそ、交渉へ入る時期だった。


 しかし。


「先延ばしにする」


 国王が言った。


 一斉に視線が集まる。


「理由は、国内の再編を優先するためだ」


「陛下」


 軍務卿が確認する。


「東部戦線は?」


「維持する」


「リティルファード侯爵軍二千を中心に、現在の戦線を維持させる」


「小規模な衝突が起きても、必要以上に戦線を広げない」


「その間に、中央の役職を一新する」


 国王は続ける。


「王政府そのものが政変の最中にある状態で、他国と重要な講和条約を結ぶわけにはいかん」


「まず国内をまとめる」


「役職を整理する」


「貴族派の影響力を削ぐ」


「そのうえで、改めて和平に臨む」


 宰相が頷いた。


「妥当でしょう」


「アンティクイランド王国側も、現在は大規模な攻勢を仕掛けておりません」


「東部戦線の維持は可能です」


 こうして。


 エクィトゥム王国は、アンティクイランド王国との和平交渉を一時的に先延ばしすることを決めた。


 戦争を続けるためではない。


 その逆。


 戦争を終わらせるために、まず国内を立て直す。


 それが現在の王国にとって必要だった。


              ◆


 だが。


 この会議で、もう一つ重要な問題があった。


「第三王女殿下については?」


 誰かが尋ねる。


 一瞬、空気が止まった。


「……」


 国王は答えなかった。


 第三王女グラーティア。


 彼女は、侵攻軍の敗走時から行方が分からなくなっている。


 護衛隊も壊滅しており、現在地は不明。


 本来なら、王国を挙げて捜索すべき事態だ。


 しかし。


「現時点では、対外的に失踪を公表しない」


 国王が静かに言った。


「理由をどうするので?」


 宰相が確認する。


「戦争視察も非公式なものだった。」


「当面は、体調を崩し、王宮の奥で静養していることにする」


「公の場には出さない」


「侍女や近親者にも、必要以上の情報を与えない」


 軍務卿が頷く。


「敵国に第三王女の失踪を知られれば、交渉材料にされる可能性があります」


「それだけではありません」


 宰相が続けた。


「国内にも、王女の失踪を利用しようとする者が現れるでしょう」


「王族の失踪が公になれば、王政府が混乱しているという印象も強まる」


「今は隠しておく方がいい」


 国王は頷いた。


「そうだ」


「捜索は続ける」


「だが、見つかるまでの間は――」


「第三王女は王宮で静養中」


「その形で統一する」


 会議に出席していた者たちは、一斉に頭を下げた。


「承知しました」


 こうして、第三王女グラーティアの失踪は、表向きには存在しないことになった。


 彼女が今どこにいるのか。


 それを知る者は、王国上層部にもいない。


              ◆


 そして。


 もう一つ。


 この政変によって、王位継承争いにも大きな変化が生じた。


 国王派が支持する第二王子。


 第一王妃の子である――。


 フィリウス・アウレリア・デイ・エクィトゥム。


 これまで第二王子は、王位継承候補の一人に過ぎなかった。


 だが。


 第一王子の王位継承権が失われたことで、状況は一変した。


 国王派の重臣たちが次々と支持を表明する。


「第二王子殿下を、王太子候補として正式に支持する」


「妥当でしょう」


「国王派としては、他に選択肢もありません」


 その声は、日を追うごとに大きくなっていった。


 一方。


 第二王妃の子である第三王子を擁立しようとする者もいる。


 しかし。


 フェルゼンハルト公爵はいない。


 グランツェン辺境伯もいない。


 戦争責任を追及されている貴族家も多い。


 かつて貴族派を一つにまとめていた力は、もう残っていない。


              ◆


 その頃。


 王城の廊下を、一人の青年が歩いていた。


 フィリウス・アウレリア・デイ・エクィトゥム。


 第一王妃の子。


 彼は、以前よりも多くの重臣から挨拶を受けるようになっていた。


「第二王子殿下」


「軍務卿がお待ちです」


「宰相閣下からもお話が」


 フィリウスは足を止めることなく答える。


「順番に」


「はっ」


「書類は?」


「執務室へ届けております」


「分かった」


 必要なことだけを話す。


 声に感情はほとんどない。


 第一王子の継承権が剥奪された。


 その結果、自分へ視線が集まっている。


 それをフィリウスは理解していた。


「……」


 窓の外へ目を向ける。


 東。


 その先にはアンティクイランド王国がある。


 今も東部戦線では、リティルファード侯爵軍二千が戦線を維持している。


 戦争は終わっていない。


 だが。


 王国の中では、別の戦いが始まっている。


「第二王子殿下」


 また声がかかる。


「何だ?」


「王太子候補としてのお名前が、正式に議題へ上がる見込みです」


「そうか」


 それだけだった。


 喜ばない。


 驚かない。


 ただ。


「なら、準備をしよう」


 淡々と答える。


 フィリウスにとって、王太子の座は栄誉ではない。


 必要なら取る。


 取ったなら、その責任を果たす。


 ただ、それだけだった。


              ◆


 こうしてエクィトゥム王国では。


 敗戦をきっかけとして、国内政治そのものが大きく変わり始めていた。


 フェルゼンハルト公爵を中心とした貴族派は崩壊。


 第二王妃の子である第三王子を擁立する動きも生まれたが、もはやかつての求心力はない。


 一方で。


 国王派は、第一王妃の子である第二王子フィリウスを中心にまとまり始める。


 王政府の役職も一新されていく。


 東部戦線では、リティルファード侯爵軍二千が戦線を維持し、小規模な軍事衝突だけが続いている。


 大規模な戦争を再開するつもりはない。


 しかし、和平交渉も急がない。


 まず国内をまとめる。


 役職を整理する。


 貴族派の影響力を削る。


 そのうえで、アンティクイランド王国との和平に臨む。


 そして。


 第三王女グラーティアの失踪については、可能な限り隠す。


 表向きには、戦争によって体調を崩し、王宮で静養している。


 そうして時間を稼ぎながら、密かに捜索を続ける。


 だが。


 王国上層部の誰一人として知らない。


 失踪した第三王女は――。


 すでに敵国アンティクイランド王国の王都にいる。


 しかも。


 自分を救った敵国の第一王子と、同じ王宮にいることを。


 そして、その第一王子もまた。


 自分が保護した少女「ティア」が、敵国の第三王女グラーティア本人であることを知らない。


 エクィトゥム王国では、王位継承を巡る次の戦いが始まっていた。


 その中心へ。


 冷徹な第二王子フィリウスが、静かに歩みを進めていた。

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