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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第2章 巡り合うには遠すぎて
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第50話 戦争の現状

 王立貴族学院の夏季休暇に入った。


 俺にとっては、三年生になってから初めて迎える夏季休暇だ。


 ……と言っても。


 今年の春から今まで、学院生活らしい学院生活を送った記憶はあまりない。


 春。


 西部国境の視察へ向かった。


 そこでエクィトゥム王国との戦争が始まり、俺はプラエシディウス伯爵城へ入った。


 軍議。


 出撃。


 敵軍との会戦。


 そして、平原での戦闘。


 中央を後退させて敵を誘引し、両翼後方に置いた民兵と傭兵で敵中央を挟み込む。


 その間に、俺自身は中央騎士と諸侯騎士からなる重装騎兵を率いて森を抜け、敵本陣を強襲した。


 フェルゼンハルト公爵。


 グランツェン辺境伯。


 二人を討ち取り、敵軍の指揮系統を破壊した。


 エクィトゥム王国の侵攻軍は崩壊。


 その後は、奪われた領地の再制圧。


 戦場の整理。


 負傷者の搬送。


 戦死者の弔い。


 王都への帰還。


 戦勝祝賀パーティー。


 そこで貴族派閥まで大きく動いた。


 そうしているうちに、季節が変わった。


 気づけば、もう夏だった。


「……忙しすぎるだろ」


 王宮の窓から外を眺めながら、俺は呟いた。


 三年生になった。


 学院にも慣れている。


 授業だって嫌というほど受けてきた。


 だから、本来なら夏季休暇くらいはゆっくりできるはずだった。


 だが。


 俺の場合は、そうもいかない。


 和平交渉の準備。


 王宮での政務。


 第一王子派のまとめ。


 そして――。


「殿下」


 後ろからカイの声がする。


「何だ?」


「西部戦線から報告が届いております」


「戦況か」


「はい」


 カイが書類を差し出してくる。


 俺はそれを受け取った。


「大規模な戦闘は?」


「現在のところ、確認されておりません」


 それならいい。


 敵の侵攻軍はすでに崩壊している。


 奪われた領地も順次取り戻している。


 講和交渉も準備中だ。


 戦争は終わりへ向かっている。


「ただし」


 カイが続ける。


「小規模な軍事衝突が、何度か発生しています」


「相手は?」


「エクィトゥム王国の中央から動員命令がかかった敵侯爵軍2000人です」


 俺は書類へ目を落とす。


「対応したのは傭兵団1000人と第三軍団、西部諸侯軍か」


「はい」


 西部戦線へ派遣された第三軍団。


 その軍団と傭兵団、諸侯軍が、戦線維持のために動いたエクィトゥム側の諸侯軍と接触しているらしい。


「規模は?」


「数十から、多くても数百程度です」


「何度も起きているのか?」


「はい」


「街道周辺、旧占領地域、それから緊急で再配置されたであろう侯爵軍の別働隊との接触で発生しているようです」


「大規模な会戦にはならない」


「その通りです」


 俺は書類をめくる。


「こちらの損害は?」


「戦闘によって数名から数十名程度の死傷者が出ております」


「敵も同程度か」


「概ねそうです」


 俺は少し考える。


 大戦闘ではない。


 だが、戦争が完全に終わったわけでもない。


 敗軍が全員まとめて帰国できるわけではない以上、こうした衝突が起きるのは当然だった。


「第三軍団には警戒を続けさせろ」


「すでに命令されています」


「ならいい」


 書類を机へ置く。


「奪われた領地の再制圧は?」


「順調です」


「残存する敵部隊を排除しながら、各諸侯が領地の再確保を進めています」


「そうか」


 なら。


 戦争は予定通り終わりへ向かっている。


 大規模な軍事衝突は、もう起こらないだろう。


 残るのは。


 こうした小競り合い。


 そして、和平交渉。


「……夏休みなのにな」


「殿下の場合、休暇とは名ばかりですね」


 カイが苦笑する。


「三年生になってから、学院以外の方が忙しいんじゃないですか?」


「俺もそう思う」


「本来なら、今頃は学院の友人たちと旅行などを楽しんでいる時期でしょうに」


「旅行……」


 想像してみる。


 学院の友人たちと街へ出る。


 遊ぶ。


 くだらない話をする。


 普通の貴族子弟なら、そういう夏季休暇を過ごすのだろう。


「……それも悪くないな」


「では、少しくらい予定を空けてみてはいかがです?」


「無理だ」


「即答ですか」


「和平交渉がある」


「そうでしたね」


 俺は椅子へ深く座り直した。


 窓の外から、夏の強い日差しが差し込んでいる。


 春の戦場が、ずいぶん遠い昔のことに感じられる。


 それでも。


 西部では、まだ時折小さな戦闘が起きている。


 戦争は終わりへ向かっている。


 だが。


 完全に終わったわけではない。


「まあ」


 俺は窓の外を見る。


「大きな戦いがないだけ、春よりはましだ」


「そうですね」


 カイが頷く。


 その時。


 庭園の方から、子供たちの声が聞こえてきた。


「ティアお姉様、こっちです!」


「サナ様、待ってください!」


「エドも早く!」


 夏の日差しの中。


 サナとエド、それにティアが庭を走っている。


 戦場とは、あまりにも遠い光景だった。


 俺はその姿を眺めながら、ほんの少しだけ表情を緩めた。


 今は、こういう時間がある。


 それだけでもいい。


 春から始まった戦争。


 その戦争によって大きく変わった王国。


 そして今。


 季節は夏へ移った。


 大規模な戦闘は終わった。


 領地も取り戻しつつある。


 あとは――。


 小さな衝突を終わらせ、和平交渉をまとめるだけだ。


 俺は机の上に置かれた書類へ視線を戻す。


「さて」


 夏季休暇は始まったばかりだ。


 どうやら、今年もゆっくりできそうにはなかった。

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