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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第2章 巡り合うには遠すぎて
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第49話 記憶の重なり

合計100話いったー!

祝杯の軟水を!


ヨーロッパでは硬水と聞きますからね...

 戦勝祝賀パーティーが終わった。


 ようやく長い夜が終わった。


 俺は大広間を出ると、深々と息を吐いた。


「……疲れた」


 思わず口から漏れる。


 戦場から戻ってきた直後より疲れている気がする。


 戦場では、敵の動きを読めばいい。


 剣を振ればいい。


 命令を出せばいい。


 だが、社交界ではそうはいかない。


 誰が味方なのか。


 誰が敵なのか。


 誰がこちらへ近づこうとしているのか。


 誰が俺を利用しようとしているのか。


 それを一人ずつ見極めながら、相手の顔を立て、言葉を選び、下手に約束をせず、それでいて関係を切らない。


「……あれを毎回やってる父上や叔父上って、よくやるな」


 一人で愚痴をこぼしながら廊下を歩く。


 そして。


 ふと気づいた。


 そういえば、サナとティア、それにエドはどうしているだろう。


 せっかくだ。


 少し顔を見てから寝るとしよう。


              ◆


 王宮の一室。


 扉の向こうから、子供たちの笑い声が聞こえる。


「エド、違いますってば!」


「でも、こっちだろ!」


「違います!」


「じゃあ、ティア!」


「えっ、私に振るの?」


 どうやらまだ起きているらしい。


 俺は扉を開けた。


「……お前たち、まだ寝てないのか」


「あ、お兄様!」


 サナが振り返る。


 その隣にはティア。


 そして、少し離れたところには弟のエドがいた。


 どうやら三人で何かの遊びをしていたらしい。


「お帰りなさい、お兄様」


「ただいま」


 俺は部屋へ入る。


「パーティーはどうでした?」


 ティアが尋ねてくる。


「最悪だった」


「え?」


 サナが目を丸くする。


 俺は近くの椅子へ腰を下ろした。


「ずっと笑って、頭を下げて、適当な話をして……」


「はい」


「それでいて、相手が何を考えているか探らないといけない」


「はい」


「酒を飲む暇もない」


「……はい」


「戦場に戻りたくなった」


「それはちょっと問題発言ですよ、お兄様」


 サナが苦笑する。


「本当だ」


 俺は机に肘をついた。


「戦場の方が楽だった」


「それはそれで心配になりますね……」


 ティアも苦笑する。そこで俺の名をいつの間にか愛称で呼んでいた。


「でも、レノ」


「何だ?」


「そういうこと、人前では絶対に出しちゃだめですよ」


ティアが美咲に似ているからつい、口に出してしまった。


「分かっている」


「本当に?」


「ああ」


「今日の殿下を見ていると、ちょっと心配になりますけど」


「……」


 俺はティアを見る。


 ティアは困ったように笑った。


 そして。


 俺の背中を、軽く。


 ぽん。


 ぽん。


 と二度叩いた。


「お疲れ様」


 その瞬間。


 俺の中で、時間が止まったような感覚がした。


 ――お疲れ様。


 その言葉。


 苦笑しながら、背中を軽く叩く仕草。


 何度も見た。


 何度もされた。


 前世。


 学校から帰ってきた時。


 部活で疲れた時。


 何かに失敗した時。


 俺が疲れた顔をしていると、美咲はよく苦笑しながら――。


『お疲れ様』


 そう言って、背中をぽんぽんと叩いてくれた。


「……」


 俺はティアの顔を見る。


 ティアも、なぜか俺の顔を見ていた。


「……どうしました?」


 俺は答えなかった。


 ティアも何かを言おうとして、やめる。


 お互いに。


 今、同じことを思った。


 目の前にいる相手が、前世で知っていた誰かに似ている。


 ただ、それだけではない。


 今の反応まで。


 仕草まで。


 妙に重なる。


「……変ですね」


 ティアが小さく言った。


「ああ」


「どうしてでしょう」


「分からない」


 俺は視線を逸らした。


 美咲。


 そして。


 ティアが、俺の前世の名前――湊に似ていると感じていること。


 それは、おそらくお互いに同じだった。


 だが。


 だからといって。


 まさか目の前にいる相手が、自分が一度失った幼馴染だなどとは思わない。


「……まあ、いいか」


 俺はそう言って立ち上がる。


「今日は疲れた」


「ですよね」


 ティアが笑う。


「でも、少しは休んでください」


「ああ」


 その様子を見ていたサナとエドは、先ほどから妙な顔をしていた。


「……ねえ、エド」


「何?」


「二人って、仲良しだよね?」


「うん」


 エドが頷く。


「すごく仲良し」


 サナが首を傾げる。


「お兄様、ティアお姉様といる時だけ、ちょっと表情が違う気がする」


「俺も思う」


「そうなの?」


「うん」


 エドはじっと二人を見る。


「お兄様、ティアお姉様に何か言われると、ちゃんと聞くし」


「普段は聞かないの?」


「聞く時もある」


「……それ、どういう意味?」


「さあ?」


 サナとエドが顔を見合わせる。


 そして。


「……面白いね」


「うん」


 二人だけで勝手に納得していた。


              ◆


「ところで」


 俺がサナを見る。


「もう遅いぞ。そろそろ寝ろ」


「はーい」


「エドも」


「分かった」


 二人が寝る準備を始める。


 ティアも手伝っている。


「今日はありがとうございました」


 ティアが言う。


「何が?」


「パーティーの話です」


「……そんなに大した話はしてないぞ」


「でも」


 ティアが笑う。


「少しだけ、レノらしいなと思いました」


「俺らしい?」


「はい」


「意味が分からん」


「私もよく分かりません」


 二人とも笑った。


 そして。


 その瞬間、また妙な沈黙が生まれる。


 さっきの背中を叩いた感触。


 あの「お疲れ様」。


 俺は、もう一度だけティアを見る。


 ティアもまた、俺を見ていた。


 まるで。


 何かを確かめようとするように。


 でも。


 口には出さない。


 出せない。


「……おやすみ」


「はい。おやすみなさい」


 俺は部屋を出た。


 廊下を歩きながら、ふと背中に残った感触を思い出す。


 前世の記憶。


 美咲。


 あの頃の時間。


 それが今になって、突然蘇ってきた。


「……似ている」


 小さく呟く。


 だが。


 それだけだ。


 ティアはティア。


 美咲ではない。


 そう思いながら、俺は自分の部屋へ戻っていった。


 一方。


 部屋に残ったティアも、ベッドの前で一人立ち止まっていた。


「……やっぱり」


 今日のレノの愚痴。


 その言い方。


 そして。


 背中を叩いた時の、あの一瞬の反応。


「……湊に似てる」


 だが、それ以上は考えない。


 湊はもういない。


 それに。


 今の自分は敵国にいる第三王女。


 そして彼は、この国の人間。


 前世の幼馴染と再会することなど、あり得ない。


 だから二人は。


 互いに同じことを考えながら。


 互いが誰なのかを、まだ知らないままだった。

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