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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第1章 誕生と王国の影
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第10話 王位継承争い

しばらく泣いて、ようやく気持ちが落ち着いた。


母上は何も聞かなかった。


ただ、俺が落ち着くまで隣にいてくれた。


そして――


「では、始めましょうか」


母上の授業が始まった。


俺の隣には、護衛騎士見習いであり、将来の側近でもあるカイ――カイリールが座っている。


どうやら今日は、俺だけではなくカイも一緒に学ぶらしい。


「まず、この国の貴族についてです」


母上が羊皮紙を広げる。


「アンティクイランド王国の貴族は、大きく二種類に分類できます」


母上が指を二本立てた。


「王都で国家の政治・軍事・外交などを担う法衣貴族」


「そして、地方を統治する領地貴族です」


なるほど。


前世の日本で言えば、中央官僚と地方領主を合わせたようなものか。


「まずは法衣貴族から説明しましょう」


母上が羊皮紙に数字を書き始める。


「法衣貴族には、中央騎士家が六百家あります。家族を含め、およそ二千六百人です」


六百家。


思ったより多い。


「そのうち、約六百人が騎士として中央軍に所属しています」


母上は続ける。


「そして、さらに六百人ほどが、平時は王宮で文官として勤務し、戦時には騎士の予備役として動員されます」


なるほど。


平時は官僚。


戦時は軍人。


法衣貴族は、国家機構そのものを支える存在というわけか。


「次に爵位を持つ法衣貴族です」


母上は爵位制度について説明を始めた。


「本来、五爵制度では下から男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵となります。その上に王家があります」


「ですが、アンティクイランド王国は国家規模が小さいため、原則として男爵、子爵、伯爵までしか存在しません」


「原則?」


俺が尋ねる。


「ええ」


母上は頷いた。


「王家の分家である王弟宰相閣下のカシウス公爵家など、例外はありますから」


なるほど。


王族の分家には、公爵位が認められているわけか。


「爵位持ちの法衣貴族家は、男爵家が四十家、子爵家が八家、伯爵家が二家」


母上が指で数える。


「合計五十家です。家族を含め、およそ六百五十人ほどになります」


そして。


「その中でも重要なのが、この国の政治を担う家々です」


母上が一つずつ名前を挙げていく。


「カイの実家、アトラシート伯爵家は、中央軍副総司令官、第一軍団軍団長、軍務卿を務めています」


カイを見る。


「……」


本人は姿勢を正したまま、黙って聞いている。


なるほど。


改めて考えると、とんでもない家の跡取りが俺の側近候補になっている。


「そして、ペクーニア伯爵家が財務卿を務めています」


財務。


これは重要だ。


「王立貴族学院の校長を務めているのが、セドリック先生の実家であるマスドリート子爵家です。また、マスドリート子爵家は教務卿兼宮内卿も務めています」


「他の子爵家は?」


「四家が第二軍団から第五軍団までの軍団長を務めています」


軍人。


「残る三家が、それぞれ外務卿、法務卿、内務卿を務めています」


……なるほど。


王国の主要官職が、ほぼ一部の家に集中している。


これは政治的にはかなり分かりやすい構造だ。


「次に、領地貴族です」


母上は地図を取り出した。


「領地貴族には諸侯騎士家が四百家あり、家族を含めて約二千人です」


「そのうち約四百人が諸侯軍の騎士として所属しています」


「また、約四百人は平時には代官や領主の補佐として働き、戦時には予備役として動員されます」


法衣貴族と似た構造だ。


平時は行政。


戦時は軍事。


「爵位を持つ領地貴族は五十三家。家族を含め、およそ九百人です」


母上は地図の南側を指した。


「その中で伯爵家は三家」


「まず、海峡と補給港、その周辺都市を押さえているのがガルディシア伯爵家」


第二王妃の実家だ。


「領地貴族の頂点に立つ家です」


やっぱりか。


「北部には、馬の生産が盛んなエクウス伯爵家」


そして。


「中部には、オリーブの生産が盛んなプラエシディウム伯爵家があります」


この三家が領地貴族の中心。


「子爵家は十家あります」


その中でも――


「高級ワインに加工されるブドウの生産が盛んなウィーヌム子爵家」


母上の実家だ。


「伯爵家に匹敵する財力を持っています」


「なるほど……」


母上の実家、思っていたより凄い。


「そして男爵家が四十家」


母上は羊皮紙に数字を書き込んだ。


「爵位持ちの領地貴族は、合計五十三家です」


俺は羊皮紙を眺める。


法衣貴族。


領地貴族。


騎士家。


爵位家。


官職。


領地。


交易。


軍。


少しずつ、この国の政治構造が見えてきた。


そして。


母上は本題へ入った。


「これらを踏まえて、派閥争いについても説明しましょう」


来た。


王位継承争い。


俺が最も知りたかったところだ。


「まず、王位継承順位第一位である第一王子レノを支持する貴族を、私が取りまとめています」


母上が俺を見る。


「一般に、第一王子派と呼ばれています」


「はい」


「次に、王位継承順位第二位である王弟カシウスを支持し、王朝交代を計画している派閥」


母上の表情が少し険しくなる。


「それが王弟派です」


王朝交代。


つまり。


俺たちアンティクイランド王家そのものを取り替えるつもりなのか。


「そして、最も王位に近い勢力の一つが第二王子派です」


母上が説明を続ける。


「領地貴族の頂点に立つガルディシア伯爵家の血縁的な支持を受け、さらに財務卿ペクーニア伯爵家の支持も得ています」


第二王妃。


第二王子。


ガルディシア伯爵家。


ペクーニア伯爵家。


……強い。


「第三位である第二王子を擁立し、第二王妃殿下が取りまとめています」


そして最後。


「第四位の第三王子を支持するのが、第三王子派です」


第三王妃の実家は、愛人から成り上がった法衣貴族の男爵家。


そのため、大貴族の支持はほとんどない。


「その代わり、第三王子派は下位の法衣貴族にとっての受け皿になっています」


なるほど。


大勢力ではない。


しかし。


弱い立場の貴族をまとめれば、一定の勢力にはなる。


母上が羊皮紙に勢力図を書いた。


「現在の国内における各派閥の貴族掌握率は、おおよそ次の通りです」


第一王子派。


領地貴族――二割。


法衣貴族――二割。


第二王子派。


領地貴族――五割。


法衣貴族――三割五分。


第三王子派。


領地貴族――ゼロ。


法衣貴族――一割五分。


そして――


王弟派。


領地貴族――三割。


法衣貴族――三割。


俺は数字を見つめた。


……第二王子派が強い。


領地貴族の半分。


法衣貴族の三割五分。


しかもガルディシア伯爵家がいる。


普通に考えれば、俺より有利だ。


「ですが」


母上が言った。


「王弟派は、今後自壊する可能性が高いでしょう」


「自壊?」


俺は顔を上げる。


「はい」


母上は羊皮紙に新しい家系図を描いた。


「カシウス公爵家には、現在三人の男子がいます」


「長男は五歳」


「第二王子派貴族を実家に持つ第二夫人から生まれています」


なるほど。


第二王子派との血縁関係がある。


「次男と三男は四歳」


「王弟派貴族を実家に持つ第一夫人から生まれた双子です」


そこで母上はペンを止めた。


「問題はここです」


俺は家系図を見る。


長男――第二王子派。


次男・三男――王弟派。


……。


「王弟派の貴族が、自らの利権を求めて双子のどちらかをそれぞれ支持するでしょう。」


「そして長男が家督継承争いに参戦した場合――」


俺が呟く。


「第二王子派が、そこに介入する」


母上が頷いた。


「その通りです」


つまり。


王弟派内部で後継者争いが起こる。


そこへ第二王子派が介入。


王弟派は内紛状態になる。


「そうなれば――」


母上は静かに言った。


「王弟派そのものが崩壊する可能性があります」


「……」


俺は家系図を見つめた。


王位継承争いは。


すでに始まっている。


俺が三歳だから?


関係ない。


俺が王子として生まれた、その瞬間から。


この国の貴族たちは、俺を中心に動き始めていた。


第二王子派。


王弟派。


第三王子派。


そして。


俺を擁立する第一王子派。


――全員が、自分たちの未来を賭けている。


俺は小さく息を吐いた。


三歳児に背負わせるには、あまりにも重い。


けれど。


逃げることはできない。


俺は第一王子なのだから。


「……母上」


「何ですか?」


「もっと、教えてください」


母上は一瞬だけ目を丸くした。


そして。


「ええ」


微笑んだ。


「もちろんです、レノ」


その日。


俺は母上から、さらに多くのことを教わった。


貴族家同士の血縁。


婚姻関係。


派閥間の利害。


各領地の特産品。


軍の配置。


主要街道。


そして。


誰が誰を信用しているのか。


覚えることは、山ほどあった。


けれど。


五歳になれば、魔力測定がある。


そして。


その先には、国家収支報告の御前会議への出席が待っている。


だったら。


それまでに、できる限り多くのことを学ぼう。


この世界で生き残るために。


そして――


いつか。


この国の未来を、自分の手で選べるようになるために。


「……勉強しよう」


俺は羊皮紙を引き寄せた。


三歳の王子による、異世界での勉強漬けの日々が。


本格的に始まった。

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