第四十九話「防塁」
七年かけて準備した。
文永の敗退から七年。二度と同じ失敗は繰り返さないと、俺は全てを改めた。
船を増やした。高麗と江南の造船所を総動員して、四千四百隻を建造した。文永の五倍だ。
兵を増やした。十四万。文永の五倍近い。
二つの軍団に分けた。
東路軍。高麗から出発。四万の兵、九百隻。指揮官は忻都。文永の雪辱を果たさせる。
江南軍。中国南部から出発。十万の兵、三千五百隻。旧南宋の水軍を主力とする。海を知っている人間たちだ。
「二つの軍が博多湾で合流して、十四万で上陸する。文永は三万で足りなかった。十四万なら——」
「足ります。あの島の兵力は、全てかき集めても十万いないでしょう」
将軍たちがうなずいた。
だが俺の中には、不安が消えなかった。
マルコが言った言葉が頭に残っている。「海には地面がない」。船を増やしても、兵を増やしても、海そのものは変わらない。嵐は兵の数を見て避けてくれるわけではない。
「出発は六月にしろ。嵐の季節の前に上陸を終わらせる」
それが俺にできる、海への唯一の対策だった。
1281年、六月。東路軍が先に出発した。
続報がヤムを通じて届く。だが海を渡った後は伝令が途切れる。高麗の沿岸まではヤムが繋がっているが、対馬海峡の向こうは闇だ。
七月、東路軍から最初の報告が入った。高麗の合浦を経由して伝令船が持ち帰った情報。
「対馬・壱岐を攻略。博多湾に接近——しかし、上陸できません」
「上陸できない? なぜだ」
「壁です」
壁。
浜辺に、石の壁が築かれていた。
報告によれば、博多湾の海岸線に沿って、高さ一丈半(約四メートル半)、長さ約二十キロにわたる石垣が築かれていた。七年前の文永の役の後、日本の幕府が命じて築かせたものだという。
石築地。
海側はなめらかな石積みで、船から這い上がれない。陸側には足場があり、武者が上に立って弓を射る。
壁だ。
俺は報告を読みながら、奇妙な感慨を覚えた。
祖父が生涯をかけて壊した壁。壁を壊す技術を磨き、投石機を作り、火薬を学び、城壁を砕いてきた。
その孫の軍が——壁に阻まれている。
海の向こうの島国が、七年で壁を築いた。モンゴルが来ることを知って、モンゴルを止めるための壁を。
祖父なら笑うだろうか。それとも——感心するだろうか。
「投石機は」
「船に載せてあります。だが海上から石垣を狙っても、命中精度が悪い。船が揺れるので——」
海の上では投石機も使えない。地面がないから。
東路軍は博多湾への上陸を諦め、志賀島に仮の拠点を作った。
だが島の周囲を日本の小舟が取り囲み、夜間に切り込みをかけてきた。
「武者たちが小舟で近づいてきて、暗闇の中で船に乗り移り、兵を殺して回ります。一人一人の戦闘力が——」
「文永の時と同じか」
「同じです。個人の武勇では、かなわない相手です。ただし数で押せば——」
「数で押すには上陸しなければならない。上陸するには壁を越えなければならない。壁を越えるには——」
堂々巡りだった。
江南軍の合流を待つしかなかった。十万の兵が来れば、別の上陸地点から攻められる。石築地は博多湾だけだ。別の浜に上陸すれば——
だが江南軍は遅れていた。
江南軍が出発したのは、予定より一ヶ月遅れだった。
旧南宋の水軍を主力とする十万の軍。三千五百隻の大船団。だが船の多くは急造で、質が悪かった。南宋滅亡後に接収した民間の船を改造したものが大半で、軍船として十分な強度がなかった。
七月末、東路軍と江南軍が合流した。
十四万の兵力と四千四百隻が、日本の沿岸に集結した。
上陸を試みた。博多湾を避けて、鷹島の沖合に船団を停泊させ、周辺の浜辺から分散上陸する作戦に切り替えた。
一部の兵が上陸に成功した。だが日本の武者が即座に反撃してきた。上陸地点ごとに激しい戦闘が起きた。
兵力を記す。上陸に成功した元軍は推定三万。対する日本側の兵力は博多周辺だけで四万以上、九州全域では十万を超えるとみられた。
文永の時は三万対一万〜二万で数的優位があった。今回は——上陸できた兵だけで見れば、数で負けている。十四万いても、海の上に浮かんでいる十一万は戦力にならない。
海が全てを制約していた。
閏七月一日。
嵐が来た。
二度目だった。
報告は三ヶ月後に届いた。生き残った船が高麗に帰り着き、そこからヤムで大都に。
「閏七月一日の夜半より暴風雨。二日間続きました。波の高さは船の帆柱を超え——」
俺は報告官を止めた。
「損害だけ言え」
報告官が震える声で数字を読み上げた。
「沈没した船——推定二千隻以上。四千四百隻の半数近くです。溺死した兵は——」
「数は」
「正確にはわかりません。だが——帰還できた兵は、十四万のうち約三万です」
十一万。
十一万が海に沈んだ。
戦死ではない。溺死だ。敵の刀ではなく、海が殺した。
文永の一万三千の比ではない。十一万。
祖父が生涯をかけて築いた軍事力の、かなりの部分が、一夜の嵐で消えた。
報告を聞き終えた後、俺は大都の宮殿で一人座っていた。
十一万。
数字が頭の中で回っている。十一万の人間が海に沈んだ。
あの中には、モンゴル人もいた。漢人もいた。高麗人もいた。旧南宋の兵もいた。
俺が送った。俺の命令で船に乗せた。俺の判断で——
「馬鹿は俺だ」
声に出して言った。
海を知らない人間が、海に十四万を送った。嵐の季節を避けたつもりだったが、避けきれなかった。海は草原ではない。空を読んでも、海は読めない。
祖父がキジル砂漠を越えた時、事前に水源を全て調べ上げた。オアシスの位置を把握し、行軍の間隔を計算し、水の量を管理した。だから越えられた。
俺は海を調べ尽くしたか。嵐の時期を正確に把握したか。船の強度を十分に確認したか。
していなかった。祖父の砂漠横断の周到さに比べれば、俺の準備は杜撰だった。
祖父が投石機を学ぶのに何年もかけたように、海を学ぶのに何年もかけるべきだった。
三度目の遠征を計画した。
今度こそ——万全の準備をして。嵐に耐える大型船を。十分な水軍を。
だが反対が起きた。
朝廷の漢人官僚たちが連名で上奏した。
「二度の遠征で失われた兵は合わせて十二万以上。船は三千隻以上。財政の負担は限界に達しています。三度目の遠征は——」
「帝国を傾けます」
モンゴルの将軍たちも、今回は反対に回った。
「海は我々の戦場ではありません。陸なら天下無敵ですが、海の上では——」
「馬が走れない場所では勝てないと言うのか」
「……はい」
沈黙。
馬が走れない場所では勝てない。
それが——モンゴルの限界だ。
祖父は壁を壊す方法を学んだ。俺は壁の中に草原を作った。だが海は——壊せない。作り直せない。海はただそこにある。人の意志では動かせない。
テンゲリの領域だ。
祖父は生涯、テンゲリに問いかけ続けた。「俺はやりきったか」。テンゲリは一度も答えなかった。
だが海の嵐は——テンゲリの答えではないか。
「ここから先は来るな」。
蒼い天が、初めて答えた。嵐という形で。
三度目の遠征は中止した。
日本は——獲れなかった。
海の向こうの島国は、石の壁と海の嵐に守られて、モンゴルの手の届かない場所に留まった。
「マルコ」
「はい」
「おまえが正しかった。海には地面がない。地面がない場所では、俺たちは何者でもない」
マルコは何も言わなかった。
「祖父は草原を越え、砂漠を越え、山脈を越え、城壁を壊した。だが祖父でも海は越えられなかっただろう。海は——壁ではないんだ。壁なら壊せる。だが海は壊せない」
「ハン。海は壊すものではなく——乗るものです。我がヴェネツィアの民は、海を壊そうとしたことはありません。海に乗って、海と共に生きてきました」
「乗る、か」
「モンゴルが馬に乗るように。馬を壊す人はいないでしょう。馬に乗って、馬と共に走る。海も同じです」
俺は窓の外を見た。大都には海は見えない。だが東の空の向こうに、海がある。
馬に乗るように海に乗る。
それは——俺の世代では無理だ。草原で育った人間が、一代で海の民にはなれない。
だがいつか。何世代か先に。草原の記憶と海の知恵を持った人間が現れたら——
いや。それは俺の物語ではない。
俺の物語は、ここで海に止められた。
日本遠征の失敗は、俺だけの問題ではなかった。
同じ時期に、ジャワへの遠征も失敗していた。ベトナム(大越)への遠征も撃退されていた。ビルマへの遠征も、成果は限られていた。
全て、海か密林か——馬が走れない場所での戦いだった。
モンゴル帝国は、陸の果てに達した。
これ以上は広がれない。
祖父が始めた拡大が、ここで止まった。壁を壊し、砂漠を越え、山脈を越え、大陸の端から端まで走り抜けた帝国が、海の前で立ち止まった。
拡大が止まった帝国は——どうなるのか。
その答えを、俺はこれから知ることになる。




