第四十七話「南宋を呑む」
襄陽。
長江の北、漢水のほとりに立つ城塞都市。南宋の北方防衛の要。ここが落ちれば、長江以南への道が開く。
城壁は高さ七丈。堀の幅は十五丈。城壁の外側にさらに外壁がある二重構造。対岸の樊城と橋で繋がっていて、二つの城市が一体の防御圏を形成している。
そして何より——水がある。
漢水が城壁のすぐ横を流れている。水路で補給が入る。水路を断たない限り、兵糧攻めが効かない。城壁を壊しても、水路から兵と食料が補充される。
「陸の城ではなく、水の城だ」
図面を見ながら呟いた。
祖父が壊してきた城壁は、全て陸の城だった。ウーラハイも中都もブハラもサマルカンドも、周囲を囲めば干上がった。だが襄陽は水に守られている。囲んでも水路が生きている限り、兵糧攻めにならない。
「水軍がいる」
将軍たちに告げた。
「水路を断つために、船がいる。モンゴルには船がない。作れ」
襄陽の攻囲が始まったのは、1267年。
最初の二年間は、ほとんど進展がなかった。
陸から城壁を叩いた。投石機を並べて石を撃ち込んだ。だが襄陽の城壁は厚く、修繕が追いつく速度で壊される。壊しても壊しても、水路から資材と人が入ってきて直される。
水軍の建設を急いだ。高麗から船大工を呼び、南宋から降った水夫を雇い、漢水の上流に造船所を作った。
だが船を作るのは時間がかかる。モンゴル人は馬は知っているが、船は知らない。木の船が水に浮かぶ理屈はわかっても、戦に使える船を設計する力がない。全てを降人と外国人の技術者に頼らざるを得なかった。
三年目。ようやく水軍の体裁が整った。
小型の戦船百隻余り。漢水を封鎖するには足りないが、南宋の補給船を妨害することはできるようになった。
四年目。水路の封鎖がじわじわと効き始めた。補給船の半分が撃沈され、襄陽に届く食料が減り始めた。だがまだ完全な封鎖ではない。闇夜に小船で物資を運び込む南宋兵がいて、完全には断てなかった。
五年目。
膠着していた。
五年間、十万以上の兵を襄陽の周囲に張りつけている。兵の維持費だけで帝国の財政を圧迫していた。
「ハン。このままでは——」
将軍の一人が進言した。
「わかっている」
壁を壊す力が足りない。今の投石機では、襄陽の壁を崩しきれない。もっと大きな力が要る。
「回回砲を作れ」
俺はペルシアから技術者を呼び寄せた。
アラウッディーンとイスマイール。フレグがバグダードを落とした時に使った最新型の対重式投石機を設計した二人の技術者だ。
二人が襄陽の前線に到着した時、俺は大都から自ら出向いて迎えた。
アラウッディーンは四十代の男で、目が鋭い。イスマイールは少し若く、手が大きい。二人ともペルシア語を話し、アラビア語の数学書を持ち歩いていた。
「襄陽の城壁の厚さは」
アラウッディーンが最初に聞いたのは、城壁の寸法だった。
「版築と石積みの併用。厚さ約四丈」
「高さは」
「七丈」
アラウッディーンが紙に数字を書き込んだ。計算している。
「作れます。ただし——今までのものより大きい投石機が要ります」
「どれくらい大きい」
「錘の重さを従来の倍にします。腕木の長さも延ばす。そうすれば、四百キロの石を六百歩先まで飛ばせる。四丈の壁でも——三発で亀裂が入ります」
「三発で?」
「同じ場所に三発当てれば、です。命中精度が鍵です。精度を上げるために——砲台の回転機構を改良します」
祖父がウーラハイの壁の前で立ち尽くした日から、六十年。投石機は三世代の技術蓄積を経て、ここに到達した。金朝の牽引式から始まり、対重式に進化し、マンジャニークの回転機構を取り込み、ペルシアの数学で精度を上げた。
四つの文明の技術が、一つの兵器に溶け合っている。
回回砲が完成した。
巨大だった。高さだけで五丈を超える。腕木は太い杉の丸太で、錘は鉄と石を詰めた箱。砲台は木と鉄の歯車で回転する。組み立てに二百人が三日がかりで取り組んだ。
試射を行った。
四百キロの石が空を渡った。西夏で初めて使った牽引式の石は八十キロだった。それが五倍になっている。空気を裂く音が違う。着弾の衝撃が違う。大地が揺れた。
着弾。
標的にしていた古い壁が、一撃で砕けた。石の破片が四方に飛び散り、粉塵が空を覆った。
「これなら——」
アラウッディーンがうなずいた。
「襄陽を落とせます」
1273年、正月。
回回砲を襄陽の城壁に向けた。
まず対岸の樊城を狙った。襄陽と樊城を繋ぐ橋を落とせば、防御圏が分断される。
回回砲が火を噴いた——いや、石を吐いた。
四百キロの巨石が樊城の城壁に激突した。版築の壁が砕け、石積みの部分にひびが走った。
第二射。同じ場所に。亀裂が広がった。
第三射。
壁が崩れた。
六十年前に祖父が西夏の水攻めで初めて壁を崩した時と同じ光景だが、規模が違う。回回砲の一撃は、投石機の三発分に匹敵する。
樊城が陥落した。守備兵三千が投降。
襄陽が孤立した。対岸の砦を失い、水路の封鎖も完成し、補給が完全に断たれた。
回回砲を襄陽の城壁に向けた。
三日間の砲撃で、城壁の三箇所が崩壊した。
襄陽の守将呂文煥が降伏した。
1273年。五年間の攻囲が終わった。
襄陽攻囲戦の戦果を記す。
元軍(攻囲全期間の累計)。投入兵力延べ二十万以上。戦死約一万五千(五年間の累計)。負傷数万。
南宋守備軍。守備兵約四万。戦死約一万。投降三万(呂文煥を含む)。
鹵獲。襄陽の全備蓄、戦船二百隻以上、そして——呂文煥の知識。この男は南宋の最高の将軍の一人だった。降伏後、元軍に加わり、南宋攻略の案内役を務めることになる。
敵の将を殺さず使う。祖父のやり方だ。
襄陽が落ちた後、南宋は急速に崩壊した。
呂文煥が道案内をし、降伏した南宋の水軍が元の水軍に加わり、長江を渡って南下した。
元軍の兵力を記す。
総兵力二十万。うちモンゴル騎兵五万。漢人の歩兵と水軍八万。降伏した南宋兵七万。
二十万のうち、モンゴル人は四分の一にすぎない。残りは漢人と降伏兵だ。モンゴル人だけの軍ではもう戦えない。中国を獲るには、中国の人間が要る。
南宋の首都・臨安が無血開城した。1276年。南宋の皇太后が降伏し、幼い皇帝が元に引き渡された。
だが——終わりではなかった。
南宋の忠臣たちが、別の皇族を擁して南に逃げた。広州に逃れ、さらに海に出た。
追った。水軍で追った。
1279年。崖山。
南シナ海に面した湾の中で、南宋の最後の艦隊と元の水軍が対峙した。
兵力を記す。
元水軍。戦船約三百隻。兵力二万。指揮官は張弘範——漢人の将軍だ。モンゴル人ではない漢人が、モンゴルの旗の下で、南宋の最後を看取ろうとしている。
南宋残存艦隊。戦船約千隻。兵力推定十万。だが船の多くは軍船ではなく、民間の船を徴発したもので、兵の大半は水夫と民間人。戦闘力のある軍船は三百隻程度。
南宋の艦隊は、千隻の船を鎖で繋いで巨大な浮城を作っていた。海の上の城壁だ。水の上に壁を作って、元の水軍を拒もうとしている。
壁か。
海の上にまで壁を作る。人は壁を作り続ける生き物なのだと思った。
張弘範が攻撃を開始した。火箭を浮城に撃ち込んだ。鎖で繋がれた船は逃げられない。一隻が燃えれば隣に燃え移る。
海が燃えた。
千隻の船が、次々と火に包まれていった。黒い煙が空を覆い、悲鳴と爆発音が海峡に響いた。
南宋の最後の宰相・陸秀夫が、八歳の皇帝を背負って海に飛び込んだ。
二人は波間に消えた。
南宋は滅んだ。
崖山海戦の戦果を記す。
元水軍。戦船三百隻中、損失約三十隻。戦死約二千。
南宋残存艦隊。戦船千隻中、焼失・沈没七百隻以上。戦死・溺死推定数万。投降三万。皇帝と宰相は入水して死亡。
中国全土が、元の支配下に入った。
報告を大都で聞いた。
「崖山にて南宋滅亡。皇帝は入水」
八歳の子供が、背負われて海に沈んだ。
俺は窓の外を見た。大都の街が広がっている。壁の中の草原に、風が吹いている。
祖父が万里の長城を越えてから、六十年以上。あの日から始まった戦いが、海の果てで終わった。
中国は一つになった。モンゴル高原から南シナ海まで。草原から海まで。
だが——八歳の子供が海に沈んだ。
宰相が子供を背負って、波間に消えた。逃げたのではない。降伏を拒んで、死を選んだ。
ジャラールッディーンがインダス河に飛び込んだ時、祖父は「息子というものは、ああであるべきだ」と言って見送った。
あの子供は——八歳の皇帝は、何を思って海に沈んだのだろう。何もわかっていなかったかもしれない。ただ宰相の背中にしがみついて、冷たい水に呑まれただけかもしれない。
俺の九歳の時を思い出した。祖父に連れられて狩りに出て、兎を射って、巣穴の子兎を心配した。
あの頃の俺と同じくらいの子供が、海に沈んだ。俺がそうさせた。
勝った。中国全土を手に入れた。
だが——勝利の味は、苦かった。
「マルコ」
ヴェネツィアの男を呼んだ。
「はい」
「おまえは海の民だと言ったな」
「はい。ヴェネツィアは海の上の都市です」
「海を越えて、別の国に行くことはできるか」
「できます。我々は地中海を船で渡っています」
「もっと大きな海は。この国の東に、海がある。その向こうに島国があるらしい」
「日本のことですか。噂は聞いたことがあります」
「海を越えて、そこに軍を送ることはできると思うか」
マルコは少し黙った。
「……可能ですが、危険です。海は草原とは違います。嵐が来れば船は沈みます。補給も難しい。そして何より——海の向こうの敵は、こちらの来ることを知っています。上陸する瞬間が、最も弱い瞬間です」
「祖父が砂漠を越えた時も、誰もが無理だと言った。だが越えた」
「砂漠と海は違います。砂漠には地面がある。馬が立てる。海には地面がない」
馬が立てない場所。
草原の民の限界が、そこにあるのかもしれない。
だが——試さなければわからない。




