第四十六話「もう一つの弓」
1271年。俺は国の名を定めた。
「大元」。
漢語の古典『易経』から取った。「大いなる(おおいなる)始まり」を意味する。
モンゴルの大ハンが、漢語の古典から国名を取る。草原の王が、征服した民の言葉で自分の国を名づける。
「モンゴル人の中には、反対する者もいるでしょう」
劉秉忠が言った。
「いるだろうな。だが俺が治めているのはモンゴル人だけじゃない。漢人がいる。女真人がいる。契丹人がいる。ウイグル人がいる。ペルシア人がいる。全員が一つの国に住んでいる。一つの民族の名前をつけたら、残りの全員がよそ者になる」
「だから——全ての民に通じる名を」
「そうだ。大いなる始まり。誰の始まりでもあり、誰のものでもない名前だ」
祖父は「モンゴル」を束ねた。俺は「モンゴル」を超える。
モンゴル人だけの帝国ではなく、全ての民族を含む国。血筋ではなく行動で評価する——祖父の原理を、一つの民族の中だけでなく、全ての民族の間に広げる。
それが、俺の「もう一つの弓」だ。
だが理想と現実は違う。
「全ての民族を等しく」と言いながら、実態は四つの階層に分かれていた。
第一等、モンゴル人。支配層。軍と政治の中枢を握る。
第二等、色目人。ウイグル人、ペルシア人、中央アジアの諸民族。商業と財政を担当する。
第三等、漢人。旧金朝の領民。北方の漢人と女真人と契丹人。
第四等、南人。旧南宋の領民。南方の漢人。まだ征服すらしていない。
「等しく」ではない。明らかに序列がある。
劉秉忠がそれを指摘した時、俺は正直に答えた。
「わかっている。だが——今の段階で完全な平等は無理だ。モンゴルの将軍たちが承知しない。彼らは征服者だ。征服した土地の民と同等に扱われることを、受け入れない」
「では——いつ」
「段階的にやる。まず法を平等にする。税を公平にする。科挙——漢人の官吏登用試験を復活させて、漢人にも高い地位への道を開く。一度に変えれば反発で潰される。少しずつ変えれば——」
「膠が乾くまで待つ、ですか」
劉秉忠が少し笑った。
「誰から聞いた、その言葉」
「ハンが以前おっしゃったと、記録に」
祖母ホエルンが母に伝え、母が俺に伝え、俺が劉秉忠に伝えた言葉。曾祖父イェスゲイが弓を作りながら言った言葉。四代を経て、まだ生きている。
統治の現場は、毎日が格闘だった。
モンゴルの将軍たちは、農地を牧草地に変えたがった。「農民を追い出して、馬を放牧すればいい。馬の方が農民より役に立つ」。
「農民がいなくなれば、穀物が取れなくなる。穀物が取れなくなれば、軍の食料がなくなる。食料がなくなれば、おまえたちの馬も飢える」
「しかし——」
「しかしも何もない。農地は農地のまま残す。それが命令だ」
何度も同じ議論をした。何度も同じ結論を出した。征服者の論理は「奪って使い潰す」だ。だが統治者の論理は「残して育てる」だ。
祖父は征服者だった。俺は統治者にならなければならない。
二つの論理の間に立って、毎日綱を引いている。
1275年。大都に、変わった客が来た。
西方から来た商人の一団。ペルシア語を話すが、顔つきが違う。肌が白く、目が青い。ヨーロッパの人間だという。
その中に、若い男が一人いた。二十一歳。名をマルコと言った。
父と叔父に連れられて、シルクロードを旅してきたという。ヴェネツィアという海の都市から、三年半かけて大都に到着した。
俺は興味を引かれた。ヨーロッパの人間が大都に来るのは、珍しいことではなかった(商人や宣教師が時おり来る)。だがこの男の目が——違っていた。
全てを見ようとしている目だった。
大都の城壁を見て目を丸くし、宮殿の庭を見て息を呑み、市場の賑わいを見て笑い、紙幣を見て首をかしげた。
「この紙で——物が買えるのですか」
通訳を介して、マルコが聞いた。
「買える。帝国中どこでも。金や銀と同じ価値がある」
「紙が——金と同じ?」
マルコの顔に、信じられないという表情が浮かんだ。ヨーロッパには紙幣がないらしい。金貨と銀貨で取引している。
「信用が価値を作る。紙そのものに価値はない。だが帝国が保証すれば、紙が金になる」
マルコは何度もうなずいた。理解しようとしている。頭の良い男だった。
「あなたの国は——世界で最も進んだ国です」
マルコが言った。
「そうか。おまえの国——ヴェネツィアは、どんな場所だ」
「海の上に建てられた都市です。石の建物が水の上に立っていて、道の代わりに水路があります」
「海の上に都市?」
「はい。我々は海の民です。船で生きている」
海の民。船で生きる民。
俺は海を知らない。祖父も海を知らなかった。草原の民にとって、海は世界の果てだ。馬が走れない場所。弓が届かない場所。
だがこの男は、その海の上に住んでいるという。
「マルコ。おまえにしばらく大都にいてもらいたい。おまえの目で、この国を見てほしい。そして——おまえの国のことを、俺に教えてほしい」
マルコは深く頭を下げた。
「喜んでお仕えします」
この男は十七年間、俺のもとに留まることになる。
マルコを通じて、ヨーロッパのことを学んだ。
ヨーロッパには多くの国がある。王がいて、教会があり、騎士がいる。バトゥが三十年前に蹂躙した土地は、まだその傷を覚えている。マルコによれば、ヨーロッパの人々は今もモンゴルを「タルタルの疫病」と恐れているという。
「あなたの祖父は——西方では恐怖の対象です」
「知っている」
「だがあなたは違う。あなたの国は——恐怖ではなく、驚きの対象です。この都市の大きさ、紙幣の仕組み、駅伝制の速さ。西方にはないものばかりです」
「祖父が壊し、俺が作った。西方が祖父を恐れるなら——俺のことは、別の目で見てほしい」
「見ています。帰ったら、この国のことを書きます。西方の人々に——この国の驚異を伝えます」
マルコの目が輝いていた。
この男が後に書く旅行記が、ヨーロッパの世界観を変えることになる。だがそれは俺が死んだ後の話だ。
マルコとの会話の中で、俺は一つのことに気づいた。
俺がやっていることは、祖父がやったことの延長線上にある。
祖父は複合弓の原理で帝国を作った。異なる素材を組み合わせて、一つの素材では出せない力を作る。
俺は同じ原理で国を治めている。モンゴルの軍事力と漢人の行政能力とペルシアの商業力とチベットの宗教的権威。異なる文明の力を組み合わせて、一つの文明では出せない豊かさを作ろうとしている。
だが祖父の弓と、俺の弓は違う。
祖父の弓は矢を飛ばすための道具だった。攻撃のための弓。
俺の弓は——何のための弓なのか。
攻撃ではない。防御でもない。
繋ぐための弓だ。
東と西を繋ぐ。草原と都市を繋ぐ。モンゴル人と漢人を繋ぐ。ヤムが情報を繋ぎ、紙幣が価値を繋ぎ、法が秩序を繋ぐ。
祖父の弓は壊すための弓。俺の弓は繋ぐための弓。
もう一つの弓。
だが、繋ぐためにも壊さなければならないものがある。
南宋。
中国の南半分を支配する漢人の王朝。人口は数千万。世界で最も豊かな文明の一つ。
これを飲み込まなければ、中国は一つにならない。大元は完成しない。
「南宋を攻める準備を進めろ」
将軍たちに命じた。
南宋との戦いは、祖父の金朝戦とは違うものになる。南宋は水の国だ。長江以南は水路が縦横に走り、湖と沼が多い。馬が走れない地形。モンゴル騎兵の最大の武器が、使えない。
「馬が走れない場所で、どう戦うのですか」
マルコが聞いた。
「走れないなら、浮かべる」
「浮かべる?」
「船だ。騎兵が使えないなら、水軍を作る。モンゴルには船がない。だが南宋から降った水夫がいる。高麗には造船の技術がある。使えるものを組み合わせる」
「それは——」
「弓と同じだ。自分にないものは、外から持ってくる。祖父が金朝から投石機を学んだように、俺は南宋から船を学ぶ」
マルコは感心した顔をしていた。
だが俺は内心で不安を感じていた。
船。海。草原の民にとって未知の世界。祖父が砂漠を越えた時、水がないことが最大の敵だった。海には水がありすぎる。ありすぎる水の上で、モンゴル人は戦えるのか。
答えは——やってみなければわからない。




