第四十三話「分かれゆく道」
ヨーロッパから引き揚げて、俺はキプチャク草原に居を定めた。
サライという街を建てた。ボルガ河の下流、草原と交易路が交わる場所だ。ゲルだけの宿営地ではない。石と木で建物を造り、市場を開き、商人を呼んだ。
草原の男が城壁の中に住む。祖父が嫌ったことだ。祖父は中都に入らなかった。だが俺は入った。
祖父と俺は違う。祖父は草原そのものだった。俺は草原の外にも出た。ヨーロッパの石の城を見て、ルーシの教会を見て、定住という暮らし方を知った。
全てを拒む必要はない。使えるものは使う。それも祖父の教えだ。
帝国の中枢は荒れていた。
オゴデイの死後、皇后トレゲネが摂政を務めた。だが実権はトレゲネの側近が握り、宮廷は陰謀の巣になっていた。
1246年、クリルタイが開かれ、グユクが大ハンに即位した。
あの男だ。ヨーロッパ遠征で俺を見下し、利益で手のひらを返した男。オゴデイの長男という血筋だけで帝国の頂点に立った。
即位の知らせを聞いた時、予感があった。こいつは俺を潰しにくる。
予感は正しかった。
グユクの密使がチャガタイ・ハン国に走り、俺の討伐の連合を持ちかけたという情報が、斥候から入ってきた。
「グユク大ハンが軍を西に向けています。名目は西方の巡察ですが——実際にはバトゥ殿を攻撃する意図があると」
来たか。
スブタイの言葉を思い出した。「帝国の中枢に近ければ近いほど、消される」。俺は距離を取った。だが距離を取ったことが、今度は「反逆の証拠」にされようとしている。
「グユクの軍の規模は」
「約五万。東から西に向かっています。到着まで——」
到着する前に、グユクは死んだ。
1248年。即位からわずか二年。行軍の途中で急死した。病か毒か。
俺が手を下したのかと問われれば——否定も肯定もしない。
ただ言えるのは、グユクが死んで、俺は生き延びたということだ。父ジョチのようにはならなかった。
グユクの死後、また空位の時代が来た。
帝国は漂流していた。祖父が死んでから二十年余り。大ハンの座は不安定に揺れ続け、就いた者が次々と消えていく。
スブタイの言葉が蘇る。「帝国は壊れません。壊れるのは人です」。
仕組みは残っている。ヤムは動いている。ヤサは一応守られている。十進法の軍制も維持されている。だが仕組みを動かす意志が——中心にいない。
俺が動いた。
トルイ家のモンケを推した。トルイの長男。あの三峯山の戦いで父と共に金朝を滅ぼした男。軍事の才があり、人望があり、そして何より——酒に溺れない。
1251年、クリルタイでモンケが大ハンに即位した。俺の支持が決定打だった。
キプチャク・ハン国という西方最大の勢力を率いる俺が支持した。それで反対派は黙った。
モンケは即位すると、反対派を徹底的に粛清した。オゴデイ家とチャガタイ家の有力者が次々と処刑された。
「やりすぎではないか」
俺が使者を通じて言うと、モンケは返答を寄越した。
「祖父の遺言は『兄弟を殺し合わせるな』でした。だが兄弟が先に刀を抜いた以上、抜き返すしかない。鞘に収めるのは、敵が全員倒れてからです」
冷徹だった。トルイの息子らしかった。
モンケは二つの遠征を命じた。
一つは弟クビライに。中国の南宋を滅ぼす遠征。
もう一つは弟フレグに。西アジアのアッバース朝カリフを倒す遠征。
フレグが十万の軍を率いて西へ向かうという報告を聞いた時、俺の胸に奇妙な感慨が湧いた。
また西へ行く軍がある。俺が行けなかった先へ。ウィーンの向こうへ——いや、フレグが目指すのはウィーンではない。バグダードだ。イスラム世界の心臓。
フレグの軍には回回砲があるという。祖父が金朝から学んだ投石機と、ホラズムで鹵獲したマンジャニークを組み合わせた最強の攻城兵器。祖父が始めた技術の吸収が、二代かけて完成形に近づいている。
「フレグなら、バグダードを落とせるだろう」
独り言だったが、傍にいた側近が聞いていた。
「バトゥ様は、行きたくはないのですか」
「行きたいか、と聞かれれば——行きたい。だが俺の仕事はここだ。キプチャクを治めること。ルーシの諸公国を管理すること。西方の秩序を保つこと」
壊すのは祖父の仕事だった。俺の仕事は——壊した後を守ることだ。
クビライの噂が、時おり東から届いた。
モンケの弟。トルイの次男。あの十歳の少年が、今では四十歳を超えた政治家になっているという。
「クビライ殿は中国北方の統治を任されていますが、戦場よりも政庁にいることが多いそうです。漢人の学者を集めて、法や税制の研究をしているとか」
法や税制。
祖父のヤサを、もっと細かく、もっと複雑にしようとしているのか。
祖父は壊した。俺は守った。クビライは——作ろうとしている。
あの狩りの日のことを、人から聞いた話として知っている。祖父がクビライを狩りに連れ出して、クビライが兎を射った後に巣穴の子兎を心配した話。祖父が「いい目をしている」と言った話。
獲物の向こう側を見る目。壊した後に何を作るかを考える目。
俺にはない目だ。俺の目は父ジョチの目で、戦場を見る目で、敵を見る目だ。
だがクビライの目は——もっと遠くを見ている。戦場の向こう。征服の向こう。壊した後の世界を。
1255年。
俺は五十歳になっていた。
体が衰え始めていた。ヨーロッパを走り回った代償だ。冬のルーシの寒さが骨に染みついていて、暖かい季節でも関節が痛む。
息子のサルタクが、最近サライの政務を手伝い始めていた。まだ若いが、真面目な男だ。ただ——俺とは目が違う。戦場の目ではない。信仰の目だ。あの子はキリスト教徒の母の影響で、ルーシの神を信じている。草原の男がよその神を拝む。祖父ならヤサの「信仰の自由」を持ち出して認めただろう。俺も認めている。だが——少し寂しくはある。
妻たちは俺を心配している。だが俺は妻たちに心を開いたことがない。祖父にはボルテがいた。何でも話せる女がいた。俺には——いなかった。スブタイが一番近かったかもしれない。将であって友ではないと言った男が、結局は一番近かった。
サライの自分の宮殿で、地図を広げていた。スブタイの地図。何度広げたかわからない。
ジェベとスブタイが走った道。バトゥとスブタイが征服した道。二本の線が地図の上で交差している。
フレグの軍がバグダードに向かっているという最新の報告が来ていた。順調だという。バグダードの陥落は時間の問題だろう。
俺はそれを見届けられるだろうか。
体が重い。先月から食が細くなっている。馬に乗ると目眩がする。
ある夜、父の革袋を取り出した。空の革袋。何も入っていない。
スブタイの地図と並べて、火のそばに置いた。
「父さん」
声に出して言った。誰もいないゲルの中で。
「俺は——証明できたのか」
ジョチの息子として生まれ、疑われた血を背負い、世界の西の果てまで走った。ポーランドを壊し、ハンガリーを蹂躙し、ルーシを支配した。キプチャク・ハン国を建てて、帝国の西方を治めた。
それで——十分だったのか。
答えはない。父は死んでいる。祖父も死んでいる。スブタイも死んでいる。答えをくれる人間が、もう誰もいない。
でも——いや、答えはいらないのかもしれない。
西征に出る前の夜、空の革袋を懐に入れながら決めたことがある。答えを探しに行くんじゃない。答えがなくても走れることを証明しに行くのだと。
走った。走りきった。
それでいい。
俺は目を閉じた。
手の中に、空の革袋がある。
空のまま、俺と一緒に、ここまで来た。
それでいい。俺はジョチの息子だった。それ以外の何者でもなかった。
風が吹いていた。キプチャクの草原の風。ヨーロッパの風とは違う。だが空は同じだ。モンゴルの空もルーシの空もハンガリーの空も、全部同じ蒼い天だ。
テンゲリよ。
俺は——走りきったぞ。
1255年。バトゥ、死去。享年五十。
キプチャク草原のサライにて。
父と同じように、西方の領地で。だが父と違い——自分の意志で、自分の国で。
バグダードが陥落したのは、その三年後だった。




