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【9】

「何をためらっているか。お前の運命は決まっているのだ。速やかにこの鎌に刈り取られよ。首を出せ」

 初めての死神業務でどうすればいいか分からなかったので、健太はとりあえずモルの真似をしてみた。美咲の反応はない。死神のコスプレで立っているのが恥ずかしくなってきた頃、美咲がゆっくり顔を上げた。

「誰……?」

 うつろな目に健太が見えているのかすら定かでない。かろうじて誰かがいると認識出来ているだけのようだ。

「し……死神だ!」

 健太は恥ずかしさで必要以上に声を荒げてしまったが、美咲に反応はない。

「ええと……お前の魂を刈り取りに来た。おとなしく首を出せ」

 美咲が怪訝そうな顔をしながら首を突き出した。

「おい、分かっているのか? 死ぬんだぞ」

「死ぬ? 誰が?」

「お前がだ」

「私が?」

「おい、しっかりしろ。そのカッターで手首を切ろうとしてたんだろ?」

「きゃっ!」

 健太に言われて初めて気が付いたように、美咲はカッターを放り投げた。

「わっ! 危ない」

 飛んできたカッターを健太が慌てて避けた。

「ごめんなさい!」

 初めて美咲の顔に表情が現れた。

「あ、いや、えっと……もう死ぬ気はなくなったのか?」

「あの、わたし、なんでこんなことしたのか、よく覚えてなくて……フワフワした感じでコンビニに行って、カッター買ってきて……」

「今は?」

「よく分からないです。でも……もう怖くてリストカットはできません。ごめんなさい、死神さん。せっかく来ていただいたのに」

「あ、いや、そんなことはいいんだけど……」

「あははははは……」

挿絵(By みてみん)

 モルの笑い声だ。佐藤がこらえきれずに「ぷっ、ぷっ」と噴き出すのも聞こえる。健太は聞こえないふりをして美咲との会話を続けた。

「『いいね』がもらえなくて死のうと思ったのか?」

「閲覧数がどんどん減っていって、『いいね』ももらえなくなって、なんだか自分の価値がどんどん落ちてくみたいで、わたしなんか要らない子なんだって思えてきて……気がついたらこうなってました」

「そんなくだらないことでって言っちゃいけないんだろうな」

「やっぱりくだらないことですよね。頭では分かってるんです。でも、自分で止められないんです。『いいね』が欲しくて寝ずに投稿し続けるのも、閲覧数が伸びないことに絶望するのも、馬鹿なことだって分かってるのに」

「馬鹿なこととまでは言わないけど……」

 深刻な話に健太はどう返していいか分からない。苦し紛れに話題を変えた。

「そうだ。君の投稿を見せてくれよ」

「見たって面白くないですよ」

「見てみなきゃ分かんないよ」

「じゃあ……」

 美咲が身を起こしてディスプレイの前に座り直し、床に転がっていたマウスを拾って操作した。ディスプレイの中が統計画面から動画に切り替わった。

「あっ! MISAKI!」

 思わず健太は叫んでしまった。それは健太がいつも好きで見ていたブラブラ散歩のチャンネルだった。

「そうか。美咲だもんな。これ、君だったんだ」

「死神さん、わたしのチャンネル知ってるんですか?」

「知ってるもなにも、僕、このチャンネル好きで、新作がアップされたらすぐにチェックするし、過去作も全部見てるよ」

「本当ですか!」

「うん。なんかこの緩い感じが好きで。歩く場所や入る店の選び方も僕の好みにぴったりなんだよ」

「だったら、最近の投稿のこと、どう思いますか?」

「正直に言うね。最近のは少しつまらない。ポロポロメリーの真似が入ってるよね?」

「えっ! 分かっちゃうんですか?」

「うん、分かるよ。あのチャンネル出てきてからだよな。君のほうの閲覧が伸びなくなったの。どうみてもMISAKIチャンネルのパクリだと思うけど、もっと過激路線で人気が出たもんね」

「そうなんです。どうしてもあのチャンネルを意識しちゃって」

「うん。でもポロポロの真似ってすぐ判る回はあんまり面白くないんだよな。だってMISAKIはあの緩さがいいのに、なんだかわざと馬鹿騒ぎみたいにしちゃうから。でもときどき昔の感じのがあって。例えば肉が緑のカツ丼屋の回とか」

「あれ、もう遠くに行く気力が無くて、近所で無理やり済ませたんです」

「真似する力もなかったんだね」

「はい」

「でもそれが却って良かったんだよ、きっと。あのオヤジ、最高だった」

「そうそう! 本当はもっと面白い場面もあったんですけど、マイチューブだとBANされそうで泣く泣く削ったんですよお」

「カットしたとこ見たいな」

「ぜひぜひ!」


「兄ちゃん! もう引き上げねえと、夜が明けちまう」

 健太は佐藤の声で我に返った。時間を忘れて美咲の作った動画を彼女と二人でずっと見ていたのだ。

「おっと! もう帰らなきゃいけないみたいだ」

「えっ……死神さん、帰っちゃうんですか?」

「もう夜が明けるからね」

「そんな……」

「なに言ってんだ。死神なんか引き止めちゃ駄目だよ」

「もう会えないんですか? リストカットしたらまた来てくれますか?」

「馬鹿言うな! そんなことしたら絶対に来ないからね」

「でも……」

 その後を言いかけた美咲だったが、急に倒れて眠ってしまった。

「まったく世話の焼ける。獲物と意気投合してどうすんのよ! また今日も手ぶら。こんどは正座くらいじゃ許してもらえない……」

 美咲が倒れたあとにモルが立っていた。彼女が美咲を眠らせたらしい。

「ごめんよ。でも彼女、もともと本気で死ぬ気なんかなかったんだと思う。心が誰かに助けを求めてたんじゃないかな。もしくは自分にSOSを出してたのかもな」

「そうでしょうね。彼女にはアタシたちが見えてなかったから」

「なんだ、分かってたのか」

「そりゃ、死神ですから」

「彼女、もう大丈夫かな?」

「どうだろうな。頭じゃ分かってるけど、自分でどうにもならないって言ってたろ?」

 答えたのは佐藤だ。

「それってやっぱり本能なんですか?」

「ああ。承認欲求っていう厄介なやつだ」

「よく聞きますね」

「群れにいていいって認めて欲しい」

「やっぱり群れの本能なんですね」

「群れから追い出されるのは死に等しい。周りのみんなから認められていて追い出されることはない、と常に確認してないと不安で仕方ないんだな」

「本能だから、本人にもコントロールできないんですね」

「そういうことだ」

 佐藤はボソリと言って部屋の外に(ドアを通り抜けて)出た。モルも続いた。

「群れの本能で生きてる連中は生きづらさなんてないんだと思ってたけど、彼らは彼らなりに大変なんだな」

 健太は眠る美咲を見て呟いた。外で骸骨馬がいなないた。健太は慌てて部屋を後にした。

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