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【5】

挿絵(By みてみん)

 馬車が光の奔流を抜けたとき、窓外にあったのは健太の見慣れた風景だった。健太の働く支店の会議室だ。会議中の部屋の真ん中に大きな馬車が突然現れたことになるが、その場の誰も気付かない。生者に健太たちは見えないのだ。

「この会議は……」

 健太はその光景に見覚えがあった。五年前、彼も参加した融資判定会議だ。コの字形に置かれた会議テーブルの角の席に二十代半ばの健太が座っている。

「本件は稀に見る優良融資先だと思われます。このタヤマ金属加工は精密切削技術に強みがありますが、この度まったく新しい制御技術を開発したという情報を得ました。この技術を活かした事業拡大のために資金を必要としております。低利での貸し付けを申し出ることにより、成長後の大型融資につなげられる見込みです」

 健太の横で熱弁をふるっているのは、同じ支店の同期、宮永だ。

「うむ、素晴らしいね。来期はウチの支店が成績トップを取るぞ!」

 支店長の発破に会議室のメンバーが「おおおっ」と応えた。健太を除いて。

「どうした田所。なにか言いたそうだな」

 支店長が健太の顔を見て言った。

「私はタヤマを担当していますが、そんな話は聞いてません。本当なんでしょうか?」

「田所は向こうの財務担当としか話してないだろ? 俺は社長から聞いたんだよ」

 宮永が間髪容れずに言った。

「ならば宮永の言うことが本当だろう。すぐに融資の申し出をしてくれ」

 支店長の決裁で本件融資が決まったところで、馬車はまた光に包まれて会議室は見えなくなった。


「こんなものを見せてどうしようっていうんですか!」

 健太は光に包まれたままの馬車の窓から身を乗り出し、御者台に向かって叫んだ。

「この融資案件の結末は?」

 御者台から身を乗り出して客室を振り返ったモルに抱かれて、カボチャ頭が言った。

「それは……」

「嫌なことでもあったの?」

 身を乗り出したままモルが訊いた。

「情報はガセネタだった。というか、宮永の早とちりだった」

「健太が正しかったの?」

「うん、そうなんだけど……」

「だったらなんで? あっ、健太が責任押し付けられたの?」

「いや、そんなことはない。もともと悪い融資先なわけじゃないから、来期の成績トップは無理だったけど、決して損失を出したわけじゃない。誰かが責任取らされるような話じゃないよ」

「ふうん。でもなんだか浮かない顔ね」

「それは……」

「お嬢、もう少し寄り道するぞ」

「はいはい、分かりました。どうせアタシがなに言ったって行くんでしょ?」

「お嬢、人聞きが悪いな。俺はお嬢が駄目だと言うことはしないぞ」

「もうっ。駄目じゃありません。行ってください!」

 モルが言い終わらぬうちに馬車が走り出した。健太が慌てて窓から首を引っ込めると、馬車は来たときと同じように光の奔流に包まれた。


 馬車が光から抜け出たところは、居酒屋だった。小上がりの座卓を十人ほどの人間が囲んでいる。これも健太には見覚えがあった。あの会議の年、支店の忘年会だ。もちろん会議のメンバーも揃っている。

「支店長、乾杯の音頭をお願いします」

 しっかり支店長の横に陣取った宮永に促されて支店長が立ち上がった。

「みんな、今年もお疲れ様でした。みんなの頑張りでまずまずの成績で年末を迎えられた。来年もこの調子で頼むぞ。乾杯!」

「乾杯!」

 しばらく歓談が続き、みな適度な酔いが回った頃だった。

「それにしても宮永、タヤマの件は残念だったな」

 支店長が宮永に言った。

「早とちりしてしまって」

 宮永が頭をかいた。大して反省しているふうにも見えない。

「気にすることはない。あのくらい勇み足でなきゃ、大きな仕事はできんよ。あれで結構、店の士気があがったからな」

「ええ。皆さんが奮起してくれたので、トップは無理でも今年度のウチは結構いいところに行きそうですよね」

「おお。この調子で残りの三か月も頼むぞ。田所、君も宮永を見習えよ」

「ちょっと! なんなの、それ?」

 御者台からモルの怒鳴り声が聞こえた。

「お嬢、お前さんが怒ることなかろう」

 佐藤がなだめる声も聞こえた。

「だって、正しかったのは健太だったのに、なんなの、あの言い草は?」

「なあ、健太。兄ちゃんは今でも怒ってるか?」

「いい気持ちじゃありませんけど、なんとなく分かった気がします」

 佐藤の呼びかけに応じて健太も馬車の窓から首を出した。

「なにが分かったの?」

 御者台からはカボチャ頭を抱いたモルがこちらを覗き込んでいる。

「ネアンデルタール人が本当に悪魔かどうかなんて、あいつらにとってはどうでもいいことなんだ」

 健太が答えた。

「兄ちゃん、分かってきたようだな。そういうことだ。理由なんてどうでもいいんだ。同調する口実が必要なだけだ」

「えっ、なに? どういうこと?」

 モルが目を白黒させながら、抱き抱えたかぼちゃとケンタの顔を交互に見た。

「ホモサピは隣にいるいけ好かない奴をみんなでやっつけたかった。それだけなんだ」

 モルの膝の上で佐藤が続けた。

「いけ好かない奴って……」

「自分たちと違う奴が隣にいたら安心できない。自分たちに危害を及ぼす『かもしれない』隣人を次々と集団で襲って滅ぼすことで、ホモ・サピエンスは生き残ってきたんだ」

 佐藤の言葉に健太が大きく頷いた。だがモルは納得いかない様子だ。

「さっきみたいに、なんの罪もないネアンデルタールの人をよってたかって?」

「そうだ」

「そのためにネアンデルタールのひとは悪魔だってことにしたの?」

「そうだ」

「そんな酷いこと、許されるはずない!」

 興奮したモルがカボチャを叩いた。

「痛てっ! こら、お嬢。落ち着け」

「佐藤さんが酷いこと言うからでしょ!」

「おいおい、俺は事実を言っただけだ。だいたい許されないって、誰が許さないんだよ」

「それは……」

「神だとか言うなよ。あいつはあっちこっちの星にDNAをばらまいて回ってるだけだ。あとは高みの見物決め込んでやがる。神は良いも悪いも言いやしない。生き残った奴が正義だ」

「僕らホモ・サピエンスは周りのライバルに先制攻撃を加えて滅ぼすことで生き残ってきた。良いとか悪いとか、正しいとか間違ってるとか、許されるとか許されないとか、関係ない。事実として、そうやって生き残った」

 窓から首を出したまま健太が言った。

「そのとおりだ、兄ちゃん。俺ら……幸い俺はもう違うが……ホモ・サピエンスはそういうふうに出来ている、いや、そういうふうに出来ている奴が生き残った」

 佐藤の言葉にまた健太は大きく頷いた。

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