【31】
佐藤とモルが宝町支店に戻った時、主任がオートマタどもを前に演説していた。
「君たちの活躍で侵略者は滅んだ。君たちは英雄だ。だがもう戦いは終わった。再びこの国に危機が訪れるまでは休息の時だ。さあ皆の者よ、元の住処へ帰るのだ」
主任が両腕を振り上げると、一体また一体とオートマタがその場に崩れ落ちていき、動く人形はいなくなった。
「あいつら、いなくなったと思ったら、とっとと帰ってたんだな。しかし主任さんが操ってたとはな」
佐藤はモルに話しかけたのだが、主任の耳にも届いたらしい。
「操ったのではありません。佐藤さんの言う『群れの本能』を利用しただけです」
「『同調』と『異物の排除』か」
「利用しておいてなんですが、あまりの醜さに吐瀉の衝動を抑えるのに苦労しました」
「ま、そのおかげで俺たちは助かったんだけどな」
「おぞましいですが、それが力を発揮することもまた、事実なのです」
「モル! 佐藤さん! 無事だったんだね!」
「心配してくれたの?」
モルはまだ抱えたままのカボチャを駆け寄ってきた健太に向けた。
「いや、心配なんかしてないけど……」
「兄ちゃんまで『ツンデレ』ってやつか?」
「そんなことよりも、あの黒い奴は?」
「そんなことって……アイツは海の底に沈みました!」
頬を膨らませてモルが答えた。
「先輩、田所健太は『なんでモルを助けに行かないんだ!』と大変な剣幕でした」
「そうなの?」
ニヤけたモルがカボチャと一緒に健太の顔を見上げた。
「忘れたよ」
モルが嬉しくて仕方がないという笑顔で口を開きかけた。
「おい二人とも、大団円みたいになってるが、まだ終わっちゃいねえんだぞ」
モルの腕の中で佐藤が厳しく諌めた。
「うん。この人たちはまだ意識を失ったままだし、外の世界がどうなったのかも分からない」
モルから笑顔が消えた。
「当面の危機は去ったみたいですし、あの方とお話する必要がありそうですね。田所健太、仲介してくださるかしら?」
主任は待合室の椅子でウトウトしている石井を指差した。健太はうなずいて立ち上がり、石井の前に立った。
「石井さん、お疲れのところ申し訳ないですが、聞かせて欲しいことがあります」
石井は真剣な顔でうなずいた。
「最初はトランクスでの技術的な意見交換から始まりました。今にして思えば、僕の知識や技術を測ろうとしてた気がします」
健太と主任が同時にうなずいた。もちろん石井に主任の姿は見えていない。
「しばらくそれが続いた後で、仕事の依頼が来ました。内容を見ると、毎日ニコニコ銀行の預金者リストと外部から送られてくる指定のデータを合わせて編集した後、指定のサーバーにアップロードしろというものでした」
「お前、そんな仕事受けたのか?」
片桐が驚いた顔で訊いた。
「顧客のデータを勝手にいじって外部送信するなんて出来ませんから、もちろん断りました。でも……」
「どうした?」
言い淀んだ石井に片桐が先を促した。
「銀行の廊下で頭取に声をかけられたんです」
「ウチの頭取に?!」
素っ頓狂な声を出したのは健太だった。
「僕も信じられませんでした。後で銀行のホームページで確認しましたが、間違いなく頭取でした」
「それで?」
片桐だ。
「あの仕事よろしくって。銀行の最高機密だから内密に、とも言われました」
「頭取直々にですか?」
今度は健太だ。
「はい。それで受けることにしました。ウチの会社、副業禁止してませんから」
片桐がうなずいた。
「それは現実だったと思うか? 俺もお前の部屋で記憶が混乱したからな」
「ええ。事実だったのかどうか分かりません。でもその時は疑いなんてまったく持ちませんでした。最初は本業の合間にやってたんですが、だんだん強迫観念に追われるようになって」
「強迫観念?」
と片桐。
「納品するとすごく褒めてくれるんですよ。それが嬉しくてのめり込んでいくうちに、褒めてもらえなくなったらどうしようって。もう本業が手につかなくなりました」
「『承認欲求』ってやつだな」
佐藤がモルの腕の中で呟いた。健太がうなずく。
「それで休職したのか……」
片桐の言葉に石井はうなずいた。
「もうトランクスからの仕事以外に何もできなくなってました。そのうち、この仕事は世界を救う重要な仕事なんだと思いこむようになりました。褒め言葉が際限なくインフレしてたんです」
「アパートでそんなこと言ってたな」
片桐が思い出したように言った。
「僕はシステムを完成させましたが、仕事が終わってもう褒めてもらえなくなるのを恐れました。完全に中毒になってました」
「承認ジャンキーだな」
言ったのはやはり佐藤だ。
「それで指示よりももっとスゴイものを作ってやろうと、アップロードした先も作り込んだんです。その先どこへデータを送り込むのかは、それまでの仕様書や指定データの中身から分かりましたから」
主任がなにか納得したようにうなずいた。佐藤の頭はモルに抱かれたままだから、うなずくことはなかったが、カボチャの眼窩の奥で炎が揺らめいたように見えた。
「田所健太、この宝町支店は銀行システムの中で特別な位置づけがあるのか訊いてください」
主任が健太の袖を引いて囁いた。
「石井さん、この支店って、システム的に特別なところがあるんですか?」
健太は主任に代わって訊いた。
「はい。ここは東部エリアネットワーク網の中継ハブになっていて、銀行のデータセンターと直結してます。あ、それに僕の部屋のリモートメンテナンス用端末も繋がってます」
「それだ!」
健太、佐藤、モル、主任が一斉に叫んだ。




