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【30】

「佐藤さん! モル!」

 コシュタ・バワーを追って支店の外に飛び出そうとした健太の前に主任が立ちふさがった。

「見なさい。外は現世じゃありません。ここは現世と冥界の狭間、異空間に閉じ込められてます。生身の人間が出ていけばどうなるか、私にも分かりません」

「だったら主任なら助けに行けるんじゃないのか!」

 我を忘れて健太は主任に詰め寄った。

「あなたたちを置いてですか? あなただけで大丈夫ですか?」

「うっ」

 健太は言葉に詰まった。

「それに佐藤さんが敵わないのでしたら、私に何かできることはありません」

「すみません」

「気にすることはありません。先輩を思うがあまりの言葉だと分かっていますから」

 健太はがっくり肩を落とし、椅子に倒れるように腰を落とした。

「なにか出来ることはないのか? ただ待ってるだけなんて」

「何もしないでいる不安に負けて、余計なことをする人間はたくさんいます。どうすればいいか分からないときは何もしない。それも必要なことです」

「理屈では分かるけど……」

「不安という感情も人間が生き延びるのに有利に機能したのでしょう。簡単に消すことは出来ないでしょうが、今は先輩と佐藤さんを信じるしかありません」

「ありがとう」

 健太が落ち着きを少し取り戻し、椅子の上で姿勢を正そうとしたときだった。宝町支店のロビーを包んでいた、活気ある「商店街の音」が、プツリと途絶えた。


「あっ」

 音が消えたのに気付いた美咲が動画を再生していたパソコンの前に駆け寄った。

「手塚さん! パソコンがフリーズしてるみたいです!」

 美咲は先程パソコンをセットアップしてくれた行員に向かって叫んだ。彼はすぐに飛んできた。

「クラッシュしちまってる」

 ディスプレイ上には奇怪な文字列が止めどなく流れている。

「これって冥界の?」

 美咲が怯えた目で行員を見た。

「いやいや。OSの画面だよ。メモリーダンプを吐き出してるんだ。でもこのパソコンはすぐには使えない。代わりをセットアップしないと」

 美咲と行員が別のパソコンを起動して動画をダウンロードしようとしている所に中年の男性行員が飛んできた。

「なにノンビリしてるんだ! とにかく威勢のいいやつを流しゃいいんだろ? 任せろ」

 彼は自分のリュックからノートパソコンを引っ張り出して店内LANに繋いだ。既に電源は入れてあったようで、ディスプレイを起こすとすぐに動画再生画面が表示された。

「おい手塚! スピーカーに繋がってるか?」

 手塚がうなずいた。中年の行員は再生ボタンをクリックした。

『――奴らは我々の仕事を奪い、街を汚している! この国を守るために、不浄な外来者を排除せよ!』

 AI合成らしい男性がディスプレイの中で拳を振り上げ、やはりAI合成らしき野太い音声で、憎悪に満ちた言葉を店内に撒き散らした。外国人へのヘイトを露骨に煽る過激なプロパガンダ動画だった。


「な……何を流してるんだ!」

 健太が叫ぶが、もう遅かった。

 憎悪は感染する。特に、死の恐怖に晒され、誰か「叩いてもいい対象」を求めていた人々にとって、その毒々しい言葉はあまりに甘美な麻薬だった。

「そうだ……俺たちがこんな目に遭っているのも……」

「あいつらのせいだ」

 健太の耳にもはっきり聞こえた。意識を失っているはずの人の魂の声だとすぐに分かった。

「田所健太! 魂が蠢き始めてます」

 店内に、急速に「負の気」が充満していく。それは、ただの恐怖よりもはるかにどす黒い、人間の根源的な醜悪さ。その腐臭に呼応するように、シャッター前に積み上げられていたオートマタたちが再び動き出した。

「カカ……カカカッ!」

 オートマタたちが、次々に跳ね起きてくる。その動きは先ほどまでとは違う。冥界の規則に従う整然とした動きではなく、まるで狂犬のような、節操のない殺意。

「ひっ、あああああ!」

 最初にターゲットとなったのは、倒れている者ではなく、動画を再生した中年の行員だった。背後から音もなく伸びたオートマタの鎌が、彼の首筋をなぞる。魂が引き抜かれる。その魂は泥を煮詰めたように黒い。引き抜かれた「憎悪の塊」は、刈り取ったオートマタの機械回路へと直接吸い込まれていった。

「……乗っ取られた?」

 主任が、戦慄に目を見開く。のっぺらぼうだったオートマタに深い眼窩と鼻の穴が出来ている。何者でもなかった機械が意思を持ったようだった。健太には、冥界のプログラムを現世の負の感情が上書きしているように思えた。オートマタたちは次々と「ヘイトに染まった者たち」を襲い、その魂を取り込んで、より巨大で禍々しい異形へと変貌していく。彼らのボディからは、赤黒い蒸気が噴き出し、その指先は憎悪を具現化したような鋭い爪へと変わっていた。


 狂乱の軍勢が、次は健太や美咲、震える行員たちへと矛先を向けようとする。

「健太さん、逃げて……!」

 美咲が健太の腕を掴むが、逃げ場などどこにもない。

 その時。

「――静粛に!」

 ロビーの喧騒を切り裂く、凛とした声が響いた。主任だった。彼女はカウンターを飛び越え、近くにあった拡声器をひったくると、暴走するオートマタたちに向かって堂々と対峙した。

「誇り高き防衛者たちよ! あなた方の怒りは正当です。しかし、真に討つべき敵を見誤ってはなりません!」

 その声には、死神としての格、そして「群れの本能」が持つ同調への脆さを知り尽くした者の、計算高い響きがあった。

「見なさい、シャッターの向こうを! 今、忌まわしき侵略者――外国製の巨大兵器が、我々の神聖なる大地を蹂躙しています。あなた方の故郷を、誇りを、根こそぎ刈り取ろうとしている鋼鉄の化け物です!」

 主任が指し示したのは、佐藤とコンバインが激闘を繰り広げている異空間への門だった。ヘイト動画により「敵を作る」という思考回路を強制固定されていたオートマタたちが、一斉に動きを止めた。彼らの単純化された知能に、主任の「プロパガンダ」が突き刺さる。彼らにとって、目の前の健太たちはもはや瑣末な存在だった。定義された「巨大な外敵」こそが、全憎悪をぶつけるべき対象として上書きされたのだ。


「戦いなさい! 侵略者を排除し、日本を……いえ、この宝町支店を守るのです!」

「ウオオオオオオオッ!」

 機械の喉から、人間の怒号が響く。数十体のオートマタたちが、一斉に方向転換した。憎悪に任せて支店の壁を蹴り、天井を走り、シャッターの隙間へと殺到する。

 ドガガガガッ!

 金属同士がぶつかり合う凄まじい音と共に、狂乱のオートマタ軍勢が、佐藤たちの待つ異空間へと飛び出していく。


 一方、異空間の国道ではコシュタ・バワーとコンバインが睨み合っていた。コシュタ・バワーの側面は、デスコンバインの幅寄せによってボロボロに削り取られ、車輪の一つはスポークが折れ曲がり、かろうじて馬車の質量を支えている有様だ。四頭の骸骨馬もニトロの効果が切れ始め、荒い呼吸に燐光が混じっている。だがコンバインも無傷ではない。黒煙を上げる排気管はあらぬ方向を向いており、運転台のガラス窓は全て砕け散っていた。クローラーの一部にめくれ上がっているところさえある。


 コンバインの前面、巨大な回転刃が、最後の一撃を見舞おうと速度を上げる。お互い相手を牽制しながらゆっくり前進して近づく。一気に近づけばまた上を飛び越えて後ろへ回られることをコンバインは知っているのだ。傷ついたクローラーでは先程のような旋回は叶わない。それはコシュタ・バワーも同じだった。どう突っ込んでもあの回転刃から逃れる術はない。それでもお互いしびれを切らしてついに激突かと見えた時、コンバインの背後の空が赤黒く染まった。

「……なんだあ?」

 佐藤がカボチャの眼窩を歪めた。次の瞬間、赤黒い渦の中から無数のオートマタが飛び出してきた。彼らはそのまま放物線を描いてコンバインの上面や側面に次々取り付いた。ある者は手にした鎌をやたらめったらコンバインのエンジンフードに振り下ろし、ある者は鋭い爪でボディーパネルをめくり上げた。デスコンバインのセンサーが、仲間であるはずのオートマタからの攻撃に混乱し、サーチライトを激しく明滅させた。オートマタたちが排気管を潰してふさぎ、回転刃の隙間に爪を噛ませるに及んで、ついにコンバインの動きが止まった。

挿絵(By みてみん)


「最後の大掃除だ。お前ら、もうひと踏ん張りしてくれ」

 佐藤がゆっくりだが大きく手綱を振った。四頭の骸骨馬もゆっくりだが力強く歩き出した。コンバインの後ろへ回り込み、先頭の二頭が頭突きの要領でコンバインのリアパネルに頭頂部を押し付けた。

「さあ行くぞ」

 コンバインがコシュタ・バワーに押されてジリジリと進み始めた。コンバインに取り付いていたオートマタどもはいつの間にかいなくなっていた。連なった二台は国道を進み、長い時間をかけて海岸に到達した。

「オサラバだ」

 佐藤がまた大きく手綱を振った。骸骨馬に押されてコンバインは海岸線のガードレールを破って海に落ちていった。

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