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【29】

 宝町支店のシャッターの向こう側、闇の奥から機械の駆動音が聞こえてきた。重戦車のような重低音と、超高回転で空気を切り裂く金属音が混ざり合い、ずっと店内に流されている商店街の喧騒の中に明確な異音として割り込んでくる。現れたのは、漆黒の鋼鉄に身を包んだ異形の巨躯。農作業用の刈取機、コンバインなのだが、全長は大型のトラックほどもある。その姿はあまりに禍々しい。車体はタールを塗り固めたような不気味な光沢を放ち、その両サイドには白く巨大なジョリー・ロジャー……髑髏と骨が交差する紋章が、挑発的にあしらわれている。前面に備えられた幅広の刈取機ヘッダーは、無数の回転刃が牙のように並び、それが唸りを上げるたびに、周囲の空気から「生」の気配が吸い取られていくように感じる。


「お嬢、離れてな! こいつが刈り取りの本命に違いねえ。俺が相手してやるぜ」

 佐藤が咆哮した。御者台に飛び乗ると同時に、カボチャを高く掲げる。二頭の骸骨馬が激しくいななき、前脚を高く上げた。漆黒の馬車、コシュタ・バワーの車輪が爆発的な回転を始める。佐藤はコシュタ・バワーをコンバインの進路をふさぐ位置に走らせた。コンバインはまったく減速することなく真っ直ぐ突っ込んでくる。佐藤も一切譲らない。コンバインがコシュタ・バワーの側面に激突した。激しい衝撃音と木材が引き裂かれる音。コシュタ・バワーとコンバインはお互いに衝突の衝撃を逃すように回転し、並走する状態になった。そのまま二台はもつれながら勢い余って支店の外へ飛び出した。


「佐藤さん! 頭を渡して!」

 呼ばれた声で佐藤は初めてモルが御者台に乗っているのに気づいた。

「お嬢! 何やってんだ。危ないから降りろ!」

「アタシは佐藤さんのご主人様なんだからね! 放っておけるわけないでしょ! その頭を持つ人が要るんだから」

 モルの言う通りだった。片手でカボチャを抱えながらでは、思う存分手綱を振るえない。

「お嬢、すまねえ。こいつはお前に託す。しっかり守ってくれ」

 モルは右手の親指を立ててみせてから、佐藤の頭を受け取って膝の上にしっかり抱き抱えた。


 モルに頭を託したことで、佐藤はしっかり周りを見ることができるようになった。

「こいつは現世じゃねえな」

 町の様子は現実のとおりだが、時間がおかしい。完全に日が暮れているが、まだそんな時間ではないはずだ。それだけではない。通りには通行人も、走行する車のライトも、風の音さえもない。無人の、そして音の死んだゴーストタウン。隔離された異空間の中で、二台の怪物は解き放たれた猛獣のように加速した。


 パカラッ、パカラッ!

 骸骨馬の蹄が、アスファルトを硬質な音で叩く。

 キィィィィン!

 高速になるとコンバインはガスタービンエンジンのような音を発するようになった。加速力はコンバインのほうが優れているようだ。減速したと思ったら後ろから追突し、グッと前に出ては進路を妨害する。コンバインの動きについていけないコシュタ・バワーは翻弄されるばかりだ。

「仕方ねえ。馬に負担がかかるからやりたくなかったんだがな」

 佐藤はシルクハットを脱いで中から二本の光る人参を取り出した。

「ほれ、ニトロだ!」

 佐藤がそれを前方に放り投げると、二頭の骸骨馬は器用にそれぞれ一本ずつキャッチして食った。次の瞬間、コシュタ・バワーは四頭立ての馬車に変わっていた。またコンバインがコシュタ・バワーの前に出ようとした。しかし今度はコシュタ・バワーも加速してコンバインに並ぶ。

挿絵(By みてみん)

「どうだ! いつまでもやられっぱなしじゃねえぞ」

 佐藤がコンバインに中指を立ててみせた。前には出られないと認識したらしいコンバインは並走したまま幅寄せしてきた。

 ギィィィィッ! と鋼鉄と木材が悲鳴を上げる。

 馬車の車体が大きく跳ね、横転しかけるが、佐藤は手綱を死守し、逆に馬車をコンバインの方へと叩きつけた。

「舐めてんじゃねえぞ! ゴラあっ!」

「どこのヤクザさん?」

 モルが思わず膝のカボチャに言うほど佐藤の口調は激しい。

「おう! 俺の大事なコシュタ・バワーをこんなボロボロにされてんだ。お上品になんかしてられるわけねえ!」

「いつもお上品ではないと思うけど……」

 モルの呟きは繰り返される激突の衝撃音にかき消された。


 佐藤が滅多に使わない鞭を振るっている。骸骨馬の吐く燐光が馬車全体を包み、まるで火の玉のように疾走する。コンバインは排気管からもうもうと黒煙を上げ、蒸気機関車の如き力強さだ。二台は並走しながら、互いの車体を激しく打ち付け合う。ガードレールが衝撃で紙細工のように捻じ曲がり、無人のコンビニの看板が火花を散らして吹き飛ぶ。コンバインの前面にある回転刃が、コシュタ・バワーの御者台、佐藤の足元を狙って迫る。一閃。佐藤が間一髪で躱したが、御者台の側板が粉々に砕け散った。幸い佐藤にもモルにも刃は届いていない。だが佐藤は察知した。このままでは質量で劣るこちらが押し潰される。佐藤は全身の力を込めて手綱を引き絞った。十六本の馬脚が馬車の慣性に抗うように前に突っ張る。コシュタ・バワーは急減速し、コンバインの背後へ回り込んだ。背後を突かれたコンバインだったが、その反応速度は驚異的だった。車体後部の排気口から、黒い「魂の煤」を噴射し、目晦ましを作ると同時に、クローラー(無限軌道)を逆回転させてその場で超信地旋回を決める。

「飛べ!」

 佐藤の号令に反応して四頭の骸骨馬が一斉に跳躍した。コシュタ・バワーは正面衝突を回避し、コンバインの上を飛び越えてその後ろへ出た。背中合わせになった二台だが、どちらも素早く旋回し、正面から睨み合う形で停止した。四頭の馬の荒い呼吸音と、回転数が落ちて重低音に戻ったコンバインのエンジン音だけが異空間に響いている。

「先に動いたほうがやられる」

 佐藤はモルにだけ聞こえるような小声で言った。

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