【24】
「佐藤さん、私をその『イシイ』という者のところへ連れて行って下さい」
システム部長からの電話を切って支店を飛び出そうとした健太を制止して、主任が言った。
「構わねえが、この兄ちゃんは置いてくのか?」
止められたことに不満を隠せない健太を一瞥した佐藤が、主任に問い返した。
「この人が行ってしまったら、モル先輩の指示を現世の人たちに伝える者がいなくなってしまいます」
「なるほどな。分かった。裏にクルマが停めてある。付いてきな」
佐藤は言い終わらぬうちにカウンターの向こうの通用口に向かって駆け出した。主任もすぐその後を追っていき、二人は扉の向こうへ通り抜けて見えなくなった。
「石井さんは主任に任せよう。モル、今度は誰に声を掛ければいい?」
健太がカウンターのモルに訊いた。それをきっかけにモルが再び店内を見回し始めた。しかしその目はすぐ、さっき主任が入ってきたシャッターに釘付けになった。
「どうしたんだ、モル?」
動きの止まったモルに健太が呼びかけた。健太の方を振り向いたモルの表情には、ハッキリと恐怖が浮かんでいる。
「また何か来るのか?」
健太の問いにも答えずモルはシャッターを凝視し続けている。健太もシャッターを注視した。さっき主任が入ってきた後また自動で閉まったはずのシャッターが、半開きになっている。
「あれって閉まったはずじゃ……」
健太の見ている前で、いくつもの影がシャッターをくぐって店内に飛び込んできた。
「きゃあ!」
叫び声は美咲の声だ。
「どうした!」
健太は美咲のもとに駆け寄った。
「今なにかに飛びかかられた気がしたの」
まだ恐怖で息の乱れている美咲が答えた。彼女の腕には、意識のない老婦人が抱きかかえられている。美咲の目には見えていないモノが健太には見えていた。
「モル! こいつは何だ?」
健太はカウンターの上にうずくまって震えているモルに向かって怒鳴った。モルが恐る恐る顔を上げて店内を見回してから答えた。
「刈り取りに来た!」
「そんなの見りゃ分かる! お前の知り合いか? 知り合いならなんとかしろ!」
美咲の腕の中で老婦人の魂は浮き上がりかけており、かろうじて身体に貼り付いている爪先を、モルと同じグレーのローブを頭から被っているがモルよりもさらに一回り小さいリーパーが、手にした鎌で切り離そうとしているのだ。
「この子たちは多分……」
「なんなんだよ?」
「本当にいたなんて……」
「ハッキリ言え!」
「オートマタ。冥界で極秘に開発されてるって噂はあったの」
「オートマタ? 自動人形?」
「顔を見て!」
老婦人の足元を見て下を向いている顔はフードに隠れていて見えない。健太はその場にかがみ込んでフードの中を覗き込んだ。
「あっ!」
健太は思わず声を上げてしまった。最初、髑髏の後頭部だけが見えているように思えたが、顎が付いているので、のっぺらぼうの髑髏だと分かった。こののっぺらぼうの死神は、健太のことなど全く意に介さず刈り取り作業に専念している。健太は試しにその顔の前で手をヒラヒラさせてみたが、やはり反応はない。
「なんなんだよ……」
「予めプログラミングされた通りに自動で魂を刈り取っていくの。研究用に作ってるだけで実運用する予定はないって話だったのに」
「いやいや、完全に実用されてるじゃないか!」
店内のあちこちで小さなローブ姿が鎌を振るっている。
「美咲さんたちがしっかり魂を繋ぎ止めててくれたから、すぐには切り離されないと思うけど」
モルは少し落ち着きを取り戻したようだ。
「でも時間の問題か?」
「美咲さんたちに頑張ってもらうしかないよ」
健太はうなずくと立ち上がって店内中に聞こえるよう大声で呼びかけた。
「みんな! お客様たちに危険が迫っています。これまで以上に声掛け、励ましをお願いします」
店内の行員が皆一様にうなずいて、すぐに声掛けを続けた。誰も健太の指示に疑問は挟まなかった。健太が一人でカウンターに向かって話していても、誰も訝しがらない。誰もが無意識に何かを感じ取っていたのだろう。健太が死神助手登録されていることも関係しているのかもしれなかった。
コシュタ・バワーは片桐も真っ青な運転で、通常なら二時間はかかるところ五分で石井のアパートに着いた。
「俺の美学には反するが、クルマごと突っ込むぜ」
佐藤は空中からそのまま、アパートの石井の部屋に骸骨馬の頭から突入した。
「うわっ。なんだこりゃ。ここには冥界の気が澱んでやがる」
佐藤はカボチャの頭を両手で持って、部屋の臭いを確かめるように四方に向けた。
「佐藤さん、あれ」
主任は壁に貼られた幾何学模様を指差した。
「なんでこんなモノがこんなところにあるんだ?」
佐藤は手に持ったカボチャを傾げた。
「冥界の誰かがここへ来たに違いありません」
そう言って石井を見た主任の動きが止まった。佐藤が主任の視線を追って石井を見ると、石井は主任を真っ直ぐ見つめ返していた。
「あなた、私が見えるのですか?」
石井は嬉しそうにうなずいた。
「やっと来てくれたんですね。言われた通り、『救済のコード』は拡散させました。早く皆を『救済』してくだい」
「おい石井、誰と話してるんだ? 頼むから正気に戻ってくれよ」
必死に話しかける片桐のことなど石井には全く見えていないようだ。
「これで世界は生まれ変わる。正しい世界になる」
「石井さん! しっかりしてください。救済のコードって何なんですか? あの幾何学模様のことですか?」
石井には真司のことも見えていないようだった。
「さあ早く。世界を『救済』してください。そして僕を連れて行ってください」
主任に詰め寄る石井の目は既にこの世のものなど見えていないようだった。
「こいつはまともに話しても無理そうだぜ」
佐藤の言葉に主任もうなずいた。
「これまであなたはよくやってくれました。感謝します。これから最終段階に入りますが、その前に手順を確認しておこうと思います。よろしいですか?」
石井がうなずいた。佐藤は「ほう、やるじゃねえか」とでもいうふうにカボチャを擦った。
「あなたは私のボスから受けとったコードを実行できるよう銀行のシステムを作り変えた」
「作り変えたというより、データ連携するシステムを追加したという方が正しいかな」
「データはボスが直接渡しに来たのでしたね」
「いや。全部『トランクス』で指示が来て、データもそれで受け取ったよ」
「『トランクス』とはなんですか?」
「ビジネス用のグループツールだよ。チャットしたり、スケジュール共有したり、タスク管理したり」
「本当ですか? あんなにデジタル嫌いだったボスが、そんなものを使ったのですか。彼も進歩しているのですね」
佐藤がカボチャの口を自分の手で押さえた。「主任さん、演技派じゃねえか」と口走りそうになったからだ。
「ボスは一度もここへは来ていないのですか?」
「来てないよ」
「壁に貼ってある冥学迷彩……幾何学模様はボスが持ってきたわけじゃないのですか?」
「あれも『トランクス』で送られてきたのを印刷して貼ったんだ。そうしろって指示だったから」
「それはどちらでもいいです。それで、冥界のコードに指示を出しているのはどの機械ですか?」
佐藤は固唾を呑んだ。「主任さんよ、そいつはストレートすぎる質問じゃねえか? さすがにこの兄ちゃんも警戒しないか?」
と思ったからだが、石井は疑う様子など微塵も見せずにラックの中のサーバーの一台を指差した。
「これだよ。こいつから銀行のシステムにデータを流し込んで、実行指示も出してる」
「そう。しっかり動いているみたいで安心しました。最後にその『スラックス』……」
「『トランクス』」
佐藤がカボチャを主任の前に差し出し訂正した。
「『トランクス』でのやり取りを見せてください。ついでにそこからボスに報告を上げることにします」
いよいよ黒幕に接触するつもりだなと佐藤が思った瞬間、いいきなり石井が倒れた。即座に佐藤がカボチャを石井の鼻先に近づけた。
「息はある。だが完全に失神してやがる」




