【23】
「石井、さすがにATMや情報サイトが人の意識を奪えるとは思わんが、お前の作ったデータ連携基盤なら、外部からデータを取り込んでメインコンピュータに流し込むことも可能なんじゃないのか? なあ真司」
片桐は牽制するように石井を見下ろしたまま、真司に同意を求めた。
「ええ。出来ると思います。思いますけど……本当に石井さんがやってるんですか?」
真司の問いに、石井はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに破顔してうなずいた。
「そうなんだ。僕は選ばれたんだよ。僕は現世の人間を救済するために冥界から送られてくるコードをウチのシステムで動かせるようにしたんだ」
石井を見下ろす片桐の顔に後悔と憐憫の色が半々に混じって浮かんだ。
「石井、すまない。俺は壊れるほどお前を追い込んでたんだな。もう夜中に押しかけてきて吐くまで飲ませたりしないよ。電車の中であの女に声かけてこいとか言わないよ。絶叫するお前を隣に乗せてサーキットでドリフトしたりしないよ。だから戻ってきてくれ。な、石井」
こりゃ完全にコンプラ事案だな、石井が正気に戻ったら片桐はむしろ困るんじゃないか、などという真司の心配を余所に、石井は心から楽しくて仕方ないというふうに笑った。
「片桐さん、あれは僕のためを思ってのことでしょう? おかげで僕はあの人に会えた」
「石井、それは違う。いじめられる人間のためになるいじめなんか、この世に存在しない。俺のしたことは単なるイジメだ。パワハラだ。頼む。正面から俺を責めて正気に戻ってくれ!」
石井の前に立っていた片桐がその場にしゃがみ込んで石井の肩を揺すった。
「やだな、片桐さん。僕は片桐さんにいじめられたなんて思ってませんよ」
この言葉で片桐は完全に床に崩れ落ちた。これはキツい、口汚く罵られたほうがずっと楽だな、と真司も思った。うずくまった片桐はそのまま動く気配がない。石井はそんな片桐を慈悲深い女神のような目で見ている。どうすればいいか分からなくなった真司は石井の前で瞬いているモニターを覗き込んだ。そこには、壁に貼ってあるのと似たような幾何学模様がウネウネとのたうち回っていた。
モルの指示に従って浮遊する魂の引き止めに駆けずり回っていた健太は、異様な気配を感じて支店の入口を振り返った。この騒動を受けて降ろされたシャッターがゆっくりと持ち上がっている。カウンターの奥の操作盤には誰もいない。人の手で持ち上げられるようなシロモノでもない。健太は激しい恐怖を感じ、それがゆえに開いていくシャッターから目をそらすことが出来なかった。見ていない隙に、何かが飛び込んできて襲いかかられないとも限らないからだ。しかしシャッターの向こうにいたのは怪物ではなかった。
「アリスちゃん!」
健太と同じようにシャッターを凝視していたモルが叫んだ。
「主任? 主任が刈り取りに来たのか?」
健太が口に出さなくても佐藤には疑問が伝わったようだ。
「いや違うな。鎌を持ってねえ」
確かに、主任の手にタブレットはあるが、死神のシンボルである鎌は持っていない。
「こいつはオオゴトだってことだな。おい、主任さん! 一体どうなってんだ?」
佐藤はカボチャを頭上に高く掲げ、入口から支店の中の様子を伺っている主任に向かって声を張り上げた。
「佐藤さん! こちらが聞きたいくらいです。本部に問い合わせても全然埒が明かなくて」
主任は身をかがめてまだ動いているシャッターをくぐり、店内に入ってきた。
「どうもよ、ATMや銀行の情報サイトを見ると意識を失っちまうみたいなんだよ」
「私は人間の作るコンピューターというものには詳しくありませんが、コンピューターの画面というのはそのようなことが出来るものなのですか?」
主任は訝しそうな顔で訊いた。
「冗談じゃない。コンピューター画面が意識を奪うなんて」
かつて美咲の魂を刈り取りに来た死神だが、健太は何故か彼女に嫌な気持ちを持てなかった。彼女の問いに却って遠慮なしに答えた。彼女も普通に応対してきた。
「その昔、画面の激しい点滅で健康被害の出たことがあったと記憶してますが」
「うん。気持ち悪くなる子どもたちがいたみたいだね。でもこんなに完全に意識を失って戻ってこないなんてことはないよ」
主任は倒れている一人の顔を覗き込んだ。
「これは冥界の力が働いています。その時が近づいた人にかける催眠で、死の恐怖を和らげるものです」
「ああ、臨死体験でよく聞くあれだね」
健太の言葉に主任がうなずいた。
「じゃあやっぱり、この人たちは刈り取られる運命なの?」
「数が多すぎます。それに預金者リストに載っている人が片端から対象になるなんてありえません」
「じゃあ、どういうこと?」
「私にもさっぱり分かりません」
主任も困惑しきった顔で首を振った。その時、健太のスマートフォンの呼び出し音が鳴った。
「健太君かい?」
電話の向こうから、健太の高校の先輩でもある毎日ニコニコ銀行のシステム部長の声がした。
「はい。どうしたんですか?」
「いま、宝町支店にいるんだって?」
「はい」
「そっちの様子はどうだ? ウチのシステムが健康被害を出しているらしいと聞いているんだが、本当なのか?」
「はい、間違いないと思います」
「にわかには信じがたいが、認めざるを得ないか。どうやら休職中のエンジニアが関係しているらしくてな。君も知ってる片桐君と栗山君がそのエンジニアの家に向かったんだが、『現世の人間を救済するために冥界から送られてくるコードをウチのシステムで動かせるようにした』とかわけの分からんこと言ってるようなんだ。まあ、そんな戯言は放っておくとして、健太君に頼みたいのは……」
そこから先は健太の耳に入らなかった。電話の向こうで話し続ける高校の先輩を無視して健太は主任に向かって叫んだ。
「冥界の催眠をシステムに載せてる奴がいる!」




